胃と腸 30巻2号 (1995年2月)

今月の主題 表面型大腸癌の発育と経過

序説

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 大腸の表面型腫瘍の報告は1977年,狩谷らの報告に始まる.以後,flat adenoma(武藤ら,1984年),更に陥凹型腫瘍(工藤ら,1989年)の報告が続いて,大腸における表面型病変の存在がにわかにクローズアップされることになった.表面型病変には腺腫と癌とが含まれており,両者の鑑別の基準が必ずしも一定してないので,両者を一括して表面型腫瘍と呼んでおくのが便利である.また,形態によって表面隆起型(Ⅱa型),表面平坦型(Ⅱb型),表面陥凹型(Ⅱc型)に分けられるが,陥凹型に特に注目した報告が多いのは,従来はその存在すら疑問視されていたことと無関係ではないばかりでなく,それなりの意味があり,本特集の中にその理由が盛り込まれている.

 過去10年以上にわたり,隆起型腫瘍の自然史に焦点が当てられて以来,その発育経過のかなりの部分が解明されたが,まだその全貌が明らかになったとは言い難い.特に無茎性あるいは広基性の隆起が壊れて潰瘍化する過程が十分に捉えられていないのは,retrospective studyに頼らねばならない研究の限界を示しているのかもしれない.当然のことながら表面型腫瘍の自然史にも興味が持たれたのであるが,症例の数が少ないうちは,とても発育経過の研究にまでは手がまわらなかったのが実情であった.本特集が組めるようになったのは,それだけ十分な症例が集積されてきた証拠であると同時に,読者への注意喚起の意図が含まれている.

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要旨 外科的に切除されたsm浸潤癌の中でpolypoid growth(PG)typeは90病変(63.8%),non-polypoid(NPG)typeは51病変(36.2%)とPG typeが多くを占めていた.しかしNPG typeはPG typeに比較して,その平均径が12.9mmと小さく,かつ10mm以下に分布する傾向があった.このNPG typeは肉眼的にsm浸潤度が高いと肉眼的に隆起型を示すが,PG隆起型とは本質的に異なるもので,粘膜下浸潤により形成された隆起性病変である.このNPG-sm癌の中で原発巣である粘膜病変が保存されている病変は粘膜下浸潤が少ないものに多かった。この残存粘膜病変はⅡc+ⅡaあるいはⅡcであるものが76%であった.したがってNPG-sm癌は表面陥凹型起源とされ,2型進行癌への途中経過を示していると考えられた.

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要旨 大腸sm癌176病変は,粘膜内部残存癌(106病変,60.2%)と,粘膜内部非残存癌(70病変,39.8%)とに分けられた.粘膜内部残存sm癌で,その残存粘膜内部の厚さが表面型(隆起型)粘膜内腫瘍のそれに相当するものを表面型(隆起型)粘膜内癌起源と規定し,表面型粘膜内癌起源sm癌の肉眼的特徴を検討した.表面型粘膜内癌起源sm癌に特徴的な肉眼所見は,有茎性病変がないことと隆起型病変ではその表面形態が扁平か陥凹局面から成ることであった.また,隆起起始部で粘膜内腫瘍と周辺非腫瘍性粘膜とがなだらかな移行を示すものは,表面型粘膜内癌起源と考えられた.起源粘膜内癌別にみたsm癌の発育様式の検討から,粘膜内部非残存sm癌の中で,大きさ15mm未満の無茎性病変は表面型粘膜内癌起源と考えられた.それらの中でもⅡa型病変は,全例がⅡb・Ⅱc型粘膜内癌を起源とした癌と考えられた。表面型粘膜内癌起源sm癌の残存粘膜内部は,1型起源sm癌に比べ高異型度癌が占める割合が高く,腺腫併存率は有意に低値であった(腺腫併存例の割合が,Ⅱa型粘膜内癌起源癌で22.9%,Ⅱb・Ⅱc型粘膜内癌起源癌で0%).すなわち,表面型粘膜内腫瘍の中でsm浸潤を来すものは(進行癌の初期病変となるものは),de novo発生で低異型度癌から高異型度癌へのprogressionが早期に起こったものと考えられた.

