胃と腸 24巻3号 (1989年3月)

今月の主題 大腸腺腫と癌(2)

序説

大腸腺腫と癌 白壁 彦夫
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 外国で診断のレクチャーをするとき,必ずプレパラートを見せることにしている.X線や内視鏡写真と並べて見せる.外国の診断屋さんの方も,しばしば病理屋さんをつれてくる.彼らも納得させなくては,こちらの診断を信じてくれない.病理診断とは,左様に重さを持つものである.重くて,しかも高い臨床的地位を得ているのである.困ったから口走るという診断名では,いけないのである.何々と思われるというのでは困るのである.

 腫腺と癌の最近の話題に関連して,かつて「Atlas of X-ray Diagnosis of Early Gastric Cancer」を出したときを思い出す.これは癌だ,いや癌とは言えない,などと当代一流のえらい病理の先生がたの診断と意見が,当時は,それはそれは開離していたものである.われわれは,困り果てたあげく,自分の信ずる先生方たちの診断が癌だと一致した症例だけを使ったのを覚えている.惜しい数々のX線写真を捨てることにもなってしまった.残念に思ったものだった.出版後まもなく,案の定,外国から実物のプレパラートを見せろと言ってきた.送ったが,早速,送り返えしてきて,100%信用したと書いてあった.そのうちに,日本では,癌,癌じゃない,の論争はなくなった.腫腺と癌の論議は,早期胃癌のときほどの開離はないように見受ける。峠は越した感がある。腫腺と癌を取り上げ,論点と論争を明らかにしようという今の事情も,私の人生においては,再度の経験である.早期胃癌の当時と何ら変わらないようにみえる。聴いていて,見ていて,楽しくて仕様がない.臨床が新しい病変を拾い上げてきたからこその,新しい振動であり,確かな知見の濾過的現象が起こっているのである.早期胃癌のときとは年代も違ったニューリーダーたちの登場をみたわけである.繰り返すが,私にとっては二度の幸運に恵まれたことになる.

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はじめに

 大腸腺腫と癌は異型性,腫瘍性を有する点で同質であることから大腸上皮性腫瘍という1つの系に入れられ,その系の中で両者の関係が種々検討されている.世界的に広く知られている“大腸癌の大部分は腺腫由来である”という組織発生説(adenoma-carcinoma sequence)を導いた数多くの検討もそのような系の中でなされている1)~4).しかし,それらの検討は異型度の分類に主眼が置かれるために,異型性のみられない正常粘膜の存在は忘れられがちである。正常粘膜に発癌しにくいという大腸の癌組織発生は,腫瘍総論的には特異である.大腸粘膜の細胞新生は腺腫を含め,正常の粘膜にも認められており,癌は細胞新生の行われるところであればいずこからも発生しうるからである5).大腸癌が腺腫を母地としなければ発生しえない理由もなく,Bauhin弁を越えた途端に癌発生の仕組みが変わる解析もなされてはいない.もし全身臓器の中において整合性を持たない癌組織発生を導いたのであれば,腺腫と癌との因果関係だけでなく,大腸腺腫が腺腫の中でも特殊なことを証明しなければならない.更に,腺腫や癌の発生母地である異型性を持たない正常粘膜には発癌が起こりにくいことも明らかにする必要がある.

 adenoma-carcinoma sequenceを導き出したMorsonらの癌組織診断基準は高度異型腺管の粘膜下組織浸潤をもって定義されており,粘膜内癌をsevere dysplasiaという腺腫と同類項の表現系に入れたものである6)7).その基準は組織異型度に基づいて良性悪性の判別を行う病理組織診断からは外れたものであり,定義された用語から類推される病態は病理組織学的には曖昧である.粘膜内癌は癌であり,癌と明確に記載することが組織診断の本質である.用語はその定義が明らかであり,それぞれの意志疎通がうまくなされていれば,いかなる表現も自由であろうが,科学の場においてはその本質を十分に表すべきである.severe dysplasiaが高度異型“腺腫”と訳されたり,カッコ付きでm癌とされるような自由度のある表現を有するdysplasia分類は捨て去らねばならない7).また,Morsonがその曖昧な癌組織診断基準のもとで記述した“Tubular adenoma showing invasion into the stalk of polyp by well differentiated adenocarcinoma of low grade of malignancy”という表現も奇妙である8).彼らがdysplasia分類を定義した際に,その大きな理由とした手術侵襲の問題も現代では小さくなりつつある.臨床上の問題を踏まえたdysplasia分類は癌組織診断基準としては病理組織診断の本質を離れたものであり,粘膜内癌を早期に診断しないことは結果的には非臨床的である.

