神経研究の進歩 50巻6号 (2006年12月)

特集 第41回 脳のシンポジウム

開会の辞 岡本 幸市
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 おはようございます。群馬大学神経内科の岡本でございます。今日から2日間にわたって,「第41回脳のシンポジウム」を開催させていただきます。群馬県で脳のシンポジウムが開催されるのは今回が初めてであり,大変光栄に存じております。

 「脳のシンポジウム」は,1965年(昭和40年)の2月に,文部省の特定研究班と日本学術会議の脳研究連絡委員会との共催で,東京にて第1回目が開催されております。その後は全国各地で年に1回開かれ,その内容は医学書院から発行されている「神経研究の進歩」という雑誌に掲載されており,日本の脳の研究をリードしてきた由緒ある研究会であります。最近では日本学術会議の中の脳・神経学研究連絡委員会がこのシンポジウムを主催してきましたが,昨年(2005年)夏から日本学術会議の改組が進行している関係で,今回は日本学術会議の名称が使えず,日本神経学会と群馬大学大学院医学系研究科および群馬大学大学院GP(文部科学省の「魅力ある大学院教育」イニシアティブで採択されたプロジェクト)の後援を得て,群馬脳神経研究会が主催することにいたしました。もしかすると「脳のシンポジウム」という名称での研究会は今回が最後の歴史的な会になるかもしれません。次年度以降の方向性につきましてはこの後,日本学術会議,脳・神経学研究連絡委員会の委員長で,国立精神神経センター総長で,かつ日本神経学会理事長であられる金澤一郎先生からお話があると思います。

ご挨拶 金澤 一郎
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 上州の空っ風とは,こういうものを言うのか。そんな思いが多少実感された2月18日と19日の両日,群馬大学医学部の刀城会館で,第41回「脳のシンポジウム」が行われた。神経内科の岡本幸市教授が今回の世話人であり,何かとお忙しいなかを快くお引き受けいただいたことに心からお礼申し上げたい。

 これまでの「脳のシンポジウム」では,会が終わると,内容はすばらしいが,出席者が少ないのはもったいない,という感想がいつも聞かれるのであって,今年もまた同じだろうか,と思っていたところ,今年は大いに違っていた。やや長い会場の後ろの椅子席が,始まる寸前から学生さん達でいっぱいであった。実は,これは岡本教授のマジックであって,土曜,日曜ではあるけれども授業と同等の扱いにして,出席をとることにされたのだそうである。「人が多いことは良いこと」であって,豊かな気持ちでシンポジウムを開始することができたのは,大変嬉しいことであった。

Steroid/thyroidホルモン系による脳発達の調節機構

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 クレチン症で知られるように,甲状腺ホルモンは中枢神経系の発達に必要不可欠である。最近まで,甲状腺ホルモンの脳への輸送機構や発達期中枢神経系における作用機構には不明点が多かったが,分子生物学的技術の進歩とともに,徐々に明らかとなりつつある。一方,環境中に存在する化学物質の中には内分泌系をかく乱し,脳発達に影響を及ぼしている物質がある。その中には,ポリ塩化ビフェニル(PCB)に代表されるように,甲状腺ホルモン系を介して脳発達に影響していると考えられているものがある。筆者らのグループを含む最近の研究により,これらの化学物質の作用機構の一端が明らかとなった。

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 グルココルチコイドホルモン(GC)は,生体のストレス反応系の代表である視床下部―下垂体―副腎(HPA)系の主役を演じており,神経細胞の生存,可塑性に重要な役割を果たし,学習・記憶・情動などの脳機能に深く関与している。さらに,脳の形態・機能の発達にも深く関与していることが臨床研究や基礎研究によって確認されている。臨床研究では,胎生期の強いストレスや児童期の虐待等のストレスは,成人後の不安障害や気分障害の発病脆弱性につながることが示唆されている。動物では,胎生期ならびに新生児期でのGCやストレスの負荷により,海馬における神経細胞やGC受容体の減少,不安の増大,HPA系のネガティブフィードバック機能低下が共通して引き起こされる。一方,胎生期でのGCやストレス負荷,ならびに新生児期でのストレス負荷では,HPA系のストレス反応性の増大や視床下部のコルチコステロン遊離促進ホルモン(CRH)の増加が生じるが,逆に新生児期でのGC負荷はHPA系のストレス反応性の低下を引き起こし,視床下部CRHに変化は生じない。この差には,母親の養育行動が影響している可能性が考えられる。実際,不良な養育行動によって,上述した胎生期でのGCやストレス負荷,ならびに新生児期でのストレス負荷による変化と同様の変化が引き起こされる。このような変化は気分障害にみられる現象に類似しており,胎生期ならびに新生児期でのストレス負荷やGC増加が,気分障害の発病脆弱性に深く関与することが示唆される。

