胃と腸 14巻10号 (1979年10月)

今月の主題 消化管の健診を考える

序説

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 綿密な透視をしながら,圧迫撮影と微妙な粘膜撮影を行わなければ,胃の診断はできないと信じていた頃は,「充盈像ばかりで,しかも間接撮影を行っただけで,どうして治癒可能な胃癌を早期に発見できるものか」と批判された時代があった.しかし,これらの杞憂は,充盈像に表われる微細な所見の解析とか,変形学の進歩によって,意外に正確にわかるということが明らかとなり,更には,二重造影法が普及したことによって,みごとに克服されたといえるであろう.

 つまり,「早期診断」の技術が完成して診断が可能になったからといって,すぐさま,その方法で,不特定多数の無症状群の中から癌を拾い出すのに成功するとは限らないということなのである.例えば,直径1cmの小さな膵臓癌が,血管造影で診断できるようになったといっても,1日50人から100人もの一見正常に見える人達に,すべて血管造影を施行するわけにも行くまい.言い換えれば,「診断」できるからといって,「発見」できるとは必ずしも言えないということなのである.一次的な発見方法が容易に,しかも正確度が高く,費用と手間と発見率との相関で計算しうる効率が,許容範囲ということになれば,「集団検診」という作業が容認される.集団としては容認できても,個人としては,その正確度が不満で,少し高い費用もいとわぬ向きには,「集検」でなくとも,最初から精密検査を行うような「検診」であってもよいわけである.

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 疫学1)とは,本来は流行病を対象にした学問を意味したが,現在では「健康の疫学」などの言葉も使われているように,既に流行病ないし伝染病を対象に研究するものでなくなったことは広く知られている.

 一般に「疫学」といえば,人間の集団を対象に調べて,健康および異常の原因を宿主・病因・環境(社会的,生態学的,物理的環境を含む)の面から包括的に研究し,健康の増進と疾病の予防をはかる未来の学問を意味する.したがって疫学においては,まず人間集団のなかでの疾病や障害を含む健康に関与する事象がどのように変動するのかを測定し,その分布に対してどのような要因が働いているかを異なった条件下での事象の発現を比較することによって明らかにするわけである.

 すなわち,ここで問題になるのは,疾病を明らかにするために健康を知るべきであり,次に健診に疫学がどのようにかかわるかの理論と実際が必要になってくるわけである.

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 食道癌の検診は発病率が低いことや,X線検査での微細病変の描出が容易でないなどの理由からあまり実施されていない.

 年間の死亡率を「厚生の指標」1)についてみると,入口10万について男7.1,女2.0,総数4.5であり,胃癌のちょうど10分の1に相当する.年齢別にみると高齢者では,この死亡率は決して低くない(Fig.1).

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 健診という言葉の意味が,外見病気でないものに対し,健康か否かを判断することであれば,それには次の2,3の検査方式が包含されるであろう.すなわち,胃疾患などで主に行われている集団検診,“人間ドック”と称されている短期入院総合精密検診,そして“外来ドック”とも呼ばれていて,個人の健康度精査を目的とし,通院の上で各種の検査を受ける健康診断などがある.いずれも慢性の疾患,成人病などの早期発見,早期診断を意図しているもので,前者は集団としての観察と方法を用いる集団医学であり,一臓器を中心に検査の行われることが多い.後二者は,個体の観察を行って身体全部あるいは一部の健康度の評価を行う臨床医学で,多臓器で多目的の検査を行うことが多く,その方法論は,前者に比べて明らかに異質のものであろう.このようなことから,三者を胃疾患・胃癌という疾病に限ってみても,同一レベルでの早期発見,早期診断を論ずることは困難が伴う.そこで小文は,現在筆者らの行っている胃集検,すなわち集団医学の立場をとり,得られた知見を胃癌の早期発見,早期診断という共通の目的から,広く“健診”にも指向しうるよう要点をしぼり,その考え方と実際について述べることとした.

 集団医学の立場から論ずる目的の1つは,申すまでもなく,現在のところ,胃癌の早期発見と早期診断は,胃集検によるのが最も効果的であるとされているからである.「早期発見に対する胃集検の効果」の章で後述するように,多くの点で評価されている.

