BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 68巻9号 (2016年9月)

特集 自己免疫性脳炎・脳症

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特集の意図

自己免疫性脳炎・脳症と総称される疾患群は,長らく「よくわからない」ものであったが,その自己免疫性機序が次々に解明されたことにより,多くのものが「治療可能」な疾患へと変わりつつある。本特集では,治療介入が有効な症例を見逃さないための最新情報を整理してお届けする。また「わからない」を「治せる」に変えてきた神経学の持つダイナミックさにも触れていただきたい。

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はじめに

神田 本日は,特集「自己免疫性脳炎・脳症」のイントロダクションとして鼎談を企画いたしまして,日本における診療・研究を中心となって続けてこられたお2人の先生方にお越しいただきました。ここ20数年の自己免疫性脳炎の診断・治療の進歩の歴史を振り返りながら,自己免疫性脳炎の将来の方向性がみえるようなお話をお願いいたします。

 なお,自己免疫性脳炎といってもその中に含まれる疾患は多岐にわたりますので,今回は橋本脳症とVGCK関連抗体陽性脳炎,抗NMDA受容体(NMDAR)脳炎の3つに絞ってお話を伺っていきたいと思います。

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自己免疫性脳炎・脳症では,神経細胞のシナプス機能に関わる蛋白を標的とする自己抗体が相次いで同定されている。このうち,NMDA受容体に立体構造依存的に結合するIgG抗体の検出頻度が最も高い。本抗体陽性例は若年女性を中心に,精神症状,痙攣,不随意運動などの特徴的な症候を呈し,卵巣奇形腫を有する場合が多い。早期の腫瘍摘除,抗体除去・産生抑制療法は長期的に良好な予後をもたらす。

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VGKC複合体抗体は,アイザックス症候群の過剰興奮症候に加え,精神症状,不眠,自律神経障害を呈するモルヴァン症候群,さらに近時記憶障害とてんかんを主徴とする辺縁系脳炎でも陽性となる一群がある。VGKC複合体は,いくつかの蛋白により構成されているが,LGI1(leucine-rich glioma inactivated 1)とCaspr2(contactin-associated protein 2)が主たる抗原である。

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橋本脳症は大脳由来の高次脳機能障害から小脳症状までさまざまな症状を呈し得る脳症である。橋本脳症は一般的に抗NAE抗体を含む抗甲状腺抗体,脳および/または小脳由来神経症候,免疫療法への応答性により診断されるが,臨床症状の広範さのため疑わなければ診断できない疾患である。さらに報告症例が重症例に偏っている影響もあり,軽症例については多くが見逃されているのが現状である。われわれの検討では,橋本脳症の多くがgive-way weaknessや非典型的な感覚障害を示し,心因性疾患と誤診されている例もみられた。これらの神経症候を心因性と決めつけることなく,治療可能な自己免疫性疾患の可能性を常に念頭に置き,日々の診療に当たることが重要である。

SLE脳症 田中 良哉
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全身性エリテマトーデス(SLE)は,妊娠可能年齢の女性に好発し,多臓器障害をもたらす代表的な全身性自己免疫疾患(膠原病)である。特に,中枢神経病変は予後を規定する要因である。障害部位は中枢神経,脊髄,末梢神経と幅広く,その症候は器質的なものから精神医学的所見まで非常に多彩である。米国リウマチ学会では神経精神SLE(NPSLE)としてSLEにおける精神症状・神経症候を19病型に細分類した。また,欧州リウマチ学会は2008年にSLEの管理,2010年にNPSLEの管理・治療のガイドラインを発表した。NPSLEなどの重症臓器病変があれば,大量ステロイド剤と免疫抑制薬の併用療法の開始が選択される。本邦でも複数の免疫抑制薬が承認され,寛解導入,臓器障害の阻止,QOLの改善へと治療目標が高くなってきた。今後は,生物学的製剤やキナーゼ阻害薬の開発が期待される。