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 はじめに

 雌雄が異なった配偶子を生産することで子孫を残す有性生殖では,成功の戦略として内分泌的調節と行動学的調節を一致させなければならない。すなわち,雌では子孫に伝える遺伝情報の他に,発生に必要とされる代謝機構やタンパクを大量に持つ卵子を成熟させるため,大きな投資をしなければならず,必要な時間も長い。一方,雄の産生する精子には遺伝情報と授精に必要な鞭毛を動かすための僅かなエネルギー源しか必要とされない。大きくて運動性を欠く卵子の成熟にあわせて授精が成立するために,配偶子の成熟と雌雄が邂逅する行動学的調節が一致する必要がある。このため,多くの哺乳類では周期的に繰り返される卵子の成熟のたびに,卵子を取り囲む卵胞も成熟してエストロゲンを分泌し,その都度雌の生殖行動を起こす。一方,精子はアンドロゲンの作用のもとで常時持続的に産生され,アンドロゲンに支配される雄の生殖行動も常時みられることになる。雌における周期的な卵子の成熟と発情,雄の連続発情という現象は,性腺の分泌する性ホルモンの相違ではなく,脳内神経回路の性ホルモン感受性の相違によることがわかっている。しかもこの相違は,遺伝的に決まるものではなく,脳の発育途上の特定の時期にアンドロゲンが作用すると,脳の雄型化・脱雌型化が起こることが実験的に確かめられる。この時期は多くの哺乳類で在胎中,あるいは周産期にあり,この時期のアンドロゲンの有無により,脳の性転換を実験的に起こすことができる。この時期を過ぎると,脳の性別は固定し,個体の生殖能力が完成する思春期まで,血中には性ホルモンが認められなくなる1)。個体の生殖能力が完成し,大量の性ホルモン分泌が始まる時期を思春期と呼ぶ。最近第19常染色体上に存在するGPR54受容体遺伝子の異常により,低ゴナドトロピン性性腺機能低下症から,思春期が発動しない症例2, 3)が報じられ,GPR54とそのリガンドとして同定されたkisspeptin(当初ガン転移を抑制するmetastinとして報告された4))の,思春期発動への関与がにわかに注目を集めるに至った。思春期以降の雌にみられる周期的な卵子の成熟と,雄の精巣での連続的な精子の産生も,それぞれの性に特異な脳の調節のもとにあり,視床下部ペプチドの1つである,性腺刺激ホルモン放出ホルモン(Gonadotropin-releasing hormone:GnRH)を最終共通路として,下垂体前葉のゴナドトロピン分泌,ひいては卵巣・精巣の性ホルモン分泌が制御される5)。分泌された性ホルモンは脳に作用して,GnRH分泌にフィードバック調節を及ぼすとともに,それぞれの性に特異な生殖行動を起こす。なお,脳内でもコレステロールから新規合成される,ニューロステロイドと呼ばれる一群の性ホルモンの存在が明らかになっており,一部のトリなどで脳の性分化への関与が示唆されるに至っているが,思春期以降の生殖内分泌・生殖行動への関与についての評価はまだ不十分である6)。また,中脳ドーパミンニューロンの数など,性ホルモンに依存しない性差の存在も知られており,何らかの性決定遺伝子が脳内で作用している可能性7)も提案されている。

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 はじめに

 ヒトの男性,女性への性別分化は,受精の際の性染色体の組み合わせによる遺伝的な性,生殖腺の性と呼ばれる第一次性決定と,生殖器官や脳の性別の分化の第二次性決定の二段階に大別される。第一次性決定機構には,遺伝子・分子機構の関与が大きいとされる。一方,第二次性決定機構としては,ホルモンが関係しており,特に脳の性差の決定にはステロイドホルモンの関与が大きいことが昨今の,主として動物を用いての研究で明らかになってきた39)

