公衆衛生 85巻8号 (2021年8月)

特集 高齢者の低栄養予防・フレイル予防

佐々木 敏
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 高齢者における低栄養とフレイルの予防は高齢社会,超高齢社会を迎えたわが国にとって急務の一つである.しかも,これは従来行ってきたメタボリックシンドロームの予防や対策を目的とした栄養改善とは根本的に異なり,場合によっては相反する.

 「低栄養=低エネルギー」ではない.低栄養は低エネルギーを含み,栄養素(例えばたんぱく質)不足も含む広い概念である.また,たんぱく質などの栄養素は「たくさん摂取すればするほど良い」といった単純なものではない.さらに,エネルギーと栄養素が整った食事を提供すればそれで解決するわけでもない.それを摂取できるだけの摂食嚥下機能が備わっていなければならないからである.加えて,独居高齢者などでは食品へのアクセスの難しさも問題となるなど,生活環境の要因も無視できない.このように,低栄養とフレイルを取り巻く栄養問題は複雑かつ多岐にわたっている.その理解のためには,人間を扱う人間栄養学とその主な研究手法である栄養疫学の基本知識が欠かせない.しかしながら,公衆衛生専門職の教育においてこれらを学ぶ機会は乏しいのが現状である.そのために,公衆衛生における栄養問題(低栄養とフレイルの予防も含めて)は過小評価されるか,または,経験的・情緒的な解釈や判断,対策に陥りがちである.

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【ポイント】

◆低栄養ならびにフレイルに関連する栄養要因の測定方法は複数知られているが,いずれにも利用限界がある.

◆地域在住高齢者において低栄養およびフレイルが予後に与える影響は大きく,栄養面からみたフレイルの原因ならびに背景要因は多彩かつ複雑である.

◆地域在住高齢者において食事からの低たんぱく質摂取はフレイル発症に関連している可能性は高いが,サプリメントによる筋肉量および身体活動能力の増強効果については現時点では否定的である.

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【ポイント】

◆フレイル対策には,さまざまな高齢者の特性を理解し,その集団にとって適切なエネルギー必要量を設定することが重要である.

◆日本人高齢者の身体活動レベルは,欧米の報告よりも高い傾向にある.

◆各ガイドラインで推奨されているエネルギー必要量には,加齢による消化吸収率の低下は考慮されていないため,今後さらなる研究が必要である.

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【ポイント】

◆一定量以上のたんぱく質の習慣的な摂取がフレイルの発症に予防的に働く可能性を示す研究は多い.しかし,まだ結論は得られていない.

◆いくつかのビタミン類ならびに抗酸化栄養素がフレイルの発症に予防的に働く可能性を示した研究がいくつか存在する.

◆地中海食ならびに健康食指数(HEI)の高い食習慣がフレイルの発症に予防的に働く可能性を示す研究がいくつか存在し,今後の結果が期待される.

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【ポイント】

◆高齢者におけるたんぱく質の必要量の考え方の理解には,食事摂取基準の推定平均必要量と目標量の両方の理解が必要である.

◆高齢者におけるたんぱく質の維持必要量は,成人と比べるとエビデンスが少ない,維持必要量検討のための方法に限界があるという課題がある.

◆習慣的なたんぱく質摂取量とフレイルについて,明確な結論は得られていない.目標量設定の背景について理解した上で数値を活用する必要がある.

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【ポイント】

◆ビタミンD不足は骨折・サルコペニア・フレイルのリスクであり,不足者の割合は極めて高い.

◆日本人の食事摂取基準2020年版において,ビタミンDの目安量は,骨折リスクを考慮して策定された.

◆介入試験は,カルシウム・ビタミンD併用のものが多く,これらの相互作用について,研究が必要である.

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【ポイント】

◆プロテインサプリメントが非フレイルの高齢者の筋肉量・筋力・身体機能を改善する効果があるとのエビデンスは得られていない.

◆食事から十分なたんぱく質を摂取している高齢者はサプリメントによる摂取量増加の効用が少ない可能性がある.

◆プロテインサプリメントを有効活用するには,普段の食事で摂取するたんぱく質量を知ることが必要である.

