胃と腸 56巻8号 (2021年7月)

今月の主題 早期大腸癌内視鏡治療の新展開

序説

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 内視鏡的粘膜下層剝離術(endoscopic submucosal dissection ; ESD)の普及により,早期大腸癌においても大きさにかかわらず完全一括切除することが可能となってきた.一般的に,粘膜内にとどまる早期大腸癌(Tis癌)は転移することはなく局所切除のみで根治が可能であるが,T1癌は約10%にリンパ節転移を認めるため,内視鏡的切除後の病理組織学的検索で根治度判定を行い,追加腸切除の適応を検討する必要がある1).「大腸癌治療ガイドライン2019」1)におけるpT1(SM)癌の治療方針はFig.1 1)のごとくである.これに基づいて,早期大腸癌の取り扱い指針はFig.2 1)のように記載されている1).なお,“追加治療としてリンパ節郭清を伴う腸切除を考慮する”という文章は,外科的切除をすべきという意味ではなく,あくまで考慮・検討するという意味で,種々のリンパ節転移危険因子の組み合わせから予測される具体的な転移リスク(%)からみた根治性と患者背景〔本人の意志,年齢,身体的活動度,合併症,術後のQOL(quality of life)など〕を総合的に比較評価し,十分なインフォームド・コンセントを得たうえで慎重に追加手術の適応を判断すべきという主旨である(Fig.3).

 これまで,T1b癌は内視鏡的切除の適応とされていなかったが,近年の症例集積と新たなエビデンスの構築によりT1b癌におけるリンパ節転移リスクを層別化しうることが示され,T1b癌に対する内視鏡的完全切除生検の意義が議論されている2)〜5)

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要旨●JNET分類Type 1,2A,3と高確信度で診断された大腸病変は,色素拡大内視鏡診断(pit pattern診断)を省略して治療方針決定が可能である.一方,JNET分類Type 2Bと診断された病変,あるいはJNET分類Type 1,2A,3でも低確信度で診断された場合にはpit pattern診断の追加が必要である.JNET分類Type 2BかつIIIS/IIIL/IV/VI型軽度不整pit patternと診断された病変は内視鏡切除の適応であるが,JNET分類Type 2BかつVI型高度不整pit patternと診断された病変は約半数がT1b癌であり,EUSや注腸X線造影検査を追加して治療方針を決定すべきである.また,JNET分類Type 2Bを不整度によってType 2B-lowとType 2B-highに細分類した場合,Type 2B-lowは腺腫〜T1a癌までの病変であり,内視鏡切除の適応になる.Type 2B-lowと診断した病変はpit pattern診断を省略できる可能性がある.

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要旨●EUSを施行した早期大腸癌279病変では,隆起型,表面型いずれにおいてもTis・T1a癌の69.2%に比較してT1b癌の深達度正診率が87.5%と有意に高率であり(p<0.01),EUSはT1b癌を疑う病変,特に表面型病変によい適応があると言える.内視鏡的切除後SM浸潤距離を計測したT1癌120病変中,隆起型T1癌82病変の平均SM浸潤距離は3,100μmで,表面型T1癌38病変の平均SM浸潤距離の1,100μmに比較して有意に大きかった(p<0.01).内視鏡で完全切除可能なT1癌のSM浸潤距離のカットオフ値は隆起型で3,000μm,表面型で2,000μmであった.HFUP,通常内視鏡検査の両方を行った隆起型T1癌22病変におけるSM浸潤距離3,000μm鑑別の正診率は,HFUPで86%,通常内視鏡検査では45%,とHFUPで有意に高く(p<0.01).同様に,表面型54病変におけるSM浸潤距離2,000μm鑑別は,HFUPで86%,通常内視鏡検査では76%,とHFUPで有意に高かった(p=0.01).今後のT1b癌に対する内視鏡的切除の適応拡大に向けて術前のEUSの併用は必須であると考えられる.