 そこで,ここでは,性同一性障害という現象を通してみたヒトの性差,性分化の仕組みについてみる中で,性同一性障害の発現機序について考えてみたい。

機能的脳神経外科の最前線

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 Ⅰ.脳深部刺激療法の概念と歴史

 脳深部刺激療法(deep brain stimulation:DBS)は,脳深部に植え込んだ電極に,体内埋設型のパルスジェネレータから慢性的に電気刺激を送り,疾病の治療を行うものである。高頻度の電気刺激により,破壊と同様な効果が,しかもより少ない副作用で得られることが見出され,この治療法は急速に広まった。刺激のための電極は,定位脳手術を用いて,視床,淡蒼球,視床下核などの脳深部に留置される。特に,不随意運動症の治療としては,大脳基底核―視床―大脳皮質系ループ1)(図1)の一部に電極を留置し刺激を行う。

 定位脳手術とは,頭蓋内の部位を三次元の立体座標値で表し,特殊なフレームを用いて特定の部位・領域に正確に,しかも最小限の手術侵襲で操作を加えるために開発された手術方法である(図2)。最初の定位脳手術装置は,Sir Victor HorsleyとClarkeにより動物実験用のものとして考案された9)。その後,この手術装置はWycisとSpiegelにより臨床応用され,精神疾患,難治性疼痛や不随意運動症の治療法として普及するに至った18)。当初,この手術法を用いて行う治療は,特定の脳組織を電気凝固などの方法で破壊するものが中心であった。標的部位の組織を一定の範囲で壊し,その部位の機能を消失もしくは減弱させることによって脳機能を修正し,疾病の治療を試みるというものである。しかし,破壊術では手術合併症が出現した場合の対処や,両側手術での高率な副作用の出現などの問題があった。このため,破壊術に代わる方法として,脳深部刺激療法が注目されるようになったのである。

 脳深部を電気刺激し中枢神経系の機能を制御しようという試みは,20世紀中頃に自己刺激(self-stimulation)と報酬系(reward system)という概念が確立されたことに始まる16)。小動物の脳内に電極を留置し,レバーを押すことによって電流が流れる装置につないでおくと,ひたすらレバーを押し続ける領域が存在することが発見された。そして,こうした現象は刺激により,快感のような報酬効果が生じるために起こると考えられた。その後,この概念は,体外から有線で刺激パルスを脳深部の電極に送るシステムを用いて,難治性疼痛の治療法として臨床応用された8)。不随意運動に関しては,振戦に対する視床破壊術中に,この部位を高頻度刺激すると振戦が停止することが,たびたび観察され,臨床応用の発端となった。

 本邦では,脳深部刺激の技術を臨床の場に持ち込み,脳機能の再建・制御をしようとする試みが,1970年代後半から坪川,片山らによって始められた。その後,数多くの改良と工夫が加えられ,1992年と2000年には,それぞれ難治性疼痛と不随意運動症の治療が保険適用となった。

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 中枢性疼痛(視床痛)の出現には,視床感覚核病変,および病変周囲構造の機能再編が大きな要因となっていることが示唆されるが,その病態は複雑であり,さらに,症例により病態が異なる。25例の中枢性疼痛患者に対する種々の手術結果より,外科的治療法の選択について検討した。微小電極法を用いた定位的視床手術(腹中間核-小細胞性腹尾側核)では,視床において末梢自然刺激に対する反応を認め,不規則なburst放電の出現が少なかった症例で手術が効果的であり,Gamma knife治療でも同様の傾向が認められた。大脳皮質中心前回電気刺激術では,視床感覚核の機能変化が軽度で,視床-皮質路機能の保持されている症例で効果を認めた。中枢性疼痛(視床痛)の治療には様々な治療法が用いられるが,基本的に,視床感覚核疼痛関連構造における異常活動部位,およびその変化,さらに,その皮質への影響を把握することが大切である。現段階では,脳深部記録,機能画像をはじめとする種々の手法を用い,個々の症例において視床を中心とする詳細な病態解析を行い,病態に応じてその機能異常を是正することにより除痛が得られるものと思われる。

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 はじめに

 歴史的に,てんかん手術は大脳機能の一部を犠牲にして,てんかん発作を抑制することが中心的な考え方であった。また,てんかん焦点が診断されても,焦点が運動野や言語野に存在すると,外科的治療を断念せざるを得ないことも少なくなかった。

 このような従来のてんかん外科の概念を根底から覆したのが,Morrellにより考案された軟膜下皮質多切術1)(multiple subpial transection:MST)であろう。

