精神医学 33巻11号 (1991年11月)

巻頭言

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 大学に赴任して,約1年が経過しようとしている。まだわずか1年だが,この間思うことが多くあった。そこで,表題のようなことで,特に二つの問題を取り上げて論じたい。

展望

非定型精神病再考 山岸 洋
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■はじめに

 我が国において通例非定型精神病と呼ばれている一定の状態・経過像は,従来から世界各国の様々な学派によりそれぞれ様々な名称をもって記載され,様々な疾病論的地位を与えられてきた。これをKraepelinの(内因性)二大精神病の構想の枠組みの中に吸収しうるかどうかという問題は,今世紀を通じて精神医学の難問であり続けたのであり,また近年の新たな疾患分類体系の作成の作業においても大きな論争点の1つとなっている。別稿105)においてすでに指摘したことであるが,非定型精神病を疾患単位と認めるかどうかという問題は,一方では明らかに疾患単位一般の構成要件をどのように考えるかという点に収斂するのであり,また他方では内因性「定型」精神病とされている分裂病・躁うつ病の本質を,ひいては内因性精神病一般の本質をいかにとらえるのかという問題と分離できない。本稿ではこの二点を手がかりとして非定型精神病にあらためてアプローチすることにしたい。

 近年のこの領域での研究の大多数は,いわゆる操作的診断システムを基礎におく実証的統計的研究である。内因性精神病に関しては今日に至るまで身体病理学的な疾病の本態が究明されていないがゆえに,大まかに言って,症状(症候群)とその経過の同一性に基づいて臨床単位が形成されてきた。それぞれの臨床単位が本来の意味での疾患単位なのかどうかということ,すなわちそれらがそれぞれ1つの共通の本質病態ないしは病因論を有するかどうかということが,従来の精神医学の最大の関心事となっていた。ところが長年の研究にもかかわらず,これらの臨床単位に対する生物学的ないし心理学的な特異的所見が見いだされなかったことから,伝統的に受け継がれてきた臨床単位を再検討しようという動きが生じ,近年の研究の大多数をそのような方向に向かわせているものと思われる。このような研究の方向性は,いわば経験論的な方向への時代の振り子の振れ(藤縄24))と一致したものであるが,しかしこれはまた同時に「精神病理学の危機」(Janzarik38))とも対応する傾向である。Janzarikによれば,精神病理学者の「現象にたちあっての本来の仕事は,さしあたり実践的応用とか,治療的進歩とか,社会的有用性を問わない」のであり,「まさにそのことによって精神病理学者は時代の精神と矛盾の中にいる」のである。

研究と報告

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 【抄録】 精神分裂病患者の家周辺空間の認知を調べるために,分裂病患者144名,正常者62名に家の周りの地図を描くように求める認知地図検査を実施した。そして分裂病患者と正常者の間で認知地図の詳細さ,広がり,遠方空間との関係づけの程度を比較した。その結果,分裂病患者では自分の家と1本の道路のみを描くというように詳細さに乏しく,広がりも狭く,また遠方空間との関係づけも少なかった。以上の結果は,これまでの認知地図検査の結果と一致し,患者の心の目の視角の狭さの認知障害を示唆する。さらに,長期入院患者の認知地図では短期入院のものより詳細さがより乏しく,広がりがより狭く,遠方空間との関係づけがより少なかった。このことから認知地図は患者がその空間にどの程度根づいているかの指標となると考えられた。

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 【抄録】 精神分裂病患者群の中には陰性症状の目立つ一群とこれが比較的軽度である一群があり,前者は急性期の治療終了後の社会復帰にあたって大きな障害になっている。前回我々は単純反応時間の測定を行い,反応時間の分布パターンの違いから精神分裂病患者群を2つの亜群に分類し,その一方が特に陰性症状の強い一群であることを報告した。今回はさらに神経生理学的な測定からこれを検証するために,2つの患者群に対し,①陰性症状を中心とする臨床症状,②反応時間課題実施中の事象関連電位,③脳波基礎律動の分析を行った。その結果,陰性症状の強い患者群,陰性症状の軽い患者群および正常対照群の3群間で,注意関連電位といわれる陰性電位変動のパターンおよび脳波の%パワー・デンシティの結果に差を認めた。これにより精神分裂病患者群を2つの亜群に分けて検討することが有用であると考えられた。

