臨床眼科 61巻13号 (2007年12月)

連載 今月の話題

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 アレルギー性結膜疾患は日常診療でしばしば遭遇する頻度の高い疾患である。このためにアレルギー性結膜疾患の診断と治療は簡単であると思われがちである。しかし,実際には適切な検査を行わなければ診断が困難な症例や治療に難渋する症例も少なくない。本稿では新しく作成されたガイドラインに則り,アレルギー性結膜疾患の診断と治療について概説する。本稿が日常診療の一助になることを願っている。

連載 日常みる角膜疾患・57

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症例

 患 者:35歳,女性

 主 訴:左眼眼痛

 現病歴:2005年7月から特に誘因なく左眼の眼痛が出現した。近医眼科を受診した後に近くの総合病院眼科を受診し,点眼治療で疼痛は治癒した。9月に再度左眼眼痛が出現したため別の近医眼科を受診したが,次第に症状が増悪するために当科を紹介され受診した。

 既往歴:両眼の麦粒腫(何度か繰り返している),2年前から顔面の酒皶。

 家族歴:父親が糖尿病(2型)

 初診時所見:視力は右1.5(n. c.),左1.0(1.2×S+2.00D()cyl-3.50D 130°),眼圧は右8mmHg,左11mmHgであった。細隙灯顕微鏡による検査では,右眼上眼瞼に麦粒腫がみられたが角膜には異常所見はなかった。左眼では眼球結膜の下方に限局性の充血がみられ,4時方向から角膜実質中層に侵入する新生血管を伴った結節性病変がみられた(図1a)。結節病変の周辺は実質性の細胞浸潤がみられ,病変部と輪部の間には透明帯はみられなかった。前房内には炎症所見はなく中間透光体および眼底には異常所見はなかった。以上の所見および全身疾患の既往はなかったことから角膜フリクテンと診断し,初診当日から抗原となる細菌を標的とした抗菌点眼薬と抗菌薬の内服を開始した。

 治療経過:抗菌点眼薬と抗菌薬の内服を開始後から,左眼下方にあった眼球結膜充血は軽減したが結節性の病変自体の軽減はみられなかった。その後抗菌薬の内服は中止し,11月よりステロイド点眼薬の点眼を開始した。ステロイド点眼薬の開始とともに結節性病変部の新生血管の退縮がみられ,結節周辺の細胞浸潤も軽減した。その後も抗菌点眼薬とステロイド点眼薬を継続し,2007年8月には病変部の治癒がみられたために,点眼を中止し終診とした(図1b)。最終受診日の左眼の視力は1.2(1.5×S+0.50D)であった。

連載 公開講座・炎症性眼疾患の診療・9

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はじめに

 地図状脈絡膜炎(geographic choroiditis)は匐行性脈絡膜炎(serpiginous choroiditis)とも呼ばれる稀な疾患であり,脈絡膜および網膜色素上皮を主座とする慢性かつ再発性の炎症性疾患である。本病の原因は不明であるが,過去に報告されたいくつかの疾患はいずれも同一であると考えられており,現在複数の疾患名が混在している1)(表1)。このうち日本眼科学会『眼科用語集』に正式に採録されているのは地図状脈絡膜症,地図状脈絡膜炎,匍行性脈絡膜炎の3つである。

 また,点状脈絡膜内層症(punctate inner choroidopathy:PIC),急性網膜色素上皮炎(acute retinal pigment epithelitis),多巣性脈絡膜炎(multifocal choroiditis),多発消失性白点症候群(multiple evanescent white dot syndrome:MEWDS),急性後部多発性斑状色素上皮症(acute posterior multifocal placoid pigment epitheliopathy:APMPPE)などとともに白点症候群(white dot syndrome)の1つと考えられている2,3)

 本病の進行様式,眼底所見には特徴がある反面,他の脈絡膜および網膜色素上皮疾患との類似点もみられる4,5)。眼底病変は徐々に進行し,やがて黄斑部にまで及べば視力予後は不良となる。なお,多くの症例は両眼性である。