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【ポイント】

◆高齢者の食選択の上流には,環境要因があることを理解する.

◆高齢者にとって食料品店へのアクセスのしにくさが死亡や要介護リスクにつながる可能性がある.

◆食事を用意している人の有無,いない場合は高齢者自身の調理技術が低栄養を防ぐために重要かもしれない.

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【ポイント】

◆高齢者における口腔の健康と全身の健康の間には「口腔疾患・歯の喪失→摂食嚥下機能の低下→栄養・食生活への悪影響→フレイル」という経路が存在する.

◆歯科治療と栄養指導を組み合わせることで,摂食嚥下機能の改善のみならず,健康な食行動の獲得,栄養状態の改善につながる可能性が示されている.

◆歯科と栄養が連携することで摂食嚥下機能・栄養の改善を通じたフレイル予防が期待できる.

新・視点

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「現場」を求めて

 公衆衛生という分野は非常に幅広く,人それぞれいろいろなことをやっていると思う.研究室でデータを集めて解析しているのも公衆衛生であるし,途上国の村に衛生的なトイレを設置するような活動も公衆衛生であろう.筆者自身は,研究室にいたこともあるが,「現場」の仕事が向いていると思い,先に国際保健の現場を経験した後,「日本で現場での公衆衛生活動といえば保健所かな」と考えて,2015年に熊本県に入庁した.「『法律や通知に沿って,ただ決められたことをやるだけ』のようであれば早々に撤退しよう」——正直そのくらいのつもりで恐々と行政の世界に入った.そのまま6年が過ぎ,今のところは,楽しく仕事をすることができている.

連載 クライシス・緊急事態リスクコミュニケーション・6

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はじめに

 先月号で,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)発生初動期の,和歌山県の素晴らしいクライシス・緊急事態リスクコミュニケーションについて紹介した.

 おさらいしておくと,2020年1月末,国の指針としてCOVID-19の検査対象となるのは中国への渡航歴がある人か,感染が確認された人の濃厚接触者に限られていた頃,和歌山県内の病院勤務医が発熱等の症状を示した.その後3日間は解熱剤等を服用しながら勤務を続けていたが,胸のX線写真を撮ると肺に影がみられた.そこで,県が調査をしたところ,この医師と同院に勤める別の医師と患者3人にも同様の症状があることが分かり,COVID-19の院内感染の可能性が出てきた.国の指針で示されていたCOVID-19の検査対象のいずれの条件にも当てはまらなかったが,県はこの医師がCOVID-19を発症しているのか否かを確認するためにPCR検査を実施した.すると,結果が陽性であったため1例目の陽性者として確認され,その当日,知事は福祉保健部技監とともに記者会見を開いた.そして,事態が解決するまで経緯が毎日オープンに透明性をもって伝えられ,情報提供者としての信用と信頼を獲得したという事例である.

 実は,この事例は,リスクマネジメントとリスクコミュニケーションは切り離せず,国の指針に当てはまらなくても,現場で,異常事態の探知・リスクアセスメント・対策の実施・評価をする重要性を示したという点からも学び深いものである.もし最初に,発熱等の症状を発した医師が「ただの風邪」と思い,肺のX線写真をとらなかったら…,そしてもしその報告を受けた県や保健所の職員が「国の指針に当てはまらないから」とPCR検査を拒んでいたら…,COVID-19の火種は見逃され,大規模な院内感染へと発展していただろう.

 そう.公衆衛生上の緊急事態に発展しうる状況下で迅速かつ適切なコミュニケーションをとるためには,病院や保健所・自治体等,現場の職員の異常を探知し,連絡調整する力が欠かせない.危機下のリスクマネジメントとリスクコミュニケーションは切っても切り離せない関係にあるのである.

 とはいえ,実際には状況が不確実な中,この和歌山県の例のように国の指針やマニュアルといった後ろ盾がない場合には,躊躇してしまうのは仕方ないことと思う.

