BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 68巻7号 (2016年7月)

増大特集 認知症の危険因子と防御因子

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特集の意図

高齢化の進むわが国で認知症は増加の一途をたどっており,その負担は患者と家族のみならず,社会的にも無視できないものとなっている。また,アルツハイマー病など代表的な認知症疾患には根本治療法がなく,発症すると不可逆的な経過をたどることが多い。このような状況で重要となるのは,発症をいかに遅らせるかという予防的観点である。認知症の危険因子と防御因子16項目の最新のレヴューから,次の一手を考える機会とした。

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はじめに

三村 本日は「非薬物的な認知症治療の展望」というテーマでお話しいただきたいと思っています。

 本特集の中では,それぞれの認知症に対する危険因子,あるいは予防的に働く因子について,かなり詳細な各論をいただいておりますので,この鼎談ではざっくばらんに全般的なお話,あるいは現状を踏まえて今後の展望をお話しいただければと思っております。

 この鼎談では秋下先生からは老年病学の立場からお話をいただき,秋山先生には神経内科あるいは神経病理といった立場からお話をいただくということで,私自身は精神神経科の立場でお話をさせていただきます。

 認知症は当然ながら診療科を越えて,いま,世界的にも最も重大な問題といえると思います。また医療にとどまらず,社会全体に対してさまざまな問題点を投げかけている症候群です。

 社会の高齢化に伴って認知症のリスクは当然ながら上がってきます。高齢化が進んでいる日本で健常高齢者がいかにして認知症の発症を防ぐことができるか,あるいは先延ばしにしていくことができるかといったことについて現段階でわかっている知見をお話しいただきたいと思っています。

 また,今回,危険因子として挙がったものを,いかに防ぐかという視点を持つことで,場合によっては治療できるもの,あるいは生活習慣の中で気をつけることができるものもあり,それが防御因子になろうかと思います。一方で,危険因子の中にはもう防ぎようがないような,生来持っている素因もあります。その場合,その危険因子にどのように対峙していったらよいのかというところも議論していければと思います。

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アポリポ蛋白E遺伝子(APOE)はアルツハイマー病(AD)の強力な感受性遺伝子である。APOEε4はAD発症リスクとなる一方,ε2は防御的に作用する。遺伝的リスクとしてのAPOEの役割に加え,APOE多型は健常者の認知機能,画像・バイオマーカー所見に関与する。APOEε4保因者では脳内アミロイド蓄積が早発化することから,ε4はADの病態早期に作用する可能性がある。APOEε4陽性の健常高齢者をAD発症の高リスク者として抽出し,予防介入を試みる探索的治験が海外で行われている。

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認知症の危険因子として加齢,女性,生活習慣病などが挙げられる。また孤発性アルツハイマー病ではアポリポ蛋白Eε4アリルが遺伝的危険因子といわれているが,年齢や性による違いも報告されている。加齢に伴いアンドロゲン,女性ホルモン,男性ホルモンは低下し,認知機能低下や認知症発症とも関連することがわかってきた。予防としてのホルモン補充療法は大変興味深く,今後検討してゆくべき命題だと思われる。

糖尿病と認知症の疫学 小原 知之
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日本人における糖尿病と認知症発症の関係を明らかにするために,1988年の久山町健診を受診した認知症のない高齢住民全員に75g経口糖負荷試験を実施して耐糖能レベルを正確に評価し,15年間前向きに追跡した。多変量解析でその他の危険因子を調整した結果,糖尿病は認知症,特にアルツハイマー病発症の有意な危険因子であった。認知症の社会的負担を軽減するうえで,増え続ける糖尿病の予防と適切な管理が重要と考えられる。

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過去数十年にわたり世界的に寿命が延長してきており,わが国を含めた一部の先進国では超高齢社会を迎えている。こうした高齢化に伴い,認知症をはじめとした加齢性疾患発症も増加している。近年のさまざまな臨床研究により,認知症は心血管疾患,とりわけ高血圧や心房細動と関連があることが示されてきている。本項ではこうした高血圧や心房細動と認知症発症に関するエビデンスを紹介していく。

