胃と腸 6巻2号 (1971年2月)

今月の主題 陥凹性早期胃癌

A.陥凹性早期胃癌の問題点 綜説

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 従来から,胃癌の発生母地として潰瘍・ポリープ・慢性胃炎が重要視されていて,これら良性病変と癌との関係が論じられています.特に,胃の潰瘍と癌の頻度が高いわが国では,浅い潰瘍の存在も論じられています.この潰瘍一癌に関する多くの論文をみますと,潰瘍の癌化の頻度または全胃癌に占める潰瘍癌の頻度には,かなりの“ばらつき”があって一定の傾向を把握することができません.潰瘍癌の頻度にっいては,Newcomb10)の論文にみられるように,3.5~100%の拡がりを示しています.また,わが国では,頻度のばらつきが32~79%を示しています4)5)7)11)18)19)

 このように,潰瘍癌の頻度が広範囲に分散していることは,潰瘍癌と判定する組織学的基準の差によるものであり,しかも,その差は基本的な所見の違いではないと思われます.潰瘍癌の組織学的判定基準によって,潰瘍癌の頻度に広範な”ばらっき”をもたらすような不条理さが良性潰瘍と癌との間に存在することに疑問が生じます.もし良性潰瘍と癌の問に密接な因果関係が存在するとすれば,たとえ潰瘍癌の判定基準に多少の差があっても,潰瘍癌の頻度にはある近似がみられてしかるべきと考えられるからです.

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 胃疾患に対する各種診断法の最近の進歩発達はめざましい.1966年第4回日本内視鏡学会秋季大会では2cm以下の胃癌の,1969年第7回日本内視鏡学会秋季大会では1cm以下の微小胃癌の診断が検討され,胃癌に対するX線診断の限界も,肉眼的診断の限界にまで迫らんとする勢いである.また一方では,Ⅱb~Ⅱb類似の表面凹凸の少ない胃癌の診断が,重要な課題としてクローズアップされつつあり,最近では,術前に性状診断されたⅡb病変の報告もみられる.しかしながら,微小胃癌や,Ⅱb~Ⅱb類似病変の,X線内視鏡単独,あるいは両者を併用しても,その性状診断は未だ困難なのが現状で,生検診断の重要性が強調されている.しかしながら,スクリーニング検査の段階で,見落されたり,良性と判定されて,生検診断の網目をくぐりぬけるものがないわけではない.また悪性疑診を置かれていても,微小な病巣のばあい,あるいは病巣と判定された部のごく一部にしか癌が認められない病変では,false negativeを出すことが報告されており,X線・内視鏡による性状診断,癌巣の拡がりの判定に関しては,より一層の精密度が要求されているわけである.したがって,病理組織学的な裏づけを基本にして,X線診断と内視鏡診断をより一層緊密にむすび合わせた,綜合診断学の確立が当面の課題ではなかろうか.

 筆者らの経験した早期胃癌症例をふり返えってみると,初期の頃のX線写真は病巣の描出が不十分で,微細な検討に耐えるものは少ない.しかし,次第に小さな,凹凸変化の小さな胃癌が発見されるにつれて,細かい所見が描出されるようになり,最近の症例では,微小な胃癌でも,その微細な変化がよくとらえられており,肉眼標本との対比検討が,十分微細な所までできるようになっている.したがって,肉眼標本に関する微細な所見の検討で得られた知見が,直接X線診断に生かされることが多い.そういった意味から,今回は肉眼標本を対象として検討を行ない,X線診断における,性状診断,微細診断に役立てようと試みた.またX線診断と内視鏡診断をより一層緊密につなぎ合わせる意味で,肉眼標本上の所見と内視鏡上の色調とのむすびつき,さらには癌の組織型との関連についても検討を加えて見た.