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辺縁系症候を中核とする自己免疫性脳炎には,神経細胞表面の機能分子に関連した抗原,あるいは細胞内抗原に対する自己抗体を有するものがある。後者では腫瘍と神経の共通抗原に対する自己抗体がより多く,傍腫瘍性の診断と,腫瘍の潜在マーカーとして臨床的に有用である。細胞内抗原に対する抗体の病原性は明らかではなく,神経細胞障害は傷害性T細胞によるものと考えられている。ここでは頻度の高い抗体を有する脳炎の特徴,背景腫瘍などについて概説する。

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はじめに

 現在モルヴァン症候群と呼ばれている疾患の原著論文を全訳し,掲載する。モルヴァン症候群は,神経免疫学的な知見の集積により,近年,日本でも注目が集まっている。しかし,この疾患がいつどのように発見され,またこの疾患に名を残すモルヴァンとはどのような人物なのだろうかと問われたら,きちんと説明できる人はそう多くはないと思う。われわれの興味もここにあり,少し前にこの疑問を解決すべく出発した。そして,情熱的で臨床にも優れ,神経学的にも大きな業績を残しながら,歴史に埋もれてしまった1人の医師の姿を垣間見ることになった。

 まず原著をお読みいただく前に,解説編として,モルヴァンの人物像と業績を紹介し,さらにモルヴァン症候群の現在の状況を簡単にまとめるとともに,100年以上前に書かれた論文を理解するために必要な情報を補足する。蛇足の誹りを覚悟しつつ,少々お付き合いいただきたいと思う。

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CLIPPERSは,2010年にPittockらによって提唱された新しい疾患概念である。病理,画像,臨床的特徴を名前に盛り込んだ疾患名で,すなわち,chronic lymphocytic inflammation with pontine perivascular enhancement responsive to steroidsの頭文字よりなる。特徴的な画像所見は,橋を中心として造影後,点状および弧状の造影効果がみられることである。再発時に橋を中心とした病変とみられることも重要な所見となる。本疾患に特異的なバイオマーカーはないので,常に他の疾患との鑑別に留意する必要がある。種々の鑑別の中で,いわゆる前リンパ腫の状態である,GradeⅠリンパ腫様肉芽腫症や悪性リンパ腫のsentinel lesionとの鑑別が困難であるが重要となる。

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これまでに筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因遺伝子として約20個の遺伝子が同定されているが,最近では次世代シークエンサーを用いた研究の進歩により新しい原因遺伝子が順次報告されている。遺伝子産物はALSの発症機序に関与していることが想定され,病態の解明に向けて研究が進められている。これら原因遺伝子ごとの特徴について概説する。また遺伝子診断は遺伝カウンセリングを踏まえたうえで実施することが望ましい。

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パーキンソン病(PD)の薬物治療の実態および疾患・治療に対する患者意識を明らかにするために,2013年に大規模患者調査を実施し,5年前の2008年に実施した同様の調査と比較した。一次調査(郵送調査)では4,278名,二次調査(面接調査)では101名を解析対象とした。2008年調査と比較して,PD重症度,日常生活の活動レベルおよび介助レベルは軽減された。レボドパの平均1日用量は,すべての罹病期間で増加し,特に罹病期間6年以上で400mgを超えた。モノアミン酸化酵素B(MAO-B)阻害薬の服薬率は,罹病期間6年未満の患者で増加し,6年以上の患者で減少した。カテコール-O-メチル転移酵素(COMT)阻害薬およびゾニサミドの服薬率は増加した。ジスキネジアの経験がある患者では,ジスキネジアの回避より「動きやすさ」の改善を希望する傾向がより強くなった。PDは根本治療がなく,薬物療法は対症療法にすぎないという思いが患者満足度に影響を与え,満たされない気持ちはOFF時の重症度によって変化した。医師はPD治療薬の選択や用量を工夫するのみならず,患者の気持ちを考慮して親身になって患者に対応する必要がある。

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NMDA型GluRサブユニット抗体陽性脳炎5症例を経験した。主要症状は急速に変動する意識の変容,多彩な精神症状,行動異常,後弓反張,カタレプシー,顔面・口部を中心とする律動的・非律動的不随意運動,持続性部分てんかんとみなされる常同的律動的ミオクローヌス様運動,全般性・部分性てんかん,呼吸抑制などであった。MRIでは2症例に大脳皮質の肥厚を認め,脳波上急性期には多形性・単形性大徐波を認めたが,明らかなてんかん原性脳波所見は乏しかった。NMDA型GluRサブユニットであるGluN2BのN末端ペプチドに対する抗体量は髄液中で高値を呈した。5例中2例には卵巣奇形腫を認め摘出した。呼吸,痙攣コントロールに加え,ステロイドパルス療法,経静脈的免疫グロブリン大量療法,血漿交換療法を実施したが,最近の文献から,難治例には今後リツキシマブ,シクロホスファミド療法なども考慮すべきと思われる。

