Brain and Nerve 脳と神経 43巻1号 (1991年1月発行)

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総説

中枢神経系における神経栄養因子武井　延之 , 高坂　新一 43巻1号 , 1991年1月 , pp.5-13

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1．はじめに

　呼吸や体温調節といった生命維持の根本にかかわるものから学習・記憶といった高次のものまで，脳の機能は複雑かつ精緻なニューロンの回路網によって担われている。ニューロンは個体発生の比較的早い時期に分裂増殖を終了し，神経伝達物質の生合成や受容体，チャネル等の機能分子の発現といった分化・成熟の過程を経てシナプスを形成し，神経回路網を構築してゆく。ニューロンは加齢に伴って変性・脱落してゆくが，軸索や神経突起の再生・発芽，シナプスの再形成といった過程も同時に起こっていると考えられている。このようなニューロンの分化・成熟，生存の維持，さらには再生といった一連の過程には，神経栄養因子（neurotrophic factor）と呼ばれる蛋白性の生理活性分子が大きく関与していることが明らかにされつつある^11,22,37）。

　一般に成長因子（growth factor）とは細胞の膜表面のリセプターを介して非常に低濃度（pg〜μg／ml）で細胞に作用し，増殖や分化・成熟などを引き起こすものである。神経栄養因子はニューロンに作用する成長因子の総称であり，その合成・分泌，作用形態の違いからいくつかの種類に大別されている。この中でも神経回路を形づくる上で標的の細胞が産生，分泌し，ここへ神経連絡（投射）してくるニューロンに対して作用するという形が最も生理的なものと考えられている。このような神経栄養因子（群）を標的由来神経栄養因子（target-derived neurotrophic factor）と呼び，その代表的なものに神経成長因子（nerve-growth fac—tor；NGF）がある。NGFは成長因子の中でも最初に発見されたものであり，研究も進んでいる。NGFの発見と標的由来の因子という仮定のもとに脳や筋肉から未知の神経栄養因子を精製しようとする試みは活発に行われているが，おそらくは組織中の量が非常に少ないこと，また活性を検定するアッセイ系の問題もあり，多くのものは依然として現象的なレベルで論じられているにすぎない。このような状況の中で最近NGF類似の物質である脳由来神経栄養因子（brain-derivedneurotrophic factor；BDNF）とニューロトロフィン−3（neurotrophin−3；NT−3）のクローニングが相ついで報告された。（これらNGFファミリーの神経栄養因子については後述する。）

原著

ヒト悪性グリオーマにおけるfibronectin, lamininおよびfibronectin-receptorの免疫組織化学的局在—腫瘍浸潤との関連より樋口　真秀 , 大西　丘倫 , 有田　憲生 , 平賀　章壽 , 岩崎　弘充 , 森　信太郎 , 早川　徹 43巻1号 , 1991年1月 , pp.17-23

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　私達はヒト悪性グリオーマ細胞が，細胞外間質成分の主要構成要素であるfibronectin（FN），laminin（LN），特に前者に対して強い遊走反応を示すことを，in vitroにおいて見いだしてきた。今回私達は，腫瘍細胞の浸潤過程における細胞外間質成分の役割を解明することを目的として，悪性グリオーマ組織におけるFN，LN，およびFN-receptor（FN-R）の局在を免疫組織化学的に検討した。手術時に，腫瘍浸潤があると考えられる腫瘍周囲隣接脳を含めて一塊として摘出した，ヒト悪性グリオーマ組織の凍結標本15例を対象にした。隣接切片にHE染色を行い，腫瘍浸潤のある腫瘍周囲隣接脳，さらに両者の境界部の3部位を正確に区別した上で，FN，LN，およびFN-Rについて，ABC法を行った。その結果，FN，LN，FN-Rはすべて，血管周囲や脳軟膜の基底膜に陽性であった。さらにFNは細胞外間質に，FN-Rは腫瘍細胞に，それぞれ陽性染色像を認めた。また，腫瘍浸潤を受けた隣接脳における細胞外間質のFN陽性部にはグリオーマ細胞の集簇を認めた。以上のことから，悪性グリオーマ細胞がFN-Rを発現していること，およびグリオーマ細胞がFNに対して遊走性を示すことが，免疫組織化学的に示唆された。