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 筆者が昭和34年末に胃カメラ検査を行なうようになってから最近までの10年間に,術前に胃内視鏡検査を行ない,病変が内視鏡フィルムに撮影されている早期胃癌症例は101例,113病変である(表1,本稿では重複病変にはふれない).この間の内視鏡診断を振り返ってみると,内視鏡器具,検査方法の進歩にともなって,診断能も向上の一途を辿ったのではあるが,とくに直視下胃生検が術前診断の揚に登場してきてからは,良きにつけ悪しきにつけ内視鏡診断についての考え方ないしは評価に大いなる影響を及ぼし,内視鏡診断の意味づけ,根拠をより明らかにしなければならなくなったのである.他方,早期胃癌症例数の増加により早期胃癌に関する臨床的ないしは臨床病理学的知識が一層普遍化したことと,早期胃癌症例についての経時的推移が明らかにされてきたことなどから,診断内容の面においても大いなる進歩と変遷があったことも周知の通りである.

 本稿においては陥凹型早期胃癌について前述した2つの観点から診断内容の変遷と内視鏡診断の問題点を指摘してみたい.

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 早期胃癌陥凹型といえば,つまりⅡcおよびⅢ型,それに両者のcombinationであるⅡc+Ⅲ,またはⅢ+Ⅱc型をさす.その他亜型として,ⅡcとⅡaの併存する病変も比較的よく見るものである.内視鏡的には,Ⅱcは良性潰瘍瘢痕と,Ⅱc+Ⅲ,Ⅲ+Ⅱcは治癒性良性潰瘍との鑑別困難例にしばしば遭遇する1)2).今ここで一つの陥凹型早期胃癌らしい病巣を発見した場合,癌細胞が粘膜下層(早期癌)までにとどまるか,固有筋層(進行癌)に浸潤しているかを推察することより,良性疾患との鑑別の方が臨床的に,つまり患者に対する治療面において遙かに重要なことである.筆者らは良性,悪性の鑑別が難しかった陥凹型早期胃癌例における反省から,表在性胃癌の特徴的所見であるⅡcにつき考察を深めるため,retrospectiveに症例検討を試みた.

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 最近の早期胃癌診断学の進歩は著しく,径1~2cm以下の小病変の診断も必ずしも困難ではなくなっている.しかし,現在までに確立している早期胃癌の診断規準は,隆起型においては,隆起の形態と表面の性状による鑑別診断であり,陥凹型では,潰瘍の併存の有無に拘らず,Ⅱcを診断することである.隆起型にしても陥凹型にしても定型的なものは,たとえ小さな病変でも診断が容易であるが,非定型的なものでは,肉眼的レベルの診断が必ずしも容易でなく,少なくとも初回の検査では,悪性所見が見逃されたり,診断を確定しえない例もまれではない.

 他方種々の良性病変が早期胃癌と紛らわしい所見を呈することは,実際にはかなり多い.したがってX線ないし内視鏡で発見された病変が良性か悪性かを鑑別する際,癌もしくは良性と診断してほとんど100%誤りないと確信しうる症例の他に,第一に恐らく癌と思われるが,良性の可能性もなしとしない症例.第二にどちらかというと良性と考えられるが,癌の可能性も否定しえないという症例にしばしば遭遇する.

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 胃癌早期診断の進歩はめざましく,早期胃癌として診断される病変は漸次小さくなり,病変の直径1cm以下の微小病変も的確に診断されるようになった.しかし胃内のいかなる部位の微小病変も存在診断は可能となったが,その良性・悪性の鑑別には生検・細胞診によらなければならない.また生検・細胞診の立場でも境界領域病変の診断にはなお多くの問題があり,胃生検検討会,各種の研究会などで種々議論されていることは周知のところである.

 本稿では陥凹型早期胃癌の診断困難例ないし限界例について,細胞診の立揚から症例をあげて検討してみる.

