胃と腸 42巻2号 (2007年2月)

今月の主題 食道扁平上皮dysplasia―診断と取り扱いをめぐって

序説

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 病理総論では異常な形をなすこと,すなわち形成異常現象(malformation)として "異形成"(dysplasia)が一般的に使われており,その語源はギリシャ語のdys(bad or difficult を意味する)とplasia(forming,moldingを意味する)に由来する.組織学的には上皮ならびに非上皮組織にatypical hyperplasiaなど細胞成分の増加があり,臓器などの大きさや形に変化を来し,必ずしも腫瘍性変化を意味してはいない.上皮のみの異常細胞増生でも過形成や再生異型,反応性異型,腫瘍性異型など様々な細胞増生や異型を認めるが,この中で上皮内の腫瘍性異型のみが異形成(dysplasia)と定義されている.

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 WHO分類(2000年改訂)では,食道扁平上皮のdysplasiaは上皮内癌を除く上皮内腫瘍と定義されている.しかし,実際の運用面では,どのような病理所見を示す病変がdysplasiaに相当するかは,病理医によって隔たりがある.筆者らは,細胞の異常,構造の異常,フロント形成,および細胞分化異常の4要素を総合して食道異型扁平上皮の腫瘍・非腫瘍の鑑別を行い,判定に苦慮する病変ではp53およびKi-67免疫染色を参考に診断している.腫瘍と判断したものは,細胞と構造の異常から高・低異型度癌とに分類し,dysplasiaの診断名は用いていないが,WHO分類と筆者らの分類とを対比させると,WHO分類のlow-grade dysplasiaの中で筆者らの低異型度癌に対応する病変が,日本の病理医にとってはdysplasiaに相当するものと考えられる.

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 食道扁平上皮のdysplasiaが日常診療の場でどのように診断されているのかを明らかにする目的で,1999年1月から2005年12月の間に異型上皮と診断された生検標本41症例65検体を見直し,検討した.既往診断は,mild dysplasia 24検体(37%),moderate dysplasia 6検体(9%),severe dysplasia 14検体(22%)であり,dysplasiaだけの診断が21検体(32%)である.見直しでは,esophagitis 27検体(42%),moderate dysplasia 1検体(2 %),severe dysplasia 7検体(11%),SCC 30検体(46%)であり,dysplasiaと診断されていた検体の88%が esophagitisかSCCに振り分けられた.見直しでdysplasiaと診断した検体は癌が疑われるものが多く,良悪性が不明なものはわずかであった.既往診断がmild dysplasiaあるいはmoderate dysplasiaの多くがesophagitisと見直され,severe dysplasiaの多くがSCCと見直されたが,mild dysplasiaの21%とmoderate dysplasiaの33%にSCCと見直された検体が存在した.また,治療が行われた部位からの生検はdysplasiaと診断されやすい傾向がみられた.見直しでdysplasiaとした検体の組織所見は,軽度の核異型が上皮の下半分にみられるものが多く,正常上皮との間の境界が不明瞭であった.今回の結果からは,食道扁平上皮の異型病変は炎症性異型か癌にまず判別し,それらに入らない場合には,癌が疑われるものと良悪性の判定が難しいもののいずれかに診断すればよいと結論された.

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 生検にてdysplasiaと診断されEMRを行った2例2病変と,EMR標本にてdysplasiaと診断された13例14病変を対象に,dysplasiaの内視鏡診断について検討した.15例は,内視鏡所見から,軽度隆起性病変,軽度陥凹性病変,平坦病変の3つに分類された.(1)軽度隆起性病変は,白色隆起6例,発赤隆起1例であった.全例表面に微細な凹凸を伴う丈の低い隆起であり,ヨード染色では,表面はヨードで淡染し,所々に濃染部を伴っていた.(2)軽度陥凹性病変は2例であり,通常観察では発赤陥凹,NBI観察ではIPCLの増生がない領域性のある茶褐色の粘膜として観察された.ヨード染色所見は2例とも異なり,表面が淡染し点状濃染を伴う1例,明らかな不染が1例であった.(3)平坦病変6例は,ヨード染色にて拾い上げられた.全例不整形のヨード不染であり,3例は不染内部に淡染部を有し,3例は淡染部と濃染部を伴っていた.6例中4例は,EMR標本でdysplasiaと診断された.生検にてdysplasiaと診断されEMRを行った2例は,EMR標本にて異型細胞は認めるが,腫瘍性か炎症性かの判断に迷う症例であり,atypical epitheliumと診断された.dysplasiaに対する臨床的取り扱いとして,(1)ヨード不染の形態から癌を疑う,あるいは,10mmを超える不染には,全生検目的にEMRを行う.(2)癌を疑う不染ではない,あるいは,大きさが10mm未満の場合は,3~6か月後に再検する.ヨード染色や生検は頻回に繰り返さず,拡大観察やNBI観察を行う.