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 大腸癌の頻度が上昇していることは統計上紛れのない事実であり,日常の診断に携っていても,それを実感として感じるのは著者らのみではないであろう.将来大腸癌の頻度は胃癌を追い抜く可能性もあるという.しかし,頻度の上昇分が進行癌によって占められていては,いかに多くの外科医が努力しても,生存率の飛躍的な向上は望めないであろう.治癒手術が可能な時期の発見,すなわちDukes A,B,理想的には早期癌の時期に診断されることが望ましい.都合の悪いことに,これらの患者の多くは無症状であるか,あるいは少なくとも自覚症を持ってはいない.無症状者群から罹患者をpick-upする“健診”を目的とした方法が,大腸癌を対象として現在どこまで進んでいるか?この疑問に答えるのが本稿の目的である.

主題 他臓器健診の問題点

①肺癌 池田 茂人
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1.肺癌の臓器としての特異性

 肺は実質臓器であると同時に気管支という内腔をもった管腔臓器でもある.このことは肺癌の発生をより複雑にしている.すなわち,肺門部肺癌は肺門部にある比較的太い気管支という管腔内に発生する癌腫であり,また肺野末梢部肺癌は肺実質の中にある末梢気管支または肺胞系から発生し,肺実質の中に進展してゆく癌腫である,

 これらの肺門部肺癌と肺野末梢部肺癌は,進行した末期肺癌になると,同じ形態になることが多いけれども,早期肺癌,および初期にはその進展形態がまったく異なっている.このことは,これらの肺癌を早期に発見するための健診方法もまったく異なっていることを意味することができる.

②子宮癌 野田 起一郎
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 本邦において組織的な子宮癌集団検診が始められて,既に20年に近い.集団検診は一見健常者のなかから無自覚,無症状の早期癌を発見するための積極的な手段である.無症状の癌の発見のためには必ずしも集団検診によらなければならないわけではなく,自発的な健康診断を定期的に行うことができればよいのであるが,現時点ではこのような人は決して多くはない.したがって,啓蒙の意味も含めて,集団検診の果してきた役割ははなはだ大きい.

 しかしながら,癌の集団検診を行うためには,その臓器の早期癌に対して能率的で,かつ正確な篩別法を持っていることが必要な条件である.そしてまた,社会的癌対策としての立場から考えるときは,その臓器の癌がある程度以上の発生頻度をもっていることもその条件の一つとなろう.

③乳癌 泉雄 勝
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 日本婦人の乳癌死亡率は,従来欧米のそれに比し低いとされていたが,最近十数年間には漸増を示し,罹病率も当然増加を示している.これは食事,内分泌環境などの欧米化と関連づけて考えられている.このような観点からわが国においても,胃,子宮,肺におけるほどではないにせよ,乳癌の集団検診が次第に各地域で行われるようになってきていることは喜ぶべきことであろう.

 乳癌に限らず集団検診の方式には,一定日時,地域を定めて移動する「出張方式」と,1カ所の専門検診センターに受診者が訪れる「センター方式」の2種があり,それぞれ一長一短がある.前者は比較的容易に多くの人が受診できるが,時期をはずすと次の機会まで待たねばならぬという不利がある.後者は気が向けばいつでも受診でき,また治療に直結する利点があるが,意識の低い人,多忙な人は受診の機会を失いやすい.前者は僻地向き,後者は大都市向きといえる.わが国の集検方式は量的にいって出張方式が多い.

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 私たちは1975年より,独自に開発した経直腸的超音波断層法をスクリーニング検査法として応用した,新しい前立腺集団検診システムの開発研究を行っている1)2).この研究は既にフィールド実験まで進み,かなりの成果をあげてきた.

 ここではこれまでの私たちの経験を通して得られた,他臓器の集団検診と比較した場合の前立腺集団検診の問題点について,簡単に述べてみようと思う.

⑤膀胱癌 吉田 修
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1.わが国と西ドイツの事例

 泌尿器科領域の癌に対する集団検診は,わが国においてはほとんど行われていない.もっとも職業性膀胱腫瘍に対する尿中剥離細胞診による検診は別である.1970年にβ-naphthylamineが,1971年にbenzidineが製造中止になったが,これらの芳香族アミン(ヒトの膀胱に対し癌原性を有する)による危険人口は3,310名あるといわれ1),この集団に対する検診は厳重に行われている.

