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われわれヒトを含めた多細胞生物の器官や組織を構成する細胞社会は,ライフサイクルを通じて常に個体内外双方からの多様なストレスを受けており,これらのストレスは個々の細胞に損傷を及ぼしている。こういったストレスによる損傷は,ときとして突然変異による異常細胞の出現や細胞死の原因となり,これら異常細胞の蓄積や広範囲の細胞死は,がんの誘発や器官機能障害の危険性を高めることにつながる。老化を含めたライフサイクルを通じて組織が恒常性を維持するには,こういった異常細胞や死細胞の適時の除去と,それに伴う細胞の損失を補うための正常な周辺細胞による穴埋めが必要不可欠である。筆者らの研究を含めた近年の研究によって,細胞競合という組織内での細胞同士の生存競合現象は,正常細胞が隣接する異常細胞を認識して組織から除去する,つまり細胞社会に悪影響を及ぼす可能性のある異常細胞の蓄積を防ぎ,体を構成する体細胞の質を維持することによって,個体の適応度を高めるための細胞レベルでの組織恒常性維持機構であると考えられるようになった1)。興味深いことに,ここ数年の間に,前がん細胞と言われるがん細胞になる可能性を持つ変異細胞,例えばlgl(lethal giant larvae)2),scribble3)といった新生がん抑制遺伝子の変異細胞や,Ras4),Src5)といったがん遺伝子が異常に活性化した変異細胞などが,細胞競合によって正常組織から除去されることが報告されている。また,この細胞競合はショウジョウバエにおいて発見され,研究されてきた現象であるが,近年,哺乳類由来の培養細胞2)やマウスの胚組織6),胸腺7),心臓8)などでも類似の現象が報告されてきており,多細胞生物一般に保存されている組織恒常性維持機構の一つと考えられている。一般的に細胞競合は,正常細胞による隣接異常細胞の認識,両者間における勝ち負けの決定,正常細胞(勝者)による異常細胞(敗者)の除去,そして正常細胞の補償的細胞分裂による異常細胞の穴埋め,という多段階のプロセスから成っている。本稿では筆者らの研究を中心に,これらのプロセスにおいて細胞競合を組織恒常性維持システムとして理解するうえで重要な段階,敗者の細胞を組織から除去したのちの勝者による補償的な埋め合わせを通した組織修復機構について紹介する。
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