胃と腸 17巻12号 (1982年12月)

今月の主題 残胃の癌

序説

残胃の癌の現状と将来 城所 仂
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 本号の主題である残胃の癌は,近年注目を浴びるようになった領域である.

 残胃の癌については多くの問題があり,その解明に先立って検討すべき事項があまりにも多かった.そのために,それぞれの施設で胃癌の再発は大変多く経験しており,その多くは手術まで至ることなく,姑息的な治療で末期を迎えるのが常であった.また,このような患者に対して積極的に手術することで効果が期待できるか否かについても,否定的な考えを持つ人が多かったように思う.

残胃の癌の現状と問題点 長与 健夫
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 かつて潰瘍なりポリープなり癌なりで胃の切除術を受けた患者の残胃に長年月を経た後,異常所見を見出した場合には,慎重な心構えが必要である.初回の胃切除の理由が何であれ正確な診断の重要性については今更言うまでもないが,X線検査にしても内視鏡検査にしても,それが切除をしていない胃に比べて困難を伴うことは多くの臨床医の指摘するところであり,特に幽門輪という括約筋を持たない胃においては,吻合部を中心とした胃粘膜の詳細な検索には一層の工夫が必要である.残胃に見出される限局性の病変の大部分は吻合部潰瘍か癌で,特に後者では再手術を行いえないほどに進行したものが少なくない現状であるので,早期発見の方法はこの領域においても速やかに改善されねばならず,全国的にみて胃切除を受けた人の数は十万を超えるものと推定されるので,一層この感を深くする.

 初回の胃の切除の理由が癌であった場合には,まずその再発が疑われる.この場合,残胃の癌の性状と共に既に切除された胃癌がどのような状態であったかを知ることが大切で,組織所見を含めた正確な記録が残っていれば,断端遺残癌か,胃壁外からの侵襲によるものか,あるいは異時性の重複癌ないし多発癌か,は大方察しがつく.初回の手術が潰瘍やポリープであった場合には,残胃に新たに癌が発生したことになる.この場合もカルテの記載のみでなく切除胃についての組織検査を含めた所見証拠が保存されているのが望ましく,そうでない場合は推定の域を出ない.

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 残胃には低酸(または無酸),胆汁などの逆流(duodenogastric refiux)5)22)28)42),腸内細菌の繁殖(または腸内細菌叢の変化)などがみられ,病理学的には慢性萎縮性胃炎,胃粘膜の巨大皺襞化または乳頭化,ポリープ化,一部は腸上皮化生の状態にあり5)8)22)23)28)34)40)42),亜硝酸の存在のもとニトロソ化合物が生成されやすく癌が発生しやすい環境にあると言われる36)39).更に動物実験で,胃切除後MNNGなどの発癌物質を与えると,胆汁などの逆流が不可避なBillrothⅡ法による残胃に癌の発生が多いと報告されている5)28)

 胃・十二指腸の良性疾患に対する胃切除後の残胃の癌(残胃初発癌)については,これまで数多くの症例報告があり6)8)10)12)19)20)22)26)32)38)41)43)46),その発生頻度についても検討されている1)~4)7)9)13)~15)17)21)25)27)29)33)~35)42)45)47).われわれも上述のような環境にある残胃を持つ胃切除患者が,残胃初発癌による死亡のハイリスク集団であるか,そのリスクに胃切除の術式による差異が認められるかどうかを調べた44).このわれわれの結果を混じえ疫学的立場から,残胃初発癌のリスクについての文献的考察と方法論の問題点などについて検討を行ったので報告する.

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 胃には,口に噴門が,出口に幽門があり,それぞれの括約機構の働きによって,胃内容物の食道への逆流を防ぐと共に,小腸への排出を適当に調節している.

 胃のX線診断では,造影剤を使用し,また空気(発泡剤使用時は炭酸ガス)を送入して胃を適度に膨らませて二重造影像を撮影する.内視鏡診断では,胃内に空気を送入して胃粘膜の観察を容易にすると共に写真撮影を行う.このようなことが比較的容易に実施できるのは,噴門および幽門の働きがあるからである.