 西ドイツにおいては,前立腺癌は男子の癌死亡中,肺癌,消化器癌についで多く第3位を占めている.1971年より西ドイツ政府は45歳以上の男子はすべて前立腺癌の予防検診を受けねばならないような法律を制定し,健康保険で受けられるようにしたという2)

⑥胆・膵癌 中沢 三郎 , 内藤 靖夫
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1.胆・膵癌診断の現況

 近年の種々の統計データをみると,胆・膵系疾患の増加が注目される.その原因としては,日本人の食餌をはじめとする環境の変化と胆・膵系の検査法の進歩があげられる.ちなみに胆・膵癌の訂正死亡率を1970年と1976年でみてみると,人口10万人に対して胆嚢および胆管癌は女で2.5人から3.1人に,膵癌は男で3.7人から4.1人に増加している1).更に丸地は剖検例の検討より,膵癌に対する臨床家の認識はいまだ一般に低く,みおとす割合が高いので,実際の膵癌死亡数は統計に表われる数の約1.5倍に達すると述べている2).またわれわれが経験した胆・膵癌はFig.1のように,過去10年間に著明に増加している.なお1974年以後の例数が横ばいになっているのは,各種検査法の普及によって,多くの施設で診断されるようになったためと推定される.

 ここで胆・膵癌の診断状況を振り返ってみると,10年前はPTC,HDGによる診断法がほぼ確立された頃であり,それまで閉塞性黄疸,腹部腫瘍,肝癌などと診断されていたもので,胆・膵癌の存在が容易に診断されるようになった.しかし診断はできても手術を行いうるようなものはほとんどなかった,次いで,これらの経験の上に,ERCPの導入と血管造影法の進歩が得られ,一応切除可能な症例にも出会うようになった.しかし切除しえた例も固有臓器外に癌浸潤を認めるものが多く,自づからその予後は良いものではなかった.

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市川 「健診を考える」という題にした理由は,どういうことかというと,健診というのは,かなり広い夢を追うという面があるということでございますので,どうぞ自由に活発に話していただけたらと思います.

それでは川井先生から.

川井 市川先生の書かれている「企画に当って」のところで,癌の発見というふうな集団検診の立場において正確度が高くて,費用と手間と発見率との相関で計算しうる効率が許容範囲ということになれば云々――という言葉が出ています.私,集団検診を胃の検診も含めていま見直すべき時期だと思うのは,この文章のところなんです.

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 原発性十二指腸癌は,進展すると,病理組織学的に発生部位を明らかにすることができない場合があり,特に乳頭部周囲癌では,総胆管膨大部ないし乳頭部より発生したものが多く,狭義の原発性十二指腸癌に含めないという考えかたもあります.原発性十二指腸癌は,原則的には腸上皮起源の円柱上皮細胞型の腺癌であり,なかにBrunner腺,迷入膵,迷入胃組織から発生するものがあります.更に乳頭上部に発生した癌では,宮治先生の御指摘された副乳頭から発生した癌や,膵癌の十二指腸壁への浸潤を考慮に入れる必要があります.

 著者らの症例は,逆行性膵管造影を行い,主膵管,膵頭部の分枝に異常所見を認めず,更に副膵管についても,X線透視下で造影剤の十二指腸内腔への流出を確認し,異常所見も認めませんでした.また,切除標本の膵管造影も行い確認しましたが,同様に,主膵管,副膵管,および分枝に明らかな異常所見はなく,臨床的には,腺癌および副乳頭部癌を否定しました.

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 国際対癌連合(UICC)は,集団検診に関するワークショップを,カナダのトロント市において,1978年4月24日から27日まで開催した.

 このワークショップでは,疫学的総論から子宮癌・乳癌・肺癌・胃癌・大腸癌などの集団検診について複数の専門家がその経験と考え方について述べ,そのあと,活発な討議がなされ,最後に,その要約と集検に関する一般的な勧告が決議されたのである.これらの討議も含めた内容は,この時座長を勤めたカナダ・トロント大学の疫学部教授Prof.A.B.Millerの編集によって“Screening in Cancer”と題され,“UICC Technical Report Series-Volume40”1978,として本年2月にジュネーヴの本部から出版された.

一冊の本

「Screening in Cancer」 田村 浩一
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 国際対ガン連合(UICC)からTechnical Report Seriesの第40巻として“Screening in Cancer”という報告書が出版された.

 この本は1978年5月にカナダのトロントにて開催されたUICC主催の癌の集団検診に関する国際会議の報告をA.B.Miller博士(トロント大学疫学主任)によって編集されたものであり,内容は序文,子宮頸癌検診,乳癌検診,肺癌検診,胃癌検診,大腸・直腸癌検診および要約と勧告の7章338頁からなっている.