 そこで,本稿では,現場の公衆衛生関係者にとって大きな指針となる国際保健規則(International Health Regulations:IHR)や世界保健機関(WHO)のリスクマネジメントの考え方を紹介しよう.また,「リスクマネジメント」と「リスクアセスメント」,そして「リスクコミュニケーション」の定義と関係についても解説する.「行政上の手続きやマニュアルの遂行能力と同じように,危機下では現場のリスクアセスメントも重要」と,きっと共感いただけることだろう.

予防と臨床のはざまで

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 4月8日に,さんぽ会(多職種産業保健スタッフの研究会,http://sanpokai.umin.jp/)の4月月例会「新型コロナと生活習慣病」が開催されました.新型コロナウイルスの感染拡大から1年が経過し,種々のエビデンスが蓄積されてきました.新型コロナと生活習慣病は双方向の関連があります.1つは,入院治療時やワクチン接種時の基礎疾患で話題になる重症化のリスクとしての生活習慣病で,「生活習慣病→新型コロナ」のように図示されます.もう1つは「新型コロナ→生活習慣病」で,長引く在宅勤務による身体・精神へのストレス,食事や運動,睡眠,飲酒,喫煙などの生活習慣への健康影響で,こちらも1年で種々のエビデンスが蓄積されてきています.これら両方について,エビデンスの整理,共有と議論をしようということで,コーディネーターが事前に準備を進めてきました.

 まずリレー講演として5人の演者が発表しました.最初に糖尿病専門医である佐藤文彦氏(Basical Health産業医事務所)から「新型コロナの重症化リスクとしての生活習慣病」と題して,糖尿病,肥満,高尿酸血症,脂肪肝,高血圧,慢性閉塞性肺疾患(COPD),慢性腎臓病(CKD)など種々の生活習慣病による新型コロナの重症化リスクについて解説がありました.特に糖尿病では良好な血糖管理が死亡リスク低下に重要で,日頃の通院・服薬が大事であり,同氏作成の「コロナ禍において身を守る10か条」も提言されました.

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 欧米では,ナチスドイツやホロコーストを題材にした映画が数多く製作されており,ひとつの映画ジャンルを形作っていると言っても過言ではないほどです.今月ご紹介する「復讐者たち」もホロコーストに材をとっていますが,やや趣を異にしています.

 1945年,敗戦直後のドイツ.強制収容所から戻ったばかりの様子の主人公マックスが農家の庭に佇んでいます.その農家はもともとマックスの所有だったようです.いまはドイツ人一家が住んでおり,現在の所有者は,収容所で離ればなれになった妻や息子の消息を尋ねるマックスを打ちのめし,以後農家に近づくなと警告します.

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次号予告

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 健康増進法第16条の2に基づき厚労大臣が定める「日本人の食事摂取基準」は,2005年の初版以降5年ごとに改定されてきましたが,2020年版ではこれまでにない大きな変更がありました.高齢者の低栄養とフレイルの予防を意識した年齢区分の変更やたんぱく質必要量の見直しなどです.本号の特集論文を通読して,変更理由やそれに関連する世界の研究動向などを知ることができた反面,高齢者(特に75歳以上)向けの効果的な指針を示すための根拠となる研究成果(エビデンス)が不足している状況下で策定された摂取基準であり,活用に当たっては注意すべき点が多いことを実感しました.

 「ライフステージに応じた健康づくり」ということで,年齢層によって栄養・食生活に関する指導方針を変える必要があることは理解できます.しかし,高齢者医療確保法に基づく特定健診・特定保健指導の対象年齢(40〜74歳)では「メタボリックシンドローム」の予防を重視した食生活を推奨し,75歳を迎えた途端に「低栄養とフレイル」の予防を意識した食生活に切り替えようという方針変更には無理があります.両者の間に緩衝帯となる年齢層(例えば60〜74歳)を設けて,メタボ予防から低栄養・フレイル予防へと円滑にギアチェンジできるようにすべきという意見があるのも当然と思いました.そのためには,特定健診の判定基準の改正なども必要になりますが,高齢者の低栄養とフレイルの予防を本気で推進するのであれば,避けて通れない改革だと考えます.

基本情報

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公衆衛生
85巻8号 (2021年8月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

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