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要旨●過去10年間に注腸X線造影検査(BE)が施行された大腸T1癌133例を対象とし,BEの側面変形と粘膜下層(SM)浸潤距離の関係とSM 1,800μm以深癌の検出能を検討した.X線造影所見として二重造影像における病変部位の変形に着目し,管腔に対して水平方向および垂直方向の変形長を計測した.その結果,水平変形長(相関係数r=0.6657,p<0.01),垂直変形長(r=0.5197,p<0.01)ともにSM浸潤距離と正の相関を示した.SM 1,800μm以深癌の検出におけるカットオフ値は水平変形長4.5mm,垂直変形長0.5mmで,正診率はそれぞれ82.0%,79.7%であった.以上のカットオフ値に従って変形を陽・陰性に分けると,水平変形陽性例で陰性例よりもリンパ管侵襲,静脈侵襲の割合が高かった.以上より,水平変形長は脈管侵襲の予測因子であり,4.5mmまでの変形は内視鏡治療選択の指標となる可能性が示唆された.

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要旨●内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)の技術の進歩に加え,高齢化や併存疾患の存在から,大腸cT1b癌に対して診断的切除の意味を含めESDを施行する頻度は増加している.特に直腸ではその傾向が顕著であるが,追加手術の要否を決定するためには浸潤距離,脈管侵襲の有無,組織型,簇出Gradeを正確に判定する必要がある.しかし,T1b癌は粘膜下層に高度な線維化やMR signを伴っていることがあり,技術的に困難であるのみならず剝離中にこれらの重要な転移リスク因子を損傷する可能性が高い.筆者らは,PCMの導入と,食道におけるPOEM/POETの経験からMR signを呈する周囲の内輪筋を輪状に切開し内輪筋と外縦筋の間で切離するPAEMを考案した.内輪筋ごと切除することで確実に粘膜下層全層を含む切除標本を得ることが可能である.PAEMにより,T1b癌を完全一括切除する内視鏡的切除技術はRbにおいては確立されたと言えるが,T2癌の正確な診断などが今後の課題と考えられる.

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要旨●当センターでは以前より適切な病理診断を得るために,切除標本に対し内視鏡医が積極的に関わっている.本稿ではその過程について解説する.まず,病変切除後速やかに標本固定用のボードに不錆針を用いて伸展した状態で貼り付けを行い,10%中性緩衝ホルマリン液にて固定する.その後,すべての切除標本を実体顕微鏡下で表面構造を観察し,関心領域がプレパラート上で観察可能となるように内視鏡医自らが切り出しを行ったうえで,標本作製を病理部門に依頼している.適切な標本の取り扱いは,正しい診断にたどり着くための欠かすことはできない重要なプロセスの一つである.詳細な検討が可能な状態で標本を提出することは内視鏡医の責務と考える.

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要旨●内視鏡的切除検体の正しい病理診断には,正確な評価可能な組織切片が作製されなければならない.そのためには,切除検体の取り扱いが適切になされる必要がある.検体の取り扱いは,検体の貼り付け,固定,画像撮影,切り出し,割を入れた検体の画像撮影,標本作製の順に行われ,これらが適切に行われて初めて病理診断(重要な病理組織学的所見の判定)が可能となる.特に内視鏡像で浸潤が疑われ最深部と予想される部位が,組織切片で観察されるような切り出しを行う必要がある.そして,内視鏡診断精度の向上のためには,病理診断後はマッピング図と内視鏡像の対比による内視鏡所見の再評価が必要である.

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要旨●SM浸潤度は粘膜筋板を基準に判定されるが,その走行が同定・推定できない病変をどのように選別するかが,浸潤度評価で最も大切なポイントである.デスミン染色でSM浸潤領域に粘膜筋板が認められた場合でも,α-SMA染色によりその周囲にdesmoplastic reactionが認められる場合は,SM浸潤度判定の再現性を担保し,過小評価を避けるため,粘膜筋板の“変形あり”として,SM浸潤度は病変表層から測定する.現行の有茎性pT1癌のSM浸潤度判定は再現性に問題があり,“頭部浸潤”と“茎部浸潤”の2分法への変更が望ましいと考えられるが,“頭部”と“茎部”の境界線の定義を明確化する必要がある.

