臨床検査 63巻8号 (2019年8月)

今月の特集 知っておきたい がんゲノム医療用語集

柳田 絵美衣
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 近年,国内でも“プレシジョン・メディシン”として,オーダーメイド的な医療である“がんゲノム医療”が始まりました.がんゲノム医療では,がん患者1人1人の遺伝子からがん発生の原因を突き止め,それぞれの患者に合った薬剤や治療法を提供します.

 がんゲノム医療は“チーム医療”です.医師,看護師,薬剤師,臨床検査技師は,患者を支えるチームの要員であり,全員が全体の流れを把握しておく必要があります.また,検査結果を話し合う“エキスパートパネル”では,検査の内容,バイオインフォマティクス(ゲノムの解析),薬剤や治療などの多くの知識が必要となります.

 本特集では,がんゲノム医療に関する代表的な用語を網羅的に,わかりやすく解説しています.今までの“?”を解消して,がんゲノム医療に興味と使命をもっていただければ幸いです.

 「がんゲノム医療を受けたい」と患者が希望したとき,われわれには“やるべきこと”があります!

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Point

●プレシジョン・メディシン(精密医療)とは,遺伝子や環境,ライフスタイルなど,個人個人の違いを考慮して,それぞれに最適な疾病の予防や治療法を確立することである.

●がんゲノム医療とは,がん発生に最も関与している遺伝子の変異を突き止め,その遺伝子の変異に対して特異的に効果が期待できる治療法をみつけることである.

●がんゲノム医療の流れは,検体準備,核酸抽出,ライブラリー作製,シークエンス,遺伝子解析,エキスパートパネル,結果報告となる.

●遺伝子解析結果に基づく治療を,全てのがん患者が実際に受けられるようになるには,解決すべき課題が山積みである.

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がんゲノム医療中核拠点病院,がんゲノム医療連携病院

 がんゲノム医療の社会実装に向けた取り組みとして,国は2017年6月に,がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会報告書で,適切なゲノム医療を提供するための施設の機能を具体的に提示した(表1)1).それを踏まえ,2018年2月に,がんゲノム医療の中核を担う医療機関を11施設指定した.これが,がんゲノム医療中核拠点病院である.

 がんゲノム医療中核拠点病院は,がんゲノム医療の提供において全ての工程を行える施設であり,患者説明(検査),検体準備,シークエンスの実施(外注可),レポート作成,エキスパートパネル(専門家会議),患者説明(結果),治療,研究開発が必須となる.

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生殖細胞系列遺伝子変異,体細胞遺伝子変異

 生殖細胞(精子や卵子)に遺伝子変異が存在するものを“生殖細胞系列遺伝子変異(germline mutation)”,生殖細胞以外の細胞(体細胞)に存在する遺伝子変異を“体細胞遺伝子変異(somatic mutation)”として区別する(図1).生殖細胞系列遺伝子変異は子どもや孫など次世代に受け継がれる(遺伝する)可能性があるが,体細胞遺伝子変異は遺伝しない.つまり,体細胞遺伝子変異はその人個人に起こるものであり,“ケガ”のようなものである.例えば,道で転んで足を擦りむいたとしても,そのケガをした人から生まれた子どもに,その足のケガは遺伝しない.体細胞遺伝子変異とは,このケガと同じように,その人個人だけがもつものである.

 ヒトは同じ遺伝子を2本もち,1本は父親(精子)から,もう1本は母親(卵子)から受け継いでいる.遺伝子修復に関連する遺伝子(特にがん抑制遺伝子)では,1本の遺伝子に変異が起こり機能を喪失していても,もう1本の遺伝子が正常であり機能していれば,がん化を抑制することが可能である.しかし,遺伝子に変異を生じている精子または卵子が受精した場合,生まれつき全身の細胞内の1本の遺伝子に変異(生殖細胞系列遺伝子変異)をもつことになる.つまり,正常に機能する遺伝子が最初から1本のみであり,スペアの遺伝子がない状態となっているため,正常に機能する遺伝子に変異が生じると,がん化する(図2).

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DNA断片化

 解析する核酸は熱,紫外線,酵素,化学物質(ホルマリン,キシレンなど),時間などによって断片化が起こる(図1).がんゲノム遺伝子パネル検査では,主に病理検査で過去に使用したホルマリン固定パラフィン包埋(formalin fixed paraffin embedded:FFPE)ブロックを用いる.FFPEブロックは組織形態保存性において優れた試料であるが,作製工程において先に記したDNA断片化の因子を全て含む試料となる.ホルマリン固定では核酸と蛋白質のアミノ基間でmethylene架橋ができる.この架橋構造の密度は固定時間が長くなるほど増加する.これにより断片化が発生し,核酸収量の低下などを生じる.このようにDNA断片化の進んだFFPEブロックを検体としたがんゲノム遺伝子パネル検査は,検査精度を下げる.

