精神看護 11巻4号 (2008年7月)

特集1 私たちはなぜ寂しいのか 回復とは何か

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ダルク女性ハウスの上岡陽江さんに、依存症をもつ人の独特の行動について説明していただくことを目的に、医学書院内で編集者有志3人に向けて小さな講演会を開いていただいた。「さらっと話すだけだと大切なことが何も残らないから」ということで、あえて講演会形式にしたのだ。本稿は、その報告を文字に起こして再編したものである。スライドごとに質疑応答を繰り返しながら進んだ講演は、総計6時間にも及んだ。驚きの報告を前にして、編集者たちはさかんに質問を浴びせたが、それらもこの原稿には含めてある。全容をできるだけ再現してみたいと思う。

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 まず、なぜこのパワーポイント(次ページ以降)をつくったか、からお話しします。

 ダルクというのは薬物依存症をもつ人をサポートする施設です。私は自分自身が依存症をもつ本人で、かつ依存症の人の回復プログラムや自助グループを実践しサポートする仕事をしています。そういう立場にいることから、家族会や教育現場に講演に呼ばれたり、看護師、ワーカー、医師などを対象に依存症について話をする機会が多くあります。そうした際に、聞いている皆さんから、「依存症の人は、なぜこんなことを言ったり、こんな行動をとったりするのか」という質問がよく出ます。依存症の人たちには独特の行動があるのですが、その質問に答えるときに、どうしたらそれをわかってもらえるかなと思って、つくったのがこのパワーポイントです。特にボーダーラインパーソナリティといわれる、なかなか援助につながらないタイプの女性たち、アディクションを伴うトラウマ体験サバイバーの不思議な行動について知ってもらうのがねらいです。タイトルは、「私たちはなぜ寂しいのか」です。

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トラウマを深く話しても楽にならないし、解決もしない

 初めに深く話してしまうと通えなくなる

 援助者の皆さんって、相手の話を深く聞いたらその人が楽になるんじゃないかと思って、がんばって聞くことがありますよね。深い話を聞くことに専門職としてのアイデンティティを感じている人もいるかもしれない。そして話をする側も、自分の過去のトラウマについて深く話せば解決するかも、変化するかも、と思って期待して話します。

特集2 事件や事故が起きてしまったあとの法的対処が知りたい

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精神科病院に関連した重大な事件・事故の報道が相次ぎ、医療スタッフの間では「明日は我が身」のような危機感が漂っています。

患者さんやスタッフが犠牲になれば、病院には管理責任が問われると同時に、法的対応が求められます。

そこで、近年に起きた事件・事故を振り返りつつ、法的対応を過去の裁判事例に学んでいきたいと思います。

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我々の職場の安全がゆらいでいる

 昨年9月から今年初めまで、精神科病院が関連した事件の報道があいついだ。精神科医療に従事する多くの人が、「またか」という思いと不安を抱いたことだろう。長らく精神科医療に携わってきたが、こうした事件報道の連続は経験がない。この連続性は何を意味するのか。

 こうした事件報道から感じるのは、患者、医療スタッフ、双方にとって精神科病院は安全が十分に保障されている職場とはいい難い状況にあるということである。医療スタッフの感じるこのような不安は患者にも伝わっていることだろう。両者にとって病院環境が安全であるために検討されなければならない課題を、事件・事故報道を素材に考えてみる。

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 私は現在弁護士として、精神科病院で起こった医事紛争について、責任の有無や対処方法を検討したり、場合によっては直接請求者と交渉を行ない、あるいは裁判となった場合の対応に携わっています。

 本稿では、過去の裁判例や私のこれまでの経験から、どのような場面で医療従事者が法的な責任を問われるのかについて説明していきたいと思います。

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他人は、何を考えて生きているの??

 昨夜、ふっと思ったのですが、他人はいったい何を考えて生きているのだろうか、と。仕事帰りの電車のなかで、「へぇ~、●●さん、昨日誕生日だったんだ。おめでとう。ところで誕生日の抱負は? 1年間の目標は何?」と話しているんです。「えっ、誕生日に抱負? 目標?」と私は意外に感じたんです。読者の皆さんはどうですか。誕生日に1年間の目標を決めますか?「1年の計は元旦にあり」と、元旦に1年の目標や計画を考えることはあっても、誕生日に目標を考えるのは私は初耳でした。これまで他人が何を考えて生きているのか、あまり気にしていなかったけれども、案外、自分と似たようなことを考えていそうで、実はぜんぜん違うことを考えて生きているんじゃないかと、ふと思ったんです。

 例えば、お見合いの席で「ご趣味は?」と趣味の話題になって、「競輪や競馬はお好きですか?」などと聞く人はおそらくいないでしょう。もしそんな人がいたら、きっと競馬も見合いも「大穴」ねらい。99.99%の確率で、丁重なお断りの返事がきているはずです。たぶん人それぞれ、何に価値を置くのか、何を大切に生きるのかは違うのでしょう。

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人手も時間も負担もかけずに転倒予防

 入院患者の高齢化に直面する病院では、転倒予防対策が急務となっています。しかし多忙を極める医療現場では、転倒予防を目的に新たな取り組みをはじめるといったことまではなかなか手がまわらないのが実情ではないでしょうか。

 ところで、人手をとらず、時間もかからず、病院内の限られたスペースで、患者さんに大きな負担をかけずに歩行機能が改善できる方法があったらどうでしょうか。だったら、すぐにでも取り入れたいと考える看護師の方は多いのではないかと想像します。

