保健婦雑誌 24巻13号 (1968年12月)

特集 リハビリテーションと保健婦の役割

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I.はじめに

 最近になって,やっと「社会復帰」 「リハビリテーション」という言葉が世間一般に浸透してきたように思われる。肢体不自由者の社会復帰の問題など,マスコミでも大きく取扱うようになってきている。肢体不自由者の場合のリハビリテーションとか,リウマチの場合のリハビリテーション,などというと,明確な,具体的イメージを持つことができる。それに対し,そのような個人的接近法というよりもむしろ集団的接近法が中心となっている公衆衛生におけるリハビリテーションというと具体的イメージをえがきにくい。公衆衛生におけるリハビリテーションの新しい概念,その問題点,および健康管理との関連などについて話しを進めていきたい。

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はじめに

 私がリハビリテーション看護というものがこの世にあることを知ったのは,昭和35年7月,世界看護協会の交換留学生として整形外科看護を勉強する目的でアメリカへ渡ってからでした。

 アメリカの整形外科看護を学ぶにしたがって,私にはリハビリテーション看護こそ,現在の日本に必要なのだという念が深まり,ついに6カ月後には,留学目的をリハビリテーション看護に切替えて,ハーバード医科大学の附属病院であるPe—ter Bent Brigham Hospitalと,ミネソタ大学病院でそれぞれ7カ月づつリハビリテーション看護の勉強をして帰りました。帰国後は,看護の上にこの経験を活かし実施してみましたが,やはり,私にはまだリハビリテーションということの勉強が足りないことを痛感し,その後,厚生省社会局主催のWHOから派遣された外人講師による5週間の理学療法士の講習会をうけ,理学療法士の真似事などしましたが,やはりまだまだその知識の足りなさを思い知らされ,昭和39年,ついに日本で最初にできたリハビリテーション学院理学療法学部の2年生に編入して本格的にリハビリテーションについて学び,昭和41年3月卒業後,今度は英国へ渡り,3カ月のリハビリテーション看護の講習と5カ月の実習および7カ月間理学療法士のための各種講習をうけて帰国,昨年11月より理学療法士の仕事をするかたわら,各種の看護婦講習会で,リハビリテーション看護の講義をしております。

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ケースの概要

 患者:A子

 病名:肺結核

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はじめに

 社会,経済の近代化とともに,人びとの生活は変動しているが,保健指導に従事する保健婦の業務内容も大きくかわってきている。

 岩室村においても例外ではなく,結核管理を最重点としてきた業務もしだいにその範囲が拡げられ,農夫症を中心とした成人病検診などによる予防活動が進められるようになった。

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リハビリテーションに対する関心が高まっている。保健婦の良心をかけて…とリハビリテーション活動に精を出し,患者からも喜こばれているケースも多い。一方それを非とするむきもあることは事実だ。理学療法士,作業療法士といった新しい職種も誕生してきている今日,地域での受けとめ手は一体誰なのか,そこでの保健婦の役割は一体何なのか,本年度最後の特集として,今月は,座談会を中心にして問題を探ってみた。 

グラフ

蝕まれゆくガス配管労働者の健康
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「ガス」は都市住民の生活に欠くことのできない熱エネルギー源の一つである.このガスを提供する親会社の下には,約30社の下請企業と,3,000人余りの労働者がいて,配管工事を行なっている.人体にとって致命的に有毒な一酸化炭素を長期的に扱うことによって労働者たちはしだいに慢性一酸化炭素中毒症になやむようになった.経営の規模が零細であることも手伝って健康破壊に対する対策や管理は全く行なわれていない.

保健婦さんへ 期待と提言

産業保健婦 外山 敏夫
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 来年の秋,昭和44年9月に東京において日本で始めての第16回国際労働衛生会議が開催される。過去数回の欧米におけるこの学会には産業保健婦による分科会が存在し,この分野における一つの権威を構成している。この学会には世界の主要国から多数の常任幹事が選出されており,労働衛生,職業病等の斯界の権威者を網羅しているのであるが,他の学会と同じく幹部が主として男性の学者によって占められている中で,英国から5人,米国から7人もの産業保健婦代表が選出されていることに注意しなければならない。この人たちはいずれも登録看護婦(R.N.)であり,職業病や労働衛生の専門教育を経た職業的産業保健婦なのである。専門教育は保健婦学校の時の特別コースや,産業医局における実務研修やさらに公衆衛生大学院学校における高等教育などの経験をもっている。

 さて来年の国際学会において,これら欧米諸国の産業保健婦の団体から,専門部会のプログラム組入れを担当国の日本に要請してきているようであるが,肝腎の日本に産業保健婦という専門職種は存在しないし,独自の協会などもない。苦肉の策で戦後,労働基準法とともに誕生した事業場で選任されている医師に非ざる衛生管理者をこれと対比させようとするむきがあると聞いている。

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夜間訪問の必要性

 坂本(司会)はじめに「夜の家庭訪問をやっていないのはおかしいじゃないか」という論議が1つありますがどうでしょうか。

 丹羽 こちらが言いたいことを言うだけなら,文章に書いて,そして送っただけでよろしいですわね。わざわざ訪問せんでも,そういうこちらでさげていったものだけ言ってくるのなら手紙を出しても同じことですね。そうしたら当然,夜の家庭訪問なんか必要なくなる。

連載 身近かな栄養学・5

砂糖 小池 五郎
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 砂糖は文化のバロメーター?