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要旨 表面型早期癌と進行癌の関係は興味あるところだが,これまで両者をつなぐ手掛かりがなく,推測の域を出なかった.表面型腫瘍(FN)を形態と組織の両面から定義し,その組織学的定義に合致する所見(残存した粘膜内に水平発育型癌を認める)が表面型以外の形態をとるsm以上の深達度の癌に認められたとき,その癌は最初は表面型であったと考えることができる.そのような判定基準でsm癌,mp癌,ss以上の癌について表面型起源率をみたところ,sm癌29.4%,mp癌7.1%,ss以上の癌2.3%であった.mp以上の深達度の癌では粘膜の癌が消失しているので,実態を反映していない.sm癌の値が現段階の検索方法で得られる最も妥当な数値と考えられる.FNの本質は水平発育であることから,将来は表面型という概念(形態的要素)を取り払って水平発育型という概念(組織像)のみで定義することを提唱した.

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要旨 非遺伝性大腸腫瘍256病巣(隆起型腺腫95病巣,表面型腺腫62病巣,浸潤癌99病巣)について,K-ras codon 12における点突然変異について解析した.隆起型腺腫は67%に変異がみられたのに対して,表面型腺腫では21%と有意に低率であり,中でも平坦・陥凹型病変の変異頻度は8%と特に低率であった.浸潤癌のK-ras変異頻度を発育形態別にみると,隆起型sm,pm癌はそれぞれ56%,78%であったのに対して,non-polypoid growth type(NPG群)sm,pm癌では6%,23%であった.これらの結果から,隆起型腺腫→隆起型浸潤癌,平坦・陥凹型腺腫→NPG群浸潤癌の発癌経路が推定された.

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要旨 大腸癌取扱い規約のⅡa型,Ⅱb型,Ⅱc型およびそれらの複合型を示し,更に大きさが6~20mmの腫瘍性病変を,表面型腫瘍と定義した.この表面型腫瘍の発育進展につき,X線像による遡及的検討を行い,その自然史について次のような知見を得た.①表面型腫瘍の多くは,相似した形態を保ちながら,同じ型の早期癌に推移しやすい.②茎を持たない病変のうちでも,表面型腫瘍はより進行癌に推移しやすい病変である.③遺伝性非ポリポーシス大腸癌(HNPCC)で,好発する表面型腫瘍の発育進展は,通常の大腸癌への自然史と同じであろうと推定された.

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要旨 表面型起源の大腸癌17病変と無茎性隆起型早期癌起源の大腸癌12病変の発育経過をX線所見を中心に遡及的に分析した.表面陥凹型癌の初回病変径は平均11.7mmで,腫瘍倍加時間は32.3か月であった.表面隆起型癌の初回病変径は11.5mmで倍加時間は22.3か月であった.両者ともに腺腫の併存は少なく,進行癌への移行は低率で発育速度は無茎性隆起型のそれに比し緩やかであった.形態変化については,表面隆起型の癌の多くは無茎性隆起の形態へ移行し,表面陥凹型の癌は形態変化が少なかった.また表面型癌のうち発育が緩やかなものは低異型度癌であった.これに対し,無茎性隆起型癌の初回病変径は平均15.7mmと大きく,既にsm癌とみられる病変が多く,進行癌への移行は高率であった.以上から表面型癌はsm癌にとどまる間は比較的緩やかに発育し,肉眼型の形態変化は深達度の進行と共に一定の経過をたどることがわかった.

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要旨 DCC遺伝子コドン201(Arg/Gly)の多様性を表面型腫瘍37例を対象とし,隆起型腫瘍81例,進行癌54例と比較した.腫瘍高が正常粘膜以下のものを表面型とした.末梢血・正常粘膜に201Glyフェノタイプを認めたものは,表面型ではlow grade dysplasia(low)67%,high grade dysplasia(high)64%,sm carcinoma64%と異型度にかかわらず高率であった.隆起型ではlow20%,high48%,sm carcinoma50%,進行癌では54%,対照は17%であった.末梢血・正常粘膜に201Arg/Glyヘテロ接合体を有する例で,腫瘍部に片対立遺伝子の欠失を認めた6例のうち5例は201Argが欠失し,201Glyが残存していた.以上から,DCC遺伝子コドン201Glyフェノタイプは表面型腫瘍にも密接に関与していることが示唆された.