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1.メネトリエ病(polyadenoma en nappe)―体部粘膜の単純な肥大―

 メネトリエ病は原著によるとpolyadenoma en nappeとpolyadenoma polypeuxに分けております.その後,この疾患の定義について多くの議論がありました.しかし,現在,欧米の成書では,polyadenoma en nappe,つまり体部腺の単純な肥大(giant hypertrophic gastritis,giant hypertrophy of the gastric mucosa)のみに限定してメネトリエ病とよんでいるようです.その特徴は幽門腺が萎縮し,体部腺が肥大して巨大すう襞様となり,その表面は胸回転を思わせるような隆起をきたします.組織学的には体部腺の単純な肥大で,Schindlerによると腺性肥大性胃炎(glandular hypertrophic gastritis)に分類されます.

 果して,これをgastritisとよんで良いかは問題のあるところです.メネトリエ病の大部分の症例は,びまん性に広範な体部腺の肥大をきたしておりますが,甚だまれに局部の体部粘膜が限局性に肥大して隆起し,広基性の隆起性胃癌と間違がわれた例があります.

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 生検装置の改良により,胃内のほとんどあらゆる部位から組織片の採取が行なえるようになった.そしてまた,生検の合併症が少ないことより,この検査法が著しく普及して来た.そして嘗て顕微鏡レベルの検査法として胃診断学の一翼をになっていた細胞診と,生検法といずれがよいかという議論が一部で行なわれている.われわれはこれまで,細胞診と生検を併用して検査を行なって来ているので,この問題についての見解を述べてみたい.

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 前回は,両側辺縁に非対称性の変形がみられるものをとりあげました.今回は,変形が両側対称性である病変をとりあげてみます,私どもの成績では病変が全周性であるものの85%,1/2周以上全周にみたないものの28%のX線所見に両側対称性の変形がみられました.全周性の病変の残りの15%は,狭窄が高度で逆行性には,造影剤が入らないものです.

 さて,大腸癌による変形は,これまで2回とりあげた症例からもあきらかなように,病変と正常部分の境界は,一般に,あきらかに境されています.これは,大腸癌の肉眼所見と,浸潤型態に関係があります.大腸癌は,胃癌でいうBorrmann Ⅱ型のように限局した隆起の中に潰瘍を形成するものがほとんどです.これは,潰瘍限局型といわれています,そして,このような型の癌が全周性にあれば,X線像では対称性の変形がみられるわけです.この場合の変形の特徴は,病変部と正常部分の辺縁が直角にちかいか,あるいはそれよりも鋭角をなすことです.この所見は,欧米では“shoulder defect”といっています.このことは,病変の側面像を考えれば理解できます.

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 病理形態学では“細胞の幼若化”とか,“未分化の細胞”といった表現をよく用いる.その細胞達は,失礼な!といっているかも知れぬが,αfの出現はどうもそのような形態学的表現の正しさを生化学的に裏づけたように思う.

 胎児はその生長が極めて早い点で癌とよく比較対照される.事実そのアナロジーを示すような生化学的現象がいくつか見られている.たとえばアルドラーゼ,ヘキソキナーゼ,ピルビン酸キナーゼなど(解糖系に関与する重要な酵素で筋や肝に多い)の酵素には筋肉型と肝型のアイソザイムがあるが,胎児肝には筋肉型が多く,成人肝は肝型である.ところが成人肝細胞が癌化するや筋肉型の酵素が再び現われる.

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 胃原発の肉腫については1840年Landsbergが円形細胞肉腫を初めて報告した.わが国では今が1901年同疾患を報告して以来,今日までに300例以上の発表1)~3)がある.胃原発の悪性腫瘍のうち肉腫は癌腫に次ぐが,頻度は2%内外とされている1)~6).わが国では肉腫の中では細網肉腫が最も多いといわれるが,その頻度からいえばまれな疾患である.しかも,早期胃癌に準じて浸潤が粘膜下組織にとどまるものを早期肉腫とすると,その報告は極めて少ない7)~12)

 筆者らは約4カ月間にわたってレ線ならびに内視鏡的に経過を観察し得た早期胃細網肉腫の1例を経験し,若干の知見を得たのでレ線像,内視鏡所見および組織学的所見について報告し,2,3の考察を加えたい.

