呼吸器ジャーナル 72巻3号 (2024年8月発行)

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特集　低酸素に打ち克つ

序文

低酸素に打ち克つ佐藤　晋 72巻3号 , 2024年8月 , pp.324-325

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　生命活動に不可欠な酸素状態の維持は，呼吸器の精緻な構造と機能に依存した換気・ガス交換により構成される「呼吸」によって達成される．呼吸器の機能障害を有する呼吸器疾患診療において，酸素状態の維持は重要課題である反面，呼吸の不全・病的状態においてどのように介入・維持するかは，容易なことではない．

　酸素状態の異常には，低酸素状態と高酸素状態があり，低酸素状態には持続的低酸素，間歇的低酸素という異なる特徴を有する状態がある．哺乳動物としての進化の過程まで振り返って観ると，現在と地球環境の酸素レベルは必ずしも一定ではなく，数千・数万年規模での環境変化という視点から観ても，多くのことに気付かされる．こうした生命の神秘を感じ，本企画を立案した．

Ⅰ．酸素状態異常がもたらす身体への障害

低酸素と肺傷害・リモデリング広田　喜一 72巻3号 , 2024年8月 , pp.326-331

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POINT

●低酸素とは，全身または特定の組織・臓器への十分な酸素供給がなされておらず，酸素代謝が抑制されている状態である．

●低酸素は，炎症との転写因子低酸素誘導因子を介したクロストークを通じて，肺の病理現象に深く関わる．

高酸素状態は是か非か—酸素毒性稲田　英一 72巻3号 , 2024年8月 , pp.332-337

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POINT

●高酸素による肺障害リスクは認識されているが，酸素投与のガイドラインの遵守率は低い．

●高酸素による活性酸素産生と抗酸化物質減少のアンバランスが，臓器障害を起こす．

●新生児では高酸素と陽圧呼吸により，気管支肺異形成が起きやすくなる．

Ⅱ．酸素をいかに利用するか

ヒトの呼吸器系の進化平沢　達矢 72巻3号 , 2024年8月 , pp.338-346

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POINT

●哺乳類と鳥類は，それぞれ異なる隔膜の獲得を鍵革新として，高性能な呼吸器系を進化させた．

●横隔膜は，哺乳類に至る系統のみにある構造であり，前肢筋の一部から進化したと考えられる．

●大気中酸素濃度の低下が，哺乳類の呼吸器系の進化的成立を導いたのかもしれない．

低酸素環境桑平　一郎 72巻3号 , 2024年8月 , pp.347-355

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POINT

●順応には，低酸素換気応答の増強，低酸素の程度に見合う赤血球増多が重要な機序となる．

●適応には，過換気の持続，赤血球増多あるいは赤血球内ヘモグロビン濃度の増加が重要となる．

●適応には，さらに臓器・組織での毛細血管密度，ミトコンドリアの増加なども極めて重要である．

加齢・低酸素の自然史髙井　大哉 72巻3号 , 2024年8月 , pp.356-358

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POINT

●動脈血酸素飽和度測定装置がCOVID-19のパンデミックとともに一般家庭にも広く広まった．

●動脈血酸素飽和度は動脈血酸素分圧と（線形ではない）相関関係があるが，健常高齢者で値が低いときに，それを加齢によるものと言い切る根拠は乏しい．

●これまでの報告から，加齢と動脈血酸素分圧，肺の構造変化について振り返ってみたい．

●結論として，最近の研究では加齢そのものにより酸素分圧が下がることはなく，栄養状態，運動能が保たれていれば酸素分圧は保たれる．ただし個体差が非常に大きいと考えるべきである．