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要旨 患者は69歳,女性で,約3年半前の上行結腸進行癌切除後,経過観察を受けていた.7か月前に下血を認め,注腸X線検査を受けたが出血巣を確認できず,今回は内視鏡検査での精査となり下行結腸癌と診断された.途中の2回の注腸検査では,憩室を指標に部位の同定が可能であった.2年半前の注腸所見では3mm程度の結節状陰影として,また7か月前の所見では5~6mmの,中央に溝状の陥凹を伴う低い隆起として描出された.術前では隆起は約9mmの大きさとなっており,術前診断は粘膜下層にmassiveに浸潤したsm癌とした.しかし,術後の組織検査の結果では,癌の粘膜露出部は6×3mmで腫瘍全体の大きさもlcm未満であったが,深達度ssの進行癌であった.

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要旨 患者は81歳,男性.S状結腸癌切除後のサーベイランスで,横行結腸にⅡc+Ⅱa型の表面型大腸腫瘍を指摘された.注腸X線検査で大きさ13×10mmの丈の低い周堤隆起を伴う陥凹性病変を描出し,拡大電子内視鏡,超音波内視鏡検査でⅡc+Ⅱa型のsm癌と診断し,横行結腸部分切除が施行された.3年前の注腸X線フィルムをretrospectiveに検討すると,この病変は大きさ6mmのⅡa病変であり,この時点でm癌であった,横行結腸肝彎曲側の大きさ5mmのⅡa+Ⅱc病変とほぼ同様の形態を呈していた.自験例はⅡa→Ⅱc+Ⅱaの形態変化を示したが,発育速度は緩徐であった.表面型大腸癌の発育経過を考えるうえで,自験例は興味深い症例であると考えられた.

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要旨 患者は64歳,男性.12年前にS状結腸のIp型早期癌を内視鏡的に切除され,経過観察目的の大腸内視鏡検査で,上行結腸に中央に不整形陥凹を伴う発赤調扁平隆起が発見された.精密X線検査では,18×11mmの丈の低い結節状周辺隆起を伴う不整形陥凹として描出され,Ⅱa+Ⅱc型早期大腸癌と診断し,上行結腸切除術を施行した.病理組織学的には12×10mmのⅡa+Ⅱc型の分化型腺癌で大部分はm内にとどまり,sm浸潤はごくわずかであった(sm1).この病変は2年4か月前の注腸X線写真を見直すと,ほぼ同じ大きさ,形態で描出されていた.陥凹を伴う表面型大腸癌は深部浸潤速度が速いと言われているが,本例のように緩徐な発育進展を呈するものも存在すると考えられた.

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要旨 初回発見時の形態が平坦な隆起型であり,その後浸潤癌へと進展した大腸癌の2例を報告する。〔症例1〕は70歳,男性.初回の注腸X線検査で,S状結腸に浅い中心陥凹を伴う長径11mmの平坦な隆起性病変を認めた.内視鏡検査ではⅡa様の隆起がみられたが生検はGroup3であった.1年9か月後の注腸X線および内視鏡検査では,同部に中心陥凹を伴った長径21mmの結節状隆起を認めた.切術標本では,潰瘍限局型のpmまで浸潤した中分化腺癌であった.〔症例2〕は42歳,男性.内視鏡検査で下部直腸前壁に,長径約7mmの平坦な病変を認め,生検はGroup3であった.5年後,血便を主訴に再び来院し,内視鏡検査で前回と一致する部位に,浅い中心陥凹を伴う平盤状隆起を認め,生検でGroup5の診断が得られた.切除標本では,Ⅱa+Ⅱc型のsmに浸潤した中分化腺癌であった.2例の発見時と切除時における,肉眼所見と組織所見の形態学的変化を考察した.

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〔患者〕44歳,女性.自覚症状なし.1992年5月霞ヶ関岩井診療所で検診,胃X線検査を受けた.1993年5月同診療所で検診を受け,胃X線検査で胃角上部小彎に顆粒状粘膜像を認めた.同年7月の胃X線検査再検,内視鏡検査で胃角上部小彎にⅡC,生検で悪性リンパ腫の疑いであった.同年9月に癌研病院で精査し,胃X線検査,内視鏡検査でⅡC様悪性リンパ腫と診断された.生検では悪性リンパ腫の確診がつかず,当院に入院した.

