精神医学 42巻12号 (2000年12月)

シンポジウム ライフサイクルと睡眠障害

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はじめに

 発達あるいは老化に伴って睡眠の内容が変化することはよく知られている。Boselliら2)は,睡眠中の覚醒回数を10歳から80歳の40名の被検者について調べ,時間あたりの覚醒回数は年をとるに従って直線的に増加することを明らかにした(図1)。年をとると覚醒しやすくなることは,経験的にもよく知られているが,睡眠の内容も発達と老化に伴って変化をしている。一日の中で睡眠の占める割合と,その睡眠中のノンレム睡眠とレム睡眠の割合について調べてみると,新生児期では一日のほとんどの時間を眠って過ごし,そのうちレム睡眠の占める割合が非常に多いことがわかる。また,高齢になるに従って睡眠の占める割合は次第に少なくなり,レム睡眠よりもノンレム睡眠が多く出現するようになってくる。このような総睡眠時間の変化やノンレムーレムの割合の変化のほかに,乳児では昼間起きて夜眠るという24時間のリズムが形成されておらず,昼間眠っていて夜間しばしば起きるなどということは,よく経験されることである。また,老人では早寝早起きとなり,全体に睡眠が一日の早い時間帯に移動する傾向がある。

 睡眠はこのように発達と老化の中でさまざまな変化をするが,一方で同じノンレムあるいはレム睡眠の質も変化している可能性がある。本稿では各睡眠段階の量的変化だけでなく睡眠中の脳波の質的変化,特に各周波数帯域のパワー値の変化に焦点を当てて,これまでの研究知見について我々の結果を交じえて概説し,さらにそれがどのような脳活動の変化を反映しているのかについて考察したい。

小児の睡眠を取り巻く諸問題 神山 潤
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はじめに

 人類は24時間社会を手に入れた。しかし一方で睡眠を取り巻く環境は一気に悪化した。照明は都会から闇を奪い,インターネットを通して昼夜を問わず世界中を駆けめぐる情報に皆が翻弄され,夜勤の必要な職種は激増した。地球という約24時間の明暗リズムを持つ環境で生物「ヒト」は誕生し,育まれてきた。そのような「ヒト」にとって現在の環境変化はどのような影響をもたらすのであろうか。この環境を作り上げ,謳歌している現在の我々世代はよしとしよう。問題は,我々が次世代を担う今の子どもたちに,このような劣悪な睡眠環境を連日無防備に甘受・あるいは強制させているという点にある。この睡眠環境の変化は今の子どもたちを対象に壮大な人体実験を行っているに等しいのではないだろうか。あるいはヒトは,その誕生以来経験しなかった環境の激変にも柔軟に対応できるすばらしい生物なのかもしれない。しかしそのように信じ,今の睡眠環境を見過ごすには事はあまりに重大すぎると感じる。子どもたちをこの劣悪な睡眠環境から守り,救う義務があると考えてしまうのは私だけであろうか。

 本稿には子どもの睡眠障害を概説5,6)する意図はない。本稿では現在の子どもたちの睡眠にかかわる問題点を提起したい。キーワードは遅寝遅起き,睡眠負債,睡眠時無呼吸,生活習慣病,キレル子どもたちである。実は現在の子どもたちの睡眠にかかわる最大の問題点は,本稿で指摘する事項が一般的には問題点として認識されていない,という点にある。その結果対策もなんら打ち出されていないのが現状である。確かに睡眠の問題はあまりに日常的すぎて,何が問題なのかを把握することが難しいという問題もある。しかし睡眠の危機はとりもなおさず覚醒の危機である。病的な覚醒しか確立できなかった次世代に,私は自らの老後を託したくはない。次世代を担う子どもたちが,さわやかに未来を語れる覚醒環境を何とか保証したい。本稿が問題意識の喚起に多少とも寄与できれば幸いである。