ヒト脳腫瘍における胎児性蛋白GP 68の発現秋元　治朗 , 池田　和彦 , 朝長　正徳 , 斉藤　文男 , 三輪　哲郎 , 粟屋　昭 , 橋本　吉秀 , 福井　英雄 43巻1号 , 1991年1月 , pp.25-29

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　胎生11〜14日のマウス脳に特異的に出現する胎児性糖蛋白GP 68の，ヒト脳腫瘍における発現を検討した。マウス胎児脳からGP 68を分離・精製，ウサギに免疫し，抗マウスGP 68抗体を得た。これを用いて手術時に得た脳腫瘍43例と，剖検時に得たヒト脳の凍結組織を用い，免疫組織化学およびイムノブロットを行った。免疫染色の結果，抗GP 68抗体は正常脳では，血管内皮に弱陽性反応を示すのみで，脳実質細胞は全く染色されなかった。ところが脳原発腫瘍の内，神経膠腫の腫瘍細胞は，著しい染色性を示し，その染色の強度と，腫瘍悪性度とは正の相関を示した。イムノブロットの結果，正常脳では分子量68 KDの位置に薄いバンドが検出されるのみであったが，悪性神経膠腫では著しく濃いバンドが認められた。

　（結論）脳腫瘍のあるものは胎児性抗原GP 68に対する抗体で陽性染色された。イムノブロットで著しく濃いバンドが検出されたことから，GP 68蛋白そのものが，ある種の脳腫瘍で発現している事が示唆された。特に，神経膠腫では染色性と悪性度の相関も認めた。

脳表くも膜下出血の脳グルコース代謝に及ぼす影響伊藤　千秋 , 山浦　晶 , 小沢　義典 , 村井　尚之 , 和賀井　望 , 中村　孝雄 , 牧野　博安 43巻1号 , 1991年1月 , pp.30-36

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　ラットの一側脳表くも膜下出血モデルを作成し，Sokoloffらの方法により局所脳グルコース代謝率（LCGU）を測定することにより，脳表くも膜下腔の血液が脳代謝にあたえる影響を検討した。左頭頂骨の小孔より，ガラス管で作成した穿刺針でくも膜下腔を穿刺し自家血液を注入した。自家血液0.04mlを注入後2時間（SAH−2 h群，n＝7），48時間（SAH−48 h群，n＝7），同量の生理食塩水を注入後2時間（Control群，n＝7）でLCGUを測定し検討した。SAH−2 h群の患側皮質LCGUは同群の健側，Control群の患側に比べそれぞれ11％から29％，6％から30％低下していた。一方SAH−48 h群の患側皮質LCGUは同群の健側に比べ4％から15％の低下にとどまった。皮質下組織のLCGUについては，いずれの群でも変化は認められなかった。これらの結果から，脳表皮質では，脳表くも膜下腔の微量の血液によっても，脳代謝障害が生ずることが示唆された。このLCGU低下にはくも膜下出血による脳表動脈の収縮，血液脳関門の障害，神経組織への直接障害などが関わるものと推察した。

心エコー図によるDuchenne型筋ジストロフィーの心合併症の評価—人工呼吸器装着例と非装着例の比較斎藤　誠 , 笠木　重人 , 都田　裕之 , 小竹　寛 , 真柴　裕人 43巻1号 , 1991年1月 , pp.37-41

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　Duchenne型筋ジストロフィー（DMD）において，呼吸不全の管理のため人工呼吸器を装着している群と人工呼吸器の必要のない非装着群の左右心障害の程度を心エコー図にて比較検討した。対象は，装着群5名と非装着群14名で，年齢と機能障害度は装着群で有意に高値であった。右室径の拡大および心室中隔奇異性運動の有無から右心負荷の推定を行うと，両群でともに右心負荷の徴候は認められなかった。一方，左室局所壁運動異常の合併は両群で有意差を認めなかったが，左室収縮指標は人工呼吸器装着群で有意に低値であった。DMDの右心負荷は呼吸管理により予防可能であり，それ故左室障害の進行の予知や管理が重要である。