〔胃X線所見〕1992年5月の背臥位二重造影像(Fig.1)をretrospectiveに見ると,胃角上部小彎に約2cmの範囲に顆粒状粘膜面を認めうる.1年後の1993年5月の背臥位二重造影像(Fig.2)では,胃体下部から胃角にかけて,小彎は4cmの範囲で直線化し,胃角もU字形を示す.第1斜位の二重造影像(Fig.3)では,胃体下部から胃角の小彎の変化に一致して後壁側に大きさ40mmの浅い陥凹性病変で,陥凹内には大小不規則な顆粒所見を認めるが,陥凹境界は不明瞭である.

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〔患者〕68歳,男性.便潜血検査陽性で5月13日に愛知県総合保健センター(塚本純久先生)でスクリーニング注腸検査を施行.S状結腸に9mm大のポリープを指摘され,当院を紹介された.5月23日にtotal CFを施行したところ,S状結腸にⅡa+Ⅱc型の腫瘍性病変を認め,ストリップバイオプシーを施行した.

〔大腸X線所見〕S状結腸に9mm大のニッシェが認められる(Fig.1).拡大像では中央に星芒状のバリウムの溜まりが認められる(Fig.2).

早期胃癌研究会

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 第34回「胃と腸」大会は,第36回日本消化器病学会大会の前夜の1994年10月30日,ホテル仙台プラザにおいて開催された.司会は佐藤邦夫(岩手医科大学第1内科)と樋渡信夫(東北大学第3内科)が担当し,4例が供覧された.

 〔第1例〕77歳,男性.Barrett上皮から発生した高分化型腺癌(症例提供:秋田大学第1内科 石岡知憲).

 X線・内視鏡像の読影は鈴木(岐阜大学放射線科)が担当し,Ei領域の左側壁に大小不規則の顆粒が集簇し,長径約2.5cmの丈の低いⅡaとⅡcの複合した扁平上皮癌病巣と診断した(Fig.1).神津(千葉大第2外科)は縦走の血管透見像に注目し,Barrett上皮から発生した腺癌と読影した.生検では口側の結節から腺癌が,肛門側の不染帯から非癌性の腺組織が採取され,EMRが施行された.

レベルアップ講座 診断困難例から消化管診断学のあり方を問う

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 症例 56歳,男性.主訴:ふらつき.1990年6月8日,胃内視鏡検査で体下部後壁にH1stageの潰瘍が認められ,生検でGroupⅣと診断された.6月22日,潰瘍はS1stageとなり,生検ではGroupⅢ,7月25日の再度の生検でもGroupⅢであり,経過観察した.1991年4月,心窩部痛を訴え来院,4月12日の内視鏡検査で体下部後壁にA2stageの潰瘍を認めた.同日施行した拡大内視鏡で辺縁の不整,発赤を認め,噴門側小彎の発赤パターンに乱れがあり(Fig.1),この部分からの生検でGroupⅤの診断がなされた.これまでの経過も考慮し,Ⅲ+Ⅱc,深達度mと診断した.術前の5月8日の胃X線検査では体下部後壁に縦長楕円形の不整なニッシェがあり,辺縁はほぼ全周にバリウムの抜けを認めた(Fig.2).幽門側小彎に淡いバリウム斑様の所見があり,Ⅱcの拡がりを疑った.5月10日の内視鏡では,潰瘍の噴門側(Fig.3a)および幽門側(Fig.3b)の色素内視鏡像にみられるように,辺縁の不整,島状変化,小彎側への溝状陥凹を認めるが,周囲の粘膜には異常があるように思われなかったので,Ⅲ+Ⅱcとした.5月13日,distal partial gastrectomyが施行された(Fig.4).手術標本の病理組織所見は潰瘍周辺に広いⅡbを伴った(Fig.5)Ⅲ+Ⅱc+Ⅱb,深達度mで,poorly differentiated adenocarcinoma,しかも口側断端小彎後壁寄りでow(+)であった.このため6月19日tatal gastrectomyが施行され,残胃の検索では癌組織は認めなかった.