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はじめに

 最近,日本人の生活スタイルが夜型化して,睡眠時間が年々減少していることが明らかにされている。子どもたちにも同じような傾向がみられる。夜型社会は私たちの健康にさまざまな問題を投げかけている。生活習慣病や肥満,がん,ストレスによる身体や心の病気なども不規則な生活スタイルによってもたらされることがわかってきた。睡眠を切りつめると昼間にも眠気を持ち越し,注意力,集中力に欠け,ぼんやりしたり,イライラしたりするなど日中の活動性に大きな影響がみられる。さらに思春期の子どもたちの中には夜に活動し,昼間には眠っているという昼夜逆転したような生活をするものがみられる。このように,昼夜の環境に逆らったような不規則な生活では脳にある生物時計の働きに障害がみられるようになる。このために入床しても,なかなか眠れない,朝は早く起きられないなど,概日リズム睡眠障害という病気と診断される。このような病気は近年増加する傾向にあり,特に思春期以後の子どもに多くみられ,このため,遅刻,欠席,不登校といった問題をひき起こしている場合もある。ここでは最近思春期の子どもに増加している概日リズム睡眠障害についてそのメカニズムと治療法について概説する。

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はじめに

 頭部外傷などの器質的疾患や,意識障害を伴う内科疾患,精神神経疾患などの原因がなく,慢性の日中の過剰な眠気(excessive daytime sleepi—ness;EDS)を呈する一群を過眠症という。不眠症が身近なものであるのに比べ,過眠症という病態はあまり知られていない。眠気は,注意・判断力の低下,倦怠感,意欲低下をもたらし,職場での評価の低下,学業成績の低下から社会的不適応状態に結びつく大きな障害となりうる。しかし周の人々だけでなく,過度の眠気に苦しむ人々自身も,過眠症状を「なまけ癖」「だらしない性格」「やる気の問題」と受け止めてしまいやすく,医療機関を訪れることは少ないのが現状である。

 眠気は多くの場合,夜間睡眠量が少ないことや睡眠が分断され良質の睡眠がとれないといった睡眠障害の代償として起こる。不眠症や睡眠不足と表裏をなす眠気で,広義の過眠症に入る。代表的な夜間睡眠の障害として,睡眠時無呼吸症候群がある。睡眠中に数秒程度の短い覚醒(脳波上でα波が出現することで確認できる)が何回も生じると,本人は十分に覚醒しないため自覚できないが,睡眠が分断され日中の眠気を生じるというものである。夜間睡眠の障害(睡眠不足)は“睡眠のつけ”となることが知られる。コーヒーを飲んだり顔を洗ったりすれば居眠りをある程度予防できるが,“睡眠のつけ”は大きくなり,かえって眠気が強まり事故につながる危険が生じる。良質な夜間睡眠をとることが大切である。

 一方,夜間睡眠のよしあしとは直接関連せずに日中の過剰な眠気を生じる狭義の過眠症が存在する。これらの過眠症は中枢神経系の機能障害が基礎に想定されているが,原因は不明である。本稿では代表的過眠症であり,疾患単位としてよくまとまっているナルコレプシーを中心に狭義の過眠症の症状と病態生理,最近の研究の進展を概説する。

壮年期・老年期の睡眠障害 清水 徹男
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はじめに

 成人にみられる内因性睡眠障害の代表的なものとして,睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syn—drome;SASと略す)と,むずむず脚症候群(restless legs syndrome;RLSと略す),および,RLSと合併することが多い周期性四肢運動障害(periodic limb movement disorder;PLMDと略す)が挙げられる。これらの病態は,昼間の眠気,過眠と夜間の睡眠障害をもたらす原因として重要なものである。ところが,高齢者ではこれらの病態が著しく高い頻度でみられ,かつ,それらの病態が何らの自覚症状とも関連しないという不思議な現象がみられる。また,夢の表出として異常行動を発現させる病態,すなわち,REM睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder;RBDと略す)がしばしばみられるようになる。このように,加齢は睡眠構築に大きな変化をもたらすばかりではなく,さまざまな睡眠障害の頻度にも大きな影響を与えるものである。ここでは各病態について解説し,次いで,高齢者におけるそれらの病態について壮年期のそれと比較して解説を加えることとする。

巻頭言

“psychojournalism”について 人見 一彦
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 “Psychojournalism”という言葉を初めて聞いたのは,20年前のチューリッヒにおいてであった。精神病理学を担当するScharfetter教授が,「日本ではPsychojournalismusは大丈夫か」と質問された。耳慣れないドイツ語の発音であったので,何回か聞き直して,直訳的に解釈してあいまいな返事をした。この言葉の内実をいやというほど経験させられることになろうとは,当時は想像だにしなかった。

