胃と腸 56巻10号 (2021年9月)

今月の主題 胃上皮性腫瘍—組織分類・内視鏡診断の新展開

序説

  • 文献概要を表示

胃上皮性腫瘍の組織分類—何がどう違うのか,どう使うのか

 胃上皮性腫瘍で粘膜下組織以深に浸潤し外科的切除や化学療法の対象になる浸潤癌に関しては,本邦と海外の病理組織学的分類はよく対応しているというよりも,胃癌のWHO分類1)が基本的に本邦の「胃癌取扱い規約」2)の分類を踏襲していると言える.しかし,日本のお家芸とも言うべき内視鏡的切除の対象になる粘膜内癌と粘膜下組織浅層浸潤癌,特に腺腫を含む粘膜内非浸潤性腫瘍の組織診断基準(診断名の付け方)が大きく異なる.ドメスティックに診断と治療を展開するだけであるなら,海外の分類は気にする必要はないのかもしれないが,少しでも英文論文を読んだり書いたりするものなら,この違いを理解しておかなければならない.また,“遺伝子”あるいは“分子異常”と聞くと,大なり小なり拒否反応を示す読者(筆者もその一人)も多いと思われるが,胃上皮性腫瘍のいくつかの組織型とマッチする遺伝子変異が証明されてきたし,近い将来の規約や分類に組み込まれる可能性のある分子病型分類について,今知っておきたいものを簡単に紹介する.

  • 文献概要を表示

要旨●胃の腺腫(腸型)と分化型癌の組織診断においては,施設ごとに基準が異なる現状があり,悪性度に沿った分類も求められている.APC変異を持つ胃粘膜内腫瘍がindolentであることが近年再確認された一方で,APC変異とほぼ相互排他的にみられるTP53変異が,分化型癌を含む高異型度群の初期変異であることがわかった.APC型とTP53型では,初期発生像や病理組織学的異型度,計算上の悪性化ポテンシャルが異なっていた.APC・TP53の初期変異に基づくタイピングが,胃粘膜内腫瘍(腺腫〜分化型癌)の有用な分類となる可能性がある.なお,0-IIc型病変において変異陽性例が最も多い遺伝子はTP53であったが,0-IIc型を呈するAPC型腫瘍もまれではないことにも着目しておきたい.

  • 文献概要を表示

要旨●当科の日常診療の現場ではVS classification systemに基づくMESDA-Gに従って拡大内視鏡診断を行っている.当科における表面隆起型上皮性腫瘍に対する白色光通常内視鏡観察(C-WLI)・狭帯域光観察併用拡大内視鏡観察(M-NBI)の実際の内視鏡診断能と誤診例について検討した.当科でESDを施行された表面隆起型上皮性腫瘍〔低異型度腺腫(LGA群)19病変,境界悪性病変,低異型度癌および高異型度癌(EC群)92病変〕を対象とし,C-WLIとM-NBIの診断能を求めた.また,M-NBI高確信度群における誤診例を検討した.結果として表面隆起型上皮性腫瘍に対するC-WLIの感度,特異度,正診率は,それぞれ45.7%〔95%信頼区間(CI):41.4〜48.6%〕,73.7%(95%CI ; 53.3〜87.8%),50.5%(95%CI ; 43.5〜55.3%)であり,M-NBIの感度,特異度,正診率は,それぞれ87.0%(95%CI ; 83.0〜90.2%),63.2%(95%CI ; 44.0〜78.8%),82.9%(95%CI ; 76.3〜88.2%)であった.M-NBIはC-WLIと比較すると,統計学的有意差をもって感度,正診率が高値であった.M-NBI高確信度群における偽陰性例6病変中5病変は,腫瘍表層の構造異型が弱く,M-NBI診断で癌と診断困難例であった.残り1病変は施行医の判定ミスであった.また,偽陽性例1例については生検による修飾を癌と読影した可能性が示唆された.表面隆起型上皮性腫瘍に対する診断能はM-NBIがC-WLIより感度,正診率において優れていた.病理組織学的に腫瘍表層の構造異型が弱い病変はM-NBI診断限界例であった.