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 咽頭・食道の扁平上皮領域において,"ヨード不染" あるいは "NBI brown spot" となる平坦な病変に対して,治療(EMR/ESD)を行うか,はたまた経過観察を行うか,を内視鏡的に判断することは臨床上不可欠である.現在,治療前の段階での,拡大内視鏡や超・拡大内視鏡による内視鏡的異型度診断(endoscopic diagnosis of tissue atypia ; EA)が可能となりつつある.扁平上皮領域における通常の拡大内視鏡観察(約100倍)においては,微小血管パターン(IPCLパターン分類)を指標として治療適応を決定している.IPCLパターン分類は,組織の構造異型を反映していると考えられ,治療指針との関連としては,IPCL type IIIは経過観察とし,IPCL type IV,VはEMR/ESDによる治療へと進んでいる.さらに将来を展望した場合,超・拡大内視鏡(endocytoscopy)(プロトタイプ)(500~1,000倍)では,細胞や核を観察することができ,細胞異型をも捉えることができる.ECA(endocytoscopic atypia)として胃グループ分類に準じて5段階評価を行っている.すなわちECA-3はフォローアップとして,ECA-4,5はEMR/ESDによる治療を行っている.切除標本において最終的な病理学的診断を仰ぎ,内視鏡的異型度診断(EA)を対比させて検討していくことが重要である.

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 病理組織学的に診断された食道上皮内癌と異形成の違いを明らかにする目的で,各21病変に対して画像解析による形態計測,p53免疫染色,点突然変異の解析を行った.形態計測では,核面積,核形状で上皮内癌と異形成との間に有意差を認め,核異型度の違いが反映されていると考えられた.p53免疫染色は上皮内癌で86%,異形成で81%が陽性,点突然変異は,上皮内癌で71%,異形成で67%に認められ,いずれも有意差はなく,p53遺伝子変異は発癌過程の初期の変化であることが示唆された.したがって異形成は,低異型度上皮内癌に位置付けられる可能性が高いが,内視鏡的経過観察にて,長期間大きさが不変で浸潤しない症例も存在し,大きさや形,色調などの内視鏡所見を加味して経過観察を選択することは可能で,"経過観察しても良い病変" として異形成の病理診断名を用いる意義はある.

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はじめに

 食道dysplasiaの組織診断についての症例検討は10年前に本誌第31巻第6号で行われている1).初回生検でdysplasia,atypical epithelium,hyperplasiaやesophagitisと診断されたが,内視鏡所見からその後2~3回以上の生検が施行された経過のある症例が対象とされ,最終診断が癌かどうかという点に視点が置かれていた.そのような検討が取り上げられた背景には,内視鏡診断ならびに治療法の飛躍的な進歩がある.早期癌症例が数多く発見,切除されるようになり,食道早期癌の組織診断基準が大きく変わり,確立されつつある時代であった.

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はじめに

 石黒(司会) 本日はお忙しいところお集まりいただきまして大変ありがとうございます.本号では「食道扁平上皮dysplasiaの組織診断」ということで36病変をお寄せいただきまして,病理の先生方に鏡検していただきました.その結果を踏まえてこの座談会でディスカッションをするということになります.ご存じのように2000年のWHO(World Health Organization)でdysplasiaという言葉がintraepithelial neoplasia, つまり上皮内腫瘍がうたわれましたので,dysplasiaという言葉を不用意に使うことができなくなったという背景があります.「胃と腸」でも1996年,10年前に31巻6号「食道dysplasia―経過観察例の検討」でdysplasiaを取り上げて,本日と同じような形で症例検討をして,その後座談会をしましたが,そろそろdysplasiaも決着をある程度つけないといけないということで,今回の企画をしたわけです.特に最近,臨床側は非常に大きな進歩がありますので,臨床の先生方にもそのdysplasiaの定義,あるいは所見を述べていただきたいと思います.

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 St. Mark's Hospital(SMH)における私の立場はWHO fellowであり,Dr. Morsonから与えられた研究課題を遂行することであった.開腹手術,局所切除を含む約2,500個のpolypoid lesionのプレパラートを検鏡して,腺腫と癌の関係を明らかにするのがテーマであった.異型度分類の設定は全部1人で行った.最初300病変の異型度を5段階に分けて記録し,もう一度観なおして一番ぶれの少ない基準を定めてこれを3段階に分け,以後はこの基準に従って分類した.すなわち,severe,moderate,mild dysplasiaである.わが国では,severe=m癌,moderateはsevere atypia,mildがmoderateとmild atypiaに分けられているが,全く良性のmild dysplasiaを臨床的に意味のない2つに分けるのは,日本人の分類好きの表れとしか言いようがない.パソコンも計算器もない時代ゆえ,全部手書きで方眼紙に記録した数値を累計するという前近代的研究方法であったが,様々な要因の中から,サイズ,組織型,異型度が腺腫の癌化の要因として重要であるという,比較的単純な結果が得られた.今では当り前な概念であるが,しかし,研究は "a kind of gamble" であるというDr. Morsonはこの結果を既に予測していたに違いない.さらにこの検索の間にpseudocarcinomatous invasionの研究も完成した.ポリープ研究の成果はpolyp(adenoma)-carcinoma sequenceとして1975年「Cancer」に掲載され,大腸癌発生の定説となった.検索材料が手術材料であったため2cm以上の病変が最も多く,2cm以上になって初めて癌化が起こるような結果であったが,その後,polypectomyにより2cm以下の症例が多数集められるようになると,1cm前後の腺腫にも癌化が起こることが明らかになり,さらに扁平腺腫(flat adenoma),陥凹型病変からの癌化の存在が明らかにされ,大腸癌発生のルートは多彩であることがわかってきた.