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 腸間膜脂肪組織炎(mesenteric panniculitis)は腸間膜の非特異性慢性炎症性疾患で非常に珍しい疾患である.しかも本症は小腸の腸間膜に発生することが多く,結腸間膜に生じた報告例は少ない.最近著者らはS状結腸間膜に限局した極めて稀な脂肪組織炎の1例を経験したので報告する.

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 大腸に発生する非上皮性腫瘍は,きわめてまれな疾患であり,なかでも線維腫の報告は非常に少ない.最近われわれは,注腸造影,血管造影,腹腔鏡,手術を施行し,興味ある知見を得た横行結腸線維腫の1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

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 直腸に発生する平滑筋腫は比較的,稀なものである.最近,われわれは,下血と頑固な便秘を主訴として来院した71歳男の直腸平滑筋腫の1例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

症例

 患 者:朝○清 71歳 男

 主 訴:下血,便秘

 既往歴:17歳の時痔瘻手術,55歳より現在まで高血圧治療中

 家族歴:特記することなし

 現病歴:1978年1月頃より頑固な便秘を訴え,売薬を服用していた.便通は数日ないし1週間に1度位の割合であった.4月20日,排便時,大量の下血(鮮血)があり,直腸癌を疑って4月24日本院を受診した.

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 実験胃癌に関する研究は,1967年,杉村らがMNNGをラットに経口投与し腺胃に高率に胃癌を作成することに成功して以来既に十数年を経,さらにイヌを用いて同様に胃癌を作成することが可能となり,現在までヒト胃癌の実験モデルとして貴重な研究成果を提供してきている.実験胃癌の研究もここまでくれば残された問題として当然われわれの興味をひくのは発癌と前癌病変,とりわけ腸上皮化生との関係であるが,松倉1)がラットを用いたPNNG投与実験において腸上皮化生が癌に先行して発生してくることを確認しているものの,腸上皮化生と癌との関連についてはいまだ不明である.

 まずFig.1を見ていただきたい.一見何の変哲もない腸上皮化生のメチレンブルー染色像と思われる方も多いのではなかろうか.これはわれわれが独自の方法で研究を進めてきたPNNG投与実験犬の128週目に幽門洞に認められたメチレンブルー染色性を有する胃粘膜のGIF-D3による近接像である.中央の濃染された粘膜面は辺縁の淡い染色部とは明らかに異なった尾根状絨毛に近い形態をとり人胃に認められる腸上皮化生の染色像と極めて類似していることがよくわかる.同部の生検組織を実体顕微鏡下に観察すると,これまた人胃ときわめて類似した上皮細胞内への点状の色素のとり込み像として認められる.このような染色部の組織像は通常幽門腺の萎縮と軽度の腺窩上皮の過形成であるが,一部の腺管には杯細胞と思われる明るい胞体を有する粘液産生の強い細胞が認められる.これまでもPNNG実験犬の胃に染色像が認められることは確認しているし,組織学的にも変化のある程度認められることはわかっていたが,このような強い染色像を得たのは最近のことである.また粘膜表面の形態も正常のものから著しくかけはなれた像としてとらえられている点で意義は大きい.

入門講座 胃癌診断の考え方・進め方・10

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●ルチン撮影には何がよいか

 市川 次に内視鏡の器械の話に入りましょう.

 <質問8>ルチン撮影のための器械の中でベストとお考えになるものを3つ上げて,その理由をお聞かせください.

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欧文目次

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 外科臨床のなかでも,消化器疾患は大きな分野を占めているが,胃腸疾患とともに,肝・胆・膵疾患の外科的治療も極めて重要である.

 胆道疾患については,従来から外科手術を基本的な治療として大きな役割を果してきたし,今後もその重要性は変らない.また肝疾患の外科手術には著しい進歩がみられ,特に直接成績の向上は目覚ましいが,なお遠隔成績に問題がある.膵癌をはじめとする膵疾患の外科臨床についてもなお解明すべき点が多く残されている.

編集後記 青山 大三
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 本号の主題は本邦ではかなりの歴史があり,各著者はベテランで,その汗の結晶が手にとるようにうかがえることは同慶の到りである.

 さて,「健診」(市川による)を考えるとき,「物」と「心」に大別してみたらどのようになるか.

基本情報

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胃と腸
14巻10号 (1979年10月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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