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 1982年1月30目に第38回胃癌研究会(世話人,城所校仂)が,胃の癌を主題に催された.当日は,Billrothが幽門側胃切除に成功した1881年1月30日より数えて100年目に相当する記念すべき日であった.100年を経過した現在,手術はもとより診断,患者管理などが著しい進歩を遂げ,胃癌は胃切除術,胃全摘術ならびに開胸術をも含めて比較的安全に治療できるようになった.しかし残胃の癌には問題が残り,一般的な関心も比較的低いことは否めないところであると思われる.欧米では日本に先がけて残胃の癌の研究がなされ,更に残胃が癌発生の危険を高率にはらむことを指摘する報告も多い.このような時期に,われわれが10年来積極的に行ってきた症例を見直すことは意味あることと考え,いわゆる残胃の癌112例について検討した.

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症例(I-19y-A)

 患 者:51歳,男.

 既往歴:1960年10月,胃下垂で手術(B-1法).

 家族歴:父が胃癌で死亡.

 現病歴:1979年11月,健康診断で異常を指摘され,12月に当院入院.自覚症状はない.

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 胃切除後の残胃に発生する癌は,癌の発生母地や発生機序に関連して興味があるが,残胃の癌を論ずる際には,残胃に見出された癌が最初の手術における胃癌の再発であったり,切除の時点で既に残胃に存在していた可能性をできるだけ除外する必要がある.このため,残胃の癌の概念や定義に関しては種々の見解が主張されている.すなわち,最初の胃切除の原因となった疾患が悪性腫瘍である場合と良性疾患である場合を区別し,更に,最初の手術後,残胃に癌が発見されるまでの期間を5年,10年,15年以上などと規定する考え方である.

 われわれは18歳で十二指腸潰瘍として2/3胃切除術を受け,19年後に残胃吻合部に,いわゆるgastritis cystica polyposa(Littler),stomal polypoid hypertrophic gastritis(遠城寺)の所見と共存して,Ⅱa型早期胃癌が発生していた症例を経験したので報告する.

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 胃腸吻合部の胃側に発生したポリープ状の粘膜隆起性病変を,Nikolaiら17)(1965)とLittlerら13)(1972)はそれぞれgastritis cystica(囊胞状胃炎),gastritis cystica polyposa(GCP)(ポリープ状囊胞性胃炎)と呼称し,教室の古賀ら9)10)(1976)はstomal polypoid hypertrophic gastritis(SPHG)(吻合部ポリープ状肥厚性胃炎)と命名し報告している.しかし,SPHGは比較的少ない病変であり,その文献的報告は十数例を数えるにすぎず,そしてこの病変の中に明らかな癌巣の見られた報告はまだない.

 われわれは本病変を母地として発生したと考えられる1型早期胃癌の1例を経験したので,症例の概要ならびに病理学的所見に,若干の考察を加えて報告する.

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 胃切除後の残胃にも,初回手術病変の良・悪性とは無関係に癌が発見される場合がある.近年における胃X線および内視鏡検査は著しく進歩してきてはいるが,残胃に発見された癌の多くは進行癌で,早期癌で発見される頻度は極めて少ない.われわれはⅡcで切除された残胃(19年後)の吻合部の近傍に存在したⅡc型早期胃癌例を経験したので,他の残胃の早期癌(自験例)と合わせて若干の考察を行い報告する.

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 十二指腸潰瘍にて胃切除を受け,25年後に残胃非断端部にみられたⅠ型早期胃癌を診断し切除したので報告する.

症例(I-25y-C)

 患 者:64歳,男.

 主 訴:悪心,嘔吐.

 既往歴:1956年5月2日,新潟大学外科にて十二指腸潰瘍で胃部分切除を受け,Billroth Ⅱ法にて消化管再建がなされた.切除胃(31-356)の病理組織学的検索では悪性所見は認められなかった.

 現病歴:初回手術後25年間,経過良好にて特に胃腸症状を認めず通院はしていなかった.しかし,1981年2月21日アルコール飲用中に悪心,嘔吐が出現した.3月5日近医を受診し胃透視を受け,残胃大彎側の後壁に隆起性病変があることを指摘され,3月11日精査のため来院した.

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 胃内視鏡器機の進歩,改良により,今日では胃内全域を盲点なく観察することができる.しかし,残胃では手術による胃の変形や残胃の大きさにより,残胃全体を十分に観察することは困難なことが多く,残胃に発見される胃癌の多くは進行癌で,早期癌の報告は少ない.今回,われわれは初回手術4年後の残胃多発早期胃癌の1例を提示すると共に,残胃の癌の内視鏡診断成績とその対策について報告する.