 曖昧と言わざるを得ない癌組織診断から導き出された大腸癌の体系に大きな矛盾がみられるとき,局所的な解釈の変更を加えるだけでなく,その根底となる診断基準から見直す必要がある.大腸上皮性腫瘍の組織診断基準を明らかにすると共に,その前提のもとで大腸癌組織発生ならびに発育進展過程を検討した.

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はじめに

 大腸の腺腫と癌に関しては,古くより多くの問題点が議論の的となっている.この中でも主なものは,大腸癌の発生母地の頻度(腺腫由来癌とde novoないしab initio癌との発生頻度),大腸癌の肉眼形態の推移(癌の発生母地による差)と腺腫・癌の組織診断基準である.特に,組織診断基準の問題は本質的で最も重要であり,同基準の確立が前二者の問題点解明となる.以下,大腸の腺腫と癌の組織診断基準を中心にして論述してみたい.

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はじめに

 直径2cm程度の大腸癌の大部分は進行癌の小さい形,いわゆる小さいBorrmann型を呈する.そして,このような形態を呈していて一部に腺腫成分があることはまれである.直径1cm以下の病巣は,flatの隆起か,無茎性あるいはせいぜい亜有茎性ポリープの形状を呈するのが大部分である.陥凹型は少数である.そして,組織学的にはすべて癌から成っているか,癌と腺腫が共存している.したがって1cm以下の病巣を集めて解析することが組織発生の解明に最も重要であると考えられる.

 2cm以上の大きいポリープを形成する腺腫の一部に癌が共存する症例は少数例しかないので,大腸癌の組織発生の主流たりえない.

 1cm以下の病巣で,腺腫と癌とが共存している場合,直ちにそれをadenoma-cancer sequenceとみなしてはならない.なぜならば,adenoma-cancer sequenceとは両病変が異時性(腺腫が先で,癌が後)に発生することを意味しているのであるからである.両病変が小さい場合は異時性でなく同時性発生と考えるべきである.同時性とは文字どおり同時という意味でなく両者の差が例えば1年以内という意味である.大腸腺腫は実験データから計算すると1cmの大きさになるのに数か月しか必要としない(cell lossを0とすれば).したがって,成長する腺腫は1cmの大きさに達するのに1年を必要としない.

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はじめに

 “腺腫”という病理診断名は内分泌臓器および大腸で最も頻繁に用いられている.更に近年胃の特定の病変についても診断名として定着している.内分泌腺臓器そのほかの実質臓器では腺腫は過形成や癌との鑑別が問題となる病変として考えられている.胃の腺腫は内視鏡的特徴,経過観察も含め病理形態学的に比較的単一の病変を扱っている1)2).これに反して大腸では肉眼的形態も,病理組織学的所見も極めて幅の広い像を“腺腫”とし,また,病理医によってその幅が異なっているという大きな相違がある3)4).しかし内分泌臓器とは異なり,多くの場合は過形成との鑑別が問題になるようなことはない.この中には構造異型,細胞異型の極めて軽いものから著しいものまで存在し,それらの異型度はある程度連続したスペクトラムを形成している.

 他方,sm以下に浸潤する大腸癌でも異型の顕著なものから軽い高分化のものまで存在し,高分化な癌の症例ではその一部の拡大像では“腺腫”とされているものとの鑑別の困難な症例も存在する.

 このような認識を持って大腸の腺腫を考えると大腸の腺腫は本来potential malignantあるいはlow grade malignantのり5百を多く含んでいる可能性がある5)

 学問的でない,あるいは論理的でないとの誘りは免れないが,粘膜内に病変がとどまっている限りにおいては癌であれ腺腫であれ,臨床的には治療方法が変わらないということで,その両者の鑑別を曖昧にしていたというのがわれわれの実情であり,組織計測による中村ら6}の診断基準を必ずしも日常診療には採用していなかった.しかし近年平坦型あるいは陥凹型の粘膜内腫瘍病変が臨床的に発見,切除されるようになり,厳しい鑑別が要求されている.

