BRAIN and NERVE 68巻10号 (2016年10月)

特集 アディクション—行動の嗜癖

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特集の意図

行動嗜癖の輪郭は精神医学の中でも曖昧であったが,近年報酬系回路など脳研究の進展により物質依存症との類似も報告され,DSM-5においては「物質関連と嗜癖の障害」として分類された。行動嗜癖の脳内メカニズムに関する新しい知見を踏まえ,危険ドラッグ,ギャンブル,インターネット,窃盗といった対象への依存についてその概念と治療をまとめる。

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はじめに

三村 本日は,アディクションをテーマに鼎談をさせていただきたいと思います。アディクションは比較的概念が整理されておらず,実際に多くの患者さんが困っておられる中で,病気をどういうふうに捉えて,どういうふうに対応していくのかということも,割と最近になってクローズアップされてきました。

 そのような中で,ギャンブル障害や窃盗癖など,臨床の第一線で行動の嗜癖を専門とするお二方にお話を伺いたいと思います。

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動物がある行動の後に報酬を得ると,その行動を繰り返すようになる。中脳のドーパミンニューロンは,このような報酬による行動の「強化」にとって重要な神経基盤であり,アディクションとの関係が注目されてきた。一方,近年の研究は,ドーパミンニューロンの中には報酬とは無関係なシグナルを伝達するものも多く存在することを報告している。本稿では,ドーパミンシグナルについての最新の知見と,その強化との関係を概説する。

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危険ドラッグの乱用が拡大しており,大きな社会問題になっている。危険ドラッグは,規制薬物と類似の作用を示すものの未規制である場合が多く,効果も軽微であると誤解される傾向が強い。しかしながら,危険ドラッグの長期使用によって,薬物依存症に陥ることが判明している。本稿では,危険ドラッグとして流通している合成カンナビノイドを中心に代表的な危険ドラッグについて整理し,その生体に及ぼす危険性について解説する。

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国内外で急速に深刻化しているインターネット依存について,定義,症状,リスクファクター,有病率,合併精神疾患などを概説した。各論としてはゲーム依存とSNS依存を取り上げ,特に,新しく現れたMMOと呼ばれる依存性の高いゲームに言及した。治療については,特によく用いられている認知行動療法を紹介した。

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わが国のギャンブル障害の有病率は,他国の数倍に相当する4.8%である。有病者536万人の大半がはまっているギャンブルは,法律上ゲームとみなされているパチンコ・スロットである。ギャンブルは20歳前に開始され,6年後に借金が始まり,治療の場に現れる30代後半までに1300万円を費消している。本人のみならず,家族もメンタル不調に陥る深刻な疾患であり,治療上最も有効な自助グループの数も少ない。早急の対策が望まれる。

窃盗症の概念と治療 竹村 道夫
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窃盗症の輪郭は不明瞭である。筆者らが治療に関わった常習窃盗者の登録数は1,430例に達した。窃盗症と摂食障害の緊密な関連には多数の要因が関係しており,「食費節約説」は不適切である。常習窃盗の治療としては,個人精神療法のほか,認知行動療法,家族療法,集団療法,サイコドラマ,自助グループなどの原理を応用している。筆者らは,回復(途上)者による初心者へのメッセージと自助グループへの参加が重要と考えている。

性依存症からの回復 吉岡 隆
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依存症とは依存対象に囚われて社会生活が破綻してしまう病気のことである。性依存症も他の依存症と同様に,「再生」か「死」のどちらかを選ばざるを得ない。依存症が《自己治療法》と呼ばれるのは,生き延びるためにその依存対象を「必要」としたためである。だから依存対象を簡単には手放せない。だが回復プログラムを使うことで,人間的な成長への道を歩むことができる。

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プリオン様異常蛋白質の脳内伝播は,アルツハイマー病,パーキンソン病など,疾患ごとに特定の異常蛋白質が蓄積する主要な神経変性疾患の発症,進行の根底にあるメカニズムと考えられる。疾患の多様性,回路選択的変性,病気の進行性は,このプリオン様の異常蛋白質の自己複製的な増幅,伝播,「strain」の違いで説明が可能である。そのメカニズムの解明と伝播を抑制する薬剤などの探索が今後の治療法開発に重要である。

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私たちは睡眠中,夢という独特な状態を経験する。夢や,夢を生じるレム睡眠の役割は,脳科学における大きな謎であった。筆者らは,レム睡眠の人為的な操作を可能とするトランスジェニックマウスの開発に成功した。本総説では,まずこのマウスの開発に至った経緯について触れ,さらに,このマウスの解析により初めて明らかとなった,レム睡眠によるデルタ波の促進作用について解説する。

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florbetapir(18F)は,アルツハイマー型認知症が疑われる認知機能障害を有する患者の脳内アミロイドベータ(Aβ)斑の可視化を目的とした放射性標識化合物である。脳内Aβの蓄積の有無を知ることは,治療方針の決定や検査計画を立てるうえでの臨床における有益性があり,今後アミロイドPETイメージングが診療に用いられることが想定される。本稿では,アミロイドPETイメージングの有用性および臨床的意義を臨床研究のデータをもとに紹介し,日本における適正使用について解説する。

