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1.はじめに
呼吸や体温調節といった生命維持の根本にかかわるものから学習・記憶といった高次のものまで,脳の機能は複雑かつ精緻なニューロンの回路網によって担われている。ニューロンは個体発生の比較的早い時期に分裂増殖を終了し,神経伝達物質の生合成や受容体,チャネル等の機能分子の発現といった分化・成熟の過程を経てシナプスを形成し,神経回路網を構築してゆく。ニューロンは加齢に伴って変性・脱落してゆくが,軸索や神経突起の再生・発芽,シナプスの再形成といった過程も同時に起こっていると考えられている。このようなニューロンの分化・成熟,生存の維持,さらには再生といった一連の過程には,神経栄養因子(neurotrophic factor)と呼ばれる蛋白性の生理活性分子が大きく関与していることが明らかにされつつある11,22,37)。
一般に成長因子(growth factor)とは細胞の膜表面のリセプターを介して非常に低濃度(pg〜μg/ml)で細胞に作用し,増殖や分化・成熟などを引き起こすものである。神経栄養因子はニューロンに作用する成長因子の総称であり,その合成・分泌,作用形態の違いからいくつかの種類に大別されている。この中でも神経回路を形づくる上で標的の細胞が産生,分泌し,ここへ神経連絡(投射)してくるニューロンに対して作用するという形が最も生理的なものと考えられている。このような神経栄養因子(群)を標的由来神経栄養因子(target-derived neurotrophic factor)と呼び,その代表的なものに神経成長因子(nerve-growth fac—tor;NGF)がある。NGFは成長因子の中でも最初に発見されたものであり,研究も進んでいる。NGFの発見と標的由来の因子という仮定のもとに脳や筋肉から未知の神経栄養因子を精製しようとする試みは活発に行われているが,おそらくは組織中の量が非常に少ないこと,また活性を検定するアッセイ系の問題もあり,多くのものは依然として現象的なレベルで論じられているにすぎない。このような状況の中で最近NGF類似の物質である脳由来神経栄養因子(brain-derivedneurotrophic factor;BDNF)とニューロトロフィン−3(neurotrophin−3;NT−3)のクローニングが相ついで報告された。(これらNGFファミリーの神経栄養因子については後述する。)
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