精神分裂病の治療と睡眠薬 宮内 利郎
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 【抄録】 通院分裂病患者143名の日中薬と睡眠薬について検討した。①日中の無投薬は11例(7.7%),抗精神病薬単独97例(67.8%),抗精神病薬と抗不安薬の併用26例(18.2%),その他9例であった。②就寝前薬は無投薬37例(25.9%),抗精神病薬単独24例(16.8%),睡眠薬単独33例(23.1%),抗精神病薬と睡眠薬の併用43例(30.1%),その他6例であった。③日中の抗精神病薬投与量(chlorpromazine換算)は214.4mg,抗不安薬(diazepam)13.7mg,就寝前は抗精神病薬49.2mg,睡眠薬10.2mgであった。④就寝前薬の精神症状悪化による変更群は,睡眠薬単独13/33(39.4%),睡眠薬と抗精神病薬の併用11/43(25.6%),抗精神病薬とバルビタール併用1/2(50%)の25例に認めたが,抗精神病薬単独例には認めなかった。④変更群にはtriazolam,nitrazepamなどbenzodiazepine系薬剤が多かった。以上の結果を考察するとともに就寝前薬投与のあり方について述べた。

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 【抄録】 従来から精神分裂病の初発時の回復の程度がその予後に大きな影響を及ぼすことが指摘され,初発時の病的体験をできるだけきれいに消失させることの必要性が説かれている。この点に検討を加えるために我々はパースペクティブと地平という概念を援用し,寛解状態の理解を深めようとした。病的体験の中を経過することによって構成された(病的)地平は精神病過程において障害されたパースペクティブ機能の回復に同期して消失するものではない。寛解後期にしばしば病者が語るところの「不思議だった」という言葉は病盛期におけるそれとは異なり,自分の下した判断の不合理性に対して述べられるものである。この時には病的地平としてあった事態を今一度対象としてとらえ直し検討を加えているのである。この検討が十分に行われることにより再発時に役立つ病感を育てることができることを示した。

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 【抄録】 境界型人格障害は今もって明確な単一疾患と考えることは困難だと思われる。我々の今までの研究では診断的に境界型人格障害は分裂病と大うつ病の中間に位置するものであることが数量的解析で見いだされている。今回再びボーダーライン・スケールを使って境界型人格障害の症状内容を数量的にさらに詳細に分析するとともに臨床的経験を考慮しつつ境界型人格障害の下位分類の可能性を探ってみた。44人の境界型人格障害患者のデータの因子分析,クラスター分析に基づいて,2つの下位分類を見いだした。第1型は自己の感覚(sense of self)や自己の構造が脆弱なため分裂病に近い症状を一部呈する自己脆弱性優位型と考えた。第2型は絶望感や孤独感といったうつ病に近い症状が強くみられる抑うつ気分優位型と言えるものであった。この2つのタイプにはそれぞれ特有の心理療法および薬物療法の配慮が必要だと考えられた。

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 【抄録】 高血糖昏睡の死亡率は高く,早期診断,早期治療が必要といわれている。初発症状として腹痛,悪心などの消化器症状を訴える場合は腹部疾患と誤診されることがあり,集中困難,脱抑制,不穏,抑うつなどの精神症状,あるいは意識障害で発症することもあるといわれる。

 最近我々は,幻視,腹痛を主訴に入院したが,昏睡状態を呈し死亡した糖尿病性昏睡の1症例を経験した。反応性精神病の診断で入院したが,午後より昏睡状態を呈し,種々の治療にもかかわらず翌日死亡した。検査結果および病理解剖の結果から,高血糖昏睡と診断された。