連載 網膜硝子体手術手技・12

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はじめに

 増殖糖尿病網膜症で増殖膜にかかる硝子体の前後方向の牽引を解除し,カッターにより網膜硝子体癒着部位(以下,epicenter)間の膜処理をするところまで前号で解説したが,その前後方向の牽引の解除に引き続き,網膜に対して接線方向の牽引の原因となる増殖膜の処理法について本稿で詳述する。

 増殖膜の処理の仕方には膜分割法(membrane segmentation),膜分層法(membrane delamination)などがある。増殖膜処理の基本は,まず大きな増殖膜のブロックを膜分割法により小さなブロックに分断し,次いで膜分層法により網膜表面から除去することである。

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要約 目的:一過性に網膜滲出斑が生じたacute zonal occult outer retinopathy(AZOOR)の症例の報告。症例:38歳女性が右眼中心暗点で受診した。5日前に突発性のめまいと吐き気があった。右眼に-9.0D,左眼に-6.0Dの近視があり,矯正視力はそれぞれ0.3と1.2であった。右眼の網膜深層に灰白色の淡い滲出斑が多発していた。蛍光眼底造影では異常がなく,視野にMariotte盲点の拡大があった。5日後に滲出斑は消失し,光視症が出現した。網膜電図で右眼のa波とb波の振幅が低下していた。5週間後に視力は1.0に回復し,盲点拡大はなくなり,網膜電図が正常化した。結論:本症例は非典型的なAZOORであったと考えられる。

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要約 目的:外転神経麻痺が生じた特発性低髄液圧症候群の症例の報告。症例と経過:43歳男性が2週前からの頭痛と複視で受診した。矯正視力は左右とも1.5であり,眼位は近見,遠見とも8⊿内斜位で,左眼にわずかな外転制限があった。2週間後に内斜位はやや悪化した。磁気共鳴画像検査(MRI)で硬膜にびまん性で均一な肥厚があり,造影効果の増強があった。特発性低髄液圧症候群と考えたが,神経内科では外転神経麻痺以外に病変はなかった。2か月後に複視は消失し,頸部痛が出現した。MRIで両側大脳半球に硬膜下血腫があった。結論:特発性低髄液圧症候群では硬膜下血腫が併発することがあり,MRIやMRミオグラフィなどで画像診断を繰り返すことが望ましい。

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要約 目的:検査施設が異なることにより,結膜囊常在菌培養結果に違いがあるかを検討する。対象と方法:白内障手術予定の患者500眼を対象とした。術前の結膜囊擦過検体を100検体ずつ5検査施設に細菌培養同定検査依頼し,結果を比較した。結果:細菌検出率は各検査施設で45,74,80,84,89%であり,検出株数はそれぞれ47,80,122,137,186株であった。全検査施設に共通してS. aureus,Enterococcus属,Enterobacter属が同定された。P. acnesは2施設でのみ,S. epidermidisは3施設だけで報告があった。結論:検査施設により結膜囊常在菌の細菌検出率,検出株数や菌種検出傾向に差が認められた。これは培養条件や検査方針が異なることが原因と考えられた。細菌培養検討の際には,検査施設の選定に注意が必要であることが示された。

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要約 目的:巨大な眼瞼結膜癌を放射線照射で治療した症例の報告。症例:96歳男性が右眼の疼痛と眼瞼腫瘤で受診した。8か月前に他医で腫瘤切除を受け,扁平上皮癌と診断された。2か月前に再切除が行われたが再発した。所見と経過:右眼の上眼瞼結膜に出血を伴う4cm×5cm×3cmの腫瘤があった。磁気共鳴画像検査(MRI)で腫瘤は眼瞼内に限局していた。高齢で認知症があるために放射線治療を行うこととし,15MeVで開始し,70Gyを7週間にわたって照射した。終了後1か月で腫瘤は消失したが,右耳前部リンパ節の腫大が生じた。これも放射線照射で消失した。眼瞼と耳部の放射線皮膚炎以外には合併症はなかった。以後18か月の現在まで,再発はなく順調に経過している。結論:再発進行した眼瞼結膜の扁平上皮癌に電子線による放射線治療が有効であった。

