公衆衛生 79巻1号 (2015年1月)

特集 公衆衛生のリーダーシップ

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 地域保健法が成立した1994(平成6)年から20年を経ました.今や,多くの公衆衛生関係者は市町村行政で働くようになっています.政令指定都市の保健所に加え,中核市の保健所が増えています.

 この間に最も大きな影響を受けた職種は保健師です.一般行政組織の中で保健師は公衆衛生のアイデンティティを保ち続けることに努力が必要な時代となっています.市町村の行政事業に追われ,漫然と仕事をしていることでは住民の公衆衛生ニーズに対応した活動につながらず,保健師のアイデンティティが問われる難しい状況におかれているようにみえます.

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公衆衛生の特長

 公衆衛生の特長は何だろうか.その一つはシステムという概念に基づいて集団を対象に活動や研究を行う点であろう.システム,つまり法律・制度やリソース(人材,財政など)を整えるという方法を用いてより多くの人々の健康に貢献できるのである.

 また,疫学的な方法論を用いて,予防という概念に基づいて,「患者の数」を減らす点も,主として死亡数を減らす臨床医学と対比したときの公衆衛生の大きな特長と言えるだろう.

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 地域保健法が1994(平成6)年に成立してから20年が経過した.同法の基本指針により,身近な地域保健サービスは市町村が担い,広域的専門技術的なサービスを担う保健所の所管区域は,保健医療福祉の有機的な連携を図るため原則として2次医療圏とするとの考え方が示された.折しも行財政改革の時期でもあり,2次医療圏単位に保健医療福祉の連携を進めるという名目で,県型保健所と県福祉事務所の統廃合が一気に進み,1994年に848あった保健所が,現在では495となっている.市町村合併も進み,中核市保健所が増えるとともに,大都市部では1市1保健所化が進んだ.

 高知県においても,地域保健法前の10保健所が統廃合され,2005年には現在の5福祉保健所(保健所と福祉事務所の統合組織)と中核市の高知市保健所の6つに再編され,保健所職員数は激減した.筆者が保健所に入ったのは1981(昭和56)年.老人保健事業や乳幼児健診などで地域に出ることが多く,高知県独自の駐在保健婦制度もあって,保健所は県民に身近な存在であった.県民への直接サービスの主体が市町村に移り,保健所が再編縮小化する中で,一般県民から遠い存在になることは必然であった.

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保健師の現状

 公衆衛生領域で最大多数をしめる専門職は保健師である.保健師は一般的には高等学校卒業後,3年間の看護師養課程を修了し看護師の免許を持ち,保健師養成機関で1年以上の公衆衛生看護の教育を受け保健師免許を持つ者である.現在の保健師免許取得者の97%は看護系大学卒業者である.2014年度には大学院修士課程で保健師養成を行っている大学が5校になり,高度専門職業人として養成する流れが始まってきている.保健師の資格は1941(昭和16)年保健婦規則の制定から始まり,1948(昭和23)年には保健婦助産婦看護婦法で規定されるようになり,資格が制定されて2015年で74年目を迎える.保健所,市町村に配属されている保健師数1)は2012年度末現在で全国で45,645人である.保健師の活動は「ふみしめて七〇年」2)に実践者による活動記録が掲載され拡大していることが把握できるが,年代別の保健師活動の領域の広がり3)を図1に示した.戦前の結核対策や蚊とハエのないまちづくり,母子保健等の予防活動から,昨今では生活習慣病,難病,虐待,自殺・うつ等のこころのケア対策,災害時保健活動,健康なまちづくり,健康増進計画をはじめとした各種計画の策定へと広がっている.

 このような保健師ではあるが,年々保健師の公衆衛生の理解が脆弱化し,公衆衛生マインドが継承し難いとの声が聞かれる.「公衆衛生」という言葉は,新型インフルエンザの流行やデング熱の発生が国内の問題になるとニュースで用いられるが,日常的には聞かれないものとなってきている.しかし保健師は“公衆衛生の担い手”でありたいと思い,その活動論は「公衆衛生看護学」にある.

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 日本の結核罹患は戦後の著しい高まん延状況から脱却した後,1980年代には罹患率の減少の鈍化さらに一時的には逆転上昇を経験したが,2000年以降は減少を維持している.2013年における結核罹患率は人口10万対16.1であり,地域によっては10以下の低まん延状況になっている.以下,この過程における保健所の役割を振り返りながら,低まん延さらに根絶を目指すにあたって,保健所のアイデンティティおよびリーダーシップのあり方を考察する.

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 このたびは,保健所長のリーダーシップというとても難しいお題をいただきました.

 まずは,当保健所のキャラクター(図1)を紹介してから,本論に入らせていただきます.