 われわれの口常の診断は多くの場合,経験に裏づけられた主観によってなされる.主として1cm以下の微小大腸癌の検討から得た結果を基にその鑑別の基準を模索しており,その実例を呈示したい.

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はじめに

 近年,わが国における大腸癌は増加の傾向にある.幸い医療関係者はもちろんのこと一般にも大腸癌に対する関心が高まり,集団検診の受診率も上昇し,年々,より小さい早期の癌や各種前癌病変,特に腺腫性ポリープが数多く発見され内視鏡的生検やポリペクトミーがなされるようになってきた.したがって,早期癌の病理形態とその組織発生的研究が多くの研究者によって,しかも多数例で行われている.

 早期癌や,いわゆる前癌病変と言われる病巣を詳細に検討することにより,大腸癌の組織発生の全貌が次第に明らかとなりつつある.なかでも大腸腺腫と癌の因果関係がかなり明らかとなってきている.しかし,現在発見されている多くの大腸癌の発生過程に,どの程度腺腫が関連しているか否かについては,いまだ議論の多いところである1)2).つまり大腸癌の発生過程において腺腫由来を主軸とする考え方と,腺腫を介さない癌が大多数であるという考え方とがある3)~5).しかし,後者の説を実証しうるには,十分な症例や統計的資料はまだ示されておらず,いわば傍証となる事実のみが呈示されていると言っても過言でない.いずれにしても,現時点で発見されている早期癌の病理形態的特徴を,種々なる見地から詳細に記録し,その前癌病変との関連をみておくことが重要である.というのは癌化という現象を分子遺伝子学的レベルで説明される時代になってきているが,これらの資料を基盤にした基礎的研究がなされることが肝要である.更にわが国は大腸癌の発生率が最も低い国の1つであることから,高罹患率の国における大腸癌と比較検討するうえでもこれらの資料は非常に大切なことであろう.

 一方,早期大腸癌と進行癌の形態学的なつながりを明らかにすることは,大腸癌の自然史の全貌を明らかにすることとなるであろう.以上のような臨床病理学的な研究を始める前に,大腸粘膜における増殖性,良性腫瘍,悪性腫瘍,良・悪性境界領域などの病変の病理組織学的判定基準が標準化されなければならない.

 そこで,本稿では当国立がんセンター病院で手術切除された腺腫や早期大腸癌を中心に,病理形態的統計やわれわれの組織学的判定基準を提示し,現時点における大腸癌の形態発生についての考え方に言及したい.

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はじめに

 大腸癌と腺腫の因果関係については,古くから肯定派1)2)と否定派3)4)に分かれ,種々の臨床的,病理学的根拠に基づいて論争が繰り返されている.肯定派の考え方は,“大腸癌の大部分(95~100%)は腺腫から発生する(adenoma-carcinoma sequence説)”という考え方で,否定派のそれは,“大腸癌の多くは腺腫を発生母地とするよりむしろ正常の大腸粘膜から直接に発生する(denovo説)”という考え方である.近年,わが国でも内視鏡検査の普及により,平坦型,陥凹型早期癌が発見されるようになったこともあり,大腸癌の組織発生に関する議論が一段と盛んであり,武藤ら5)6)の支持するadenoma-carcinoma sequence説,中村ら7)~9)のde novo説のほかに,喜納ら10)の腺腫・癌同時発生(adenoma-cancer simultaneity, cancerization by progression)説などが提案されている.

 このように大腸癌組織発生の主経路が何かの議論が生ずるのは,現時点では臨床的情報量がいまだ十分でないこと,材料の検索法の差,診断者による癌・腺腫の組織学的判定基準の差などの関与が考えられる11).このうち,病理医の立場からは,組織学的判定基準の差が大切と思われるので,本稿では,現時点での筆者の大腸腺腫,癌の組織学的診断基準を素直に述べると共に,大腸腺腫と癌の関係についても簡単に触れる.諸賢のご批判を仰ぐ次第である.

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 八尾(司会)今日は“大腸腺腫と癌”ということで,消化管病理に関しては錚々たる大権威の先生方に集まっていただきました.そして,臨床の2人が司会をするのですが,どういった座談会になるか,全く見通しがありません.

