BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 67巻1号 (2015年1月)

特集 ニューロトキシコロジー

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特集の意図

ニューロトキシコロジーは本邦神経学の原点である。その事実を改めて振り返るために本特集を企画した。過去,社会的に大きな影響を生じた疾患に加え,いま注目が集まる農薬,放射線による神経障害についてもピックアップし,過去から現在まで総覧することを試みる。

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2003年に茨城県神栖市で飲用井戸水の汚染が原因で発生したジフェニルアルシン酸(DPAA)中毒の10年間の経過を報告した。症状は小脳-脳幹症状と側頭葉-後頭葉症状であり,同脳部位に一致した脳血流や糖代謝の低下が数年にわたり認められた。DPAAは低毒性ではあるが,中枢神経から排泄されにくく,長期間中枢神経に影響を与えた。発癌促進因子や老化促進因子の可能性も示されており,今後の長期経過観察は重要である。

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50年前に発生したわが国最大規模の炭坑爆発事故による重篤な一酸化炭素中毒患者24名の臨床像を記載した。被災時,全例に意識障害があり,その持続時間は遷延期の症状度とよく相関した。意識障害回復後に全例が著しい健忘症候群と自発性低下を示した。神経学的には錐体外路徴候が目立ち,さまざまな失認・失行を認めた。この失認・失行は改善傾向に乏しく,知的障害とともに遷延期における後遺症として,日常生活障害の原因となった。

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水俣病は1956年,熊本県水俣市で発生が確認された。1965年,類似例が新潟県阿賀野川流域において確認され,新潟水俣病と呼ばれるようになった。いずれもアセトアルデヒド製造の過程で,触媒として用いられた無機水銀が有機化され,副生されたメチル水銀が魚貝類に濃縮され,これを喫食した住民が中毒症を発症した。本稿では新潟水俣病の歴史,臨床像,剖検所見,さらに認定基準の問題や治療について提示した。

農薬の神経毒性学 市川 博雄
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農薬の種類は極めて多様であるが,特に,殺虫剤は神経系に直接作用を示すものが主流であり,ヒトの神経系に対しても障害を起こしうる。神経系への直接的な作用機転としての代表は,神経伝達物質,受容体,イオンチャネルへの作用であるが,この種の製剤は現在でも最も広く使用されている。近年,その他の作用機転を有するものを含め,超高性能と謳われる新たな農薬が次々に製造されているが,農薬の慢性的曝露による長期的影響,脳発達や高次脳機能への影響などは神経毒性学における未解決の問題である。

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スモンは腹痛などの腹部症状に引き続いて,特有のしびれ感や下肢の痙縮や脱力をきたし,重症例では視力障害による失明,脳幹障害による死亡例もあった。1960年代にわが国で多発し,推定1万人以上が罹患して深刻な社会問題となった。1970年に整腸薬キノホルムによる副作用が明らかになり,同剤禁止で新規患者発生はなくなった。本稿は薬害禍の経過,国による対策,臨床症状と病理所見,キノホルムの神経毒性などについて述べる。

放射線による神経障害 鈴木 啓司
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中枢神経は,放射線抵抗性の組織であるといわれる。これに対し,放射線による高次脳機能障害誘発に関わる海馬など,放射線感受性の高い部位も存在することが理解され始めている。ここでは,放射線による神経障害を理解するために必要な基礎的な知識から,放射線による神経障害発生の分子機構まで,最新の知見を総覧し概説する。

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1.紙と電子化

河村 本日は現在の科学研究をめぐる状況,特に科学倫理,研究倫理についてお話を伺いたいと思い,本誌編集委員の酒井邦嘉先生と東京大学の佐倉統先生にお集まりいただきました。

 これまで紙で行われていたものがどんどん電子化されていっていますが,そういう研究環境の変化に伴って科学倫理が問われる機会も増えてきているように思います。今回はそのあたりを糸口に話を進めていきたいと思います。

