細胞工学 33巻11号 (2014年10月)

特集 心臓造形生物学:Heartができるメカニズム

Overview 小柴 和子
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今なぜ,心臓なのか?五臓六腑というように,心臓は数ある臓器のうちの1つにすぎない.しかし,心臓は単に体の機能を担っている臓器というよりも,洋の東西を問わず人が人としてあるために重要な心,感情といったものの担い手という捉え方をされている.英語の“broken heart”は,まさしく「失恋(壊れた心)」であり,「オズの魔法使い」に登場するブリキ男はHeart(心)を求めて旅をする.このような特別の思い入れとともに,心臓を対象とした論文は頻繁に三大誌を賑わせ,心臓発生・疾患に関する研究は日進月歩の勢いで進んでいる.一方で,最近の生物系雑誌で1つの「臓器」に着目した特集が組まれることは非常に少なく感じられる.多くの研究者にとって興味があるのは個々の細胞の動きであり,分化制御であり,それらがまとまって作り上げる臓器は一連の過程の結果であり,目的とする現象の解析に適した臓器を取り扱うため,対象とする臓器は様々となる.その中で,「心臓」は臓器をキーワードとして研究を進められる数少ない臓器である.その理由として,その機能の重要性はもとより,拍動する臓器としての魅力にあるのではなかろうか.心臓は動く臓器であるがために,生理学的手法を用いたアプローチも広く行われており,1つの臓器の成り立ちを理解するために,じつに多様な解析手法を取ることが可能であり,また実際行われてきた.そして,これら一連の研究が「動く臓器」である心臓を創り出すことに重要である.心臓は心筋をはじめとして,心臓の大部分を構成する心臓線維芽細胞,刺激伝導系,心内膜,心外膜,弁,冠血管など,様々な細胞集団・構成要素から成り立っている.再生医療においては,対象とする臓器で主要な働きを担っている細胞を分化・増殖させる系を見いだし,移植へとつなげることが目的とされる.しかし,心臓の場合,「ポンプ機能」という主要な役割を担う細胞は心筋であるが,心筋を分化させることができても,心臓として機能するためには,周囲と同調して規則正しく拍動することができなくてはならない.それでは,本当に機能する心臓を「創る」ことはできるのだろうか?

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これまで心臓線維芽細胞の役割は重要視されず,ほとんど研究されてこなかったが,近年の研究により,胎児期の心臓線維芽細胞から特異的に分泌される細胞外基質関連因子や成長因子が心筋細胞増殖や心臓発達に重要な役割を担っていることがわかってきた.また,心筋細胞は終末分化細胞で再生できないため,障害を受けた心臓部位では線維芽細胞が増殖し,心不全に至る.そのため心臓再生医療は心疾患に対する新しい治療として期待され,iPS細胞をはじめとした幹細胞はその有力な細胞源として活発に研究が行われている.一方,心筋細胞移植法に対して,筆者らは心筋と線維芽細胞の相違に着目し,心臓内の非心筋細胞(線維芽細胞)を直接心筋細胞に分化転換する心筋直接リプログラミング研究を行っている.本稿では,胎児期心臓線維芽細胞の発生における役割と,最近の心筋直接リプログラミング研究の進展および今後の課題について概説する.

刺激伝導系の発生 笹野 哲郎 , 古川 哲史
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心臓の刺激伝導系は,心拍数および心房・心室の協調運動をコントロールし,その異常は不整脈あるいは心電図異常として現れる.刺激伝導系は上位より洞結節・房室結節・His-Purkinje刺激伝導系に分けられるが,その発生様式は一様ではなく,関与するシグナルも異なる.刺激伝導系の発生異常と不整脈疾患の関連についても近年研究が進んでおり,一見健康な人が突然の心室性不整脈により死亡する,心臓突然死に関してもその原因の一部に刺激伝導系の発生異常が関与していることが明らかになってきた.本稿では刺激伝導系の発生について,疾患との関連に着目して概説する.

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神経堤細胞は,脊椎動物の発生過程で一時的に生成される移動能と多分化能を持つユニークな細胞集団である.後耳胞菱脳の神経管背側から生成される神経堤は心臓神経堤細胞として知られ,大血管や心臓流出路の形成に寄与するが,心臓形態形成への神経堤細胞の寄与は依然として議論の多いところである.最近,筆者らは前耳胞菱脳に位置する神経堤細胞が発達過程の心臓内に遊走し,冠動脈平滑筋に分化することを見いだした.本稿では,心臓と神経堤細胞について,これまで蓄積された知見とともに筆者らの報告について解説する.

心臓形成とNotchシグナル 小久保 博樹
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Notchシグナルは線虫から脊椎動物まで高度に保存されたシグナル伝達系で,発生過程の様々な細胞の分化制御に重要な役割を果たすことが知られている.また, Notchシグナル系の異常はヒトの様々な遺伝性疾患や悪性腫瘍で報告されるなど,発生過程だけでなく,組織・器官の恒常性維持においても重要な機能を果たすことが明らかとなってきている.本稿では,心臓の発生ならびに恒常性維持における Notchシグナル系の役割について,その下流因子であるHesr の機能を中心に概説したい.