Ⅲ．なぜ低酸素が生じるか—呼吸器疾患と低酸素

低酸素換気応答と呼吸困難越久　仁敬 72巻3号 , 2024年8月 , pp.359-366

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POINT

●生体は様々なO₂センサーを介して体内環境を保っている．

●低炭酸ガス血症では，低酸素換気応答が減弱して呼吸困難が生じにくい．

●低酸素，睡眠，低炭酸ガス血症により呼吸調節系は不安定になり，無呼吸が生じる．

慢性呼吸不全患者に対する呼吸リハビリテーション玉木　彰 72巻3号 , 2024年8月 , pp.367-375

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POINT

●慢性呼吸不全患者に対する呼吸リハビリテーションは，ガイドラインにおいて非薬物療法の一つとして位置づけられている．

●呼吸リハビリテーションのエビデンスは，特に慢性閉塞性肺疾患（COPD）において確立されている．

●呼吸リハビリテーションは慢性呼吸不全患者に発生する悪循環を断ち切り，骨格筋機能障害や運動耐容能の改善を図ることで，ADL能力やQOLを向上させることを目的としている．

慢性閉塞性肺疾患（COPD）と低酸素永田　一真 72巻3号 , 2024年8月 , pp.379-384

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POINT

●COPD患者における低酸素血症は，肺胞ガス交換面積の減少，肺の弾性収縮力の低下，気道の弾性支持力の低下，換気血流不均等など多岐にわたる要因が絡み合って生じる．

●COPD患者においては，骨格筋機能障害による酸素消費量の増大と呼吸仕事量の増加により，運動時に低酸素血症の悪化がみられる．

●COPD患者の低酸素血症に対しては，まず長期酸素療法が行われ，換気不全を伴う場合には高流量鼻カニュラ酸素療法が行われることもある．

間質性肺炎と低酸素半田　知宏 , 谷澤　公伸 72巻3号 , 2024年8月 , pp.385-391

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POINT

●間質性肺炎の安静時低酸素血症は換気血流不均等の影響が大きく，労作時には拡散障害の影響が加わり，比較的高頻度に低酸素血症を呈する．

●6分間歩行試験における低酸素血症は間質性肺疾患の予後不良因子であり，それを反映して2024年4月に難病の重症度基準が改訂された．

●近年，複数の臨床試験によって労作時に低酸素血症を認める線維性間質性肺疾患に対する酸素投与が運動耐容能や咳嗽，息切れを改善する効果が示され，特発性肺線維症の治療ガイドラインに反映されている．