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血小板や凝固因子といった止血因子は,止血という生理的な役割を果たす一方で,血栓症発症の観点からも重要な役割を演じている。血栓症を予防する抗血栓療法には,抗血小板療法と抗凝固療法がある。前者は血小板活性化が主病態である動脈血栓症に対して有効であり,後者は凝固活性化が主病態である静脈血栓症に対して有効である。抗血栓療法の適切な施行のためには凝血学的モニタリングの果たす役割が大きい。

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薬事法に基づき自己培養骨髄間葉系幹細胞を医薬品(細胞生物製剤)として実用化するべく,医師主導治験を実施している。これまで,前臨床試験(GLP試験)を完了し,GMP(good manufacturing practice)で細胞製剤(治験薬)を製造し,2013年3月より医師主導治験(第III相,二重盲検無作為化試験,検証的試験)を医薬品承認審査調和国際会議のgood clinical practice基準に基づいて実施中である。本稿では認知機能向上の可能性について言及する。

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パーキンソン病患者65例にNeurobehavioral Cognitive Status ExaminationとUnified Parkinson's Disease Rating Scaleを実施し,認知機能障害と運動症状との関連性を検討した。前者のうち遂行機能と視空間認知機能をともに評価する下位検査の構成が姿勢保持障害と最も強い相関を示した。前頭葉のほか頭頂葉もパーキンソン病の姿勢保持機能に関与している可能性がある。

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複数の発作周辺期精神症状を含む多彩な症状を呈した,部分てんかんの1例を報告する。症例は20歳女性。17歳から「意識が飛ぶ」感覚のほかに,既視感,恐怖感,憑依感などの多彩な自覚症状や,「暴れる」発作ならびに全身痙攣が出現した。これらの発作像は各々毎回一定していた。前医では精神疾患として加療されていたが改善はみられなかった。長時間ビデオ脳波モニタリングで,右半球に脳波変化を伴う過運動発作および二次性全般化発作が記録された。頭部MRIでは脳室周囲に結節性異所性灰白質が指摘された。部分てんかんの診断でカルバマゼピンを開始され発作はすべて消失した。本症例は複数の精神性前兆を呈する部分てんかんの診断にとって示唆に富む症例と考えられた。各々の発作症状がステレオタイプな場合,てんかんを鑑別に挙げることは重要である。

ポートレイト

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はじめに

 勝木司馬之助(かつき・しばのすけ;1907-1993;Fig.1)は,わが国の神経学の確立に尽力するとともに久山町研究という世界にも例をみない疫学研究を創設した内科医であり医学研究者である。筆者は直接勝木の薫陶を受けたことはないが,勝木が主宰した教室を引き継ぐ立場から,回顧録1,2)や医局記念誌3,4)を参考にその足跡を辿ってみる。

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 第18回国際神経病理学会に参加のため,9月13日午前8時に弘前市の自宅を出発した。成田からヒューストン経由でリオ・デ・ジャネイロに到着したのが37時間後,総距離は約1万2千マイル。やはり地球の裏側は遠い。ブラジルの9月は冬で乾期に相当するが,着いた日の最高気温は30℃を超え,青い空と海が広がっていた。ちなみにリオ・デ・ジャネイロは「1月の川」を意味する。1502年1月にこの地にたどり着いたポルトガル人探検家が湾の形状から大きな川であると誤認したことによる。

 リオ・デ・ジャネイロはサンパウロに次ぐブラジル第2の都市であり,1960年に首都がブラジリアに遷るまでは首都が置かれていた。ブラジルでは2014年にサッカーのワールドカップが開催され,2016年にはリオ・デ・ジャネイロでオリンピックの開催が予定されている。しかし,国際空港を出てタクシーでホテルに向かうとすぐにスラム街が広がる。貧民層は全体の約2割という。国土が広いせいか鉄道は発達しておらず,公共交通機関の主体はバスである。確かにバス停には夕方ともなると多くの人が並んでいた。後で聞くところによれば,バス停はあるが時刻表はないとのことで,つまり,バスが来るまで待つということらしい。