 次世代シークエンサー(next generation sequencer:NGS)ではDNA塩基配列のデータが出力される.シークエンスはDNAを裁断した短鎖DNAで行うショートリード解析であるため,検査前にDNAの断片化が進んだ状態では読み取り不良となる.

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QC〔ΔCt(リアルタイムPCR),DIN(電気泳動),A260/A280〕

 核酸抽出に使用するホルマリン固定パラフィン包埋(formalin fixed paraffin embedded:FFPE)ブロックは,作製時の操作や保管状態,固定状況(詳細な冷虚血時間や固定時間,使用した固定液など)といった要因による核酸品質低下が懸念される.またゲノム診療に使用する核酸抽出試薬は,標準化された市販薬を使用することが望ましいとされているが,キット間での純度や収量に差異がある.

 「ゲノム診療用病理組織検体取扱い規程」1)において,がんゲノム遺伝子パネル検査前には使用する核酸の品質確認(quality check:QC)が推奨されている.核酸のQCの実施を推奨する理由は,第一に解析結果の信頼性の担保である.解析する核酸の品質を事前に知ることで,不確かなデータに対して検体品質面からの適正な対応が可能である.第二に,結果返却までの時間(日数)(turn around time:TAT)の短縮になる.品質不良や核酸収量不足情報を得ることで,他のパネル検査や遺伝子解析検査の実施,収量不足による追加薄切や核酸濃縮などの措置をとることができ,検査エラーによるTAT延長を防ぐことができる.以下,FFPE検体の核酸品質確認のために用いられる主な指標を記す.

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ターゲットシークエンス

 ターゲットシークエンスは,その名の通り,目的の遺伝子であるターゲットに読む範囲を限定し,DNA配列を決定する手法のことである.ターゲットエンリッチメントとも呼ばれる.標的領域のDNAを増幅し配列を決定する,という意味で理解していただいて差し支えない.領域を絞ることで,その領域のみを深く読めること(high depth)から,感度を上げて変異を検出することができるようになり,結果の信頼性が上がる.ホルマリン固定パラフィン包埋(formalin fixed paraffin embedded:FFPE)検体由来のDNAなど,固定後修飾,核酸断片化が進行しているようなサンプルを使用する場合,high depthに解析し,検出した変異の信頼性を得ることが重要である.また,読む遺伝子領域の長さと解析コストは比例するが,複数サンプルの特定領域のDNA配列を読むことで低コスト,ハイスループットの解析が可能になる.

 ターゲットシークエンスにはいくつかの手法があり,現在多く使われているものとして,

・アンプリコンシークエンス法

・キャプチャーシークエンス法

・アンプリコンシークエンス/分子バーコード法

 がある.

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ベースコール,マッピング/アライメント,変異コール

■ベースコール(basecall)

 DNAシークエンサーでは,解析対象のDNA配列に塩基の種類ごとに異なる蛍光物質を結合させ,蛍光の波長と強度により塩基を読み取る.例えば,SBS(sequencing by synthesis)法1)として知られる次世代シークエンサーの塩基決定手法では,一度に数十万〜数億個のDNA断片の塩基配列を読み取ることができる.これらは蛍光強度を示す数値として記録される.一般的に生データ(raw data)と呼ばれるのはこの形式のデータである.

 ここからDNA変異などの解析を行うためには,蛍光強度データをアデニン(adenine:A),チミン(thymine:T),グアニン(guanine:G),シトシン(cytosine:C)のDNA配列データに変換しなければならない.このような,生データからDNA配列データへの変換プロセスをベースコールと称する.一般的に,ベースコールされたデータはFASTQと呼ばれるテキスト形式で保存される.ベースコールに使用するソフトウエアはシークエンスメーカーから提供されることが多い.