脂質異常症と認知症 玉岡 晃
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中年期のコレステロールの高値が老年期のアルツハイマー病(AD)の危険因子となることを示唆する多くの疫学的知見が報告されているが,スタチンのAD発症抑制効果については議論のあるところである。スタチンはin vitroでは脳内アミロイドβ蛋白を減少させる効果が報告されており,ADに対するスタチンの効果については,早期からのスタチンの投与による臨床経過,各種心理テスト,ADサロゲートマーカーへの影響を含めた包括的な検討が必要である。

脳卒中後認知症 猪原 匡史
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虚血性脳卒中患者の約25〜30%が認知障害を引き起こす。脳卒中後の認知障害の危険因子は多彩であり,高齢,家族歴,遺伝形質,低教育,血管系の併存症,過去の一過性脳虚血発作または再発性脳卒中,抑うつ,そして潜行する神経変性疾患を含む。脳卒中後認知症の画像的特徴としては,無症候性脳梗塞,白質変化,ラクナ梗塞と内側側頭葉の脳萎縮が挙げられる。血管性危険因子の管理は脳卒中後認知症の低減に極めて重要性が高い。

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うつ病や双極性障害が認知症の危険因子であることは多くの疫学的調査によって示されているが,その生物学的背景には脳血管障害やグルココルチコイドなどが関係しあった機序があると推察される。うつ病や双極性障害の発症や再発を予防することで一部の認知症の発症を抑制・遅延できると考えられるが,食生活や運動などの見直しのほか,最近は抗うつ薬やリチウムの認知症予防効果の可能性が示唆され,今後の介入研究が期待される。

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アパシーは1990年Marinの報告から注目された比較的新しい概念であるが,認知症疾患をはじめ中枢神経疾患で普遍的に認められ,患者自身の生活の質の低下や介護者負担をきたし,リハビリテーションの阻害因子となる。さらに軽度認知障害から認知症への進展・増悪因子としても重要である。アルツハイマー病,脳卒中,パーキンソン病およびレヴィ小体型認知症を中心に,認知症の前駆症状としてのアパシーの重要性とその対策について解説する。

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アルツハイマー病をはじめとする認知症では,睡眠および覚醒系神経核や視交叉上核の器質障害により,極めて高い頻度で不眠,過眠,リズム障害,睡眠時呼吸障害,睡眠不足などの睡眠障害や概日リズム異常が併存する。これら睡眠障害は認知症患者の生活の質を低下させ,介護負担を増大させる。最近の研究により,睡眠障害は認知症の早期マーカーであり,かつ発症の危険因子となっていることも明らかになってきた。

性格と認知症 増井 幸恵
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性格と認知症の関係に関する先行研究では,両者の関係を3つの視点から検討している:①性格が認知症発症のリスク要因であるという視点,②認知症発症に先だって性格の変化があるという視点,③特定の性格傾向が認知症発症後のBPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia)の内容を規定するという視点,である。本論文では,性格および性格特性についての解説を行った後,この3つの視点からの研究をそれぞれ概観する。

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運動や身体活動と認知機能や脳の健康との関連は,縦断研究やランダム化比較試験によって明らかにされてきた。ただし,軽度認知障害を有する高齢者に対する運動効果は十分明らかとなっていない。今後は,大規模ランダム化比較試験によって軽度認知障害を有する高齢者に対する運動や身体活動の効果を明らかにするとともに,複合的な介入の効果を確認する必要がある。また,適切な運動期間,頻度,強度を検討する必要がある。

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アルツハイマー病(AD)発症予防のためには,地中海型食事パターンや従来の和食を基本に野菜,魚を中心とした食事パターンが重要である。一方,ビタミンE,葉酸など単品での介入は,それらが欠乏していれば認知機能低下の予防につながる可能性が出てきた。また,ドコサヘキサエン酸はAD発症の1次あるいは2次予防として期待される。さらに,AD脳内ではインスリンシグナル伝達障害が明らかとなり,ブドウ糖以外の脳のエネルギーとして,中鎖脂肪酸の効果も期待される。