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 2014年9月30日から10月2日まで,ドイツのベルリンにキャンパスを構えるフンボルト大学Berlin School of Mind and Brainにて(写真1),Conscious Experience of Time: Its Significance and Interpretation in Neuroscience and Philosophyシンポジウムが開催された。直訳すると「時間の意識的経験」に関するシンポジウムということになるが,時間知覚のメカニズムをもとに意識の基盤について議論することを目的とした内容であった。

 フンボルト大学は,1810年に設立されたベルリンで最も古い歴史を持つ大学で,アインシュタイン,ヘルムホルツ,マックス・プランクもここで研究に励んだ時代があるらしい。日本からは,北里柴三郎,肥沼信次,森 鴎外などが留学したことでも知られている。設立当初から,哲学者のフィヒテやシュライアマハーの影響を強く受けていたこともあり,現在も,フンボルト大学の哲学科はドイツ最大の規模を誇っている。主催のBerlin School of Mind and Brainにも,哲学者と神経科学者が混在している。今回のシンポジウムは,哲学と神経科学が交互にスケジュールされており,それぞれを専門とする研究者たちが同一セッション内で議論するという,フンボルト大学ならではの企画であった。

追悼

臺 弘先生を悼む 丹羽 真一
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 2014年4月16日,臺 弘先生が満100歳でお亡くなりになられた。ご遺族のお話を伺うと,亡くなられた当日もご近所へ徒歩で用足しに外出されたりとお元気に過ごされていたとのことで,誠に急なご逝去であり残念なことであった。お教えを頂いた者として感謝の念を込め,謹んでご冥福をお祈り申し上げる。

 臺 弘先生は本誌『BRAIN and NERVE』の前身である『脳と神経』誌の編集委員を1966年7月号〜1974年10月号にわたりお務めであったが,まずそのご略歴をご紹介したい。

連載 神経学を作った100冊(97)

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 重症筋無力症はウィリス(Thomas Willis;1621-1675)によって1672年に最初の報告が行われた1)。この報告は『De Anima Brutorum』に記載されている[1683年には,ポーデージ(Samuel Pordage)により『The London Practice of Physick』として英訳された]。「四肢の筋力が朝は十分にあり,歩くこともできる。昼前になると,四肢の筋力だけではなく舌の筋力も低下する。その正直な女性患者は四肢だけではなく,長く話したり,急いであるいは熱心に話すと言葉を発することができなくなり,1〜2時間唖者のようになってしまう。」

 エルプ(Wilhelm Heinrich Erb;1840-1921)が1879年に報告した3例は眼瞼下垂,外眼筋麻痺,舌の軽い麻痺,嚥下障害,四肢筋の麻痺があったが,下部顔面筋は正常であった。

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 本書は,2007年の旧版発行以来,診療ガイドライン作成者にとって標準的なテキストとして用いられてきた。7年ぶりの改訂であり,診療ガイドラインに関する最近の動向に対応すべく大幅にページ数を増やして内容の充実を図っている。公益財団法人日本医療機能評価機構は,1995年の設立以来,病院の第三者評価の実施,医療事故の情報収集・分析,産科医療補償制度(無過失保険制度)など,医療の質向上を目的とした諸事業を行っている。Minds(EBM普及推進事業)は,日本医療機能評価機構の1部門として,診療ガイドライン作成の支援,評価,普及などを行っている。本書は,実際の診療ガイドラインの作成支援,評価などに豊富な経験を有するMindsのスタッフが中心になり作成された。

 EBM手法に基づく診療ガイドラインは,医療の標準化を図るための有力な手法である。日本では2000年頃より普及し始め,当初は厚生労働省の科学研究費などにより作成が支援され,最近では学会などの自主的な努力により,年間20〜30本が作成され,公開されている。累計では300本を超え,日常遭遇する主要な疾患については,ほぼ整備されていると考えてよい。また,学会では評議員など,将来の活動の主体となるであろう多くの若手メンバーがガイドラインの作成にかかわるようになった。作成の主体となる学会も,作成メンバーの教育研修を継続して行うほか,COI(利益相反)の管理など,社会の要請にいかに応えながら作成を進めるかが課題になっている。

