精神医学 42巻7号 (2000年7月)

巻頭言

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 精神障害者による不幸な事件が報道されるたびに胸が痛みます。私は,25年前に司法精神医学研究の道に入り,我が国の触法精神障害者処遇制度の欠陥をよく知る立場にあるうえ,8年前に開設した犯罪被害者相談室の活動を通じて被害者の方々にお会いすることがよくあるので,思いがいっそう複雑になるように思います。

 犯罪被害者相談室に来られる被害者・遺族の方々の中には,被害の衝撃から立ち直ることができず,生活上の困難も加わって,孤立無援の状態で長く苦しんでいる方々が少なくありません。犯人が精神障害者であるため責任が問われないような場合には,理不尽な犯行への怒りの向けようもなく,その上,加害者を庇う関係者の言葉などによって幾重にも傷つけられ,癒しがたい傷を負っていることも多いのです。

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はじめに

 近年,教育界を中心に,「落ち着きがない」,「不注意が目立つ」,「我慢できない」などを特徴とする子どもの報告が増加している。これらの子どもは,知的水準に比べて学業成績が低いため,“努力をしない子ども”,“怠け者”とされることが多く,適切な対応がなされないと,行動上の問題を呈することも知られている。これらの症状を主訴として子どもの精神科を訪れる患者が,この数年間著しく増加しており,多くは多動性障害(注意欠陥多動性障害)と診断されている。臨床現場では,周囲の環境調整や,薬物の使用などいくつかの対応策がとられているが,必ずしも十分な改善が得られていない。筆者の経験をもとに,臨床現場の状況と薬物療法を含めた生物学的背景を記してみたい。

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【抄録】 74例の精神分裂病患者を対象に,一部改変したWaldropのスケール(日本語版Waldropのスケール)を用いてminor physical anomaly(MPA)を評価し,健常者の所見と比較するとともに,臨床的指標および頭部CT像との関連を検討した。健常群と比較して患者群では,男女とも日本語版Waldropのスケールの得点が有意に高得点であった。MPAの項目では,頭囲,両眼解離,耳介変形,高口蓋,溝状舌,第5指内彎の各項目において,異常の頻度が高かった。患者群においては,日本語版Waldropのスケールの合計点とBPRSの合計点,頭部CT像の脳実質面積,脳室面積との間に有意な相関を認めなかったが,低MPA群と比較して高MPA群において,頭部CT像の脳実質面積,頭蓋内腔面積が有意な低値を示した。以上の結果は,精神分裂病の神経発達障害仮説を支持するものと考えられた。

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【抄録】 精神遅滞に伴う行動障害に対する向精神薬の使用状況を,和歌山県内の17歳以上の精神遅滞者742名を対象として調査した。285例(38,4%)が何らかの向精神薬を服用していた。抗てんかん薬のみを服用していた121例を除いた164例の向精神薬の使用率は,30歳代で最も高く,20歳未満で最も低かったが,性別や精神遅滞の重症度による差は認められなかった。居住状況別では,在宅(14.5%),施設入所(27.7%),入院(75%)の順に高かった。てんかんや運動障害のある例やダウン症候群の例では向精神薬の使用は有意に少なく,知的障害を有する自閉症の例では34.2%に向精神薬が投与されていたが有意差は認められなかった。

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【抄録】 日米両国の医師に痴呆の倫理的問題に関する同一のアンケート謂査を行った。日本での調査対象者は,合併症を有する痴呆患者に接し,病名告知,緩和医療,安楽死など,医療の倫理的問題に直面する機会が多いと思われる総合病院の内科,神経内科,精神科医師とした。米国におけるアンケート調査結果のうち,日本の調査対象者と背景が類似しているものを選び出し,両者の結果を比較検討した。病名告知,身体合併症に対する緩和医療的処置,医師による自殺幇助の是非に関して両国医師間での考え方の差は大きく,米国の医師は日本の医師より積極的ないし肯定的傾向を示した。米国の医師のほうが痴呆性疾患をより深刻なものととらえていると思われた。