睡眠時無呼吸症候群と低酸素陳　和夫 , 谷澤　公伸 72巻3号 , 2024年8月 , pp.395-400

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POINT

●睡眠時無呼吸がもたらす低酸素には，間欠的低酸素と持続的あるいはhypoxic burdenとされる低酸素がある．

●間欠的低酸素は，組織にとって虚血・再灌流と同様の作用を及ぼし，酸化ストレスになって，全身炎症を起こすとされている．

睡眠時無呼吸症候群以外の睡眠呼吸障害・肺胞低換気坪井　知正 72巻3号 , 2024年8月 , pp.401-415

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POINT

●換気不全で長期NPPVの対象となる疾患の主たるものは神経筋疾患である．

●神経筋疾患の呼吸管理にはNPPVとカフアシストが必要となる．

●NPPV設定には，PSG，PtcCO₂，SpO₂，機器ログデータが参考となる．

肺高血圧症と低酸素磯部　更紗 , 田村　雄一 72巻3号 , 2024年8月 , pp.416-424

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POINT

●肺高血圧症の定義は，安静時右心カテーテル検査で平均肺動脈圧≧25 mmHgから＞20 mmHgに引き下げられた．

●複数の血管拡張薬が使用可能となり，投与方法が異なる薬剤も開発され，肺動脈性肺高血圧症の予後が改善してきている．

●肺動脈性肺高血圧症の発症に強く関連する遺伝子について，国際的な報告がなされてきている．

ARDSと低酸素田坂　定智 72巻3号 , 2024年8月 , pp.425-431

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POINT

●ARDS患者の低酸素血症の主たる要因は肺内シャントである．

●呼吸管理では虚脱した肺胞を再開通し，再虚脱を防止するためにPEEPを活用する．

●腹臥位換気は腹部臓器などの荷重の影響を軽減し，荷重部のシャント血流が減少する．

Ⅳ．低酸素に対する対処法—適応疾患と対処の実際

低流量酸素療法石橋　一馬 72巻3号 , 2024年8月 , pp.432-438

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POINT

●適正な酸素流量は，目標となるSpO₂を満たしていることである．

●低流量酸素療法を行うためには，それぞれのデバイスの特徴を理解して選択する必要がある．

●低流量酸素療法は流量が少ないため，酸素濃度特性や再呼吸を考慮して目標となる酸素濃度を吸入できるデバイスを選択する．

高流量酸素療法（HFNCを含む）蝶名林　直彦 72巻3号 , 2024年8月 , pp.439-450

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POINT

●ハイフローセラピー（HFNC）は，30 L/分以上の酸素加空気を専用の機材で経鼻的に吸入させる呼吸管理の一方法である．

●高流量かつ加湿ガスであり，正確な吸入酸素濃度・CO₂排出効果・気道クリアランス増強効果などを有する．

●既に諸外国でも，多くの急性および慢性呼吸不全患者に使用されてきており，挿管や増悪を回避できるエビデンスがある．

持続陽圧呼吸（CPAP）療法中野　博 , 古川　智一 72巻3号 , 2024年8月 , pp.452-458

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POINT

●CPAPは上気道虚脱の防止と呼気終末肺気量増大により睡眠時無呼吸に奏効する．

●主な適応は閉塞性無呼吸であるが，心不全に伴う中枢性無呼吸でも有効であることがある．

●固定圧モードを基本とし，必要に応じ自動圧モードを用いるが，自動圧モードの過信は禁物である．

非侵襲的人工換気療法北島　尚昌 72巻3号 , 2024年8月 , pp.459-465

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POINT

●NIVが有効であるメカニズムを理解することで，NIVが有効な病態を理解する．

●NIVを開始すべき適切なタイミング，設定，導入後の治療目標を理解する．

●NIV成功の可否は，インターフェイスの選択とフィッティングに依存することを理解する．

ASV 安島　鵬飛 , 加藤　隆生 , 葛西　隆敏 72巻3号 , 2024年8月 , pp.466-476

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POINT

●心不全患者に合併する睡眠呼吸障害は治療介入すべきポイントとなりうる．

●睡眠呼吸障害のタイプやLVEFを考慮して呼吸モードの選択をする．

肺移植芳川　豊史 72巻3号 , 2024年8月 , pp.478-484

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POINT

●内科的治療が尽くされても進行する慢性呼吸不全に対して，肺移植が考慮される．

●日本における脳死ドナー不足は深刻であるが，ドナー提供や肺移植は年々増加している．

ECMO 河越　淳一郎 , 大山　慶介 , 阿部　信二 , 竹田　晋浩 72巻3号 , 2024年8月 , pp.485-490

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POINT

●体外式膜型人工肺（ECMO）は，重症心不全および呼吸不全に用いられる生命維持装置の一つである．

●ECMOは，重症心不全による循環補助を主とするV-A ECMOと，重症呼吸不全に対する呼吸補助を主とするV-V ECMOに大別される．

●ECMO加療は医師だけが行うものではなく，看護師・臨床工学技士をはじめとする多職種で行うチーム医療である．

【COLUMN】

パルスオキシメータ田中　悠也 , 倉原　優 72巻3号 , 2024年8月 , pp.376-378

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　パルスオキシメータは，聴診器とあわせて呼吸器科医にとって最も身近な医療機器の一つである．しかし，その歴史，原理，および種類についてはご存じない方も多いかもしれない．経皮的動脈酸素飽和度（SpO₂）の測定はバイタルサインとして酸素化の重要な指標である．しかし，病院外では，肺疾患を抱えた在宅酸素療法をしている患者が，自宅で測定する場合を除き，パルスオキシメータは血圧計と比べて一般家庭に普及しているという状況ではなかった．だが，近年COVID-19のパンデミックがあり，自宅療養者に自治体からパルスオキシメータの貸与が行われた．SpO₂の測定は，特にCOVID-19の重症度の把握に重要な指標であり，一般に知られるようになった．