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 今回を最終回として,これまでに屠殺し病理学的検索の終了している犬4頭についての,病理組織診断とX線診断とを比較しながら一括して述べたいと思う.

 表に示したように,病理組織学的にはそれぞれ,胃角前庭部に4病変(未分化型の印環細胞癌1,分化型腺組2,異型上皮1)が,胃上部にも4病変(平滑筋肉腫1,分化型腺癌3)が認められた.4頭の犬には,いずれもNG中止直後より屠殺までにX線撮影を繰返し行なって犬胃癌の発育経過を観察した(観察期間2カ月~19カ月).胃角前庭部では,NG中止直後のX線像でみると,4列共に人の早期胃癌またはその疑いと診断しうる所見を呈していた.そのうち2例では,経過と共にNischeや粘膜集中像が漸次明瞭となり,人のⅡc型に類似した所見を呈してきた.その1例(表の実験例3)X線写真を供覧しよう.また胃上部では,4病変中2病変をX線で確認できたが,そのうちの1例はX線所見はもちろん,肉眼所見からも人のボールマンⅢ型癌に相当していた.もう1例は隆起性病変で,経過と共に病変が増大する様子をX線像から確認することができた.癌と診断したが組織学的には平滑筋肉腫であった.

技術解説

陥凹型早期胃癌のとらえ方 西沢 護
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 陥凹型早期胃癌といえば,ふつうⅡc型,Ⅱc+Ⅲ型,Ⅲ型を含めていうことになるが,この診断のコツはまずみつけ出すコツと性状を分析するコツとに分けられる.

 X線・内視鏡,胃生検という検査法の特徴を,陥凹型早期胃癌の診断にどのように生かして用いるかが大切である.

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 胃生検技術の導入によって早期胃癌の診断学は急速な進歩をとげつつあり,すでに異型上皮の領域まで術前診断の可能となったことは驚異的なことである.このように早期胃癌発見のための胃生検の活躍はめざましいが,一方このすぐれた技術が慢性胃炎の研究のためにそれほど有効に利用されていないのが現状と思われる.

 従来,外国論文に発表されている胃生検による慢性胃炎の研究は,それがsuction biopsyであるために技術的には幽門部粘膜の採取が困難であったのか,なされた仕事のほとんどは胃体部粘膜についての慢性胃炎に関する仕事であった.

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欧文目次

編集後記 田中 弘道
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 1966年4月,創刊号が発行されてからすでに5回目の正月を迎えた.白壁教授のX線診断で幕を開けた早期胃癌の診断も,2cm以下の微細病変へと進み,第3巻では異型上皮と前癌病変が取り上げられ,次いで癌深達度の診断が論述された.昨年はついに1cm以下の微小胃癌の診断が登揚するにいたり,術前診断に関しては究明し尽されたといえるかも知れない.それだけに豊富な症例や生検診断に裏付けられて,発癌の問題,癌の発育の問題あるいは早期胃癌と進行癌との関連などより根源の問題点にメスが加えられてきた感が深い.今年度も年頭にあたって早期胃癌が主題として取り上げられ,本号では陥凹型早期胃癌のX線診断,内視鏡診断に関する問題点が明らかにされたが,さらに中村博士によって潰瘍癌の再検討が行なわれた,潰瘍の癌化か?癌の潰瘍化か?についての一つの考え方が浮き彫りにされたが,臨床的な,prospectiveな立証の重要性があらためて痛感される.

 症例欄の経時的変化が明らかにされた細網肉腫例なども読者の血となり,肉となって吸収されることであろう.

基本情報

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胃と腸
6巻2号 (1971年2月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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