臨床雑誌内科 87巻3号 (2001年3月)

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症例は42歳の男性で,咽喉頭痛で目覚め,午前3時30分某院を受診し,当直医が診察した.嚥下痛は強いが口頭発赤は軽度で,肺雑音なし,体温37.3度,呼吸困難は軽度であった.喉頭は診察していない.抗生物質と鎮痛薬を処方した.午前4時45分,家人より痛みが強く内服できないとの訴えがあったが,当直看護婦が「薬を飲まないと治らない」と対応した.午前5時15分ほぼ窒息状態となって救急車で再来院した.蘇生術を行うも心停止となり午前6時15分死亡した

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症例は64歳の男性で,嚥下困難で来院した.入院時SCC抗原が27ng/mlと著明な高値を示したがCYFRA抗原は正常であった.気管分岐部以下の中部食道に全周性の壁肥厚を認め,食道粘膜は浮腫状で,浅い潰瘍が多発していたが,明らかな悪性所見は認められなかった.潰瘍の辺縁には変性した扁平上皮細胞とそれらが融合した多核巨細胞を認め,単純ヘルペスウイルスI型に陽性であることから,ヘルペス食道炎と診断した.入院後,自覚症状は次第に軽減したため,aciclovir(ACV)は投与せずに経過を観察した.内視鏡検査の再検では,食道は軽度のびらんを残すのみで,粘膜の浮腫と内腔の狭窄は消失していた.SCC抗原も7.2ng/mlまで低下しており,退院となった.良性疾患でSCC抗原が20ng/ml以上に上昇することはまれであり,本症は食道粘膜に持続する強い炎症を反映したものと推定された

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症例は76歳の男性で,低タンパク血症,肝障害を認め,倦怠感,下肢浮腫の増悪のため,入院となった.腹部エコーでは肝内に低エコーに描出される多数の腫瘤を認めた.腫瘤は周辺がリング状に増強され,内部は低吸収に描出された.転移性肝腫瘍を疑い,胃内視鏡を施行したところ,食道胃接合部に接する不整形の潰瘍を伴う隆起性病変を認め,肛門側には浅い潰瘍を認めた.生検組織ではクロマチンに富む円形の細胞がび漫性,充実性に増殖し,NSE,クロモグラニンAが陽性であった.以上より多発性肝転移を伴う胃小細胞癌と診断した.又,内分泌学的検査を行ったところ,コルチゾール,副腎皮質刺激ホルモン(ATCH)の基礎値は上昇,dexamethasone 1mgの抑制試験で抑制が見られず,Cushing症候群と診断した.経口K製剤,K保持性利尿薬を投与し,cisplatinによる化学療法を検討したが,食欲低下,歩行困難が出現し,全身状態が急速に悪化したため化学療法は施行できず,入院から20日目に死亡した

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症例は65歳の男性で,右S4の中分化型腺癌と診断され,右中葉切除術が施行された.退院後はetoposide経口内服が施行された.その後多発骨転移が出現し,腰椎L1~3に対し放射線照射が施行されたが,CT検査で両肺に散布する多発小結節と右S2に接する胸膜の肥厚が認められた.生化学検査で,LDHとALPが高値で,LDHアイソザイムは2型と3型が,ALPアイソザイムは骨型が優位であった.又,アミラーゼアイソザイムは唾液腺型が優位であった.両肺に少量の胸水貯瘤を認め,試験穿刺で細胞診はclass Vであった.胸水はLDHとアミラーゼが共に高値を示した.肝転移を疑って狙撃生検をしたところ,病理診断は中分化型腺癌であった.更に,抗唾液腺型アミラーゼ抗体を用いた免疫染色では,一部の腫瘍細胞が陽性に染色された.抗癌薬を進めたが同意は得られず,疼痛コントロールを中心とした緩和医療を行った.肺炎の合併に対して抗生物質の投与を行ったが効果なく,入院第31病日に永眠された

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症例は59歳の男性で,1963年僧帽弁交連切開術,1984年僧帽弁置換術,三尖弁置換術を1988年再び僧帽弁置換術,三尖弁置換術が施行された.1993年初回のE.faecalisを起因菌とした感染性心内膜炎(IE)発症,piperacillin8~12gで治療されたが,ペニシリンアレルギーが疑われ,以後はfosfomycinを投与し治癒した.その後発症,治癒を2度繰り返したが,三尖弁の人工生体弁の機能不全のため,三尖弁置換術を施行した.又,ペースメーカー植え込み術を施行した.その後入院となり細菌学的検査で,E.faecalis陽性であったためこれを起因とするIEと診断した.warfarin,利尿薬内服に加え,fosfomycin点滴で抗生物質治療を開始した.fosfomysin耐性菌であり,imipenem・cilastatin点滴に変更し,約1ヵ月でCRPは陰性化し心不全症状もほぼ消失した.大腸内視鏡検査で出血を伴うポリープを認め,感染源の可能性が考えられた