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要旨 患者は83歳,男性.1992年10月20日ごろから繰り返す回盲部痛で入院.大腸X線検査で盲腸下極に粘膜下腫瘍様隆起を認めた.大腸内視鏡検査では虫垂開口部周辺に正常粘膜に覆われた弾性硬の隆起が存在した.また虫垂開口部は開大し,同部からどろどろした粘液の排出を認めた.以上から虫垂の粘液囊胞腺癌または粘液囊胞腺腫と診断し手術を施行した.術中,腫瘍の回腸末端への浸潤を疑い,癌と判断し右結腸切除術を行った.腫瘍は6.0×5.0×2.6cmで病理組織学的には粘液囊胞腺癌であった.大腸内視鏡検査で粘液の排出を確認できた症例の報告はなく,貴重な症例と考え報告した.

追悼

白壁彦夫先生を悼む 市川 平三郎
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 この世に生あるものは,いつかはこの世を去る,とはいうものの,先生,少し早過ぎたのではないでしょうか.門下生および友人一同悲しみで一杯です.

 順天堂大学浦安病院に入院中,腸閉塞を起こされたとき,小腸から発生した癌ではないか,とみんなで疑ったときもありましたが,実は,肺の大細胞癌というむしろ珍しい癌,しかも,それが,更にまれに起こる小腸への転移だとわかったとき,先生は“小腸癌でなくてよかったナ”と言われたそうですね.胃と腸を終生の研究テーマとされていた先生は,ご自分の研究領域の病では生命を失いたくなかったのでしょう.

白壁彦夫先生を悼む 八尾 恒良
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 先生の訃報に接したとき,訳のわからない,底のない暗いところへ落ちて行くような気分に襲われました.こんなことは子供のころ,取り返しがつかないことに対して,ただひたすら泣きわめくよりほかに手段がなかったころ以来,絶えて久しくなかったことでした.

 私は昭和36年に卒業し,昭和40年ごろは動物実験をしていましたが,学会出張のたびに白壁先生御一門のX線スライドを見ては溜息をついて帰って来るのが習わしでした.

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欧文目次

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 久しぶりに川井啓市教授の謦咳に接する思いを深めながら,その編集に成る「胃 形態とその機能」(医学書院)の改訂第2版を,二日二晩かけて通読した.

 編者としての言葉にもあるが,これは改訂第2版というよりは,内容を一新した点で今日の“胃学”の新生面を集約した新刊書である.初版以後20年間の医学の各分野の発展を織り込んだ構成は,全く新しい.書評を承わった筆者も30年前に,組織形態と機能との関わりに焦点をおいて,消化管の生理・生化学と病態変化の一書をまとめかけたことがある.意図が腰砕けに終わった理由は,組み立てた構想と研究知見個々との間に整合性が得られなかったことが第一だった.このころ,間もなく川井教授は増田正典教授の下から公衆衛生学を担当して独立されたが,意表をつく人事を,親しかった増田教授と話し合ったことを忘れない.“今に内科学の先を行く公衆衛生学の時代が来るよ”,これが彼の頑とした意見だった.疾患を無症候の時期に捉える時代,四半世紀も前にそれを先取りしていた畏友を,本書をひもときながら思い出した.そのころの川井教授について忘れられないもう1つは,病理学の藤田哲也教授の協力下に進められた,胃粘膜細胞の動態についての研究である.一方に地域医療を口にしながら,川井教授の言うマクロレベルの形態をミクロレベルに追究する学問的深化がうかがえた.そして本書の初版が上梓をみた.学問の地平を変えたことがライフワークの方向性を確と定める契機になった.筆者はそのようなことを考えていた.

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 ヘリコバクター・ピロリに興味のある方には,何をおいてもお勧めしたい本の1つである.1982年4月14日,西オーストラリアのパース市の研究室で,これまで細菌が生息できないと言われていた胃粘膜から初めてらせん状の細菌が培養された.培養に成功した若い医師の名前は,当時無名で今は誰もが知っているMarshallである.どのサクセスストーリーにも偶然性がつきものであるが,彼の場合にも,オーストラリアの復活祭休暇が5日間あったという幸運が存在した.ヘリコバクター・ピロリは通常の細菌の培養のように2~3日ではコロニーを形成しない.48日間培養による34回目の失敗後,35回目の培養がちょうど復活祭をはさんで行われたことが,彼を幸運児に導いたのである.しかし,最も重要なことは,彼の発見が偶然のみで行われたのではないことである.彼の共同研究者であったGoodwinが本書の中で述べているように,それは計画された偶然であった.Marshallが研修していたRoyal Perth病院では,ヘリコバクター・ピロリ発見の基盤となる胃の細菌についての病理学者,細菌学者の連携が既にできあがっており,Marshallらはそれをベースに彼の伝説を証明することができたのである.本書の第1章で述べられているこのような迫力のあるヘリコバクター・ピロリ発見のストーリーを読むだけでも本書を購入する価値が十分あると言える.