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飲酒と認知症のリスクについて,疫学調査では少量の飲酒が認知症のリスクを下げる可能性を示唆するが,結果は一致しておらず,さらに飲酒量の定義が調査によって異なる,非飲酒者の中に習慣飲酒の既往のある者が含まれるなどの問題点も指摘されている。その他,アルコール関連認知症について特にウェルニッケ・コルサコフ症候群との関連について解説し,さらに認知症における飲酒に関する調査結果を紹介した。

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本総説では,知的活動が認知症の発症にどう関与しているかについて先行研究の知見に基づき論述した。今回取り上げた主な知的活動は,児童〜青年期教育や学習,成人期以降の知的な活動,および壮年期以降の認知的介入である。知的活動の定義や認知症との関連についてはさまざまな意見がある。現時点では,認知症と知的活動との関連については十分に解明されていない点もあり,両者の関連については慎重に議論する必要がありそうである。

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昨今の画像診断技術・バイオマーカーの開発により,アルツハイマー病のpreclinical stageからの経過が明らかになってきた。発症20年以上前から脳内にアミロイドβが沈着し,その広がりとともに,神経原線維変化が大脳新皮質へと出現して認知機能低下を引き起こす。この過程を抑制することが,アルツハイマー病の病態制御につながるが,現時点では,疫学的研究から明らかにされた環境要因への介入が最も現実的な手段であり,効果も大きいと考えられる。

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頭部への打撃から数年〜数十年の年月を経て,認知機能低下や精神症状,運動症状などの症候が遅れて出現することがある。こうした遅発性の症候に,外傷を契機とする神経変性が関与していると考えられている。本総説では,頭部外傷によって引き起こされる遅発性後遺症について概説する。特に近年問題となっている慢性外傷性脳症,および頭部外傷に続発するアルツハイマー病について重点的に述べる。また早期診断法としてのタウ・アミロイドPETや予防的介入の可能性についても述べる。

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 本誌4月号特集で松永ら1)が呈示した低血糖脳症症例の頭部MRI(文献1のFig. 2)では皮質をかたどるリボン状の高信号が目立ちます。当該症例の低血糖原因・撮像時期・転帰は詳らかではありませんが,診断につながる貴重な画像所見です。

 低血糖脳症では高次脳機能障害2,3),認知症,さらには遷延性昏睡となります。脳画像所見でリボン状高信号を経て3カ月後に高度の脳室拡大・脳萎縮に至った遷延性昏睡症例が報告されています4)。脳質拡大の機序としては髄鞘の崩壊による二次的軸索損傷が主体のびまん性脳損傷と考えられます。同じように髄鞘崩壊をきたす一酸化炭素中毒や蘇生後脳症では,急性期に見られる大脳基底核や海馬などの局在所見よりもびまん性脳損傷による脳質拡大・脳萎縮が認知機能予後と関連しています3)

総説

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大脳基底核は運動の実行や調節に関わっていることが知られているが,黒質-線条体のドパミン系を中心に報酬系や強化学習などの新たな機能的側面も注目されている。しかしこの領域には,直接路・間接路投射系,およびストリオソーム・マトリックス構造という2つの概念が共存しており,ネットワークの明確な理解を現在もなお困難にしている。ここでは,新しい知見も踏まえ大脳基底核の構造を解説する。

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Limb-shakingを伴う一過性脳虚血発作(以下,limb-shaking TIA)は内頸動脈閉塞あるいは狭窄に伴う稀な臨床症候として報告されている。われわれは71歳,女性で,中大脳動脈狭窄によるlimb-shaking TIAをきたし,中大脳動脈狭窄に対する経皮的血管形成術(PTA)にて症状が消失した1例を経験した。以後,TIAの再発,中大脳動脈狭窄の再狭窄は認めていない。Limb-shaking TIAは中大脳動脈狭窄の一症状となりうると考えられ,PTAは有効な治療法と考えられた。