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要約 目的:交通事故で展開したエアバッグにより内側縦束症候群(MLF症候群)が片側性に生じた症例の報告。症例:63歳男性が乗用車を運転中に電柱に衝突し,展開したエアバッグで眼鏡の上から打撲された。意識障害はなかった。受傷直後から複視があり,受傷の5日後に受診した。所見:矯正視力は左右とも1.0で,対光反射は正常であった。全方向に複視があり,右眼の上斜視と,左方視で増大する外斜視があった。右眼の内転制限があった。左眼に水平眼振があり,右側MLF症候群と診断した。右眼の上斜視,両眼の右方視と右下方視での時計回りの回旋眼振は,受傷から6週後にほぼ消失した。結論:この症例でのMLF障害は,事故の衝撃による頸部伸展で起こった可能性が高い。

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要約 目的:原発性眼内悪性リンパ腫が疑われ,放射線療法が奏効した症例の報告。症例:79歳男性が左眼に白内障手術を受けた。その3か月後から左眼前眼部に炎症が繰り返した。さらに3か月後に網膜下の滲出物,網膜血管炎が生じ,視力が指数弁になった。結果:以後7か月間に2回の硝子体手術と放射線照射を行った。病変は消失し,視力は0.3に回復した。硝子体細胞診でclass Ⅳのリンパ球系腫瘍細胞があり,硝子体中のインターロイキン10/6の比が1以上であった。こられの所見と臨床経過から原発性眼内悪性リンパ腫が強く疑われた。結論:原発性眼内悪性リンパ腫はしばしば予後不良の疾患であるので,細胞診で診断が確定しなくても,診断的治療として放射線療法を行うことが有用である。

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要約 目的:網膜剝離手術後に多発性斑状病変が後極部眼底に生じた症例の報告。症例:53歳女性が前日からの右眼視力低下で受診した。右眼矯正視力は0.2で,眼底の外上方に円孔があり,黄斑を含む網膜剝離があった。経過:眼球の外半周にシリコーンスポンジを縫着し,網膜下液の排液と冷凍凝固を行った。網膜は復位し,矯正視力は0.8に改善した。手術の1か月後に後極部から赤道一帯に境界鮮明な黄白色斑が多発し,その範囲は術前の網膜剝離のそれと一致した。黄白色斑の部位はフルオレセイン蛍光造影で過蛍光を呈し,光干渉断層検査(OCT)でこれに相当して孤立性網膜剝離があった。以後無治療で眼底所見は寛解し,6か月後に視力は1.5になった。結論:網膜剝離の術後に孤立性斑状病変が眼底に生じることがあり,網脈絡膜循環障害ないし網膜色素上皮障害が関与している可能性がある。

今月の表紙

樹氷状血管炎 永野 幸一 , 西田 輝夫
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 1976年,伊藤らは健康な小児の両眼に急性発症し,網膜血管の高度な白鞘化と虹彩毛様体炎を呈した症例を樹氷状網膜血管炎として報告し,2004年,Walkerらは樹氷状網膜血管炎の1/3に先行感染を伴うと報告した。

 症例は6歳男児,両眼の視力低下を主訴に受診した。初診時矯正視力は右0.15,左0.2,両眼に軽度虹彩毛様体炎と網膜静脈の広範囲な白鞘化を認め,樹氷状網膜血管炎の疑いで入院となった。視神経乳頭発赤,中心暗点,中心フリッカ値の低下,MRIで球後視神経の高信号を伴い視神経炎の合併も疑われた。血液生化学検査では,赤沈の軽度亢進と,1か月以内の溶連菌感染で上昇する抗ストレプトリジンO(ASO)の高値を認め,後の問診にて3週間前に小学校で溶連菌感染症が流行したときに発熱の既往があることがわかった。現在は,網膜静脈の白鞘化も改善し,視力は両眼ともに1.2で落ち着いている。

やさしい目で きびしい目で・96

局所麻酔手術 祐森 弘子
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 局所麻酔による手術は日常でよく行われることとなっている。患者さんの負担は少ないが,どんな周りの音や声でもかなりよく聞こえてしまう。特に顔を布でカバーされていると,その人の外界からの情報源は耳からだけとなるため,いつも以上に音がはっきり聞こえることになる。よく「まな板の鯉ですから」と手術を受ける患者さんが言われるのを耳にする。初めて聞いたときは,何ともいえぬ複雑な心境になってしまった。確かにそのとおりだと思うが,なぜかそのまま「そうですね」などと受け容れ難いものを感じた。きっと「おまかせします」という意味なのだろうと理解しているが。とすると鯉はまな板の上で,音を一所懸命収集しているのだろうか。大きな違いは,鯉には悪いけれども,手術の場合は生かすためのもので,これで最後というわけではないことである。