 MSTは,切除により重篤な後遺症を余儀なくされる部位にてんかん焦点が存在しても,安全な外科的治療を可能にした,画期的方法である。

 筆者らはこのMSTの概念を基礎にして,大脳機能の温存を図る種々の手術方法を工夫し,一定の成果を上げてきたので報告する。

運動ニューロン疾患をめぐる最近の進歩

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 はじめに

 Gonatasらは,Golgi装置(GA)を特異的に認識する抗MG160抗体を用いて,筋萎縮性側索硬化症(ALS)の脊髄前角細胞のGAに微細化(fragmentation)が高頻度に生じていることを報告した9)。その後,ALSモデル動物の運動ニューロンにも同様の変化が生じていることが報告され,運動ニューロン疾患の変性過程におけるGAの関与が示唆されている9, 10)。一方,表に示すように運動ニューロン疾患以外にもアルツハイマー病や多系統萎縮症,パーキンソン病などの神経変性疾患においてもGAの微細化がみられること6,12),さらにGAの微細化とアポトーシスとの関連を示唆する報告もあり7, 8),GAの形態的変化の意義を明らかにすることは,疾患解明において有意義なことと考えられる。

 今回,これまで筆者らが免疫組織学的に検討した運動ニューロン疾患,およびALSモデル動物のGAの形態異常について報告する。

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 運動ニューロンの神経細胞死には,AMPA受容体を介したメカニズムが中心的な役割を果たしており,この神経細胞死にはCa2+透過性AMPA受容体の割合が増加し,AMPA受容体を介するCa2+の流入が増大することが主要な役割を果たしている。AMPA受容体のCa2+透過性亢進には,未編集型GluR2サブユニットを含むAMPA受容体割合の増加の他に,編集型GluR2サブユニットを含まないAMPA受容体割合の増加,のメカニズムがある。孤発性ALS運動ニューロンの神経細胞死には前者の分子変化が起こり,神経細胞死の一次原因となっているが,変異SOD1に関連した家族性ALS(ALS1)では後者のメカニズムが働き,変異SOD1の細胞毒性を増強させていると考えられる。また,運動ニューロン死には,AMPA受容体を介さない神経細胞死もあり,球脊髄性筋萎縮症(SBMA)がその代表である。このように,運動ニューロン疾患により細胞死の分子機構が異なるので,治療法もそれぞれに特異的なものが求められる。孤発性ALSにおけるGluR2のRNA編集異常は,疾患特異性が高いので,GluR2 Q/R部位のRNA編集を快復することが孤発性ALSの特異治療につながると考えられる。GluR2のRNA編集はADAR2が触媒するので,孤発性ALS運動ニューロンではこの酵素活性が何らかの原因で部位特異的に低下したためと考えられ,ADAR2活性を快復することが,GluR2 RNA編集の正常化を通じて特異治療の標的になると期待される。

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 筋萎縮性側索硬化症(ALS)は運動ニューロンが選択的に傷害されて,体全体に筋萎縮と脱力が進行する予後不良な疾患である。病因は不明であるが,多くの病因論の中でも変異Cu/Zn superoxide dismutase(SOD1)説が最も有力である。有効な治療薬はなく,多くの患者は新たな治療薬の開発を待望している。筆者らは変異SOD1を導入した新たなトランスジェニックラットを作製し,そのALSラットに対し日本で発見された新規の神経栄養因子であり,運動ニューロンに栄養作用の強い肝細胞増殖因子(hepatocyte growth factor:HGF)の髄腔内投与実験を行った。その結果,HGFを投与したALSラットでは,非投与ALSラットに較べて寿命を約1.6倍も延長することができ,腰髄の運動ニューロン数の減少を抑えることを認めた。このHGFの髄腔内投与は新たなALSの治療として最も期待されるものであり,現在,ALS患者への臨床応用を目指して霊長類に対して安全試験を行っている。また,神経幹細胞移植療法や遺伝子治療など,将来的なALS治療研究の現状を紹介した。