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要旨●簇出は,大腸癌浸潤先進部における4個以下の癌細胞から構成される小型癌胞巣による間質浸潤所見と定義される.HE染色標本で評価し,対物20倍視野1か所あたりの簇出巣数でGrade 1〜3(BD1〜3)に分類され,大腸T1癌においてはGrade 2,3(BD2,3)がリンパ節転移リスクとされる.炎症細胞浸潤や間質反応が高度である場合に簇出巣の認識が困難になることがあり,その場合,サイトケラチンなどの免疫染色が簇出巣の認識に有用だが,免疫染色による評価を実施する際は,リンパ節転移危険因子としてのgradingの意義を再検討する必要がある.低分化胞巣は簇出巣よりも大型の癌巣と定義され所見上の重複はないが,しばしば共存する.近年,簇出Grade 1(BD1)を,簇出巣が全く認められない群と少量認められる群とに亜分類する試みがなされ,前者の転移リスクが極めて低いことが示されている.

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要旨●大腸T1癌における病理組織学的なリンパ管侵襲,静脈侵襲の所見はしばしば微細な変化であり,その十分な認識のためには,侵襲の対象となる脈管の部位や,病理組織学的所見,脈管侵襲評価の精度と限界に関わる要因についての理解が必要である.リンパ管侵襲は,腔縁に内皮細胞が明確に確認できる場合にはHE染色標本上でも認識が容易であるが,内皮細胞が不明瞭な空隙を癌細胞塊周囲にみる場合や,腔内に塞栓状の侵襲を来している場合は,D2-40を用いた免疫組織化学染色による内皮細胞の存在の確認が必要となる.一方,静脈侵襲は通常,脈管腔内を占める形で生じ,内皮細胞を確認できなくなるため,内皮細胞マーカーの免疫組織化学染色は有用でない.HE染色標本上での静脈壁の認識もしばしば困難となるため,癌細胞塊周囲を静脈壁の弾性線維層が取り囲んでいることを弾性線維染色により確認する必要がある.その際,伴走する動脈の存在は有用な所見となる.

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はじめに

 大腸癌では粘膜内に限局している限り粘膜固有層内に浸潤しても転移することはなく,粘膜下層以深に浸潤して初めてリンパ節や遠隔臓器に転移する能力を獲得する1).転移率は深達度におおよそ相関するので,粘膜下層浸潤癌は早期癌というよりは粘膜固有層癌と進行癌の中間型に位置する癌と考えるほうが合理的である.実際,粘膜下層浸潤癌のリンパ節転移率は約10%程度とされているが2),そうであれば約90%の粘膜下層浸潤癌は転移しないことになる.したがって,理論的にはこれらの癌はリンパ節郭清の必要性はなく,局所切除のみで治療が完結できることになり2),多くの粘膜下層浸潤癌の不必要な手術を回避することが可能になる.

 このような事情から,粘膜下層浸潤癌のリンパ節転移予測因子についてはこれまで多くの報告があるが1)〜5),これらの検討は大きく組織学的因子と生物学的因子に分類することが可能である.本稿では後者に重点を置いて,生物学的因子における粘膜下層浸潤癌のリンパ節転移予測因子について概説を行う.しかし,コンセンサスの得られた生物学的因子はほとんどないのが現状であるので,進行大腸癌において報告されている生物学的予後因子についての概説を加えることにする.

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はじめに

 「JSCCR(Japanese Society for Cancer of the Colon and Rectum)guidelines 2019」(以下,JSCCRガイドライン)1)においては,大腸T1癌に対する内視鏡的切除後(endoscopic resection ; ER)のpT1癌の治療方針について,病理組織学的検索にて,①T1b(SM 1,000μm以上),②脈管侵襲陽性,③低分化腺癌,印環細胞癌,粘液癌,④浸潤先進部の簇出(budding ; BD)2/3,のうち1因子でも認めれば追加治療としてリンパ節郭清を伴う腸切除を弱く推奨する,としている.しかしながら,一次治療が手術(primary surgery ; PS)の場合に比べ,追加外科的切除(secondary surgery ; SS)を行うべき症例において,ERが先行して施行され,その後,SSとなった場合に,遠隔転移を含む長期予後に影響を与えるかどうかについては明らかではなかった.一次手術(PS)群と内視鏡的切除後追加外科的切除(ER+SS)群の長期成績の比較について,近年複数の論文が報告されている.本稿では,ER+SSにおける長期予後に関連する文献について紹介するとともに,おのおのの臨床的背景や解析方法の違いについても注目し解説を試みたい.