 この言葉はScharfetter先生自身の造語によるものである。先生によれば,この言葉にはかなりの皮肉と批判がこめられているようである。これは人間の思考や行動を安易に心理学的なものとして扱ってしまおうとする風潮とともに,メディアのトーク・ショーで見られるような露出症的で,しかも人格のプライバシーへの配慮を欠いた風潮を表現するために作りだされた言葉である。

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【抄録】 摂食障害患者におけるパニック障害のcomorbidityが臨床像に与える影響と,他の精神障害や人格障害のcomorbidityについて検討した。対象はパニック障害を合併した摂食障害患者(ED+PD群)18例,これを有さない摂食障害患者(ED群)22例と健常女性群17名(C群)としEDIやSCIDなどを施行した。その結果,ED+PD群は問題行動を高率に認め,症状が重症化,遷延化すると考えられた。AXIS-Iの精神障害においても,ED+PD群はパニック障害,広場恐怖以外の何らかの不安障害を13例(72%),気分障害を14例(78%),物質関連性障害を6例(33%)に認め,ED群のそれぞれ7例(32%),4例(18%),2例(9%)に比し高率であった。このような結果が得られた理由として,摂食障害にパニック障害を合併することにより,二次的に症状が重症化して他の精神障害を合併しやすくなるのか,摂食障害にパニック障害を合併するような患者は他の精神障害を発症しやすい生物学的基盤を有し,その結果パニック障害を生じやすいのかが考えられた。

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【抄録】 32歳のとき精神症状で発症し,臨床的にsudanophilic leukodys—trophyと診断された1男性例を脳画像を中心に報告した。精神症状として,初期の約1年間に,窃盗などの反社会的行動に代表される性格変化および記憶・注意障害が出現した。その後進行して,無関心,痴呆などが前景を占めるようになった。初期の精神・行動異常は前頭葉に関連する症候群と思われた。神経学的には,下降性垂直性眼振が特徴的であった。頭部MRIでは,早期から両側皮質下に広範性の白質病変がみられた。進行後のSPECTでは,小脳を含む全般性の血流低下が著明であった。なお,小脳の血流低下については,大脳白質の広範な障害により両側性にcrossed cerebellar dias—chisisが生じているものと推測された。中年から精神症状で発症する疾患に本疾患があることを鑑別上念頭に置き,早期に脳画像を精査することの重要性を指摘した。

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【抄録】 進行麻痺2症例について,1年以上の縦断的な脳血流変化の評価を行った。両症例では,治療前には前頭葉中心のびまん性軽度脳血流低下が認められた。駆梅療法直後には,臨床症状の著明な改善にもかかわらず,脳血流はさらに低下し,この背景に炎症による病的血流充進の消退という機序が推察された。その後の長期経過では,日常生活の適応レベルの改善に伴って,脳血流値は緩徐に改善し,平均脳血流値はほぼ正常の範囲にまで回復した。

 進行麻痺症例における駆梅療法直後の脳血流低下と,その後の緩徐な脳血流の改善という変化パターンについてはこれまでに報告がなく,進行麻痺の治療過程における病態の変化を考える上で重要な所見と考えられた。

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【抄録】 若年発症の前頭型Pick病の臨床例を報告した。症例は初診時33歳の男性で,精神疾患および神経変性疾患の家族歴はない。29歳時に人格変化で発症し自発性低下などの症状が緩徐に進行した。臨床症状に加えて,33歳時に施行した頭部CTで,前頭葉にほぼ限局した萎縮とその後約1年間での萎縮の進行を確認して前頭型Pick病と臨床診断した。20歳代で発病したPick病の症例は極めて稀で,海外で8例が報告されているにすぎず,本邦では本症例が最初の報告例である。また,前頭型という病変分布も本邦では比較的稀である。本症例は,成人早期の精神疾患の鑑別として,稀ではあるが,Pick病も考慮すべき疾患であるという観点からも重要な症例と考える。