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【抄録】 長期間にわたり明瞭な自己像幻視が出現した精神分裂病の1例を経験した。長期間にわたる自己像幻視が出現した患者背景として,自己像幻視の易発現性にかかわる要素が多数存在することが考えられた。また,本症例は長期間にわたり分裂病症状が初期症状にとどまっており,二重身体験と精神分裂病における症状進展の抑止という臨床的意味において示唆に富む症例と考えられた。

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【抄録】 てんかん発作と精神分裂病(様)症状が近接して出現した3症例を報告した。いわゆる〈てんかん精神病〉患者では,通常てんかん発作の初発後十数年から数十年してから精神分裂病症状が発症する例が圧倒的に多いとされる。今回の我々の症例では,てんかん発作と精神病症状の初発時期がほぼ同時期ないしはせいぜい数年間の間隔であった。他の特徴として3症例中2症例はこれまでの報告と異なり陰性症状が重篤であったこと,そしててんかん発作とその治療への反応性は,てんかん発作は軽度であり,治療反応性も良好であったことである。

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【抄録】 非ステロイド系消炎鎮痛剤(NSAIDs)であるアルミノプロフェンまたはロキソプロフェンナトリウムを服用中の患者に炭酸リチウムを投与した結果,構音障害,嚥下障害,手指振戦,筋強剛,歩行障害などの身体症状や,失見当識,記銘力低下,情動不安定,錯乱状態などの精神症状を呈したリチウム中毒症の2症例について報告した。このリチウム中毒は,NSAIDsが腎プロスタグランジン系に作用し,血清リチウム濃度が上昇したために発症したものと考えられた。したがって,両薬剤の併用を必要とする症例には,血清リチウム濃度測定を含む諸検査を頻回にし,さらに臨床症状の観察を詳細にして,リチウム中毒の発生を予防することが重要である。

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はじめに

 近年,薬物血中濃度の測定の簡便化を背景に,薬用量と血中濃度の相関や,多剤併用の影響-薬物相互作用-などを勘案した合理的な薬物療法(Therapeutic Drug Monitoring;TDM)が求められるようになった。抗不整脈薬,抗生物質,強心配糖体,抗てんかん薬などと異なり,向精神薬については測定上の問題もあって,TDMは広くは行われていない。今回,我々は,肺結核を合併した精神分裂病患者で,抗結核薬であるrifampicin(RFP)の投与後,精神症状の増悪した1例を経験した。抗結核薬との薬物相互作用により,患者に従来から経口投与されていたhaloperidol(HAL)の血中濃度の低下したことが増悪の原因と考えられ,HAL経口投与をHAL decanoateの筋注に変更したところ,症状は改善した。症例の詳細を提示し,文献的検討を加え,向精神薬の薬物相互作用の臨床的意義について論じる。

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はじめに

 低栄養状態を招く病態の1つとして摂食障害は注意を要するものであり,心理的ケアとともに身体合併症管理の重要性も強調されている。特にanorexia nervosa(以下AN)では,飢餓状態に基づく内分泌異常,電解質異常,低リン血症,微量元素の代謝異常などのほか,AST,ALTが4桁を示すような肝機能障害,徐脈など循環器系の異常,骨髄低形成による血液学的異常なども指摘されている。Pallaら5)によれば,10〜20歳の摂食障害患者65名の診療録を用いたretrospective studyにおいてanorexia患者の55%,bulimia患者の22%が経過中何らかの身体的合併症のために入院が必要であったという。また,中枢神経系の合併症としては,駒井ら3)によりWernicke脳症を併発して後遺症を残したANの症例も報告されている。

 ペラグラは周知のように,ニコチン酸欠乏により3Dと称される皮膚炎(Dermatitis),下痢(Diarrhea)を主とした消化器症状,精神症状(DementiaもしくはDelirium)を呈する疾患である。今日ではペラグラの報告はアルコール依存症に合併したものが大半を占めており,摂食障害の合併症としての報告2,6)はほとんどなされておらず,とりわけ精神症状を呈したものの報告例は見当たらない。

 最近我々は,摂食障害に皮膚炎を欠くペラグラ(pellagra sine pelle agra)を合併し,ペラグラ精神病としてのせん妄状態,幻覚妄想状態の確定診断に苦慮した症例を経験したので報告する。