 これまで高血糖昏睡の初発症状では精神症状を呈した報告例は少なく,文献的考察を加えるとともに,本疾患における早期診断,早期治療の重要性を強調した。

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 【抄録】 自己啓発セミナーへの参加を契機に精神症状を発現した6例を経験した。内訳は,心因反応が2例,反応性抑うつが1例,分裂病圏が3例であった。年齢は,5例が20代前半,1例が30歳であった。いずれもセミナー参加と時間的に近接した急性発症であった。情動面の不安定性が全例に共通しており,症状の内容面では,セミナーに関連したものが全例に認められた。症例がセミナーで経験した主観的状況から,①心理的・身体的に「逃げ」が許されない環境で,②感情を発露するよう反復して指示・操作を受け,③強力な内省と自己直面を強いられ,④「秘密」が集団の中で暴露され共有される。⑤セミナー終了後も他の参加者から心理的・社会的ストレスを受ける。⑥セミナーの体験と現実との齟齬がストレスになる,といった共通性が抽出できた。このような状況は,精神症状発現の契機になりうる。何らかの予防精神医学的対策が講じられる必要があると思われる。

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 【抄録】 1981年から1989年までの9年間の関東C地方検察庁管内におけるすべての起訴前精神鑑定例,いわゆる簡易鑑定例620例のうち,躁うつ病例について資料をまとめ,躁うつ病例の犯行時刻について検討を試みた。躁うつ病の9年間の鑑定総数は24名で,鑑定総数に占める割合は約3%である。

 犯行時刻について,躁状態とうつ状態とを比較すると,うつ状態での犯行時刻が比較的分散しているのに比べて,躁状態8名全例が,午前0時から正午までの間に犯行に着手していた。我々は,この午前0時から正午までの犯行について,前夜から就寝することなくなされた例を「活動延長型」(P type),いったん就寝し,覚醒してからなされた例を「早期活動型」(E type)と名づけ,分類したところ,「活動延長型」が3名,「早期活動型」が5名であった。「活動延長型」では,全例が自己の欲望を満たすために,無計画に犯行をなしており「早期活動型」では,全例が特定の人物に怨恨を抱き,報復目的の犯行をなしており,犯行形態に明らかに相違がみられた。

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 【抄録】 精神科診療所受診のアルコール依存症者を地域断酒会へいかに円滑に導入するかを目標に,1981年4月院内断酒会を始めた。毎月,第1土曜日に夜間の例会を開き,医師と看護者はオブザーバーとしての立場を堅持しながらの参加である。本会は現在まで,112回を迎えたが,これを「小集団」としてみると,回を重ねるごとに未熟な段階から次第に成長し,成熟過程をたどることが分かった。その過程は方向づけ段階(未熟,模索期),愛着段階(仲間意識の形成期),成熟段階(受容力増大期)などに分類された。この各段階の小集団の構成を具体的に提示し,小集団としての性格,凝集力,コミュニケーション構造やソシオメトリック構造,時間経過を分析し,治療者が,自助集団である地域断酒会の発展に寄与できる可能性とその役割について考察した。

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 1991年3月より本邦ではhaloperidolの添付文書の循環器系副作用の項に「外国でTorsades de pointesが報告されている」の一文が追加された。torsades de pointes(以下TDP)とは,後に述べるような,突然死をもたらす可能性のある不整脈である。

 我々は,haloperidolと同じbutyrophenone系の抗精神病剤であるtimiperone 1.5mg/日の投与中にTDPを来した症例を経験した。治療量のbutyrophenone系薬剤の投与中にこのような致死性不整脈を来した症例の報告は今まで日本ではみられていないので,症例を報告し,若干の考察を付け加えたい。

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 近年,躁うっ病では,脳内モノアミン受容体の機能異常が考えられており,脳内物質の変動や,脳内受容体の感受性を反映する生物学的指標が求められている3)。なかでも,神経内分泌を利用した指標は,1960年代後半から注目され,いくつかの負荷テストが考案されてきている。その中では,デキサメサゾン抑制試験(DST),TRHテスト,成長ホルモン(GH)分泌刺激試験などの負荷テストが主流となってきており,多くの研究報告がなされている7)。なかでも,Matussekら5)により始められたclonidineテストや,Calilら2)により初めて行われたdesmethylimipramine(DMI)テストは,視床下部における後シナプス膜のα2受容体の感受性を検討する指標として注目されている。clonidineはα2アドレナリン作動薬で,直接α2受容体に作用する。一方,DMIは,選択的なノルアドレナリンの取り込み阻害を持つ三環系抗うつ薬であり,シナプス内のノルアドレナリンを増加させることによって,α2受容体に作用すると推定されている。α2受容体は,ノルアドレナリン作動性神経の前シナプス膜と後シナプス膜に存在しているが,GH分泌反応は後シナプス膜のα2受容体によって引き起こされると考えられている4)