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 胃癌術後の再発としての残胃の癌は別として,胃・十二指腸良性疾患に対する胃切除後の残胃の癌は,欧米では古くから注目されていたが,わが国でも最近はそれに関する報告が増加しつつある.

 残胃の癌に対する関心の1つはその早期発見であり,最近の報告は残胃早期癌に関するものが多い1)~3).もう1つの関心はその発生病理であり,癌の発生母地が残胃という特殊な環境下にあるので,それに関係した因子,すなわち胃腸吻合による腸内容の逆流がもたらす胃粘膜の変化,吻合部の物理的あるいは化学的な特殊環境,胃切除による胃液酸度の低下などが,癌の発生に関与しているのではないかと推測されている.

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 城所(司会) 残胃の癌について,個々の施設で経験された症例はそれほど多くはないでしょうが,それぞれの施設で固有の考え方はあるでしょうし,同じ土台で論ずるためには,何らか残胃の癌の定義が必要ではないかということで,まず定義の問題に触れていただきたいと思います.

 最初に,試案である分類の表について,市川先生から説明をしていただきたいと思います.

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 今年は空梅雨と言われた6月11日,星の夜空のなかを,JAL403便で,新東京国際空港を飛び立った.

 鞄の中には,グレンベック著「北欧神話と伝説」(山室静訳,新潮社),谷口幸男「エッダとサガー北欧古典への案内」(新潮社),シンプソン著「ヴァイキングの世界」(宇野勝巳訳,東京書籍)などを入れていたが,結局はウイスキーの飲み過ぎで,機内ではろくに読まなかった.また,ストックホルムでも,アルコール分45%以上と言われるアクアビットを毎晩飲んだわけでもないが,ろくろく持参した本を読まないで,学会中を過ごしてしまった.“味覚文化に対する執着と洗練さがあまりない”と言われるスウェーデンのサケ料理とか鹿料理がおいしかったせいもある.

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 4.Abdominal manipulation

 今回は助手による体外からの腸管の保持(abdominal manipulation)について述べる.症例によっては,スコープを引き戻すと腸管腔は近づいてくるが,次いで押し進めると逃げてしまうことがある.これはS状結腸や横行結腸で余分なたわみやループを形成するからである,それらを防止しスコープを進めるのに必要な補助がこれである.例えばS状結腸を保持させるには助手の手掌で左下腹部を左側方へ圧し下げるようにすればよい(Fig.5a).有効な圧迫部の場合には助手がスコープの抵抗を自分の手掌に感じられ,術者がスコープを円滑に挿入できることである.これはスライディングチューブの代用となる重要な補助手段である.次いで横行結腸を保持するには,左上腹部から右上腹部へと持ち上げるようにする.大半の症例はこの手技で右側結腸への挿入が可能となる.また心窩部やや右側を軽く押すのみで簡単に上行結腸への挿入可となる場合がある(Fig.5b).これは肝彎曲部にあるスコープ先端が腹壁より後壁側へと押されることにより,上行結腸へと近づき,挿入が容易となるからである.実際には,腹壁を軽く押すと,ファインダー内の視野が遠ざかることなく,むしろ管腔がスコープに接近してくる部位を探して保持させる.スコープが一旦上行結腸へ挿入されたら,腸管の保持は必要なく,その進入を妨げるだけであり,直ちに助手の手は腹壁から離されなければならない.

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 本邦でもクローン病に関する研究報告が増加している.しかし,小腸や大腸病変についての報告がほとんどであり,クローン病の上部消化管病変,特に胃・十二指腸の微細,微小病変についての報告は皆無に近い.われわれはクローン病の確診

例5例と疑診例3例について,胃・十二指腸を精査した結果,確診例の4例に上部消化管に微小な病変を認め,組織学的にも非乾酪性肉芽腫および肉芽腫様病変を証明しえたので,若干の考察を加えて報告する.

入門講座 大腸疾患診断の考え方・進め方・12

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虚血性腸炎

 <質問>虚血性腸炎を疑う所見はどんなものですか.

 牛尾 結核,クローン病,潰瘍性大腸炎が比較的慢性の経過をたどるとするならば,この虚血性腸炎は,非常に経過が早いんです.ですから,病型と病期に分けて所見を言う必要があると思います.