 日本にはじめて砂糖が伝来したのは,西歴753年,孝謙天皇のときだ,といいます。つまり奈良時代のことで,唐の僧鑑真が朝廷への献上品として黒砂糖を持ってきたのがはじまりです。その後,平安時代(794年−1185年),室町時代(1336年−1574年)の間,ときどき海の彼方から砂糖の製品が少しずつ運びこまれてきましたが,せっかく渡来しても量が少なく,また栽培技術をともなわなかったので,貴族や上流武家階級の人びとの舌をとろかしただけで,みんなどこかへ消えてなくなってしまいました。そのころは調味料としてではなく,むしろ薬とかぜいたく品とかとして珍重されたわけです。

 日本ではじめてサトウキビが栽培されたのは1600年前後のことで,奄美大島の人が南シナの方面に漂流したときにその苗を手に入れ,キビから糖をつくる方法も習いおぼえて帰国したときにはじまる,といいます。もっとも,この時代のことはハッキリした記録が残っているわけではないので,本当かどうかあやしいのですが,いずれにしてもまだそのころは,製糖したといってもホンのわずかで,生産量はタカが知れたものでした。

スポット

三歳児検診 小坂 英世
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 今月号は,1年のしめくくりでもあるから,読者を少々挑発しよう。三才児検診という私にとって腹立たしい行事には,育児過剰時代における人気とり施策なだけに,行政側がそうとうな熱をあげており,保健婦の労力もそうとうとられている。この行事に対する私の批判を10点ほどあげてみよう。

メディカル・ハイライト

理学療法士と作業療法士 芳賀 敏彦
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 昭和38年5月厚生省の設置規則により日本で初めての理学療法士と作業療法士の教育機関ができ,昭和40年の理学療法士,作業療法士法の施行によってその身分的地位が確立された。

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 筆者も,この「生きている法律」を担当してもう8回,この間,保健婦さんというものの生態をかいまみる機会とともに,日本の公衆衛生というか,それを支える社会保障行政の仕組みについて考えさせられ,改めて保健婦さんの「職務」とその責任の所在を考えさせられた。この保健婦さんと「医師」との医事責任という問題も,その一つの側面にあるように考えられるのでこれをとり上げる。

生活ノートから

夏は去っても 松谷 みよ子
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宮島で聞いたこと

 「この柵は,鹿よけの柵なのですよ,鹿が入ってこないように,門のところに,たててあるのです」

 とTさんがいった。昔の名残りかと思ったら,戦争中は一時減りましたが,今はとてもふえて,うっかり柵をしないでおくと入りこみ庭の青いものをすっかり喰われてしまう。台所の野菜屑を入れたポリバケツを門の前に出しておくと,鹿が子連れ,孫連れでやってきて,よろこんで喰う,ワサビのような辛いものや,少しいたみかかったものは,長い舌でよりわけて,ちゃんと横へ出しておく,利口なものだということだった。可愛いいのは鹿の仔で,例の鹿の子まだらの姿でちょんちょんはねにはねながら,人なつっこくついてくる。家の中まで,はねながらついてくるという。仔鹿の姿が眼に浮ぶような話だった。

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そぞろ身に泌む秋の京

 京の宿の手入れの行きとどいた庭には,鯉の泳ぐ池のほとりにカエデがもみじして,ツワブキの黄い花が,もう,ひとつふたつの花弁を開きはじめている。

 ツワブキといえば…春から夏を彩るガクアジサイにかわって,八丈の晩秋から冬を,島中至るところに咲いて明るくするのがこの花である。島にはふつうのフキはあまり見かけない。ツワブキの茎や菜がしょう油などで煮られて食用にもなる。煎じたものはフグやカツオの中毒に「毒消し」の効があるそうだ。

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 翻訳ではなく,リハビリテーション看護ということばが使われて発刊された著書は,日本では本書がはじめてであろうと思われる。このような意味からも本書のリハビリテーション看護の概念の解く意味は大きく,その考え方をリードするものとして注目したい。この稿の著者,大槻姉は,「リハビリテーションの基本的概念は,近代的看護の概念そのもので,患者ができるだけ早く自立できるように助力することである。したがってリハビリテーション看護は,疾患の経過において,ある特定の時期に限られたものではなく,病気のはじまりから,その患者が自立できるようになるまで継続されるものであり,また内科・外科看護と並ぶものでもない。分化された看護の上にある統合される概念である」といっておられるのは,正に名言であろう。

 とかく看護婦は,看護としての独自の機能と,主導的に働けるという分野の拡張においてその努力が少し欠けていたのではないだろうか?

保健婦学生からの発言 O生 , K生
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4分の1学期を終えて

 期待に胸をはずませて入学してから3カ月机上の勉強のほとんどを終了したことになる。楽しい時間もあった。私がやらなければと使命感を強くした時もあった。頭のいたくなるような時もあった。ねむくなる時もあった。これらの数々の思い出深い授業をふりかえって思うことは,専門的知識を吸収しようとはり切って来た学生達にとって,予想外だったことに出会ったのではないかということ。それは教授内容に関してで,看学時代のそれと重複あるいは全く同じか,もしくは看学校時代以前の高校の時習った程度の内容のもの等々,期待はずれな面があったことは,今後とも専門的学識を自他ともに認める保健婦学校の内容としては,大いに検討されるべきものではないだろうかと思う。

 わずか1年間を,もっと充実した内容にもっていくために,教育者間の話し合い,学生との話し合い等々考えられてもいいのではないだろうか。もちろん,昔習ったことを全部覚えているわけではないが,たとえば,始めから終りまでそういう重複したことの説明に費してしまうということに対して非常に疑問をいだくのです。

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基本情報

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保健婦雑誌
24巻13号 (1968年12月)
電子版ISSN:2185-4041 印刷版ISSN:0047-1844 医学書院

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