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 学会でも舌鋒鋭い論客として知られる宮岡等教授が,日常的には一体どんな臨床をしているのだろうと以前から興味を持っていたが,本書はまさにそれに対する回答とも言うべき一冊である。これは「どう患者を診るか」という技術書であり,「いかなる姿勢で診るべきか」という哲学書だと思う。ちょっと妙な連想になるかもしれないが,実は宮本武蔵の『五輪書』は評者の愛読書である。そこでは「剣術でいかに勝つか」を述べながら,結局は「剣とは何か」が論じられており,武士としていかに生きるかを示すガイドラインとなっている。本書はこのスタイルとの共通点が感じられ,これは宮岡教授の書いた『五輪書』だ!と直感した次第である。例えば「大半の患者は精神科外来で10分程度の面接しか受けていないが,基本的な面接を続けること自体が治療であるべき」「そのためには『良い面接』より,『悪くない面接』を心がけること」「精神面に積極的に働きかけて治そうとするより,患者に寄り添うこと」などの主張には,思わずハタと膝を打ってしまった。このあたり,まさに本書を哲学書と呼びたくなるゆえんであろう。

 いや,そうは言っても,決してそこには小難しい理論が連なっているのではない。本書を読んだ読者は,あるいは不思議に思うのではあるまいか。「なぜ自分が普段悩んでいることが,宮岡先生には手に取るようにわかるのだ!」「しかも,ここにその答えがあるじゃないか!」と。そのくらいポイントを突いて臨床家が日頃困っていること,迷っていることへの武蔵流,いや宮岡流の答えが展開されているのである。例えば「自分が睡眠不足や疲れている時の面接は調子がよい時と比べて,『聞く』より『話す』ことが多くなっている。自ら話すことによって,早く面接を終えたいという気持ちがあるのであろう」という言葉にはドキッとさせられ,「今後気をつけよう」と感じたし,面接に際して「一般的にも起こりうることだが」という問いかけから入ると答えが引き出しやすい,などは診療のコツを述べた名言であろう。

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次号予告

投稿規定

「読者からの手紙」募集

あとがき 三村 將
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 北園先生による今号のポートレイト「勝木司馬之助 医の心人の心」を読ませていただき,大きな感銘を受けた。勝木先生は,水俣病やカネミ油症の原因究明や久山町研究の創始など,研究者としても優れた業績を残したが,「医の心」を重んじる素晴らしい臨床医であった様子が如実にうかがえた。「医者は患者さんから学べ」という恩師武谷 廣先生の教えを忠実に守り,患者さんの立場に立って誠実に医療・医学に取り組んだという。九州大学教授退官にあたっての最終講義でも「内科医というのは,人間として優れた常識人であり,知識人としても,あるいは医学者としても,基本的には水準の高い内科学を常識として持っている人でなければならない」と述べているのは,まさに医師かくあるべしといったところである。

 医師の常識(良心),physician's common sense(conscience)とはいかなるものであろうか。昨今,さまざまな場面でこの問題がクローズアップされているが,おりしも11月には安楽死・尊厳死をめぐって医の倫理を考えさせるニュースがあった。末期の脳腫瘍を患った米国の若い女性が11月1日に自らの命を絶つと予告する動画をインターネット上で公開し,その動画を数百万人が閲覧して話題を呼んだ。治療法もなく,激しい頭痛に悩まされ,これ以上苦しむ前に自ら死ぬことを決めたこの女性は夫ともに当時住んでいたカリフォルニア州から,米国内で「死ぬ権利」が認められているオレゴン州に移り住み,その権利を行使した。

著作財産権譲渡承諾書

読者アンケート用紙

基本情報

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BRAIN and NERVE-神経研究の進歩
67巻1号 (2015年1月)
電子版ISSN:1344-8129 印刷版ISSN:1881-6096 医学書院

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