 まず,この座談会が計画された事情を説明いたしますと臨床の立場として最近大変困っているのは,いろいろな言葉が一癌は癌でかまわないのですが,dysplasia,adenoma,あるいはatypia,いろんな言葉が使われていて,それが具体的に何を意味するのか,学者によって必ずしも一致していない.もう1つは消化器を専門にしておられる病理の先生の中でも同じ症例の診断が異なることがあるという現実です.

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要旨 54個の大腸腺腫の核DNA ploidy patternを落射型顕微測光法により分析した結果,diploid+polyploid patternを9個(17%),aneuploid patternを7個(13%)に認めた.これら2つのploidy patternの出現頻度は腺腫の異型度が高いほど,病変の大きさが大きいほど高率であった.特に構造異型が発現していないmoderate atypiaの中にaneuploid patternを呈するものが認められたことは,核DNA ploidy patternの解析が大腸腺腫の異型度分類の新たな指標になりうることが示唆された.組織切片による核DNA量の測定は,異型度と正確に対応した測定が可能でありスメア法あるいはフローサイトメトリーの短所を補うものとして価値があると考えられた.

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要旨 大腸には胃や食道と異なり,Ⅱb型やⅡC型早期癌はほとんどないとされてきた.しかし,その存在を十分に意識してtotal colonoscopyを行うことにより全腫瘍の3.5%に,早期癌の159%に平坦・陥凹型病変が発見された.Ⅱb 7病変,Ⅱc 13病変,Ⅱc+Ⅱa 5病変であり,平坦・陥凹型の癌の頻度は51.0%と高かった.内視鏡像の特徴は,①淡い発赤,褪色で存在診断されることが多い,②空気変形を80%に伴う,③diffuseな発赤で辺縁不整を伴う,であり,微小癌は,①発赤不整,②微小陥凹,③褪色不整,④発赤類円形,の4型に形状分類された.実体顕微鏡所見では陥凹部に一致しfineな管状~類円形のpitの集合が特徴であり,ときに不整,無構造所見を認めた.10mm未満で,深い陥凹や強い空気変形を伴わない場合は,strip biopsyで治療が可能であった.平坦・陥凹型早期癌は従来考えられていたより多く存在することを強調した.

今月の症例

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〔患者〕48歳,男性.タール便を自覚し近医を受診,出血源不明のため当科に紹介入院となった.

〔上部消化管X線所見〕Fig.1は腹臥位充盈像で,十二指腸下行脚に陰影欠損を認める.Fig.2の背臥位二重造影像では同部に不鮮明な腫瘤像がみられるが,詳細ははっきりしない.

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要旨 6例の陥凹型早期大腸癌について検討した.陥凹の定義は切除標本肉眼像を基本にし,それで陥凹部分が大部分を占めるものとした.成因としては,①水平急速発育,②未分化癌,③腫瘍の崩壊脱落,の3つが考えられた.内視鏡像では発見のきっかけとして,陥凹,平坦,扁平隆起であるを問わず限局性の発赤を重視すべきであることがわかった.陥凹型早期癌の好発部位として直腸と横行結腸があるが,特に後者は早期癌の少ない部位であり注目される.また陥凹型癌は進行癌に合併(同時,異時)してみられることが多く,癌の術後のフォローにおいて特に直腸・横行結腸で陥凹型癌に注意すべきである.

初心者講座 座談会

消化器疾患とUS・CT・6

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 山田(司会)お話を伺っていますと,超音波あるいはCTのそれぞれの特徴があって,今まてX線,内視鏡では見つからなかった所か見つかるようになったということなんてすが,西澤先生,お聞きになっていていかかですか,X線,内視鏡のこ経験から.

 西澤 お聞きしていますと,大体X線,内視鏡て何か所見があった場合に使うということですねわれわれかX線検査をやる場合に診断をしていく順序として,ます食道に圧排像あるいは粘膜下腫瘍のようなものがあるかとうかを見るわけてすが,そういうのを超音波とか,超音波内視鏡とか,CTがとのへんまて解析できるのかということを最初にお聞きしたいてすね.