ポートレイト

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出会い

 1970年,春まだ浅いミュンヘン郊外ゼーヴィーゼンのマックス・プランク行動生理学研究所にコンラート・ローレンツ(Konrad Lorenz;1903-1989)博士(Fig. 1)を尋ねた。僕は学部を卒業したてでその春から大学院に進学することが決まっていた。横浜からソ連の貨物船でナホトカに行き,ハバロフスクからシベリアを経ての長旅だった。秘書に来意を告げると,午睡から醒めるまで,少し待って欲しいとのことだった。ほどなく,写真でみるとおりの大柄のローレンツ博士が現れ,握手を交わした。力強い大きく暖かい手だった。居間には愛犬が寝そべり,ゼーヴィーゼンの池を再現した大きなアクアリウムがあった。博士と親しかった指導教授の紹介状があるとはいえ,つまりは学部4年生に過ぎない僕にローレンツ博士は大変親切だった。なにぶん,こちらは生意気盛りなので,いま考えると赤面ものの議論をしたが,そのようなときにも熱心にこちらの質問を聞いて丁寧に答えてくれた。僕がいま若い人に,たとえ少々生意気であっても,暖かく接するのは,このような経験のおかげである。

 居間でのお茶とお菓子を頂きながらの歓談の後,ゼーヴィーゼンの池を案内してくれた。池はまだかなりの部分が凍っていたが,水のあるところでは鳥が集まっており,長く続いている同性のカップルなどを細かく説明してくれた。僕はついに野外で動物を観察するような研究をしなかったが,年少のときから小動物の飼育が好きでまた上手だったし,大学での研究とは別に動物をみることはいまでも楽しい。ゼーヴィーゼンを尋ねたのは自分の大学での研究(実験心理学)とは別の研究を直接知りたかったからである。

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 2016年4月13〜15日に,イタリアのヴェニスで開催されたESC2016に参加しました。本学会は脳卒中の多岐にわたる分野(神経科学,画像診断,内科治療,外科治療,理学療法)に関して,欧州のみならず世界各国の研究者が集い,最先端の研究成果をon timeに聴講できる学会です。今年で既に25回目を迎え,年々,発表演題数のみならず,対象とする研究分野の広がりをみせております。私は一昨年開催のESC2014(フランス・ニース)に初めて参加し,上記のように脳卒中の基礎から臨床まで幅広いテーマを取扱い,学会会場にて熱くかつ友好的に議論を重ねる当学会の雰囲気に魅了され,毎年の参加を固く決心しておりました。昨年開催のESC2015(オーストリア・ウィーン)にも参加・発表する機会が得られ,その内容も有意義なものであったことから,今回のESC2016に対しても早々に演題登録を行い,発表の準備を進めてまいりました。

 いつもなら,楽しみさえ伴う学会準備ではありますが,今年は甚だ不安要素が多いものとなりました。というのも,2015年11月13日にフランス首都・パリの観劇街で,2016年3月23日にはベルギー首都・ブリュッセルの主要機関である国際空港と地下鉄が狙われる同時多発テロが発生し,無実の市民が多数巻き添えになる状況を目の当たりにし,決して安全とは言えないこの時期の欧州に行くのは如何なものか,との疑念が払拭できなかったことにあります。実際に同僚に相談すると,「次はイタリアあたりが危ないですかね?」など冗談にもならない進言があり,普段より気を使っての出発となりました。