Acetazolamide静脈内投与時における髄液圧変化—正常圧水頭症に対するシャント術適応の補助検査として吉田　真三 , 米川　泰弘 , 河野　輝昭 , 三宅　英則 , 後藤　泰伸 , 山下　耕助 , 田中　公人 , 郭　泰彦 43巻1号 , 1991年1月 , pp.43-48

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　Acetazolamide急速静脈内投与時の髄液圧変化を測定し，その圧反応性と臨床所見，CT所見，持続髄液圧測定におけるB波の出現，シャント有効性との関連について検討した。頭部CT上脳室拡大を認め，シャント術適応決定の補助検査として腰部髄液圧測定を行った9例を対象とした。Acetazolamideの投与は500mgを生理的食塩水10 mlに溶解し，急速静脈内投与し，投与前，および投与後30分間における髄液平均圧の変動について検討した。（1）前値に対し50％以上の圧上昇を示したA群5例と，圧上昇が25％以下または無反応であったB群4例に分類された。（2）A群5例中4例においてシャント術を施行し，その全例において明らかな臨床症状の改善を認めた。（3）B群においては，臨床的に遷延性意識障害を呈した症例が多く，またCT上脳梗塞，脳内出血，頭部外傷などによる低吸収域を全例に認め，脳実質障害が病態の主因と考えられた。（4）Acetazolamide投与に対して，良好な反応性を示す症例では，持続圧測定において，B波が高頻度に出現する傾向が認められた。（5）NPH疑診例に対するAcetazolamide負荷試験の有用性が示唆された。

神経膠腫の腫瘍血管の微細構造—血管透過性に関する形態計測的検討高野　晋吾 , 吉井　与志彦 , 能勢　忠男 43巻1号 , 1991年1月 , pp.49-56

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　low grade astrocytomaおよび悪性神経膠腫の腫瘍辺縁部，内腔径10μm以下の血管の微細構造の比較から，神経膠腫血管の透過性に関する形態的特徴を，定量的に明らかにすることを目的とした。＜対象＞low grade astrocytoma 11例，28血管，悪性神経膠腫13例，30血管である。＜方法＞各血管につき，1）内皮細胞の細胞質1μm²あたりのpinocytic vesicle（PV）の数，2）junctionの異常（tight junctionの長さが0.25μm以下のjunction）の割合，3）fenestrationの有無を測定し，low grade astrocytoma，悪性神経膠腫の腫瘍血管の間で比較検討した。＜結果＞1）細胞質1μm²あたりのPVの数は，low grade astrocytomaで平均4.0±2.7個，悪性神経膠腫で平均8.1±5.0個で，悪性神経膠腫で有意に（p＜0.01）多かった。2）junctionの異常の割合は，low grade astrodytomaで10.3％，悪性神経膠腫で8.9％であり，違いは見られなかった。3）fenestrationを有する血管は見られなかった。＜結論＞神経膠腫の血管透過性の亢進に関する微細構造として，PVの増加が重要であり，junctionの異常，fenestrationの関与は少ない。PVの数はlow gradeastrocytomaでは正常と変わりなかったが，悪性神経膠腫では有意に増加していた。

抗HSP 70抗体による種々の神経変性疾患における封入体の免疫組織学的検討難波　吉雄 , 朝長　正徳 , 大塚　健三 , 小田　雅也 , 池田　和彦 43巻1号 , 1991年1月 , pp.57-60

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　抗HSP 72抗体を用いて，各種神経変性疾患について免疫組織学的検索を行った。その結果，Alz—heimer病では顆粒空胞変性の顆粒，および老人斑変性神経突起が，Pick病では一部のPick球が，Parkin—son病ではLewy小体が，ALSでは硝子様封入体が，多系統変性症ではグリア細胞内封入体が陽性に染色された。これらの封入体はユビキチン陽性であることが知られているが，このHSP72はユビキチン同様熱ショック蛋白の1つであること，またATP依存性に蛋白分解作用を有している可能性が示唆されていることから，HSP72がこれらの封入体における変性蛋白の除去に関与している可能性が考えられた。