連載

べてる新聞『ぱぴぷぺぽ』・62

連載 看護のための認知行動療法・1【新連載】

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 皆さんは、日頃いろいろな患者さんのケアにあたるなかで、「うーん、これからどうやってかかわったらいいんだろう……」と感じることはありませんか? 「私の力では太刀打ちできない……」と戸惑い、そこからケアがすすめられない、または、あきらめてそのままにしてしまう、他職種に任せてしまう、といった経験はないでしょうか? 私自身を振り返ってみても、臨床に携わっていたときはもちろん、教員として学生の実習指導をしていたときにも、いろいろなかかわりの場面で行き詰まりを感じてきました。

 けれどもそういうなかで、私は幸いにも認知行動療法に出会うことができました。認知行動療法は、認知・行動の両面からはたらきかけることにより、患者さんのセルフコントロール力を高め、社会生活上のさまざまな問題の改善や課題の解決をはかる心理療法です。

連載 「身体と薬」をめぐる見逃せない情報・4

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精神科で誤嚥性肺炎が多いのはわかっていたが……

 誤嚥性肺炎は精神科では比較的頻度が高い身体合併症です。しかし精神科の臨床で遭遇する誤嚥性肺炎の大多数は、明らかな誤嚥のエピソードをもちません。食事中に激しく咳き込む様子がみられ、そのあと肺炎を発症するといったケースが精神科では少ないのです。むしろ明らかな誤嚥の徴候がなく、発熱を契機に胸部レントゲン撮影や血液検査を行なうと、浸潤影や著しいCRPの上昇がみつかり、肺炎と診断される症例が多くあります。これは「不顕性誤嚥」(silent aspiration)によるものと考えられます。

 「不顕性誤嚥」とは、気道に異物が入っても防御する機構がはたらかず、むせたり咳き込んだりしないタイプの誤嚥のことです。自覚的にも他覚的にも把握しにくいので臨床上大きな問題になります。

連載 精神看護キーワード事典・25

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大阪出張での出来事

 先日、大阪にうかがった。精神科看護の仲間の前で話をしたのである。大阪にはこれまで新幹線で行き、新大阪の近くの会議室と、大阪駅の近くのレストランと、研修会場とホテルしか行ったことがなかった。今回うかがう場所が大阪のどこにあるかまったくわからなかったのだが、新大阪からも大阪からも遠いらしかった。

 あまり知らない土地では、自分が行ったことがあるところの周辺をもとに想像しがちである。東京に来たときに、例えば東京ディズニーランドは、パソコンの乗り換え案内で東京駅から電車で18分と調べれば、東京駅のすぐ近くだと思ってしまうが、実はけっこう遠くて千葉県にあるというような感じである。

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復習編:「聴かない」という聴き方について

 前回にひきつづき、精神保健福祉の現場にいながらひっかかりを覚えていた「聴くこと」の形骸化と、当事者の求めているニーズとの微妙なズレの問題について述べていこうと思う。

 前回は、「聴かない」ことの大切さという視点から、具体的な聴かない実践例を含めて紹介した。統合失調症による罪業妄想をかかえた女性が自罰行為として頭部へのバッティングをしようとした際に、私が行なったのは傾聴ではない。幻聴の支配から脱却して、現実の仲間とのつながりの優位さを取り戻すための「共同作業」として、あえて当事者が参加を渋っていたミーティングに一緒に“走り出す”ことであった。この場面にすべてが集約されている。

連載 ほんへ(本当にあった変な話)

連載 宮子あずさのサイキア=トリップ・64

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私が体験した自殺

 3月31日に新旧部長が引き継ぎをし、4月1日から新しい部長のもとで新年度がスタートしました。この区切りでいったん退院した患者さんも多く、上旬はベッドががらがら。29床のところに15人ほどしか入らない日もありましたが、中旬になってやっと20床を超えてきています。

 慣れるに従い新しい2人の医師とも話が弾むようになりました。何より嬉しいのは、きちんと対話できる医師に来ていただけたこと。なかなかよい感じになってきているなぁと、今は胸をなで下ろしています。

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困っているのは誰?

 医療者は、どんな患者に対しても立腹したり不快感を覚えてはならない―おそらく、そのような合意が世間には成立しているはずである。そうでなければ、看護師や医師の気分次第で医療の内容に差異が生じかねない。あたかも神の気まぐれのごとく、医療内容にそのつど違いが出てきてしまっては一大事である。医療者に、他人の運命をもてあそぶ権利などないのだから。

 とはいうものの、怒りを覚えざるを得ない患者や、二度と顔を合わせたくない患者というものは存在する。そのような感情を機械的に否定する必要はあるまい。まっとうな人間として当然の感情を圧殺してしまっては、我々は気づかぬうちにロボットになりかねない。宗教に入信して無限の慈愛を獲得するといった方策もあるかもしれないけれど、誰もが宗教を信じたがるわけではない。余計なお世話というものであろう。

トピックス

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 筆者が個人で編集・発行している『飢餓陣営』という雑誌の最新号で、大胆にも「精神科医 中井久夫の仕事」という特集を組んだ。執筆者は、滝川一廣、熊木徹夫の各氏、他6名。筆者以外、精神医学や心理の専門職にある人々である。本稿では自由に紹介を、というお申し出をいただいたので、自己紹介も兼ね、気の向くままに書かせていただくこととしたい。

 筆者は養護学校の教員を勤めたあと、文筆を生業とするようになった。取り組んできたテーマは発達障害を中心に、福祉、精神医療、司法、少年問題というように、かつての職業に関連する領域が多い。「公立学校教員」という枠内での社会的な発言は制約が大きく、その窮屈さに耐えかねて「フリーの文筆家」を決断(妄断?)させた面がなくもないから、これは当然の結果というべきか。

基本情報

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精神看護
11巻4号 (2008年7月)
電子版ISSN:1347-8370 印刷版ISSN:1343-2761 医学書院

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