早期胃癌研究会

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 2006年10月の早期胃癌研究会は,10月18日(水)に東商ホールで開催された.司会は長浜隆司(早期胃癌検診協会中央診療所)と鶴田修(久留米大学医学部内科学講座消化器内科部門)が担当した.mini lectureは第31回村上記念「胃と腸」賞受賞論文「難治性潰瘍性大腸炎におけるサイトメガロウイルス感染症―その診断,治療と経過」について,和田陽子(福岡大学筑紫病院消化器科)が講演した.

学会印象記

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 2007年2月1日,2日の2日間にわたり杉原健一会長(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科教授)のもと,東京プリンスホテルパークタワーにて第3回日本消化管学会総会が開催された.このホテルは2005年に開業したばかりの新しいホテルで,東京駅から車で10分と交通の便がよく,設備が整った近代的な外観のホテルである.学会本部と6つの会場が1つのフロアーに隣接してコンパクトにまとめられ,会場間の移動は非常にスムーズであった.演題数は第1回・第2回学術総会から徐々に増加し,今回の学術集会では主題演題193題,一般演題288題,スポンサードセミナー17題と前回をさらに上回った.参加者は内科系,外科系のみならず小児科,病理学・薬学などの基礎系,臨床検査部などのコメディカル,と多分野にわたっていたようである.これは "消化管病学の包括的学会" という理念を掲げて幅広い学域からの参加を呼びかけている本学会の大きな特徴と思われる.教育講演会や特別企画などのテーマにも,このことを意識して複数の学域にまたがるような内容が盛り込まれていると感じられた.

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欧文目次

書評「内科学」 井村 裕夫
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 “教科書も進化する”というのが,医学書院の新刊,『内科学I・II』を手に取ったときの第一印象であった.図表を数多く入れて理解を助けていること,系統ごとに「理解のために」という項を設けて,基礎研究の進歩,患者へのアプローチ,症候論,疫学,検査法などをまとめていること,疾患ごとの記載でも疫学を重視し,新しい試みを導入していること,などであろう.膨大な内科学の情報を,2巻に凝縮した編集の努力も,大変なものであったと推測される.その意味で,新しい内科学教科書の1つの型を作り上げたと言えよう.

 序文にもあるように,内科学は医学の王道であると言ってもよい.病気を正確に把握し,できるだけ患者に負担をかけない,侵襲の少ない方法で治療するのが,医学の究極の目標だからである.この目標を達成するためには,基礎研究の成果を活用することが不可欠である.内科学こそは臨床医学の中でも最も生命科学に基礎を置いた分野であり,その理解なしに診療にあたることは困難である.本書ではそのような配慮が十分になされていると言える.

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 外科教科書のスタンダードとして,定評のある「新臨床外科学」が,このたび第4版として上梓された.この衣替えでさらに魅力的な特徴を打ち出している.

 「新臨床外科学」の初版は医学部の5・6年生や研修医などを対象とした教科書としてスタートした.そのため医師国家試験対策や臨床研修の中でも,外科に必要な基本的な知識を得るのに十分な配慮のもとに編纂されてきたが,第4版でもその方針に揺るぎはない.そのうえでページ数を増加させ,“外科専門医”を目指す者のスタンダードテキストとしても使えるように,内容が高度化されたのが大きな特徴である.

編集後記 井上 晴洋
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 かつて,dysplasia(異形成)と癌の鑑別診断は内視鏡的には困難な部分があり,ヨード不染部を見つけては生検病理診断にゆだねてきた.SCCの診断をいただけばEMR/ESDを施行し,mild dysplasiaやmoderate dysplasiaの病理診断をいただけば経過観察としてきた.臨床的にはこれで一件落着していた.

 しかし近年,拡大内視鏡や超・拡大内視鏡の登場により,内視鏡的異型度診断がある程度可能ではないかとの議論が起こり,扁平上皮の境界病変における異型度診断の話題が再燃した.

基本情報

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胃と腸
42巻2号 (2007年2月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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