　同時期より，ウェアラブル端末であるスマートウォッチにSpO₂の測定機能が追加された（図1）．当院の外来患者でも，スマートウォッチを使用しSpO₂を日常的に測定している患者が増えている．スマートウォッチに搭載されているSpO₂の測定機能は，本邦では医療機器として承認されているわけではない．そのため，結果の解釈には十分な注意が必要である．しかし，家庭でのスマートウォッチによるSpO₂モニタリングが急性肺塞栓症など，急性疾患の早期発見につながる可能性や，SpO₂が90%未満の血中酸素飽和度の低下状態をほぼ確実に検出できるという報告もある^1,2）．医療機器であるパルスオキシメータと同等な可能性も示唆されている^3）．スマートウォッチは家庭での患者の呼吸状態のモニタリングに有用な可能性がある．

高高度における呼吸生理田中　悠也 , 倉原　優 72巻3号 , 2024年8月 , pp.392-394

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　空の上というのは，いつの時代も人類があこがれる場所である．しかし，2,500mを超える高所では，人は急性高山病，特に最重症型である高地肺水腫を発症する可能性があるため注意が必要である^1）．

　興味深い報告で，エベレストで動脈血液ガス分析を測定した論文がある^2）．特に，高地で動脈血液ガス分析を行った報告は限られる．同論文によると，動脈血酸素分圧（PaO₂）は高度の上昇とともに低下するが，ヘモグロビン濃度が上昇し，酸素飽和度（SaO₂）は標高7,100mに達するまでは維持される．しかし，標高8,200mに達すると，平均SaO₂は26%も低下していた．どれほど訓練し熟練した登山者であったとしても，標高8,848mに達するエベレスト山頂の低気圧低酸素環境が，人の耐久限界に近い可能性があると示されている．

「Happy hypoxia」について再考する田中　悠也 , 倉原　優 72巻3号 , 2024年8月 , pp.491-493

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　肺疾患をもつ患者が低酸素状態に慣れてしまうということは，呼吸器科医であればしばしば遭遇する現象である．COVID-19のHappy hypoxiaはそのなかでも特によく知られている．しかし，その機序はいまだにはっきりわかっていない．

　COVID-19は5類感染症に移行し，公費負担は2024年3月末で終了した．日々の生活の中ではCOVID-19は克服されて，かつての日常が戻ったように思われる．しかし，当院は引き続きCOVID-19の診療を行っている．酸素投与が必要な患者を，今も定期的に入院で受け入れている．最近経験した当院の症例も，両肺の広範な肺炎像を認めたが，呼吸困難の自覚がなくHappy hypoxiaを呈した．高齢で，糖尿病が基礎疾患にあり，COVID-19に特徴的な，両肺の広範囲の肺炎像を認めた（図1a）．2L/分の酸素投与を要した．レムデシビル，デキサメサゾン，およびバリシチニブを投与したが不応であり，2週間後に肺すりガラス影が浸潤影に変化し，酸素投与量も7L/分に悪化した（図1b）．しかし，やはり呼吸困難はなかった．ステロイドパルス療法を行ったところ室内気に戻り一命を取り留めた．

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目次 72巻3号 , 2024年8月 , pp.322-323

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呼吸器ジャーナル
72巻3号
(2024年8月発行)

電子版ISSN：2432-3276 印刷版ISSN：2432-3268 医学書院

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特集 低酸素に打ち克つ

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Ⅰ．酸素状態異常がもたらす身体への障害

Ⅱ．酸素をいかに利用するか

Ⅲ．なぜ低酸素が生じるか—呼吸器疾患と低酸素

Ⅳ．低酸素に対する対処法—適応疾患と対処の実際

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