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はじめに
先月号で,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)発生初動期の,和歌山県の素晴らしいクライシス・緊急事態リスクコミュニケーションについて紹介した.
おさらいしておくと,2020年1月末,国の指針としてCOVID-19の検査対象となるのは中国への渡航歴がある人か,感染が確認された人の濃厚接触者に限られていた頃,和歌山県内の病院勤務医が発熱等の症状を示した.その後3日間は解熱剤等を服用しながら勤務を続けていたが,胸のX線写真を撮ると肺に影がみられた.そこで,県が調査をしたところ,この医師と同院に勤める別の医師と患者3人にも同様の症状があることが分かり,COVID-19の院内感染の可能性が出てきた.国の指針で示されていたCOVID-19の検査対象のいずれの条件にも当てはまらなかったが,県はこの医師がCOVID-19を発症しているのか否かを確認するためにPCR検査を実施した.すると,結果が陽性であったため1例目の陽性者として確認され,その当日,知事は福祉保健部技監とともに記者会見を開いた.そして,事態が解決するまで経緯が毎日オープンに透明性をもって伝えられ,情報提供者としての信用と信頼を獲得したという事例である.
実は,この事例は,リスクマネジメントとリスクコミュニケーションは切り離せず,国の指針に当てはまらなくても,現場で,異常事態の探知・リスクアセスメント・対策の実施・評価をする重要性を示したという点からも学び深いものである.もし最初に,発熱等の症状を発した医師が「ただの風邪」と思い,肺のX線写真をとらなかったら…,そしてもしその報告を受けた県や保健所の職員が「国の指針に当てはまらないから」とPCR検査を拒んでいたら…,COVID-19の火種は見逃され,大規模な院内感染へと発展していただろう.
そう.公衆衛生上の緊急事態に発展しうる状況下で迅速かつ適切なコミュニケーションをとるためには,病院や保健所・自治体等,現場の職員の異常を探知し,連絡調整する力が欠かせない.危機下のリスクマネジメントとリスクコミュニケーションは切っても切り離せない関係にあるのである.
とはいえ,実際には状況が不確実な中,この和歌山県の例のように国の指針やマニュアルといった後ろ盾がない場合には,躊躇してしまうのは仕方ないことと思う.
そこで,本稿では,現場の公衆衛生関係者にとって大きな指針となる国際保健規則(International Health Regulations:IHR)や世界保健機関(WHO)のリスクマネジメントの考え方を紹介しよう.また,「リスクマネジメント」と「リスクアセスメント」,そして「リスクコミュニケーション」の定義と関係についても解説する.「行政上の手続きやマニュアルの遂行能力と同じように,危機下では現場のリスクアセスメントも重要」と,きっと共感いただけることだろう.
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