  • 文献概要を表示

要旨●腺窩上皮型腫瘍は腺窩上皮に類似する低グレードの腫瘍として本邦では以前から認知されてきた組織型である.しかし,本腫瘍の臨床病理像および分子異常についてはこれまで明らかにされてこなかった.腺窩上皮型腫瘍は異型性の観点から低グレードと高グレードに分類することができるが,本稿では低グレード腺窩上皮型腫瘍のみを扱った.本腫瘍の臨床病理像としては,腺窩上皮への類似性が特徴であることは論をまたないが,粘液形質の観点からもMUC5ACの発現が全例にみられた.一方で,腸細胞の転写因子であるCDX2が高頻度に発現していた.背景粘膜においても腸上皮化生を有する萎縮性胃炎が全例にみられた.分子異常としてはWnt系シグナル異常の指標であるβ cateninの核内蓄積が陰性で,p53過剰発現もほとんどの症例で陰性であった.またMSIもほとんどみられなかった.一方AI(allelic imbalance)は通常型低グレード腫瘍と比較しても高頻度であったが,メチル化異常は低〜中等度であった.本腫瘍は分化型腫瘍に分類されるが,通常型腫瘍とは異なる組織学的特徴を有していることのみならず,分子異常の観点からも独立性を指摘できる特異な腫瘍であると思われる.

  • 文献概要を表示

要旨●H. pylori未感染者に発生するラズベリー様腺窩上皮型胃腫瘍とH. pylori既感染者に発生する腺窩上皮型胃癌の臨床病理学的特徴を検討した.前者は萎縮のない胃底腺領域に発生する発赤小隆起で,いわゆるラズベリー様外観を呈し,NBI拡大観察で不整な乳頭状/脳回様構造を呈した.後者は萎縮粘膜に発生する粗大な発赤隆起で,前者より大きく形態も歪であった.NBI拡大観察で乳頭状/脳回様構造を呈したが,形態不整は高度であった.病理組織学的には,前者はよく分化した上皮内病変で,WHO分類では多くがlow-grade dysplasia相当であったが,Ki-67 labeling indexは異型度によらず高値を示した.後者は構造異型・細胞異型が高度で,脱分化や脈管侵襲も認められ,胃型胃癌としての高い悪性度を示した.

  • 文献概要を表示

要旨●H. pylori感染者の減少に伴い,活動性炎症や萎縮,腸上皮化生のない胃底腺粘膜領域に,胃型形質を示す上皮性腫瘍(胃底腺型腺癌,胃底腺粘膜型腺癌,腺窩上皮型腺癌,幽門腺腺腫など)が多くみられるようになってきた.これらの臨床病理学的特徴は広く知られているが,複雑な病理組織像あるいは細胞分化を示す腫瘍もみられるようになり,分類や鑑別診断に苦慮することがしばしばである.本稿では,これらの腫瘍の病理組織学的特徴や鑑別診断のポイントを解説し,組織分類の問題点について考察した.

  • 文献概要を表示

要旨●胃底腺粘膜に発生する胃腫瘍の中で,H. pylori未感染胃に発生する胃腫瘍の臨床病理学的・内視鏡学的特徴について概説した.今回,H. pylori未感染胃底腺粘膜に発生する胃腫瘍の中で,特に胃底腺型腺癌,胃底腺粘膜型腺癌,胃型分化型腺癌,胃型腺腫を抽出し解析した.細胞分化では,胃底腺型腺癌は胃底腺のみ,胃底腺粘膜型腺癌は腺窩上皮+胃底腺(+幽門腺),胃型分化型腺癌・胃型腺腫は腺窩上皮+幽門腺(+胃底腺)への分化を示し,通常型の胃癌に比較して異型度や悪性度は低く,内視鏡治療を選択された症例が多かった.内視鏡診断は,各タイプの特徴を理解したうえで,NBI併用拡大内視鏡診断と内視鏡所見から表層の腫瘍成分の有無,表層と上皮下の成分の関係性を推測することが,H. pylori未感染胃底腺粘膜に発生する胃腫瘍の内視鏡診断と各鑑別につながると考えられた.