疼痛治療の最近の展望

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 はじめに

 最近,ミクログリアの病態時での活性化が様々な神経疾患と深く関与していることが報告されてきた(Miller,2005)。またミクログリアの活性化や活性化型ミクログリアの生理活性に,ATP受容体が様々に関与していることも知られてきた(Inoue et al.,1998;Hide et al.,2000;Honda et al.,2001;Shigemoto-Mogami et al.,2001;Suzuki et al.,2004)。本編では,神経疾患として,モルヒネも効きがたい最悪の疼痛である神経因性疼痛を取り上げ,それとミクログリアの関係,ならびにATP受容体の関与についてまとめる。なお,ATP受容体は,細胞外液のヌクレオチド(ATP,ADP,UTP,UDPなど)をアゴニストとする細胞膜上受容体群の総称であり,大きく2つのファミリー(P2XおよびP2Y)に分類される。P2Xファミリーはイオンチャネル型ATP受容体であり,速いシナプス伝達を担い,トポロジーとしては膜2回貫通型であり,3分子が会合して非選択性陽イオンチャネルを形成すると考えられている。これまでにP2X1からP2X7までの7種類が認知されている。P2YファミリーはGタンパク共役型受容体スーパーファミリーに属し,これまでにP2Y1,P2Y2,P2Y4,P2Y6,P2Y11,P2Y12,P2Y13,P2Y14が認知されている。前5者はGq/11と共役している。P2Y11はGsとも共役している。後3者はGiと共役している。ミクログリアにタンパク発現しているP2XファミリーはP2X4およびP2X7であり,P2YファミリーではP2Y2,P2Y6およびP2Y12である。

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 神経傷害などにより誘導される慢性疼痛は,抗炎症薬や強力鎮痛薬であるモルヒネによって除痛されにくいことから,難治性神経因性疼痛と呼ばれている。こうした慢性疼痛の多くは,その痛み伝達の仕組みが急性の痛みとは大きく異なることがその原因であるとされる。慢性化に至る仕組みはその時間経過ごとに変化,進化していくことが予想されるが,初期段階は末梢神経傷害に伴う一次知覚神経と脊髄での可塑的機能変調にあると考えられる27)。筆者らは近年,神経傷害後,長期に認められる痛覚過敏・アロディニア現象を誘導する初発原因分子として,脂質メディエーターであるリゾホスファチジン酸(LPA)を同定した。このLPAは後根神経節や脊髄後角における疼痛伝達分子の発現増加や,一次知覚神経の脱髄現象とそれに伴う異常神経発芽(スプラウティング)などを誘発する。こうした分子基盤が神経因性疼痛にみられる痛覚過敏やアロディニア現象の,重要な分子基盤となることが明らかになった。

骨がん性疼痛の発生機序 川股 知之
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 がんは日本人の死亡原因の第1位を占め,現在では約3人に1人ががんで亡くなっている。そのため,がんの治療のみならずがん患者のQOL向上が強く求められている。がん患者のQOLに大きな影響を与える要因の1つが痛みである。現在,標準的がん疼痛治療法として,モルヒネなどのオピオイドを中心とした薬物療法であるWHO方式がん疼痛治療法が広く普及している。WHO方式がん疼痛治療法により70~90%の患者で痛みが緩和するが,骨転移性疼痛はオピオイド抵抗性でありWHO方式がん疼痛治療法によっても,しばしば十分な鎮痛が得られない。そこで筆者らは,骨がん性疼痛の機序を解明し,新たな治療法を提示するためにマウス骨がん疼痛モデルの解析を行っている。その結果,骨がん疼痛モデルでは末梢神経レベルでμオピオイド受容体の発現がmRNAレベルで低下するとともに,抗オピオイドペプチドCCKの受容体であるCCKB受容体発現が増加しており,骨がん性疼痛のオピオイド抵抗性の原因であると推測される。一方,末梢神経レベルではカプサイシン受容体であるTRPV1発現が,mRNAレベルで増加するとともにその分布や発現細胞の表現型が変化することに加え,TRPV1拮抗薬投与により,骨がん性疼痛関連行動が抑制される。したがって,TRPV1は骨がん性疼痛発生の重要な分子であると考えられる。また,骨がん性疼痛発生に寄与する生理活性物質としてエンドセリン-1が知られているが,エンドセリン-1はその受容体であるETA受容体を活性化し,PKC依存性にTRPV1をリン酸化し,熱・酸・カプサイシンに対するTRPV1の反応性を増強する。また,TRPV1ノックアウトマウスでは,エンドセリン-1皮下投与によって惹起される熱性痛覚過敏および自発痛関連行動が著明に抑制される。したがってエンドセリン-1による疼痛発生には,TRPV1との機能的連関が必要である。以上により,TRPV1は骨がん性疼痛治療のターゲットとなりうると考えられる。