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バックナンバーのご案内

次号予告

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 今どきの〈愛想の良い本〉ではない。

 〈臨床研究をなぜやるか,どうやるか,ロジックは,統計処理は〉などを1cmの厚さにまとめてある。

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 掛け値なしに面白く,しかもためになる本というものはそう多くないが,本書はその稀な1冊であること請け合いである。自分の志した精神医学は,こんなふうに豊かで魅力的であったのだと思い出させてくれる。

 多言を弄することによってかえって薄っぺらく見せてしまうのは本意ではないが,あえて言語化するなら以下のようなことである。

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 ブリソー(Édouard Brissaud;1852-1909)1)が攣縮性斜頸の原因を器質性ではなく,精神性と考えた理由の1つは,誰にとってもとても不思議な現象である矯正手技(試験)が明白な効果を示したことにあります。1902年,ブリソーの弟子である,メージュ(Henry Meige;1866-1940)とファインデル(Eugene Feindel;生没年不詳)は不随意運動に関する,世界で最初のモノグラフを出版しました2)。この本は瞬く間にドイツ語,英語に翻訳出版され,矯正手技についても広く知られるようになりました。本の中には,斜頸に対する矯正手技の章があり,「患者は左耳に左手を当てようとすると,耳に到達する前に頭は右を向く。これは精神的な病態であることを示唆している決定的な証拠である」という記載まであります。この本の英語翻訳者はかのキニア・ウィルソン(Samuel Alexander Kinnier Wilson;1878-1937)でした。

 今月の表紙の写真は,Destarac3)の論文にあるものです。29歳の男性で,家族歴に異常はありません。9歳より書痙に罹患し,18歳で攣縮性斜頸を発症しました。20歳を過ぎると,下位筋の攣縮(spasm)が出現し,進行性に歩行障害がみられました。29歳の初診時,Destaracは彼の歩行をチェコの操り人形の様である,と述べました(Fig. 1左)。歩行時にみられる,下肢の異常運動と体幹の前弯がその理由です。左手を左頬に当てると,途端に姿勢が正されます(Fig. 1右)。この論文で,Destaracはもう1例を記載していますが,それは1901年に報告した17歳の女性4)の再掲です。斜頸・斜め骨盤(tortipelvis)(Fig. 2左),書痙,足攣縮(foot cramp)がみられ,左手を顎に,右手を骨盤稜に当てると姿勢が改善し(Fig. 2右),運動により増悪します。矯正手技の効果を示す2症例が同時に現れたということだと思います。Destaracの示したこれらの症例は,時にジストニー/ジストニア研究のマイルストーンと呼ばれることがあります5)。ブリソー,メージュらの精神性機序説に反対する人々によって,その典型例として位置づけられたのです。

「読者からの手紙」募集

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 今月の特集の中では「運動・身体活動による認知症予防」が一番気になる。自分自身が,年代的に考えてもよく運動しているほうなので,どうしても気になるのと,次のような顛末による。

 先日,医者の友人との酒飲みばなしの中で,どうやってあの世に行くのがいいかという話になった。一致するところは,まあ誰しもが思うことで「認知症」だけは避けたい。たとえ本人はわかっていないから楽だと言われても,発症してからあの世に行くまでの間,周りに,特に子どもにかける迷惑の度合いを考えると絶対に避けたいところである。その点において,上記の総説は心強い限りである。もっとも有酸素運動を越えて過度になるとどうなるかは気になるところであるし,怪我して寝込んでという可能性もあるし,何より,完全な予防策ではないし,世の中には必ず例外があるし。

基本情報

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BRAIN and NERVE-神経研究の進歩
68巻7号 (2016年7月)
電子版ISSN:1344-8129 印刷版ISSN:1881-6096 医学書院

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