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殺細胞性抗がん剤

■殺細胞性抗がん剤の種類

 殺細胞性抗がん剤とは,がん細胞の増殖を阻止する薬のことである.私たちの体を構成している細胞は,常に細胞分裂と細胞死(アポトーシス)を繰り返すことで一定に保たれている.しかし,がん細胞では環境因子(紫外線やたばこなど)や生活環境(ストレスなど)といったさまざまな因子がDNAを傷つけることで,がん遺伝子の活性化や,がん抑制遺伝子の不活性化が起きるため,正常細胞と比較して,非常に速いスピードで細胞分裂し,増殖し続ける.殺細胞性抗がん剤は,がん細胞の細胞分裂が活発であるという特徴を利用して開発されており,アルキル化剤,白金製剤,トポイソメラーゼ阻害薬,抗がん性抗生物質,代謝拮抗薬,微小管阻害薬の6つに分類される1,2)(図1).これら薬剤の一部は,細胞が分裂・増殖するための細胞周期を阻害する.トポイソメラーゼ阻害薬,抗がん性抗生物質,代謝拮抗薬は,DNA合成期であるS期を阻害し,微小管阻害薬は細胞分裂期であるM期を阻害する.アルキル化剤と白金製剤は,細胞周期に非特異的にDNA複製を阻害する.

 現在,わが国で承認されている殺細胞性抗がん剤の種類とその作用機序,代表的な薬剤と適応がん種について表1に示した.

二次的所見に関する用語 浦川 優作
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二次的所見

 がんゲノム医療において,解析対象にはなっているが本来の検査目的(一時的所見)ではない所見であり,特に生殖細胞系列に病的と確定できる遺伝子変異(本稿では,以下バリアント)が検出されることを二次的所見(secondary findings)と呼ぶ.従来は“偶発的所見(incidental findings)・二次的所見”と記載されることが多かったが,「ゲノム医療における情報伝達プロセスに関する提言」1)において,“偶発的所見”という用語は,あくまでも解析対象であることの意識が薄れる懸念があり,所見が発生したときの対応が後手に回ることにもつながる可能性があることから,本来の検査目的である“一次的所見”と本来の目的ではないが解析対象となっている遺伝子の“二次的所見”に分けて呼ぶことが提唱された.特にがんゲノム医療におけるがん遺伝子パネル検査(数百の遺伝子を同時に解析する検査)では,検査前から解析対象の遺伝子が決まっているため“二次的”という言葉もふさわしくないとも考えられるが,本稿では二次的所見と呼ぶこととする.

 現在の医療において二次的所見が見いだされる可能性のある遺伝子検査は,がんゲノム医療(がんの治療のために,がん細胞における体細胞バリアントを検出することを目的とする)と,難病などの診断や治療のために行われる生殖細胞系列の全ゲノム解析や全エクソーム解析が想定される.難病などにおける全ゲノム解析や全エクソーム解析においては,診断目的としていた疾患とは別の病的と確定できるバリアントがみつかることが二次的所見とされる.一方,がんゲノム医療におけるがん遺伝子パネル検査では,最適な治療(分子標的治療薬など)に結び付くようながん細胞のみで起こっている後天的なバリアントがみつかることが一次的所見にあたるが,それ以外に,例えば生まれもった体質として生殖細胞系列に病的バリアントが疑われ,遺伝性腫瘍の可能性があるとわかることが二次的所見ということになる.

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目次

書評 岩田 健太郎

書評 下畑 享良

書評 山田 了士

書評 夜久 均

書評 山中 宣昭

書評 福武 敏夫

「検査と技術」8月号のお知らせ

バックナンバー一覧

次号予告

あとがき 山田 俊幸
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 日本臨床検査医学会では,“基準範囲”という用語について,その妥当性の見直しをしているところです.そして,変更することになった場合の代替案の検討も行っています.周知のごとく,この用語と“臨床判断値”との違いが一般の方々や臨床検査関係以外の医療者にほとんど理解されていないことから,小さからぬ混乱を生じました.かように用語には大きな影響力があり,その策定には慎重さが求められます.多くの学術用語が外来のものであることから,適切な翻訳も重要となります.もっとも,最近は無理な和訳を付けるよりも,原語表記・カタカタ表記の傾向にはあるようです.

 もちろん,本質的なことは用語の表面的な顔ではなく,その意味するところであることは言うまでもありません.今月号の特集は,がんゲノム医療にまつわるさまざまな専門用語の本質をわかりやすく解説し,一見取っ付きにくく難解にみえるこの領域に親しみをもってもらうことを目的の1つとしています.それぞれエキスパートの方が丁寧にまとめていますので,学習効果は大きいものと期待しています.

基本情報

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臨床検査
63巻8号 (2019年8月)
電子版ISSN:1882-1367 印刷版ISSN:0485-1420 医学書院

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