 本書は,過去10年間のヘリコバクター・ピロリ研究の集大成の書であり,世界の一流の研究者たちがチームワークよく実にわかりやすく,最新の研究成果について解説を加えている.内容は,Goodwinによる序説に始まって,疫学,病態生理学,消化性潰瘍における役割,胃癌における役割,診断,治療,結論の各章に分けて記載されている.どの章も独立して記載されているので,興味のある章から読み進めていくことが可能である.例えば,ChenとLeeによって記述された“ワクチンの可能性とその見込み”の章は,これまでわが国の研究者によって報告されたことのない分野であり,この章を読むことによってヘリコバクター・ピロリの感染自体が生体の免疫機構から説明しにくい特殊なものであることが理解でき,それでもなおワクチンへの研究の試みが行われ少しずつ進歩がみられることに驚きを感じると共に,科学のすばらしさを再認識させられるに違いない.

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 近年の画像診断機器の進歩は著しいものがあり,US,CT,MRIなどにより疾患の早期診断,治療の向上に大いに貢献してきています.しかしながら,以前に比べ腹部単純X線写真の有用性はいささか軽視されがちであるような気がしますが,臨床の場で最も必要で,数多く目にするのは,依然これら腹部単純X線写真であることに変わりはありません.更に急性腹症などで患者の一般状態が不良な場合,十分な時間をかけて種々の検査法を駆使することはできず,最小限の検査で治療方針を立てなければならない状況に遭遇することがしばしばあります.その際,単純X線写真は必須の検査であり,そこからいかに多くの情報を得るかはその読影力に頼るしかないのです.

 筆者は米国で6年あまりの間,レジデントとして研修を積んだ時期がありましたが,その際,いろいろな専門家が一同に会して1つのテーマについて議論する合同カンファレンスなどにおいて,画像診断の読影力の重要性を痛感したものでした.当時はもちろん現在のようにUS,CT,MRIなどといった機器は存在しておらず,単純X線写真,造影検査のみで質的診断を下す必要性がありました.米国の卒後教育の方針は,少ない検査からどれだけ正確に多くの情報を得るかといった基礎的な部分を重視しており,分厚い成書と格闘しながら1枚の写真の読影に取り組んだものでした.

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 nm 23-H1 expression and disease recurrence after surgical resection of small hepatocellular carcinoma. Loreto B, et al(Gastroenterology 107: 486-491, 1994)

 nm23/NDPキナーゼはメラノーマや乳癌の分野で癌転移抑制遺伝子として注目されて以来,近年になって消化器癌での検討も数多くなされている.更にヒト遺伝子レベルの研究が進み,その発現性と転移や予後との関連性についての種々の報告が散見される.nm23にはH1とH2のアイソタイプがあり,別々に独立した機能を有するとされているが,詳細は明らかでない.また,作用のメカニズムについても,G蛋白へのGTP供給系に関わり,細胞内伝達に影響を与えているとか,細胞骨格に関与しているとか,様々な説が考えられているが定かでない.今回著者らは,外科的に切除された小肝癌症例について,nm23-H1mRNAの発現性と再発の関連性につき検討した.

編集後記 多田 正大
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 前号から「レベルアップ講座」がスタートしましたが,“他山の石”をもって自らの診断学の向上の糧にすることができるよう,企画したものです.読者諸兄からも,教訓的な症例のご投稿を期待しています.

 閑話休題,表面型大腸腫瘍の存在が認知されてから数年を経た今日,そろそろ,その自然史を垣間見た症例も集積されてきました.そこで今号の主題は,表面型病変の成長・増殖の過程を明らかにすることによって,その組織発生のルーツに迫ろうとする,意欲的な企画です.この分野の研究は,早期胃癌診断学体系を確立してきたわが国の研究者でなければできないテーマですが,さすがに主題症例も含めて,各論文には独創的な理論展開がなされており,この方面の研究も佳境に入ってきた感がします.

基本情報

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胃と腸
30巻2号 (1995年2月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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