  • 文献概要を表示

要旨●手つなぎ・横這い型癌はしばしば完全型腸上皮化生腺管に類似し,特徴的な腺管の分岐・吻合を示す腺癌である.内視鏡的に領域性が不明瞭であるばかりでなく,病理診断においては細胞異型度の低さから生検診断が難しいため,その臨床的・病理組織学的特徴を理解することが正確な診断に必要である.近年,筆者らは手つなぎ・横這い型癌における遺伝子変異の解析を行い,これまで未分化型腺癌に特異的と考えられてきたRHOA変異を半数の症例で同定した.本稿では手つなぎ・横這い型癌の病理組織像を概説するとともに,近年得られた分子生物学的な知見についても紹介したい.

  • 文献概要を表示

要旨●2018年4月〜2020年12月までの間に,当院で内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)もしくは外科手術をされ,切除検体で手つなぎ・横這い型胃癌と診断されかつ,術前にNBI併用拡大内視鏡観察(以下,NBI拡大観察)を施行されている早期胃癌35例36病変を対象とした.既報と当院での症例に対して内視鏡的特徴を明らかにすべく検討を行った.多くの症例で色調変化や隆起・陥凹性変化に乏しく,胃小区の乱れとしてしか認識できないものが多く,NBI拡大観察でも多彩な表面構造の不整を呈するため特異的な所見というものがなく,わずかな表面構造の形状不均一に注目して診断する必要がある.一部の症例においてirregular micro pitを認めており,手つなぎ・横這い型胃癌に特徴的なNBI拡大所見である可能性が示唆されたが,少数例であり,今後の検討が必要と思われる.

  • 文献概要を表示

要旨●Epstein-Barrウイルス関連胃癌は胃癌の5〜10%を占め,男性に多く,胃体部・胃底部に好発し,残胃癌に占める割合も高い.病理組織学的には腫瘍内の豊富なリンパ球浸潤を特徴とし,典型例はリンパ球浸潤癌の像を示す.予後はその他の胃癌に比べ良好な傾向があり,早期癌におけるリンパ節転移はまれである.The Cancer Genome Atlas research networkによる分子分類4型のうちの一つに位置づけられ,高度なDNAメチル化や特徴的な遺伝子変異(PIK3CAやARID1Aなど)を有する.高頻度にPD-L1発現や遺伝子増幅を示し,抗PD-1抗体治療に高い感受性を示すなど,免疫治療の点からも重要な一群と考えられる.

  • 文献概要を表示

要旨●近年EBV関連胃癌は,分子生物学的特徴から免疫チェックポイント阻害薬の効果が期待されている.通常の胃癌と比較し,EBV関連胃癌はリンパ節転移の頻度が低く,予後は良好とされている.EBV関連胃癌は,胃癌全体の10%を占めており,決してまれな疾患ではなく,EBV関連胃癌を疑い,診断できることは臨床的に重要な意味を持つ.今回,当院で経験したEBV関連リンパ球浸潤胃癌33例34病変について,臨床病理学的特徴や内視鏡所見の特徴を検討した.発生部位は胃の近位部に多く,発赤調を呈する病変が多かった.表在型では0-IIc型,進行型では2,3型が主体で,粘膜下腫瘍(SMT)様の辺縁隆起を伴う症例を多く認めた.NBI拡大観察で確認できた7例8病変では,irregularとabsent MS patternが種々の程度で混在した症例が多く,MV patternはすべてirregularであったが,半数はネットワーク状の血管を形成しない蛇行の少ない不整血管を有していた.表在癌では病理組織学的深達度がT1bの症例(17/18)が多かったが,T1b癌でリンパ節転移を認めた症例はなかった.