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 横紋筋融解症(rhabdomyolysis)は,何らかの原因により骨格筋細胞の融解変性・壊死を来し,筋細胞の内容物が細胞外に遊出する状態で,高度となるとミオグロビン尿症を伴う急性腎不全を引き起こし,早期に診断し適切な処置をとらないと,死に至る疾患である。このような病態は,当初は外傷に伴うもの2)が報告されていたが,その後,種々の非外傷性の原因でも発症し,多くは,アルコールなどの薬物によって引き起こされることが知られるようになった3,8)。比較的まれな病態ではあるが,透析医療などの関係者では比較的よく知られる病態となっている5)。一方,Wernicke-Korsakoff症候群は,アルコール依存症患者(以下,ア症者)にみられる病態として,よく知られているが,近年,ビタミン剤の普及により忘れられていた。しかし,ア症者以外でも出現することが知られており,最近,その発症に注意するように繰り返し警告されている14)。今回,我々は,ア症者で上の2つの症候群を合併したと考えられる症例を経験したので報告する。

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はじめに

 ポルフィリン症はポルフィリン代謝の異常による稀な疾患であるが,臨床症状が多彩であるために確定診断が遅れることがある。精神症状も多彩でポルフィリン精神病3)と呼ばれることもあり,稀にはポルフィリン症と気づかずに精神病院に入院するケースもあるようである。今回我々はヒステリーを疑われ,内科よりコンサルトを受けたポルフィリン症を経験したので,簡単な考察を加え報告する。

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はじめに

 境界例論の成立過程に関しては,すでに定説化したかのようにみえる理論史がある。それは,境界例を精神分裂病の1表現型として位置づけようとする議論から出発し,両者の移行状態とする考え方を経て,独立した臨床単位とする考え方に至り,最終的には人格の病理とする理論へ到達したというものである21)。しかし,このような境界例論の変遷は,直線的に進行してきたものではない。Schwartzberg26)の総説をみると,1950年代までの段階ですでに,精神分裂病の1表現型としての位置づけばかりでなく,臨床単位とする考え方や,人格の病理とする理論が混在して登場していることがわかる。その後,臨床単位論に属するGrinker15)を転換点として,1960年代以降の境界例論は,人格の病理としてすでに疑いなく確立されたもののように振舞うことになるのである。

 米国の1960年代は,それまで支配的であった精神分析が治療的に有効とされなくなり,その結果,生物-精神-社会的アプローチが要請されるようになるとともに,他方では「精神病は神話に過ぎない」というプロパガンダにさらされた時代である25)。すなわち,それに先立っ1950年代は精神分析の開花期であったが,1960年代になると精神分析がイデオロギーと化し,デシジョンメーカーたちは精神医学の診断能力や治療能力に疑いを持つようになるとともに,脱施設化や費用効果の問題とも相俟って,精神医学を,無限の資源を要求する地獄(ボトムレスピット)として描くようになったということである。米国経済社会の変化とデシジョンメーカーたちの動向に規定されて,Grinkerが目指したものは,第2次世界大戦後の精神分析学からの離陸であり,サイエンスとしての精神医学を企図するというパラダイムチェンジであった。彼の境界症候群は,そのような文脈のうちに位置づけられねばならない。

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はじめに

 ターミナルステージ(終末期)とは,(1)がん,肝硬変,心不全,腎不全などの脳や内臓の重い病気,(2)脳出血やクモ膜下出血などの回復不能な意識障害,(3)重度痴呆,において自力摂食が不能な状態と定義される2)

 がん患者におけるターミナルケア(終末期医療)に関しては,かつての過剰な医学的介入に対する反省に基づいて,スパゲティ症候群(点滴や酸素などのたくさんのチューブにつながれて終末期を迎えること)を避けるとともにquality of life(QOL)を重視する立場から延命処置を行わない医療,ホスピスケアが導入されている。1997年のがん末期患者のターミナルケアの実施状況調査1)では,71%は合意のもとに延命処置をしない治療を実施し,23%は急変もしくは家族への確認不十分のため延命処置をし,4%は家族が望んだため延命処置を行ったと報告している。