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 Ⅰ.局所麻酔薬の神経毒性と神経ブロックへの応用

 1.局所麻酔薬の臨床使用状況と毒性

 局所麻酔薬は,疼痛部位あるいは手術部位での痛みの知覚を消失させるために広く臨床使用されている3)。もともと,高地での頭痛を抑えるために高所居住者が使用していたコカの葉から抽出・精製されたコカインが起源であり,数々の誘導体が合成されて臨床応用に至っている。現在最も多く使用されているのは,リドカイン,メピバカイン,ブピバカイン,ロピバカインなどであり,作用時間や局所浸潤性の違いから使い分けられてはいるが,基本的には同様の性質を持っている。神経細胞の膜表面にある陽イオンチャネルを塞ぐことにより,神経細胞の興奮性を停止させるが,その作用は可逆的であり,短いもので30分,長いものでも4から6時間程度の作用時間である。リドカインは心臓の異所性興奮性も抑制する作用があるため,心室性不整脈の治療薬としても古くから使用されている。逆にブピバカインは心臓の正常の伝導系を強く抑制するため,一定の血中濃度を越えると蘇生の困難な心毒性を現す。神経に対してはもっぱら治療目的の薬と考えられてきたが,高濃度(5%)のリドカインがくも膜下腔に持続投与されるようになると,局所麻酔薬が原因と考えられる永続的な神経障害が報告されるようになった13)

脳の画像診断の最前線

SPECTによる脳機能解析 松田 博史
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 SPECTによる脳機能解析は,画像統計解析法の導入とMRIとの簡便な融合技術の発展により,最近著しく進歩した。画像統計解析法を用いた診断は,従来の視覚評価や関心領域設定法を客観性および精度において凌駕し,アルツハイマー病などの認知症の診断には必須の解析法となっている。また,MRIとSPECTの融合は,単にSPECTの異常部位の解剖学的位置の把握に用いられるばかりではなく,てんかん発作期と発作間欠期の脳血流SPECT像から,てんかん焦点部位をMRI上で診断するsubtraction ictal SPECT co-registered to MRI(SISCOM)や,MRIを用いたSPECTの部分容積効果補正などにも用いられている。

下垂体の機能画像 佐藤 典子
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 はじめに

 下垂体は頭蓋底部正中に位置する小さな臓器で,視床下部とともに内分泌機能の中枢を担っている。そのためMRで捉えられる下垂体の微妙な信号や形態,血流の変化は,そのまま内分泌の状態を反映し,機能画像の役割を担っている。

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 Ⅰ.白質と拡散異方性

 MRIの主な信号源である水分子は,体内の温度に従ってランダムに動いて拡散している。脳には白質線維の存在による水分子の動きやすさ(拡散のしやすさ)の方向による違いがある1-3)。自由水では水分子の拡散はどの方向でも同様である(等方性拡散isotropic diffusion)が,白質のような構造の存在により,方向による拡散の違いが生じる。それを異方性拡散(anisotropic diffusion)と呼ぶ。つまり,一定の方向のみに拡散がしやすい構造,たとえば白質線維のような細かな円筒状構造が多数集まっており,円筒の側壁では動きがさえぎられるが円筒の長軸方向には動きやすい構造,が存在する場合には,異方性拡散となる。線維と直角の方向に広がらない理由としては,axonal membraneなどが水分子のランダムな運動に制限を加えることによるといわれるが,異方性の原因は完全には解明されていない2)

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 はじめに

 3 Tesla(3T)超高磁場MRIは,神経科学領域において最も注目を集めている生体イメージング装置である。一昨年の薬事認可を受け,国内でも急速に普及しつつある。本稿では3T MRIの新しい分子イメージング手法について紹介し,神経科学領域に与えるインパクトについて言及する。

閉会の辞 後藤 文夫
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 第41回脳のシンポジウムは,群馬大学医学部同窓会館(刀城会館)において開催された。世話人代表の岡本幸市教授による周到な準備によって,第一日目の開催時には,130人の参加者を迎えてシンポジウムが始まった。

 各シンポウムの主題は,1)「ホルモン系による脳の発達調節」,2)「機能的脳外科」,3)「運動ニューロン疾患」,4)「疼痛治療」,5)「脳の画像診断」と,neuroscienceのトピックスであると同時に,臨床に直結する研究成果が報告された。

基本情報

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神経研究の進歩
50巻6号 (2006年12月)
電子版ISSN:1882-1243 印刷版ISSN:0001-8724 医学書院

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