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はじめに
地域看護活動は,地域で生活する人びとの健康とQOLの向上に寄与するために行われる。そのための第一段階として行うのが「地域看護診断」であり,そのもととなる情報収集が「地域把握」である1~3)。さらに,「地域把握」を構成する実践方法のひとつとして,「地区踏査」が位置づけられる。
第2次世界大戦後の社会における「地域把握」は,保健所が担当するナショナルミニマムの実務4)という普遍的な課題対応が優先されるため,感染症対策を中心として,全国にわたり画一的傾向があったと考えられる。次第に,公衆衛生の課題はローカリティへと変転し,1997年4月には地域保健法が実施され,より地域の特質に合わせた保健活動の専門性が強調されるようになってきた。
このため,現代の「地域把握」は,地域特性を重視した看護・保健の視点が求められている。しかし,その系統的方法論はまだ十分に確立・普及しているわけではなく,多くの現場において個々の看護職の技量や経験に任されているのが実態といえよう。
いくつかの「地域把握」の方法論について述べる。わが国では金川らの「地域看護診断過程」がある5~7)。これは,AndersonらのCommunity-as-partner model8)を意訳・改変した「パートナーとしてのコミュニティモデル」の評価項目と診断過程である現地調査・既存の資料分析・社会踏査を,従来の公衆衛生診断過程の枠組みを基盤とし,疫学的診断過程や,民族誌学的方法(ethnography9))から10)再構成したものである。
一方,ほかの手法を取り入れた「地域把握」の方法では,人間集団と総合的環境の相互作用バランスの適否が地域における健康問題を引き起こすと考えた生態学的アプローチ11),統計的手法を用い地域比較や時間比較を行う疫学的アプローチ12),住民の生活習慣や保健行動の背景にある考え方や各種の要因を探るためのフォーカス・グループインタビュー13)を用いたアプローチ14)などがある。
その「地域把握」を構成するひとつの実践方法として,「地区踏査(地区視診)」がある。これは米国のwindshield survey15)に相当し,人びとが生活している住居や街並み,暮らしぶりなどを実際に観察することにより,既存の資料や調査からは得にくい地域独特の雰囲気,地理的状況,生活様式などの情報を収集する方法である。
AndersonとMacFarlaneは,個人をアセスメントするときと同様コミュニティにおいても,五感を活用してアセスメントを行うことが必要と述べている16)。
わが国では,長年,実践や教育の場での活動の基本とされ,汎用されてきた。しかし保健師が日々の活動のなかで経験的に行ってはきたものの,その方法論に関しては確立されているわけではなかったといえよう。都筑,狭川ら17,18)は,windshield surveyの構成表をもとに「ガイドライン」を開発することによって,方法論の確立をめざしている。
東邦大学医療短期大学では,3年時に地域保健実習の一環として,O区配属の実習生に対して「地区踏査実習」を行っている。
これは,地域看護活動への理解を深めるために,実際に自分で地域を歩くことによって「看護の視点で地域を把握する」という方法を体得することを目的としている。windshield surveyの基本理念である「五感を活用して地域を把握」することを重視し,学生自らが決定した「踏査の視点」をもとに地域を歩いて把握してくるところに,特徴を持たせている。
本稿では,この実習について報告し,「学生のための実習方法」と「地域行政への情報提供」の両側面から検討する。
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