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欧文目次

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 Natural History of Occult Right Colon Cancer:HK Wright, EF Higgins Jr (Am J Surg 143:169~170, 1982)

 無症状で診断,治療される大腸癌は高い治癒率を示す.少なくともハイリスクの無症状患者をスクリーニングすることは現在5年生存率が40%にすぎない大腸癌の生存率を改善するかもしれない.最も有望なコストに見合う大腸癌のスクリーニング法は鉄欠乏性貧血あるいは,便潜血陽性のいずれか,あるいは両方を示す患者を検査することである.しかしながら,これらの方法で無症状の大腸癌が診断されるほどになるにはどのくらいの進展をしているか,更に発見しうる無症状の期間はどのくらい続くものかについては,ほとんど知られていない.

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 山形市での日本消化器病合同秋季大会の前日10月13日夜,山形県医師会館で恒例の「胃と腸」購読の諸先生全国大会が約300名の参加者を得て盛大に開かれました,冒頭白壁彦夫先生(順天堂大学教授)が「会場に出席された全国からの諸先生と共に忌揮のないディスカッションをお願いします」と挨拶されたあと,早速症例供覧に入りました.今回は東海林医院,山形県立病院,山形市立病院済生館より4例が供覧されX線・内視鏡・病理各面から熱のこもった議論が展開され好評を博しました.

 写真は会場の山形県医師会館,挨拶する白壁彦夫先生と熱心な討論風景.

書評「COLONOSCOPY」 小林 世美
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 Dr.Shinyaがcolonoscopyの本を書く計画を持っていることを知ったのは,もう5~6年前のことだったと思う.医学書院からの電話で,Dr.Shinyaにっいて尋ねられたのは,ある朝の外来診察中であったことを今も覚えている.それから長い間,この本の出版を待ちこがれていたのは私だけではないと思う.今や名実共に世界一のcolonoscopistである彼について改めて紹介する必要はなかろう.私が彼に初めて会ったのは1969年,ワシントンのアメリカ消化器病学会のときで,彼がポリペクトミーを始める前のことだった.以後年に平均4,000件のcolonoscopyを行うとのことで,12年余りで約5万件を数えることになり,ポリペクトミーも既に1万例を大きく上回ったと聞いている.彼のテクニックに初めてお目にかかったのは,まだ最近のことで,1979年ニューヨークを訪れたときである.他人のテクニックをほとんど見たことのない私にとって,それはすばらしい体験であった.スコープを操る彼の両手の動きは,名曲を奏でる名ヴァイオリニストの動きに似ていた.天賦の才だけでなく,それにも増して彼の人並みならぬ努力が偲ばれた.アメリカで外国人が生き抜くためには,彼らを凌駕し,圧倒する強い精神力と逞しさ,それにたゆまぬ努力が必要である.Dr.Shinyaは,まさにその類の人である.

編集後記 西沢 譲
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 残胃の癌には,診断から残胃癌の発生に至るまで未解決の問題が多く,そのうえ報告例も少なかったことから系統的な集計がなされにくかった.しかし,本特集をみれば,各施設でも少なからず正確なデータのある残胃の癌がみられ,全国的にはかなりの数があるものと推定される.

 残胃の癌の中でも,最も論議の的になるのが切除群と非切除群との癌の新発生の頻度の差,特に吻合部,縫合部における癌発生の問題であろう.本特集の主題でも,欧米の数多くの報告の中にも統計的処理の仕方に問題があると指摘されている.確かに,比較対象例の性,年齢階級別を同一にし,C領域の発生頻度だけでなく,非切除群における吻合部,縫合部位に相当する癌発生頻度まで推察し,そのうえ切除後の癌の新発生を少なくとも10年経過したものとすれば,もとのデータが余程目的をもって整理されていなければならないだけでなく,比較対象数も相当少なくなってくる.筆者の経験でも,同一集団の健康人を40歳を起点として,10年以上観察できたものを5,000人得るのに20年間もかかっている.40歳以前に良性疾患で胃切除を行ったものが2~3%で,前者からは63人もの胃癌が発見されていても,良性切除群からの癌発生は今のところ皆無である.しかし,これだけ長期間観察したつもりでも,分析するのに数が少なく結論が出ない.今後の全国集計に期待したい.また,動物実験からの吻合部発癌の可能性大という研究も,今後ヒトにおける吻合部発癌の発火点の1つになりそうで興味津々である.

基本情報

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胃と腸
17巻12号 (1982年12月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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