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はじめに

 現行の地方自治法が施行されたのは1947年5月3日であり,多くの読者がすぐに気付くように,日本国憲法と地方自治法は同日に施行された.戦前期憲法(明治憲法)には,地方自治に関する規定はまったく存在しなかった.現行憲法は主権が国民にあることを宣言したが,同時に国民社会全体に責任を負う中央政府と地域社会に責任を負う自治体という二つの政府の存在を宣言し,両者の対抗を民主主義政治体制の基本に位置づけたのである.これ自体は画期的な変化だが,基礎自治体である市町村の権限は,おしなべて同一であった.いいかたを変えると,人口,面積,財政力,地域にもつ経済社会的機能などの違いは,制度上まったく配慮されなかった.

 ところが,こうした画一性は,1990年代初頭に始まる地方分権改革によって大きく変わったばかりか,なお継続中である.本稿では,中核市制度の創設を中心として,画一から多様へと変わりつつある地方行政制度の歩みと現在の課題をみることにする.

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はじめに

 所得・学歴・職種などによって表現される社会経済状況と健康の間に関連が見出されることについてはよく知られている1).さらに近年では,個人の社会経済的状況だけではなく,居住する地域の社会経済状況や所得格差,社会的関係資本(ソーシャルキャピタル)といった要因が健康に影響している可能性も明らかにされつつある.2008年に世界保健機関(World Health Organization;WHO)は社会的健康決定要因に関する委員会の「健康の社会的健康決定要因に関するコミッション最終報告」を採択した.これを契機に健康格差の解消に向けた政策的取り組みが広く議論されるようになった2)

 日本においては,経済的低迷の中で所得格差や貧困問題が注目され,その流れと連動する形で社会格差への関心が高まった.その後,公衆衛生分野においては健康の地域格差や社会経済状況による格差に関する知見が蓄積されている3).この流れを受けて,2012年に発表された「21世紀における国民健康づくり運動:健康日本21(第2次)」においては,健康格差の縮小が基本姿勢の一つに挙げられ,現在,その具体的な施策のあり方について検討が進められているところである.

 そこで,本稿では,これまでに日本で把握されている社会経済状況とさまざまな健康指標との関連に関する知見を基に日本における健康の社会格差について概観し,その後,今後の健康の社会格差縮小対策のインプリケーションについて考えてみたい.

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 1980年代のプライマリケア,ヘルスプロモーションなど新たな健康政策の世界的な潮流は,イギリスにも大きな影響を与えた.感染症は過去の問題ではなく,新興・再興感染症に対応できる公衆衛生体制とする必要が出てきた.すべての人々に健康をと考え国民保健サービス(National Health Service;NHS)を1948年に創設したが,20年を経て医療保障だけでは健康格差は解消することができないことも明らかとなった.また,グローバル感染症に対応した公衆衛生体制が求められてきた.イングランドの公衆衛生体制は1986年に将来計画が示され,それに沿って立て直しが進められてきた.その内容は,公衆衛生のアイデンティティの確立と公衆衛生のリーダーシップを担える人材育成および配置であった.

 本稿ではイングランドにおいて,公衆衛生がアイデンティティを回復するに至るプロセスを鳥瞰し,わが国の公衆衛生のアイデンティティの確立につながる手がかりを考えてみることを目的とした.

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 私が山口県環境保健センター所長を拝命して今年で8年目となる.この間,多くの新興・再興感染症が発生し,緊急の検査対応や,感染症情報の収集と専門的立場からの情報発信等を行った.本稿では,この経験をもとに地方自治体における感染症対策の課題や今後について考察する.

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はじめに

 2011年3月11日に発生した東日本大震災から3年以上経過したが,未曾有の津波被害のために居住地域や復興町作り案の策定が遅れ,いまだに多数の住民が仮設住宅暮らしを強いられている.震災前にしていた仕事,家庭や地域において果たしてきた役割を失い,日課としていたこともできなくなって,茫然自失している住民,特に高齢者が多数みられる.健康への不安,精神面の不調,生活不活発病,将来への不安などの問題がしばしば報道されている.こうした状況を改善させるために種々の試みが行われているが,その一つの方法として住民が直接参加して体を動かすラフターヨガ(笑いヨガ)を導入した.笑いと呼吸法による抗ストレス作用,エンドルフィン分泌,免疫系の強化などの生理的効果や心理的効果による心身のケアを目指すものである.楽しく笑って健康になろうという意味で「楽笑健くらぶ」と命名し,月に1回仮設住宅住民を対象として1年3カ月間実施した.

連載 いま,世界では!? 公衆衛生の新しい流れ

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 2015年は地球規模課題への新たな枠組みができる年として記憶されよう.それは21世紀最初の15年の国際協力の枠組みであったMDGs(Millennium Development Goals:ミレニアム開発目標)1)が終焉を迎え,新たにSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)2)が合意されんとするからである.しかし,その過程で,拙稿の執筆時点ではその終焉の見通しがつかないエボラ出血熱が西アフリカの最貧国を襲うというグローバル・ヘルスの根底を問う問題が2014年後半より起こってきた.