連載　症候学メモ・64

縮瞳における瞳孔径の意義平山　惠造 43巻1号 , 1991年1月 , pp.41

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◆健常人の瞳孔の大きさ（直径）は通常の室内の明るさで2〜5mmとされている。大方の場合これが妥当である。つまり2mmが正常範囲の下限ということになる。これより小さい場合が絶対的縮瞳であり，それのみで病的であるといわれる。そこまで小さくないとき，例えば2〜3mmのときは，これを相対的縮瞳といって，反対側の瞳孔と比べて小さければ病的であろうということになる。

◆ところでHorner症候群のときの縮瞳はどの位の大きさであろうか。絶対的縮瞳か相対的縮瞳か，教室の若い人達に質問しても意外にきちんと理解していない。Hor—ner症候群では瞳孔は縮小してもまず2mmを超えて小さくなることはない。すなわち相対的縮瞳である。つまり他眼の瞳孔と比べてきめられる程のものであり，実際の臨床でも，反対側と見比べて判断しているのが通例である（いうまでもなくいわゆる眼瞼下垂もみられるが）。

症例

脳幹部に嵌入したVarixを有する上錐体静脈洞部硬膜動静脈奇形の一例—症例報告と文献的考察西野　晶子 , 桜井　芳明 , 高橋　明 , 佐藤　博雄 , 新妻　博 , 嘉山　孝正 , 溝井　和夫 43巻1号 , 1991年1月 , pp.62-69

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　くも膜下出血および左小脳脚内出血にて発症した64歳男性で，左上錐体静脈洞部に主座を置くtentorial dural AVMの稀な一例を報告した。本例は，左外頸動脈の複数の硬膜枝よりfeedされ，drainerは脳幹部に嵌入したvarixを伴う脳底部皮質静脈を経て，狭窄した直静脈洞，および胎生期遺残の大脳鎌静脈洞に還流されていた。治療はまず，superselective catheterization法により，左外頸動脈よりのfeeding arteryの塞栓術を行った後，左後頭下開頭によるdrainer clippingを行い，完全なnidusの消失が得られた。症例は，新たな症状の発現も無く，発症時より存在した軽度の右片麻痺を残し退院した。Tentorial dural AVM症例でその臨床症状，feeding artery, nidusの位置，draining veinおよびその状態，治療法等の記載の明らかな報告は，本例も含め27例が検索しえた。これらを基に，その臨床症状，脳血管写所見，治療法，成因について若干の考察を加え報告した。

視性幻覚を呈した前大脳動脈閉塞の2症例中島　健二 43巻1号 , 1991年1月 , pp.71-76

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　Organic Brain Symptomsとしての視性幻覚は脳幹部（大脳脚部），側頭葉，後頭葉などが責任病巣として考えられてきた。前大脳動脈閉塞による前頭葉病変で幻覚が発現したとの報告は未だ見られない。脳血管撮影で証明された左前大脳動脈閉塞症に出現した視性幻覚の2症例を報告する。いずれも自発性低下，緘黙等から病初には鬱病の疑いが持たれた。症例1は50歳男，右利き。右下肢の麻痺で発症，緘黙のまま経過したが，3か月後視覚性の幻覚が生じた。犬や蛇，プロゴルファーが病室の窓や天井に見えた。幻覚は約3週間持続した。症例2は70歳女，右利き。縅黙状態で発症し，3日後に肉親や，友人，動物，風景などが天井や壁に映る形で知覚された。この幻覚は約1週間持続した。2症例とも幻覚発現初期には，幻覚内容に支配されるかに見えたが，次第に批判力を持つに至った。頭部CTでは2症例とも左前頭葉内側面に梗塞巣が証明された。視性幻覚の発症原因として，fronto-occipital fasciculusの障害を考えた。すなわちこの線維が前頭葉皮質と後頭葉皮質，前頭葉皮質と側頭葉皮質問を機能的に結合させており，前頭葉病変があたかも側頭葉，後頭葉に病変があるかのように振舞うものと解釈した。

