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あとがき
松田 道行
pp.186
発行日 2016年4月15日
Published Date 2016/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.2425200432
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均一に見える細胞集団も人間社会と同じように様々な個性を持つ細胞から構成されている。この一見当たり前の事実は,数理生物学などでは時々扱われるテーマであったが,実験生物学の分野では技術的困難性もあり,あまり大きな研究対象とはなっていなかった。せいぜい実質細胞と間質細胞のクロストークという程度の扱われ方が多く,“一つひとつの細胞が持つ個としての役割”は研究が始まったばかりである。この細胞社会という研究分野では,勝者と敗者,場所の取り合い,コミュニケーション,パワーバランスなど人間社会で使われる単語がそのまま通用し,考えさせられるところが多い。これまで勝者の代表例と思われていたがん細胞が,単独では細胞競合に敗れて退場させられる現象などは,村八分そのものである。もっとも,この無法者は一人ではすぐ死んでしまうものの,肩を寄せ合っているとしぶとく生き残り,やがては大集団として他を圧倒する。生物界の原則は弱肉強食とよく言うが,そもそも強い弱いという関係は必ずしも一定ではなく,環境に依存するということが本特集の結論の一つではないかと思う。適者生存という細胞社会の原則は人間社会が目指す方向とは無論相いれないが,細胞社会の研究が発展すれば,案外,弱い細胞を守ることで全体が繁栄する機構が見つかって,そこから人類の平和につながる新たなパラダイムが提唱できないものかなどと虫のいい初夢をみた。
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