 本稿では,このような挑戦を受けて公衆衛生はどのようなリーダーシップを発揮できるかを考えてみたい.

連載 リレー連載・列島ランナー・70

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 執筆原稿は特集などに沿って依頼をいただくことが一般的ですが,この「列島ランナー」は「今,一番伝えたいこと」を書かせていただくことができます.“自由に”と言われると,様々な関心事の中から,どこに焦点を絞ろうかと思考がさまよいかけるのですが,依頼から締切までの期間,各地で大雨被害が相次ぎ,情報を伝えてくださる保健師さんとのやりとりがありました.また,この記事の掲載は2015年1月号で,阪神・淡路大震災の発生から20年目にあたります.そのため私自身の災害経験,その後教育・研究職へと軸足を変えて今に至るこの間,国内外の被災地へ赴く機会や,講演などを通じ,新たな出会いや,多くの気づきをいただいていること,今の自分の感じるままに記させていただこうと思うに至りました.

連載 基礎から学ぶ楽しい保健統計・4

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point

1.質的データの記述的解析では度数分布を示す.

2.エクセルを使った解析では,ピボットテーブルの活用が便利である.

3.2変数間の関係の解析では,どちらの変数が基軸になるのかを充分に考慮する.

4.有効数字に気をつけよう.

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 脊髄損傷の患者が主人公の映画としてはラリー・ピアース監督の「あの空に太陽が」(1974,米)が記憶に残ります.現在のところ脊髄神経は再生不能と言われ,それが損傷を受けると,損傷部位より遠位の感覚,運動能力が失われ回復は望めません.今月ご紹介する「マンゴーと赤い車椅子」では,主人公の彩夏がリハビリテーション病院に入院し,Th10の損傷と診断されます.「あの空に太陽が」の主人公はC4の損傷でしたから,それに比べれば軽症でしょうか.しかし下半身不随で車椅子生活は必至です.主人公の彩夏は看護師として働いていたようで,事態の重大性は十分に認識しているようですが,それでもなお病状を素直に受け入れることはできません.絶望の淵で,自らを直視できない主人公を,秋元才加が見事に演じています.

 新しく入院してきた彼女を,リハビリテーション病院に入院している車椅子仲間の患者たちが励まそうと,いろいろと話しかけてきます.彩夏を勝手に「彩夏姉さん」と呼んで慕ってくる元気で明るい高校生の女の子,車椅子で器用に院内を暴走する少年,脳卒中後遺症の言語障害で夫に助けられながら言語リハに励む女性,などなど,個性的な入院患者がそろっています.彼らと触れ合うなかで,彩夏の頑なな態度もいつしか緩んできますが….

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 10月15〜16日に,ICOH(国際産業衛生学会)の産業保健サービス・調査・評価に関する科学分科会(SC HSR & EOH)が古都ボローニャで開催されました(http://www.icohbologna2014.it/).

 学問と美食の街として知られるボローニャには,ヨーロッパ最古の大学と言われるボローニャ大学があり,1000年以上前の解剖学実習室を見学することができます.1日でぐるっと散策できる市街中心部には,サン・ペトロニオ大聖堂やサン・ピエトロ聖堂などの教会,ポルチコと呼ばれる歩道上に屋根が続く特徴的な街並み,かつての富豪が高さを競った塔など見所が沢山あり,ボロネーゼ風パスタに舌鼓をうつこともできます.

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投稿規定

次号予告

あとがき 高鳥毛 敏雄
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 わが国の市町村が保健所を設置し,公衆衛生の主体となったのは政令指定都市誕生の1956年とすると60年,中核市誕生の1995年からとすると20年となります.イギリスの公衆衛生は,当初から自治体の仕事として発足し,1875年の公衆衛生法からすると140年となります.本号は,わが国の公衆衛生体制の中心に位置づけられている市町村,中でも中核市に焦点をあてて企画しました.

 わが国とイギリスは逆方向に向かっているようにみえます.イギリスは伝統的な自治体を基盤とした公衆衛生体制を再確認し,自治体に特別補助金を交付し,自治体の公衆衛生リーダーに強い専門性を求め,法的位置づけを与える制度改革を進めています.他方で,全国的な専門性の高い公衆衛生組織の整備を進めています.グローバル感染症,健康危機管理体制など,自治体だけでは担えない公衆衛生問題が多くなってきたからです.わが国のかつての保健所法体制を思い描くと理解しやすい体制としてきています.

基本情報

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公衆衛生
79巻1号 (2015年1月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

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