初心者講座 食道検査法・15

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 食道疾患研究会による現行の食道癌組織分類は1972年に改訂されたもので1),当時は食道癌に対して術前放射線治療がほぼ全例に行われていた時代でもあり,また症例数の蓄積も現時点に比べれば数少なく,満足すべきものとは言えない。肉眼型分類については粘膜癌や上皮内癌が発見されるようになり,大改訂を迫られ,昨年6月の食道疾患研究会で,その案が示された2).その後病理分類検討委員会では肉眼分類にとどまらず,組織型分類の改訂も必要であるとの立場に立って,規約委員会の了解を得て,現在組織分類の改訂を行っている(注).東京在住の組織型分類改訂委員(注*)がようやくその叩き台を作ったところで,これから数か月にわたり十分な検討を重ねることになる.したがってここに示す改訂分類(案)の素案(Table 1)は大きく変貌する余地を残しているが,編集委員会の要望により,あえてこれを軸に組織型分類と各組織型の解説を試みることとした.

 以下それぞれの腫瘍につき図示しつつ説明を加える.改訂に当たって問題となっている点はその都度説明することとする.

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欧文目次

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 今回,林貴雄博士の「消化管内視鏡ハンドブック」第2版が装いも新たに刊行された.初版が1979年発刊であるから,その間,約9年間に8回増刷されたと聞いている.このような発行部数の多い医学関係の教科書としては,あまり他に類をみないのではあるまいか.それほどこの書物は多くの内視鏡医に読まれ,愛され,座右の書として白衣のポケットの中で病院中を走り廻り,そして優れた内視鏡医を育ててくれたのである.

 1977年10月,第15回日本消化器内視鏡学会合同秋季大会を,私が会長として奈良市において開催させていただいたとき,パネルディスカッションとして“内視鏡検査の教育法”を取り上げたことがあった.その際,林貴雄博士と共に私はその司会を務め,本学会としては,初めて卒後教育の問題について延々3時間にわたる討論を尽くしたことがあった.

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驚嘆すべき本

 私はこの本を一読して,深いculture shockを受けたと言っても過言ではない.外科医にとって,食道癌と膵臓癌ほど労多くして報われない癌はない.すべての固型癌がかなりよく治るようになったのは,何よりも早期発見の向上によるところが大きい.ところが特に食道癌はリンパ節転移のないもの,ep癌でないと成績がよくない.著者も“sm癌を数多く見つけ出すだけでは,高い救命率が得られないのが食道癌である”と述べている.そしてep癌はもちろん,mm癌でも今まで発見が困難であった.この本はそのep癌の発見を可能にしてくれる本なのである.食道癌の特徴,おもしろさ,不思議さを教えてくれる本である.

 総論と各論を取り混ぜて,楽しく頁をめくりながら大事なことの知識が得られる.内容が豊富で美しく,しかもしっかりしていることは驚くばかりである.かんで含めるような実技指導の文も非常にわかりやすい。診断の基本,X線と内視鏡の比較,浸潤範囲や深達度の読み方,鑑別診断,CRの写真,特殊な疾患,食道癌の自然史,統計的・疫学的考察まで含まれている.しかもこのような幅広い総論が,わかりやすい症例から難しい症例へと具体的な症例を順序よく示しながら簡潔に述べてある.特にルゴール染色と直視型パンエンドスコープ,空気量と精密X線検査の重要なことがよくわかる.絶えず胃癌との対比,将来の診断法との対比をしながら話を進めておられるので,非常にわかりやすい.

編集後記 西澤 護
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 今から25年前ごろまでは,その道の大家が胃癌の大部分は胃潰瘍,胃ポリープから発生すると学会の特別講演などで述べ,新聞紙上をにぎわすこともしばしばあった.そのため,一時は医家だけでなく,一般の人々の口にまでのぼるほど信じられるようになった.ところが,その後,全く間違いであることがわかり,胃潰瘍や胃ポリープが手術の対象にならなくなってきた大きな要因になった.

 胃癌についてだけでなく,学問にはそのようなことがしばしばあって当然なのだが,大家と言われる人たちの声は大きく,大きな仕事をする反面,大きな間違いも起こしやすい.数多くの小さな声は,大きな声に惑わされないよう,常に冷めた日で観察することが大切ではなかろうか.

基本情報

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胃と腸
24巻3号 (1989年3月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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