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症例は59歳男性。突然の回転性めまいと吐き気で発症し,数時間後には嚥下障害のため経口摂取がまったく不可能になった。神経学的には重度の嚥下障害を認め,他の神経症状に乏しく,急性期に軽度の左顔面神経麻痺と頸部以下右側の表在感覚障害がみられたのみで,四肢の運動麻痺,協調運動障害もみられなかった。頭部MRIの拡散強調画像で延髄吻側の左内側部に前後方向に長い高信号域を認め,延髄内側梗塞急性期と診断した。その後,顔面神経麻痺や感覚障害は2週間後には消失し,舌・軟口蓋,咽頭筋の麻痺を認めないにもかかわらず,重度の嚥下障害のみが残存し,遷延した。本症例の障害部位は,解剖学的にヒトにおける狭義の嚥下中枢(central pattern generator)を含んでいる可能性が高い。その症候を提示し,解剖学的考察を加え報告する。

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症例提示

臨床医(山崎) 入院時62歳の女性で右利きの方です。主訴は,「みえ方がおかしい,物忘れ」でした。

 現病歴は,2008年9月より,自動車が小さくみえ,カーテンの柄が大きくみえることに気がついたことが最初です。自宅の床がひずんで割れていくようにもみえた,また,身近な家族の顔がいつもと違う印象を受けることがあったとのことです。10月上旬より,約束した内容を翌日にはまったく覚えていないことがたびたびあり,物忘れは徐々に悪化しました。10月中旬より,左手が使いづらくなって日常生活全般が億劫になり,家事をしなくなりました。精査加療目的で10月下旬に当科入院となりました。

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 2016年6月19〜23日にドイツのベルリンで開催されたMDS 2016(20th International Congress of Parkinson's Disease and Movement Disorders)に参加した。

 本学会の開催地がベルリンであると聞き,まず連想されたのがかつての東西冷戦であった。私が幼少の頃は東西冷戦の真っただ中であり,中学校の教科書(地理だったか?)にはベルリンの壁(写真1)の写真が載っていたが,冷戦を象徴する壁として印象深かった。この時代,冷戦のひずみが引き起こした数々の出来事・事件・悲劇が報道されていた。それから数年を経て私が高校生の頃,民主化の潮流の中でベルリンの壁が崩壊するとともに世界が冷戦の終結へと大きく動いた。本学会のホームページやプログラム,学会場の看板にはブランデンブルク門の写真が載せられていた(写真2)が,この門のそばにあった東西を隔てる壁の上に多くの人々が乗って壁の崩壊を祝っている姿を何度もメディアが報じていた。このような劇的な世界の変化を多感な時代にみていたことを思い出した。いつの頃からか,そのうち機会があればベルリンに行ってみたいと思うようになっていたので,MDSがベルリンで開催されたことで念願をかなえることができた。

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バックナンバーのご案内

次号予告

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 〈アクチュアル脳・神経疾患の臨床NEXT〉『免疫性神経疾患 病態と治療のすべて』を読ませていただきました。ずしっとした本書の重みが単なる病気の教科書的解説の寄せ集めではなく,実際の免疫性神経疾患の病態解明と治療の進歩の情報に満ちあふれていることが分かりました。一般に神経疾患には難病が多く,病態は不明で治療法は乏しいという印象がありますが,本書はそうした固定観念を一掃してしまった感があります。

 例えば,免疫性神経疾患の代表的疾患である多発性硬化症を例にとってみますと,わが国で難病対策が始まった1970年代の本症の認識は,「病態に免疫の異常が関与しているも,再発を抑える治療はない」というものでしたが,本書ではその認識が一変していることが分かります。即ち,「多発性硬化症はその主な病態機序は明らかにされ,それに対する分子標的療法を含む各種の病態修飾薬が奏効し,再発はほぼコントロールされるようになり,今後は長期予後を改善させる個別化医療が模索されている」という認識です。本書では,多発性硬化症に限らず多くの疾患で,これに類する病態解明や治療法の進歩が示されています。

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 統合失調症の薬物治療の際には,何がわかっていて,何がわかっていないのか,を知っていることは重要である。昔から自分が思い込んでいたり,精神科医の中で言い伝えられてきたりしてきた知識が実は根拠のないことであるということを知り,愕然とすることがある。例えば,本書では,副作用のアカシジアの対処としては,抗精神病薬の減量,定型から非定型抗精神病薬への変更を推奨しており,他の抗コリン薬,ベンゾジアゼピンなどの併用は推奨していない。若いときから,「低用量の抗精神病薬でアカシジアは生じやすく,高用量ではむしろ起こりにくい」という説を聞くことがあり疑問に感じていたが,本書を読んでこの説が間違っていたということを知った。