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lncRNA(long non-coding RNA)は200bp以上のRNAで,タンパク質への翻訳を介さず,立体構造などにより直接機能するものと一般に定義される.Cap構造とpoly(A)を持ち,RNAポリメラーゼⅡによって転写されるなど,通常のmRNAと構造的には同様である.近年,次世代シークエンス技術の発展に伴い,大きな注目を集めているものの,そのほとんどの機能が未知である.2013年に初期心臓発生に関わる2種類の新規lncRNA(Braveheart,Fendrr)に関する論文が立て続けに発表されたので,ここに紹介したい.

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脊椎動物の魚類や両生類の中には哺乳類と異なり,高い心筋再生能を持つものが存在する.その中で硬骨魚のゼブラフィッシュは他の再生モデル生物と比べて分子遺伝学的な研究手法が豊富なため,心筋再生の研究に有用なモデルとして広く使用されている.近年,Cre/loxP組換え系を用いた細胞系譜解析を端緒とし,ゼブラフィッシュの心臓における心筋再生機序の理解が進んできた.本稿では,最近報告された研究のうち,主に多色蛍光標識による心筋発生・再生の解析および分化転換による心筋再生メカニズムについて紹介する.

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哺乳類の心筋細胞は胎生期に活発に増殖するが,生後に増殖は停止し,ほぼすべての細胞がその状態を終生維持する.この結果,心臓再生が妨げられている.本稿では,胎生期から成体に至る心筋細胞の増殖パターンの分子背景について細胞周期制御の観点から解説する.また,心臓が再生可能な動物との違いについても考察する.

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循環系は,哺乳類の発生初期において最初に形成される器官系 である.あまり知られていないが,この循環系を担う二大構成要 素である心臓(ポンプ)と大動脈(導管)は,胎生初期に別個に形成 されるが,構造的・機能的・遺伝子的に類似しており,その初期形 成の機序は少なからず共通するものと思われる.1つ大きく異な る点は,大動脈が胚発生期においては血球細胞産生器官としても 機能するのに対して,同様の血球産生能が心臓に存在するのか,い まだに明らかになっていないことである.例えば多能性幹細胞培 養系では心筋細胞と血球の分化が関連していることはよく知られ ているし1),ショウジョウバエでは心筋細胞と血球細胞がtinman (Nkx2-5 homologue)遺伝子を発現する共通の前駆細胞に由来す ることが示されている2),3) .小型魚類でも心内膜に血球前駆細胞 様の細胞が出現することが古くに報告されている4) .では,いった い哺乳類の胎生期心臓には血球産生能があるのだろうか? もしそ うだとすれば,いつ・どこで・どのようなメカニズムで血球が形 成されるのだろうか?

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私は心臓病のこどもたちを診察する臨床医です.患者のこどもたちのほとんどは先天性心疾患です.先天性心疾患とは生まれつきの心臓の構造異常に基づく病気を指します.稀な疾患のように思えますが,じつは出生100人に対して約1名(約1%)の割合で発症し,先天性疾患としては最も頻度の高いものです.小さい穴では自然に閉鎖することもありますが,約半数の患者で心臓手術が必要です.手術で完全に治ればよいのですが,術後も一生にわたるケアが必要なことが多く,救命率の向上に伴って患者数は年々増加しています.

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筆者らは,日本発世界初の技術である“細胞シート工学”と“iPS細胞技術”を融合することによりヒト心筋組織の構築を目指した研究開発を行っている.その主たる目的は再生医療とヒト組織モデルへの応用にある.図1に示すように,細胞シート工学は,温度応答性ポリマーであるpoly(N-isopropyrlacrylamide) を培養基材表面へ電子線重合することにより,37℃では疎水性表面として通常どおり細胞を培養できる一方,32℃以下では親水性表面へ可逆的に変化するため,細胞外マトリックス,基底膜タンパク質および細胞間接着タンパク質を維持した状態で単層の細胞シートが回収できることを基盤技術としている.すでに角膜,食道,心臓,歯周組織,軟骨,中耳の領域においては,単層から数枚積層化した細胞シート移植が国内外で臨床応用されている.再生医療にどうして細胞シートなどの組織工学が有用なのか? それは,細胞もヒトと同様に,個では弱くとも,組織(周りに仲間がいる)になるとより力を発揮するからであろう.すなわち生体では血球系細胞を除いて細胞が単一で存在することは稀であり,多くの接着系細胞は単一浮遊で足場のない状況に曝されるとアノイキス(anoikis)となり,細胞死に至る一方,組織の中で周囲の細胞や,フィブロネクチンなどの細胞外マトリックスに囲まれていると,インテグリンを介して細胞生存シグナルが活性化される.心筋細胞も同様であり,心筋梗塞を作製したラット心臓に単一細胞浮遊状態の心筋細胞を移植するよりも,同じ数の心筋細胞を細胞シートとして移植したほうが,移植細胞の生着が顕著であり,結果的に心機能の回復も大きいのである.

基本情報

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細胞工学
33巻11号 (2014年10月)
電子版ISSN: 印刷版ISSN:0287-3796 学研メディカル秀潤社

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