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はじめに

 本邦では65歳以上の人口の増加により高齢化率は28.4%となり,75歳以上人口は1,800万人を超え,総人口の14.7%を占める社会となった1).医療において高齢者・超高齢者と区分するかの定義はいまだ議論されているが,近年の老年化現象に関する種々のデータの経年的変化の検討から従来の65歳以上ではなく75歳以上を高齢者の新たな定義とすることが提案されている2)

 さて,早期大腸癌に対する内視鏡的粘膜切除術(endoscopic mucosal resection ; EMR)や内視鏡的粘膜下層剝離術(endoscopic submucosal dissection ; ESD)といった内視鏡治療はさまざまな施設で数多く施行されているが,大腸ESDが超高齢者においても安全に施行できたという報告がなされるように3)4),治療対象者においても高齢者が増加している実感がある.一般的には高齢者ほど循環器疾患を中心とした併存疾患の有病率が高く,また抗血栓薬服薬者の比率も高いが,内視鏡治療の適応の側面から年齢を加味した指針は定まっておらず,現場の内視鏡医が個々の症例において治療の是非を判断している実態がある.

 このような状況において,高齢者に対する早期大腸癌の治療の検討に関して文献検索を行うと,原著論文での報告は少なく,医学中央雑誌データベースで「高齢者 ; 早期大腸癌」で検索し得たものは5件(会議録を除く)であり,海外での報告はほとんどない.今回は現状で得られた情報の中で文献的考察を行った.

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目次

欧文目次

早期胃癌研究会 症例募集

「今月の症例」症例募集

次号予告

編集後記 江﨑 幹宏
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 早期大腸癌に対する根治を目的とした内視鏡治療の適応は,内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)の普及により大きく拡がった.なかでも,局所切除のみで根治可能なTis癌の中には,腫瘍径や形態から腸切除を余儀なくされた症例も存在したため,これらの症例ではESDの恩恵を享受することが可能となった.一方,浸潤癌であるT1癌の治療原則は従来リンパ節郭清を伴う腸切除とされていた.そのため,内視鏡治療による完全摘除が可能であった症例でも追加腸切除が勧められたが,T1癌におけるリンパ節転移率は約10%であることから,リンパ節郭清を伴う腸切除が追加されても多くの症例では癌の遺残を認めない事実があった.そのような臨床経験を背景に症例集積研究が積み重ねられ,T1癌における所属リンパ節転移リスク因子としてSM浸潤距離,脈管侵襲陽性,低分化腺癌・印環細胞癌・粘液癌などの組織型,浸潤先進部の簇出などが抽出された.これらのリスク因子は2014年版の「大腸癌治療ガイドライン」において内視鏡的摘除されたpT1癌の追加治療の適応基準として採用され,SM浸潤距離に関しては1,000μmが基準ラインとされた.2019年版の「大腸癌治療ガイドライン」においても追加治療の適応基準に関する変更はなされていない.しかし,大腸癌研究会のプロジェクト研究ではSM浸潤距離1,000μm以上のT1癌リンパ節転移率は12.5%程度であったこと,超高齢社会という本邦の社会的状況とも相まって低侵襲治療の重要性が強調されているなどの背景因子を考慮すると,内視鏡治療技術の進歩に伴い早期大腸癌においても治療適応拡大の妥当性が論じられることは当然の流れであろう.

 本特集号はT1b癌に対する内視鏡治療適応拡大の可能性を見据えて,①適応判断に必要な術前画像診断,②完全一括摘除を完遂するためのESD技術,③リンパ節転移リスクの正確な層別化のために必須となる切除標本の正しい取り扱い方と病理組織診断,の3つの重要な要素を設定し,各部門のエキスパートの先生に執筆いただいた.いずれも本特集のテーマに見合った力作であり,T1癌に対する新たな治療ストラテジーの妥当性をさらに検証していくうえで示唆に富む内容となっている.

基本情報

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胃と腸
56巻8号 (2021年7月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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