主題研究

  • 文献概要を表示

要旨●世界的に胃癌の発生率は減少しているものの,欧米では印環細胞癌の発生率が増加しているため印環細胞癌への関心が高まっている.印環細胞癌は,本邦の胃癌取扱い規約では一般型の一つとして分類されてきたが,WHO分類では第4版で一時的にpoorly cohesive carcinomaの一亜型とされたものの,第5版で独立した組織型として復活した.近年,欧州の研究グループが印環細胞癌の定義の曖昧さや病理診断の標準化の欠如を改善するために,印環型細胞の占める比率に基づく新たな定義を提唱した.まだ国際的にコンセンサスは得られていないが,今後印環細胞癌の診療や研究に影響を与えると思われる.また,層構造や腸型形質発現の有無と悪性度との関連,遺伝性胃癌など,印環細胞癌に関連する研究成果が近年注目されている.

  • 文献概要を表示

要旨●dMMR型胃癌の組織学的特徴を明らかにするために,胃癌切除検体202例および生検検体70例を対象に臨床病理学的因子および組織学的因子を検討した.切除検体でdMMR型胃癌を反映する臨床病理学的因子は性別,年齢であり,組織型は髄様癌が多くみられた.組織学的因子は乳頭管状構造,TILおよびCD8陽性細胞数であった.生検検体においてはTILがdMMR型胃癌を反映した.また,切除検体および生検検体の多変量解析結果から,dMMR型胃癌の予測式を切除検体,生検検体ごとに算出した.本稿で検討した切除検体および生検検体の臨床病理学的・組織学的特徴,dMMR型胃癌の予測式はdMMR型胃癌の診断向上につながると思われた.

--------------------

目次

欧文目次

バックナンバー・定期購読のご案内

早期胃癌研究会 症例募集

「今月の症例」症例募集

次号予告

編集後記 長南 明道
  • 文献概要を表示

 胃癌の分子標的治療薬の開発に伴い,胃においても遺伝子変異の解析が大きく進んだ.これに伴い,組織型に対応した特徴的な分子異常が次々と明らかにされてきている.2019年に改訂されたWHO分類の中で,世界的な大規模分子プロファイルであるTCGA(The Cancer Genome Atlas)では,胃癌の分子病型をCIN(chromosomal instability)型,GS(genomic stable)型,EBV(Epstein-Barr virus)関連型,MSI(microsatellite instability)陽性型の4型に分類していることが紹介されている.これからの胃癌の診断や治療の理解には,序説で九嶋が述べているように内視鏡所見,病理組織所見,分子異常の3点セット(肉眼像を加えると4点セット)からのアプローチが欠かせなくなるだろう.

 そこで本号では,胃癌の分子異常に焦点を当てて企画を検討した.企画小委員は九嶋亮治,菅井有,八尾建史の各氏と筆者である.しかし,企画をまとめるのに苦労した.何せ分子異常/遺伝子変異はまだまだ臨床家にはなじみの薄い分野である.どうやったら本誌らしさを出せるのか? 内視鏡所見と病理組織学的所見のきちんとした対比がなされるか? 同一病変の病理組織所見と肉眼所見,そして内視鏡所見を対比検討すれば精度が上がるわけだが,病理医に内視鏡所見まで書いてもらうのは酷である.逆もまたしかり.整合性を持たせるために同一施設で病理組織所見〜分子異常,そして同一病変の内視鏡所見を書いてもらえるか? 分子異常に対応する内視鏡的特徴が出てくるのか? 美麗な画像が得られるか? 内視鏡所見のみならず臨床像も必要ではないか? 侃々諤々の議論の末,ようやくまとめたのが本号である.というわけで各主題において病理および臨床の執筆を可能な限り同一施設にお願いした.

基本情報

05362180.56.10.jpg
胃と腸
56巻10号 (2021年9月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

文献閲覧数ランキング(
10月11日~10月17日
)