 実際のホスピスケアにおいては,ターミナル中期(生命予後数週間)には,IVHを中止し精神的ケアや症状緩和に力点を置き,ターミナル未期(生命予後数時間)にはモニターを使用せずにスタッフが時・時間を共有して患者の不安や恐怖心を和らげるといった非言語的コミュニケーションに力点が置かれている。IVHの中止やモニターを使用しないことのevidenceに関して国立がんセンターに問い合わせたところ,その部分に関する決定的な仕事(evidence)はないとの回答であった。しかし逆に,evidenceがないのに導入されているということは,それだけ実際のニーズが多くあることを示しているともいえる。

 上記のように,がん患者のターミナルケアに関しては研究報告も多くあり,その結果が現実に臨床に実践されてきている。しかし,がん患者と同じターミナルステージである重度痴呆患者におけるターミナルケアの報告はほとんど行われていない。重度痴呆患者は自己意志決定能力を欠くため,点滴1本行うにしても身体抑制が必要となる場合が多い。そのため,我々は日々の臨床場面において,重度痴呆患者のターミナルステージにおいてどの程度の医学的介入を行うべきかの判断に苦慮することが多い。将来的には,痴呆患者のターミナルケアに関するガイドラインを作成して実行することが必要であるが,その第一歩として当院の老人精神(痴呆)病棟に勤務した経験を持つ看護スタッフを対象に,痴呆患者のターミナルステージの医学的介入に関する意識調査を行ったので報告する。

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精神科治療と予防―疾病モデル

 精神障害の成因に関する生物—心理—社会的統合モデルは,1999年の世界精神医学会ハンブルグ大会の機会に創設された同学会学会賞の選考基準にもされたほど理念的には国際的に受け入れられている。しかし,これら3つの要因が精神医学の領域で揃って総合的に治療や研究に活かされているかというと決してそうとは言いきれない。早い話が,この生物—心理—社会的統合モデルを提唱したのはこのシリーズ第2回にも述べたように1977〜80年ごろのアメリカのG. Engelであるが,その頃から皮肉なことにアメリカの精神医学は徹底した生物学指向になっていったのである。しかしそのアメリカでも最近,様子がまた変化してきている。Dr Weissman,Sabshin,Eist7)が編集した“Psychiatry in the New Millennium”には現在のDSM-IVの5軸診断を8軸診断に変更することが提案されている。その中にこの統合モデルが具体化されることが述べられている。その内容については後述したい。

 私が精神科に入局した頃と言えば,精神分裂病に関しては,我が国の精神科医はほとんどがクレペリアンであった。一部,精神分析の影響を受けた人たちが心因の可能性を主張して日本精神神経学会でもそのためのシンポジウム(新潟学会)が開かれたが,ほとんど不毛の論議に終わったと思われた。しかし,その後,精神分裂病の疾病モデルをめぐる状況は変化している。具体的には図に示したように,KraepelinやJaspersの脳の病的過程論,あるいは了解不能—説明理論を超えて,Zubinのストレス脆弱性モデル,あるいはCiompiの脆弱性—長期展開モデルへと変化している。それらはかつての生物因論と心因論との対立を超えて生物—心理—社会的多次元の原因が重なり合ったものという統合モデルへと発達しているのである。ことに,社会復帰に関しては,さらに医療と福祉との統合モデルが求められている。

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 選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)であるマレイン酸フルボキサミン(フルボキサミン)は,1971年にオランダのソルベイ・ディファー社で合成され,1983年以降ヨーロッパをはじめ諸外国で使用されている9)。1998年のアメリカにおける抗うつ薬処方頻度をみてみると,SSRIは51.4%であり,三環系およびその他の抗うつ薬を抜いて一番多い4)。本邦でも1999年6月よりフルボキサミンが医療現場で使用されるようになり,今後処方量が増加することが想像される。筆者はうつ病の患者にフルボキサミンを使用中,口渇・多飲のために胸水が発症した症例を経験したのでここに報告する。

基本情報

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精神医学
42巻7号 (2000年7月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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