 今回,我々は,同一健康成人に6カ月の間隔をおいて行ったDMIテストを2回,clonidineテストを1回施行し,これらのGH分泌刺激試験がうつ病のtrait markerとなりうるのかどうかについて,各個人の視床下部の後シナプス膜におけるα2受容体の感受性の変動の有無を検討した。

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 今回我々は,全身性エリテマトーデス(SLE)の身体症状発現に4年以上前駆して妄想状態,人格変化などの精神分裂病様症状がみられ,身体症状発現後はせん妄状態を呈した1症例を経験し,その臨床経過を報告するとともに,その精神症状の改善に,prostaglandin E1が有効であった可能性について考察した。

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 第2回精神科遺伝学世界会議は,ロンドン市内のRegent公園内にあるRegent Collegeにおいて1991年8月14日〜16日の3日間開催された。Regent公園は,ロンドンの中心部から地下鉄でわずか10分ほどとは思えない静かな所にあり,またこの時期のロンドンは最高気温が20℃そこそこと,大阪の連日の猛暑に苦しめられていた我々にとっては,まことに爽やかな気候であった。このようなすばらしい環境の中で熱気溢れる討議が進められた。参加者は30カ国約300人で,日本からは8名が参加した。演題数は,口演が85題,ボスターが59題であり,分裂病,感情障害を中心としたDNA研究が多く,従来からの集団遺伝学的研究,家系研究,双生児研究や細胞遺伝学的研究の報告もいくつかみられた。

 ところで,前回,第1回の会議は,1989年にケンブリッジのChurchill Collegeで開催され,我々も参加した。この会議では,Egelandらによる感情障害と11番染色体短腕,Sherringtonらによる精神分裂病と5番染色体長腕のDNAマーカーとの連鎖が報告された直後ということもあって,発表は彼らの報告を追試するものがほとんどであった。しかしこの2年間で,Egelandらの報告は,Kelsoeらによって否定され,Sherringtonらの報告も追試はすべて連鎖が否定される結果となった。このような状況の中で,今回の会議では,連鎖研究の統計学的な検討や5番あるいは11番染色体以外の領域を対象とした研究,さらに相関や同胞対照法など従来の連鎖とは異なった研究など幅広い研究が報告されていた。またDNA研究の倫理的な側面を討議するセッションが設けられるなど,前回に比べると内容はさらに充実したものであった。

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 Restless legs syndrome(以下RLS)はEkbom1)によって報告された症候群であり,下肢に不快な異常感覚が出現するとされています。これまでRLSの原疾患はいろいろと知られていますが,胃癌の手術を契機に発症した報告は少なく,本邦ではないようですので,ここに自験例につき簡単に報告しておきたいと思います。

 症例は80歳の男性です。高血圧の既往歴を有しており,79歳の4月頃から心窩部の違和感,食欲不振,体重減少が出現し,Ⅱc早期胃癌の診断で,同年6月に胃切除術が施行され,抗癌剤を投与されました。2カ月後から,入眠時に下肢の不快感が出現し,同時に鉄欠乏性貧血(赤血球298万,血色素59%,Fe 70μg/dl)を認めました。輸血などにより貧血が改善されたものの,半年後に就寝後,下腿部の深部に軽い電気がかかっているようなあるいは「虫が這っている」ような異常感覚が出現し頑固な睡眠障害を伴い,さらに下肢筋群に睡眠時ミオクローヌスが著明となり,1991年2月18日に筆者らが紹介を受けました。高血圧(180mmHg〜108mmHg)および軽度の貧血(赤血球375万,血色素75%)が認められましたが,神経学的には異常所見はみられず,正常脳波でした。RLSと睡眠時ミオクローヌスの合併として,clonazepam 1〜1.5mgの少量投与により症状は軽快し,経過は良好です。

基本情報

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精神医学
33巻11号 (1991年11月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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