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症例は26歳の男性で,1998年インドネシアに滞在中,マラリアを発症し,現地の病院にて治療を受けた.1999年帰国の24日後,悪寒を伴う高熱が出現し,末梢血塗抹標本にマラリア原虫を認めた.第2病日に40度の発熱が出現し,chloroquine 600mgを,その8時間後,24時間後,48時間後に300mgを内服投与した.第2病日午後8時の血液検査で血小板数が2.3×10^4/μlに減少し,第3病日の検査成績で血中FDPが40~80μg/dlと上昇したため,厚生省DIC診断基準で7点となり,DICと診断し,gabexateの投与を開始した.第3,4病日共に発熱を認めたが,第5病日以降は解熱し,末梢血赤血球中の原虫は減少していき,chloroquine内服開始から5日目に消失した.血小板数は第9病日に基準範囲内となった.経過中軽度の倦怠感と嘔吐を認めたが,意識レベルの変化,呼吸困難などは出現しなかった.再発防止を図る目的でprimaquine 15mg/日を2週間投与した.副作用はなく,経過良好であった

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症例は31歳の女性で,タイに滞在中,上顎洞開放術を施行した.Wegener肉芽腫が疑われ,prednisolone(PSL)50mgからの漸減療法が施行された.経過中,連日40度の発熱を認め,帰国し入院となった.鼻腔内生検の組織所見では肉芽腫様病変が散在に認められた.各種画像診断で,上顎洞,篩骨洞,蝶型骨洞骨壁に沿って軟部組織陰影を認め,眼窩尖に骨破壊像が認められた.ステロイドパルス療法の2回目を施行中,左眼窩の腫脹が増悪し,左眼失明,眼窩先端症候群と診断された.抗好中球抗体(C-ANCA)は陰性であった.この時点で経静脈CyAパルス療法を開始した.第37病日,胸部X線像で孤立性腫瘤性病変が出現した.肺結核も疑われたため,抗結核薬3剤を併用し,同時にPSLを漸減した.第53日左眼眼筋炎を発症,抗生物質の投与で沈静化した.第118病日肺の病変は縮小,消退し,Wegener肉芽腫を疑いINH単剤投与に切り替えた.CyAパルス療法6クール終了時には病変はほぼ消失した

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症例は84歳の女性で,右後頸部の無痛性リンパ腫大と左顎下部の無痛性皮下腫瘤を指摘され,左顎下腺悪性腫瘍とそのリンパ節転移を疑われ,入院となった.体幹・四肢にそう痒が強く,掻破痕を多数認めた.生化学検査でIgEが480U/mlと上昇していた.骨髄検査では,好酸球が全有核細胞の36%を占め,著明な好酸球増多を認めたが,異型細胞は認めなかった.頸部CT検査では,左顎下腺腫大と同部及び右側頸部のリンパ節腫大を認めた.右後頸部の表在リンパ節の生検では,リンパ節周囲の脂肪組織に著しい好酸球浸潤と内皮細胞の腫大した小~中等大の血管増生を認めた.臨床所見と合わせ木村病と診断した.そう痒に対し,crotamitonの外用と,ketotifen fumarate及びmequitazineの内服投与で腫瘤とリンパ節腫大は縮小傾向をみせ,皮膚そう痒も消失した.発症後2ヵ月で症状は完全に消失した.文献上の最高齢症例と考えられ報告した

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症例は55歳の男性で,飲酒3~5合/日(35年間)で食欲不振,全身倦怠感が出現し,10kgの体重減少,四肢の筋力低下を認めた.血液生化学検査で低タンパク血症と肝機能障害,黄疸,NH3の上昇を認めた.筋逸脱酵素であるCPK,ミオグロビン,アルドラーゼの上昇を認めた.Kは著明に低下し,Mgも軽度低下していた.血液ガス分析では代謝性アルカローシス及び低K血症に伴う呼吸筋の麻痺によると考えられる低酸素血症を認めた.心電図ではT波平坦化,U波を認め,画像診断では肝硬変の所見及び脾腫を認めた.低Mg血症及び低K性ミオパチーを呈したものと考えられ,補液及びKの補給を行い,検査所見の改善をみた.第3病日に,アルコール離断症状が出現したが,ベンゾジアゼピン系薬,ビタミンB1を含む補液にて軽快した.現在外来通院中であるが経過は良好である.アルコール依存症或いはアルコール多飲者においては血清電解質の検査を定期的に行い,注意深い観察が必要であると思われた

基本情報

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臨床雑誌内科
87巻3号 (2001年3月)
電子版ISSN:2432-9452 印刷版ISSN:0022-1961 南江堂

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