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【抄録】 記憶の体制化(組織化)の障害を検出する目的で,Goldら(1992)の単語記憶検査を参考に日本語版単語記憶検査を作成した。検査は,同一カテゴリーの単語をカテゴリーごとに提示するblocked listと,同じカテゴリーのものは連続して提示しないunblocked list,およびカテゴリーが異なる単語を提示するrandom listからなり,カテゴリー出現頻度,および出現順位を等価とし,階層に配慮した単語の選定を行った。健常ボランティア28名に施行した結果,各リスト間で有意差が認められ,blocked listとunblock—ed listの得点が単語の提示順の影響を受けており,特にunblocked listが記憶の体制化を測定するのに有効である可能性が示唆された。

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【抄録】 従来,診療所レベルでのコンサルテーション・リエゾン精神医学(CLP)についての議論はきわめて乏しく,この領域に関しての潜在的なニーズは高いと思われるにもかかわらず,その検討や実践が遅れている。筆者は,一般科診療所医師に,精神科診療所との連携に関するアンケート調査を行い,その結果から,従来の「診々連携」関係の本質に,CLPにおける課題との同質性を見いだした。

 精神科診療所CLPにおいて,最も重要な課題は,「連携」という概念を治療関係論的視点からとらえ直すことであると指摘した。そして,治療関係を認識する視点とその遂行能力を高めることが,今後,精神科診療所における本来的なCLP発展の第一歩になると考えた。

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はじめに

 内村祐之は父鑑三,母しづのもとに1897年(明治30)11月12日東京渋谷で生まれ,1980年(昭和55)9月17日東京新宿にて80歳余の生涯を閉じた。この間,北海道大学,次いで東京大学の精神医学講座の教授として多くの業績をあげ,わが国の昭和期精神医学を指導した。

 内村の業績はアカデミックな精神医学の多領域にわたる。そしてそのいずれの領域においても,欧米の新しい精神医学(当時20世紀前葉,ドイツ語圏の精神医学が先端を進んでいた)の研究方法を正確にわが国に移し植えた。そしてその新しい研究方法を用いて欧米先進国にひけをとらない正確な研究成果をあげた。

 内村の学問的業績については,秋元波留夫監修になる大冊が公刊されている2)。そこには内村のすべての業績が網羅され,適切な解説が付されている。それら多くの業績の中で,世界的に見て精神医学研究史上重要と私が考えたものを以下に取り上げる。

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はじめに

 進行麻痺は,1935年には精神病院入院患者の21.4%を占めていた4)が,1943年のペニシリンの導入以来,患者数は減少し,近年ではまれな疾患となった。そのため初期診療の際に見過ごされるケースも出てきている。今回,我々は他院でAlzheimer病と診断されて治療を受けていたが,当院初診時に特徴的言語症状を認め,神経梅毒を疑い,梅毒反応の結果,進行麻痺と診断しえた症例を経験したので報告する。

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 記録破りの猛暑が続いた2000年夏の8月4日,5日の両日,北里大学医学部精神科の村崎光邦教授を会長に,第12回日本アルコール精神医学会が,相模原市の小田急ホテルセンチュリー相模大野において開催された。相模原市は,東京と横浜のベッドタウンとして急激に人口が増加しており,現在60万人を越える大都市となっているとのことである。しかし,相模大野駅周辺こそ高層建築が見られるが,駅を少し離れると広々とした緑の多い美しい街であった。

 学会では特別講演,会長講演,2題のシンポジウムおよび一般演題16題の発表に加えて,最終日の午後に一般公開講座が行われた。「作家 なだいなだ」として大活躍中であり,同時に私たちの大先輩でもある精神科医堀内秀先生の特別講演「回想—アルコール症35年」では,先生が久里浜病院へ赴任され,まったく前例のない状態の中で,画期的なアルコール症の治療法である久里浜方式を創始された時代から現在までの臨床経験をユーモアを混じえて回想された。独特の「なだ」節を参加者一同は堪能した。食道ガン,肝硬変,糖尿病などアルコールが大きな影響を及ぼしている身体疾患が増えていること,かつて医者はアルコーリズムを治そうとしたが,今では患者をサポートすることが役目になったなど社会の変化と結びついたアルコール精神医学の問題点の現状分析と将来についての鋭い指摘に参加者一同大いなる刺激を受けた。

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精神医学 第42巻 総目次

KEY WORDS INDEX

基本情報

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精神医学
42巻12号 (2000年12月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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