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バックナンバーのご案内

次号予告

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 著者の郡健二郎先生は泌尿器科学を専門とされておられ,そのご業績に対して紫綬褒章をはじめ,数々の賞を受賞されておられるが,その中に2004年に受賞された,「尿路結石症の病態解明と予防法への応用研究」と題する論文に対する日本医師会医学賞がある。私はそのとき,日本医学会の会長として医学賞の選考に携わったが,この医学賞は日本医学会に加盟している基礎・社会・臨床のすべての分野の研究者から申請を受け,その中の3名だけに受賞が限られるので,泌尿器系の先生が受賞されるのは珍しいことであった。そのため郡先生のことは私の記憶に強く残っていた。その郡先生が上記の題で200頁近い本をご自身で執筆されたことは私にとって大きな驚きであった。

 この本は「研究の楽しさ,美しさ」「科研費の制度を知る」「申請書の書き方」「見栄えをよくするポイント」の4章に分かれているが,特に第3章の「申請書の書き方」では実際の申請書の執筆形式に沿う形で,それぞれの項目において基本的に注意すべき点(基本編)と,実際にどのように書くか(実践編)について詳細に記載されており,科研費を申請される方にとって極めて有用かつ実用的な内容となっている。

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 モルヴァン(Augustin Morvan;1819-1897)という人物をご存知でしょうか。1819年に生まれた,シャルコー(Jean-Martin Charcot;1825-1893)と同時代のフランスの医師です。シャルコーがパリで活躍し,神経学の始祖として現在でも最も高名な神経学者であるのに対し,モルヴァンはブルターニュ地方ラニリスという,フランスの最西端の片田舎の臨床医で,あまり知られていません。しかし,素晴らしい神経学の業績を持ち,さらに地域の政治にまで関わった人物であるようです。

 彼の神経学における業績は大きく3つあります。1つ目は,1875年に粘液水腫の症候の詳細を記載したことです。2つ目は,1883年に上肢の「paréso-analgésie」(麻痺-痛覚脱失症,モルヴァン病)と呼ばれる脊髄空洞症(モルヴァン自身は,脊髄空洞症とは考えませんでした)の神経症候を記載したことです。この疾患は当時フランスで大変な注目を浴びました。3つ目は,1890年に「chorée fibrillaire」(線維性舞踏病,モルヴァン症候群)を初めて記載したことです。当時は残念ながら,麻痺-痛覚脱失症ほど注目度は高くなかったようです。しかし近年,モルヴァン症候群は,電位依存性カリウムチャネルの免疫性障害に合併する,シナプス病理を持つ傍腫瘍性神経症候群として,非常に大きな関心が寄せられています。

「読者からの手紙」募集

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 「1日で5分余計に進む時計と,完全に止まった時計では,どちらの時計が正確か?」というクイズがある。答は,後者だ。毎日2回は正確な時刻を示す。これを思い出したのは,しばらく使っていなかったクォーツ腕時計がすべて電池切れで止まってしまったからだ。何はともあれ,電池交換やオーバーホールに時間がかかって閉口した。機械式の時計は,たとえ止まっても手巻きですぐに動かせるから,そういう点ではクォーツ時計に勝る。

 街の至る所に時計があり,スマホで簡単に時間がわかる時代になっても,腕時計を身につけた人は周りに少なくない。現在の時刻だけでなく,次の予定まで後どのくらい時間があるかを知りたいとき,アナログ時計はとても便利だ。腕時計の基本は3針(時・分・秒)で,これに日付・曜日,クロノグラフ(ストップウォッチ),ムーンフェイズ(月の満ち欠け)などの表示が付加されているものもある。最近は電波時計やGPS時計が普及してきた。シチズンが初めて開発した光発電時計エコ・ドライブは電池交換の心配がないし,年差10秒以下を保証する高精度のものまである。一方,機械式腕時計のムーブメント(針を動かす仕掛け)も進歩を続けており,オメガが初めて実装したコーアクシャル(Co-Axial)機構では,油切れや摩耗のためオーバーホールが必要となるまでの年数が8〜10年と倍に伸びた。時計職人による手仕事の賜である機械式時計は,今なおその存在価値を失っていない。自動巻きは便利だが,手巻きの時計にも特有の味がある。忙しい毎日であればこそ,時計のリューズを巻く心のゆとりを持ちたいものである。

基本情報

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BRAIN and NERVE-神経研究の進歩
68巻9号 (2016年9月)
電子版ISSN:1344-8129 印刷版ISSN:1881-6096 医学書院

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