 そういった手術室の中にいったん入ると,誰もが言葉を発する場合,一言一句を十分に考え,言葉を選ぶようにしなければならないのは当然である。手術の準備をしているときでも,隣りが手術中であれば「よし」や「OK」はいいのだが,「あっ」とか「しまった」は決して発してはいけない。ましてや「落としてしもた」なんて,特に眼科の白内障手術では禁句中の禁句である。

ことば・ことば・ことば

一緒に
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 安倍首相の後継者の方が施政方針演説をしました。それまでは通例だったカタカナ語のスローガンはなく,「パンチが乏しい」などと批評されました。それでも翌日の新聞の第一面には,「安全と共生」が大きく出ていました。

 「共生」は本来は生物学の用語です。これに相当する英語はsymbiosisで,英和辞典には,「2種類の生物が互いに害を与えず,双方または一方が利益を得て共同に生活する状態」と説明してあります。「新首相が言ったのはこんなことか」といささかがっかりしました。

べらどんな

盗作
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 『解体新書』は1774年に杉田玄白らが翻訳出版した。玄白は58歳のときに生まれた杉田立卿(りっけい)に西洋眼科を修めることを命じた。

 眼科の教科書として,プレンキ(Joseph Jacob Plenck,1733-1807)が『眼病論』Doctrina de Morbis Oculorumを書き,1777年にウィーンで出版した。挿絵こそないが,234ページもある立派な本である。改訂第2版が1783年に出版され,その4年後にオランダ語版が刊行された。

文庫の窓から

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魏晋南北朝の医学書

 『甲乙経』は晋の皇甫謐(214-282)が編纂した書で『黄帝三部鍼灸甲乙経』と呼ばれたり,『黄帝甲乙経』『三部鍼灸経』という言い方をされたりしている。その皇甫謐の自序に「素問,九巻(霊枢),および明堂孔穴鍼灸治要の三部の書をとり,その事類に従って集め,浮辞を削り,重複を除き,精要を論じて十二巻とした」とある。

 岡西為人の『宋以前醫藉攷』によると,『隋書経藉志』『外台秘要方』『唐書藝文志』『通志藝文略』『旧唐書経籍志』などに『甲乙経』の名があることがわかるが,それぞれ10巻とするもの,12巻とするもの,あるいは三部とのみ書いたものなどいろいろである。医学の実用の書として各時代にいろいろな版が作られ,流布していたにちがいない。

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あとがき 西田 輝夫
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 医療と教育の現場が大変な勢いで変革されてきています。医学部は両者の変革をもろに受ける場所です。経済的な面と最近はやりの数値目標を達成するための改革にしか見えず,どこに変革の理念があるのかわかりません。地域での医療を含めて大学病院を中心とする医療は大混乱をしながらも,何とか維持されてきましたが,いよいよ限界が近づいています。実際の臨床医療は,一人の患者さんと医師が対峙して,なんとか患者さんの病苦を取り除こうとするところが原点であり,同時に目標でもあります。それ以外のなにものでもないはずです。医療も教育もその効果が社会に現れるのは何十年も先のことです。今日の世界で一番の長寿社会を作り上げてきた医療と教育の原点が崩壊した後が心配です。

 患者さんの考え方(国民性と個人の考え方)や医療経済の制度の違いにより,各国での医療のやり方が大きく異なることがあります。日帰り手術はその一例で,今日アメリカでは白内障のみならず角膜移植術や硝子体手術など多くの眼科手術が日帰りベースで行われています。また欧米では結膜下注射があまり行われません。このように医療制度と時には医療の内容も社会の情勢に大きく左右されます。わが国での臨床経験が,学問のように世界中で共通とならない面があります。雑誌「臨床眼科」は,共通の医療制度と文化をもつわが国の風土のなかでの眼科医療の経験を共にする場であると考えます。

基本情報

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臨床眼科
61巻13号 (2007年12月)
電子版ISSN:1882-1308 印刷版ISSN:0370-5579 医学書院

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