 本書では,私たち精神科医が日頃から感じている臨床的な疑問(clinical question:CQと表記されている)に対して,最新の文献を基に,しかも論理的に回答している。まだ十分に研究が行われていないために十分なエビデンスが存在しない場合には,ごく控えめな推奨となっている。したがって,積極的に推奨している場合には自信を持ってその推奨を信じたほうがよいが,エビデンスレベルが低い場合は,まだよくわかっていないため推奨度が低いと考えたほうがよい。例えば,上に例を挙げたアカシジアに対する抗精神病薬以外の薬物併用療法は実臨床ではよく行われていると思われるが,このガイドラインでは「併用しないことが望ましい」と結論している。この非推奨のエビデンスの強さは低く,「行わないことを弱く推奨している」というニュアンスであることが,推奨度として本書で明記されている。このように,推奨度とエビデンスの強さがきちんと明記されているので,本書を読むときに参考にされるとよい。併用の効果が強く否定されるほどではないがエビデンスは弱いので,むしろ他の抗精神病薬への変更のほうがエビデンスの強さは高いし,お薦めであるということかと推察する。さらに,抗精神病薬の減量のほうがエビデンスレベルは高いとは言えないがよりお薦めであるということでもあろう。このように痒い所に手が届く配慮がなされていることにより,微妙な判断の基準を知ることができる。

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 精神現象は可視化できるものではなく,ここにこのように存在するといった明示的な形で示すことはできない。それでは,精神の病を「診断」するというのはどういうことであろうか? 一般的には,患者の経験している精神現象を正確に把握し,症状として記述することがその第一歩となる。一方,ベテランの精神科医なら,診断をすることの難しさをよくご存知のことと思う。

 それでは,そもそもなぜ,私たちはこのとっつきにくい精神疾患を診断しようとするのであろうか? 精神疾患が,すべての患者と共通の特徴やその患者固有の特徴のみで構成されているのであれば,診断をする意味はなく,あるいは不可能である。しかし,一部の患者とは共通だが他とは異なる特徴が存在し,特徴的な単位として認識することができるのであればどうであろうか? これが,そもそも疾病分類と言われるものであり,これら単位に固有の名称を与えたものがいわゆる診断である。このような作業を行って,初めて精神疾患を共通言語として語ることができるようになるのであり,DSMもその一例にすぎない。一方,この共通言語が存在しなければ,私たちは自身の経験から学ぶこともできなければ,共通の土俵で疾患について語ることもできず,それ故,精神医療をよいものに深化させることができない。

今月の表紙 河村 満 , 岡本 保 , 菊池 雷太
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 ダットスキャン®検査が可能になった現在でも,パーキンソン病の臨床診断は難しい場合があります。まして19世紀末のパーキンソン病診断が難渋したことは容易に想像できます。

 今月の表紙の写真が掲載されているのは,ベシェ(Eugène Béchet;1862-1939)による,「パーキンソン病で観察された,いくつかの稀な姿勢に関する知見」という3例(表紙の写真は症例Ⅲ)が提示されている論文1)です。この論文は次のように始まります。

「読者からの手紙」募集

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「汝の隣人を愛せ」

 本特集号はアディクション(addiction)を取り扱っている。アディクションというと麻薬,芸能人,野球選手やらアルコール依存症と連想することが多いが,本特集で取り上げたのは,むしろもっと身近な危険ドラッグ,インターネット,ゲーム,ギャンブル,窃盗,性依存である。普段,メールやLINEなどのSNSを利用する御仁にとって,これらがアディクションといわれると,筆者も含めて自身が病人かと不安になってくるのではないか。麻薬のように,家族,身代,名誉まで捨てるようなアディクションと,それ以外のアディクションでは何が違うのか。本特集を読まれた方は,とりわけ松本論文「アディクションの神経基盤」を読まれると,そこに明確な区別のないことがわかるであろうし,逆に,嗜癖そのもの,あるいは類した行動をとる脳活動そのものがアディクションだと正しく理解できるはずである。Addictionの邦訳は,嗜癖であり依存症である。依存症というと「症」の文字から病的とわかるが,嗜癖となるとボーダーの認識が生まれ得る。しかしながら,本特集では,これらが正常と一線で区別することのできない連続したバランスを欠く脳活動スペクトルであることがわかる。よく,窃盗癖逮捕者に「病気のせいにするな」とは警察や近親者の説得であるというが,医療者はこれを病気と捉え,治療対象として考えるのである。極論すれば,過度にこだわる癖は,病気であり治療対象に入るというスタンスが存在するのである。このスタンスは,アディクション当事者への福音ともなるが,回復への妨げとなることもあり得るであろう。本特集では,アディクション治療として,同病者との交流プログラムや,薬物治療,あるいは隔離治療などが紹介されている。基本的には,アディクションに活動する神経回路以外の別回路の補強,フィードバック賦活化であるとも俯瞰できそうである。

基本情報

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BRAIN and NERVE
68巻10号 (2016年10月)
電子版ISSN:1344-8129 印刷版ISSN:1881-6096 医学書院

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