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はじめに─臨床心理学的教育支援の可能性
看護教育において,臨床心理学を学生の教育に積極的に役立てたいという要望は高い。この要望の背景には,現代の看護学生が知識の習得には熱心で,真面目であるにも関わらず,いざ実習に行ってみると患者との関わりに問題を抱えやすい,という傾向があることによる。そのため看護教育に携わる教師たちは,この問題を解決するためには臨床心理学を学ぶことが役にたつのではないか,と期待するようである。
私はこれまで臨床心理学を専門とするものとして,看護教育現場から上記のような依頼を受け,看護教育に携わってきた。しかし,この要望に応えることは非常に難しい。なぜなら看護学と臨床心理学という学問には大きな違いがあるからである。たしかに両者はともに患者ないしクライエントとの対人関係を重視しているという点では共通している。しかし,看護学が狭い意味での医療を越えて,より広範にわたる対人援助の学として発展してきたのに対し,臨床心理学のほうは,基本的な関わりではどうにも解決の困難な心理的問題に対処するために,より特殊な対人援助技術へとその理論を精緻化させてきたという特徴をもつ。つまり両者は同じく対人関係を重視した学問でありながら,その理論を発展させてきた方向性が正反対なのである。そのため,「臨床心理学を学べば,学生が看護師として患者さんによりよい関わりができるようになるのではないか」という考えは,臨床心理学の持つ学問的特徴を考えると,当てはまらないことになる。
だが,看護教育の現場が抱えている問題を無視するわけにはいかない。そこで臨床心理学の立場から,学生が看護師としてよりよい関わりができるような教育的支援として何ができるだろうかと考え,次のような仮説を導きだした。一つは,臨床心理学を学問として教えることは有益ではないとしても,看護学も臨床心理学も共に実践を中心としていることを考えれば,「実践者を育てる」という共通の視点を活かした教育的工夫ができるのではないか,という点。もう一つは,実習への準備としてふさわしい授業を行うことができれば,実習の際に見られる学生の問題の解決に貢献できるのではないか,という点である。
そこで,学生が実践的な体験から学びとることを重視し,実習につなげていくことを念頭においた授業を試みた結果,興味深い成果が得られたため,報告したい。
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