塩酸ニカルジピンの持続静脈内投与中に見られた麻痺性イレウスの1症例黒川　泰任 , 上出　廷治 , 太田　潔 , 本望　修 43巻1号 , 1991年1月 , pp.77-80

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　塩酸ニカルジピン（ペルジピン^®）の持続静脈内投与中に著明な麻痺性イレウスが持続した高血圧性脳内出血の1症例を経験した。症例は63歳の男性で突然の意識障害と左片麻痺で発症した。入院時の血圧は192/100mmHg，心拍102/分で，他の薬剤では十分な降圧を得ることができず，入院翌日より塩酸ニカルジピンの持続静脈内投与を開始した。初期量は2μg/kg/分（7.2mg/時）で22日間投与し，平均投与量は187mg/日（7.8mg/時間）であった。この間投与開始8日目に腹部膨満を訴え，9日目の腹部単純X線写真では大腸に著明なガス集積像が見られた。23日目に投与を中止したが腹部膨満は28日目には改善し，大腸のガス集積像も消失した。

　われわれの症例で長期間の麻痺性イレウスが続いた理由としては，十分な降圧を得るために塩酸ニカルジピンの比較的大量の持続静脈内投与を行ったこと，軽度の肝機能障害および腎機能障害が存在したこと等が関与し本来塩酸ニカルジピンが持っている消化管の平滑筋細胞の運動抑制作用が強く現われたと考えられた。

急性硬膜下血腫後遺症としての高Na血症，低体温，体温リズムおよび睡眠リズムの調節障害久保田　雅也 , 篠崎　昌子 , 石崎　朝世 , 倉田　清子 43巻1号 , 1991年1月 , pp.81-86

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　1歳1ヵ月時の外傷性急性硬膜下血腫後遺症としての高Na血症，睡眠リズムの異常，低体温，体温リズムの異常を呈した11歳男児を報告した。高Na血症は視床下部osmoreceptorの破壊によるADHの分泌調節不全がその本態と考えられた。睡眠リズムは概日リズムの不明瞭な全日型であり，NREM睡眠の各段階が保存された多段階型を示し，リズムの発振機構と睡眠段階の決定は異なる神経機構によることが推測された。体温は視索前野一前視床下部（PO／AH）を統合中枢とする階層構造により調節されるが本例の低体温はこれらの障害により通常の体温維持が低体温側へシフトしたものと思われる。又，この低体温は受傷後約3年で出現しており階層構造の何らかの機能的再編を示唆している。MRI上視床下部および脳幹被蓋部には高度の病変があり，以上の症状との関連が推測された。

中毒濃度以下で発症した慢性フェニトイン中毒の一剖検例とその小脳障害の考察安部　博子 , 柳下　三郎 43巻1号 , 1991年1月 , pp.89-94

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　私たちは今回，フェニトインの血中濃度が全経過を通して正常範囲内だったにもかかわらず，慢性フェニトイン中毒による小脳障害と考えられた一剖検例を経験した。難治性てんかんとフェニトインほか，多剤併用されていた重症心身障害者で，剖検時，著明な小脳萎縮が観察された。

　神経組織学的には，比較的境界鮮明に障害部位が局在し，その分布傾向は今までの慢性フェニトイン中毒報告例とほぼ同様であった。そしてここでは，プルキンエ細胞と顆粒細胞層の障害程度に解離が認められたので，プルキンエ細胞を小脳切片標本に一つ一つプロットを行った。その結果，プルキンエ細胞が減少し，顆粒層が残っている部位と，プルキンエ細胞は，残存しているが顆粒層障害の大きい部分とが認められた。これらのことから，フェニトインの小脳障害のメカニズムに対する若干の考察を試みた。

　また，フェニトインほか多剤併用されている難治性てんかん治療に対しても，臨床で見られる痙攣発作が，薬物の小脳障害によるものではないかどうか検討する必要性が強調された。血中濃度は指標の一つにすぎないと言うことを再確認させられた貴重な症例であり，報告をした。

基本情報

Brain and Nerve 脳と神経
43巻1号
(1991年1月発行)

電子版ISSN：2185-405X 印刷版ISSN：0006-8969 医学書院

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