看護教育 18巻12号 (1977年12月)

私の発言

学生と看護計画について 白松 万里子
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何のために看護計画を立てるのか

 看護計画の必要性が叫ばれて以来,かなりの日時が重ねられているが,いまだその成果において目ざましいものがない.これについては諸先生方を初め,多くの先輩諸姉より立派な意見,書籍なども出されているにもかかわらず,理解が不十分に終わってしまい,実践の場に生かされていないのが現状ではないだろうか.

 私どもの学校においても,御多分に漏れず看護計画については試行錯誤している,というのが本音である.

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 ICN東京大会と前後していわゆる‘プライマリー・ケア’がクローズアップされてきている.こうした動きを現実にそくして考えていくためには保健医療の今日的動向を探り医療チームにおける看護の役割をあらためて整理し問い直すことがまず必要となろう.

 そこでまず看護独自の機能その基盤をなすものは何かを考えそこから要請されてくる看護教育の課題をピックアップしていただいた.さらに将来への展望としてHealth profession教育改善の方向づけについてもご意見を交わしていただいた.

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I.看護学の必要性

 従来,日本の医療を支えている医学は診断学に中心が置かれてきたが,看護もまた,その跛行的医療の補助ないし介助に重きが置かれ,その活動の多くは経験と情熱で支えられてきた感はぬぐえないところである.近年,社会構造の発達と複雑化の中で,医療環境が医学をして疾病の診断・治療から予防へ,さらに健康の保持増進への展開を余儀なくされてくるに従い,看護もまた人間の有機体としての存在に着目し,健康や疾病に及ぼす心理的・社会的,または文化的要因に目を向けるようになり,総合保健医療の一環として看護概念も拡大され,総合看護としての志向を深めてきているのが現況であろう.

 総合看護とは,金子によれば1)次のようになる.看護の‘対象である人間というものは,個性をもち,人格をもち,意義をもって生活している社会人であること,さらに身体と心と生活とがバラバラでなく全体的統一をもった能動者であるということを理解し,人間をいわゆる人間らしく取り扱うということは,その人の健康を増進し,また回復するための必須条件であるといえよう.個人個人が長い生涯を健康に過ごし,寿命を全うするまでの間,これを守り通すためには,それぞれ個人の生活の条件がある.これをできるだけ通常の状態に近く,かつ次元,次元に必要とする状態に整え,ケアを行うために健康に関する科学や技術を総合し,応用することが看護の総合性ということになる’.

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はじめに

 現在,看護婦等の養成のほとんどは各種学校で行われており,教員の資質にたいへん問題がある.また,学校の組織,職員数などの不備のため,専任教員が教師本来の業務より,雑用に追われることの方が多い.以上のようなことが従来から,しばしばいわれている.

 昭和48年11月,宮崎で開催された中国・四国・九州地区保健婦教育研究会において,専任教員の業務測定の実施が決められ,その要領をつぎのとおりとした.

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はじめに

 看護の概念の拡大に伴い,看護基礎教育の目的が,従来の臨床看護偏重から,健康のあらゆるレベルにある対象に対応できる看護婦をつくるというふうに変わってきた.そして,昭和43年に改正された新カリキュラムも,将来に向かって,保助看合同教育を目ざして検討されたものであり,保健婦教育や助産婦教育は,基礎教育を補習する意味での教育であるとされている.これらのことを考えるとき,保助看教育における基礎教育の位置づけは重要であり,基本的性格をもつものであると考える.

 新カリキュラムになって以来,総合看護の理念に基づき,実習展開においても,保健所実習は従来の1週間から2週間程度の実習となり,新たに保健所以外の実習場も適宜加えるなど,その充実がはかられてきた.しかし,全国的傾向として学生数が増加し,受け入れる実習施設の不足という問題が起こり,実習期間の短縮など,教育理念に基づいた実習展開が困難になってきている状況である.

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 患者と看護婦にとってやりがいのあるケアを提供するプライマリー・ナーシングにも,問題点がないわけではない.その問題を未然に防ぎ解決する実際的提言を示すことにする.

 現存の看護業務体制(care delivery system)からプライマリー・ナーシングの移行には,大きな変革に必要な時間を要する.この間に,考慮すべき事柄がたくさんある.

いま教育現場では・8

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はじめに

 今春で279名の卒業生を送り出した.1回生より12回まで,12年間の重みを感じる.看護教育に携わって10年,看護教育はマス教育ではなくマン・ツー・マンであるべきだと思う.できるだけ学生の置かれている状況,彼女たちの考えていることを理解し,刻々の心の動きをとらえてゆきたい.看護が患者個々の個別性をふまえて実践される技術であるのなら,それを看護する教育もまたそうあることがのぞましい.学生個々の持っている可能性をできるだけ発見し伸ばすためにも,学生とできるだけ多くの機会に接し,学生を理解したい.また逆に,私たち教師をも理解してもらいたいと思う.よい人間関係の中にこそ,よい教育が生まれるのだから.

私の病棟日誌・8

パラメディカル 日下 隼人
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医療は看護そのものである

 看護婦,検査技師,放射線技師といった人々を,総じてパラメディカルスタッフというスマートな名前で呼ぶようになったのは,いつごろからのことなのだろう.私について言えば,医学部の学生であったころ,そういう呼び方を聞いて耳新しく思った記憶がある.

 そして今日,医療の分野において医師とパラメディカルスタッフとの関係は旧態依然としたところもあれば,POSなどを先がけとして各々がその分業の度合いに応じて協同して診療にあたる,というようなところも少しずつ増えてきているようである.私は学生のころからずっと,どちらかと言えば‘パラメディカル’という言葉に,むしろ親しみを覚えていたような気がする.

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看護教育 第18巻 総目次

基本情報

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看護教育
18巻12号 (1977年12月)
電子版ISSN:1882-1391 印刷版ISSN:0047-1895 医学書院

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