胃と腸 54巻11号 (2019年10月)

今月の主題 大腸腫瘍の病理診断の課題と将来展望

序説

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 最近,学生講義の際に“腫瘍とは?”の質問を投げかける都合上,あらためていくつかの教科書を紐解きまとめる機会があった.それによると,腫瘍とは“細胞が生体内の制御に反して自律的に過剰に増殖することによってできる組織塊”となる.そして,悪性腫瘍と良性腫瘍に大別されることは読者諸兄は当然ご存じのことと考えるが,悪性腫瘍とは“周囲に浸潤・転移を起こす腫瘍”で,良性腫瘍とは“自律的に増殖できる環境をつくる能力がなく発生した場所でのみ増殖する腫瘍”と定義されており,それを個々の病変で判断しているのが病理組織診断である.

 内視鏡医にとって病理組織診断は,自分の内視鏡診断への確証や時に反省を得るものであると同時に,臨床医としては治療が適切に行われたのか否かを患者に説明し,経過観察も含めた今後の治療方針あるいは終診の判断を行ううえでも大変重要な情報となる.臨床医が行うのはmacroでの診断であり病理医が行うのはmicroでの診断なので,臨床医は病理組織診断に反論する術を持たないし,必然的に病理組織診断は臨床医にとって絶対的な診断と考えられている.

主題

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要旨●大腸癌は粘膜内で上皮細胞から発生,浸潤した後に粘膜下層に浸潤すると考えられる.これが正しければ,大腸粘膜内癌は粘膜内浸潤癌と非浸潤癌に分けられるはずである.しかし,国際的に大腸粘膜内浸潤癌の病理学的理解は希薄であり,粘膜内に浸潤する腫瘍に対してpTisすなわちcarcinoma in situに分類するのが現状である.しかし,carcinoma in situという言葉を浸潤性病変に用いることは病理総論的に不適切である.そこで現状を改善するため,粘膜内浸潤癌の存在認識を共有し,粘膜内浸潤癌の診断における問題点を共有したい.また,最近のゲノム解析の情報から,大腸癌の多様性に関する報告について概論しつつ,早期大腸癌の病理診断への取り込みを模索したい.

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要旨●大腸粘膜内腫瘍性病変は通常型腫瘍と鋸歯状病変に大別される.両者の分子異常は全く異なっており,通常型腫瘍はAPC系に帰属するが,鋸歯状病変はBRAF/KRAS系に属する.この区別は病理診断の観点からも重要である.KRAS変異は両者に共通するが,通常型腫瘍ではAPC変異陽性/KRAS変異陽性であるのに対して,鋸歯状病変ではAPC変異陰性/KRAS変異陽性のパターンが多い.鋸歯状病変は大きく過形成性ポリープ(HP),鋸歯状腺腫(TSA),SSA/P(sessile serrated adenoma/polyp)に分類される.TSAとSSA/Pは病理組織学的にも分子異常の点からも異なった病変である.TSAの分子異常はBRAF型とKRAS型に亜分類される.両者の違いはポリープ基部の組織像にあり,BRAF型の基部の組織像はHP様であるが,KRAS型のそれはBRAF型とは異なった組織像である(表層部が鋸歯状で深部が腺腫様).一方,SSA/Pの分子異常はSSA/PはBRAF変異,CIMP(CpG island methylator phenotype)-highで特徴づけられるが,分子異常と最も相関する組織所見は,腺底部の拡張所見と寸胴状の拡張所見である.SSA/P with cytological dysplasiaの診断にはBRAF変異抗体とミスマッチ修復遺伝子産物(MLH1/PMS2)の免疫染色が有用である.鋸歯状病変の亜型が複数報告されているが,独立した病型としては今後の検討が必要である.鋸歯状病変の分子異常は病理診断に有用な知見を提供している.

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要旨●潰瘍性大腸炎における異形成(dysplasia)と癌の診断において,病理組織学的診断の果たす役割・期待は大きいにもかかわらず,診断に悩む病理医は多い.多彩な病理組織像を呈するdysplasiaは簡単には説明しづらく,散発性腺腫や再生異型との鑑別はしばしば難しい.dysplasiaに比較的共通してみられる所見は,“核腫大し,核小体がわかりにくい程度までヘマトキシリンに濃染する腫瘍細胞”,“腺管密度の上昇が目立たない分岐の乏しい腺管”,“p53免疫染色の異常”である.頻度は高くないが,dystrophic goblet cellsや多数の内分泌細胞といった,分化した細胞が出現することはdysplasiaに特徴的な所見である.

特集

症例診断の解説とまとめ 八尾 隆史
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はじめに

 過去の本誌において,1992年に「早期大腸癌の病理組織診断基準—その差はどこにあるのか」,1998年に「早期大腸癌の組織診断基準—諸問題は解決されたか」が特集された.1992年に比較して1998年では癌診断率の差がはるかに小さくなったが,依然として差はみられていた1)

 それから約20年経過し本邦の消化管専門病理医が世代交代した今,通常型の大腸腫瘍に加え,過去には取り上げられていない鋸歯状病変や潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis:UC)関連腫瘍の診断者間による病理診断の違いの有無についての現状把握と今後の診断基準の統一・確立の必要性が生じ,「大腸腫瘍の病理診断の課題と将来展望」という特集が組まれた.

 なお,今回は27症例のHE組織標本のバーチャルスライドを消化管専門病理医15名に事前配布し,診断結果をもとに座談会では分子生物学的解析や免疫組織化学染色の結果を併せて,診断基準について討論した.

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Introduction

菅井 本日は「大腸腫瘍の病理診断の基準の確立に向けて」ということで,病理側から私と八尾先生,臨床側から鶴田先生,山野先生で司会をさせていただきます.本邦の消化管病理のエキスパートの先生方に病理組織標本を診断していただいて,その結果から,問題点,またこれからの診断基準について話し合いたいと思います.私の教室でバーチャルスライドを作成してくれた教室員の永塚先生もオブザーバーとして参加させていただきます.

山野 臨床側からもはじめに一言述べさせていただきます.

 現場で実際に病変を切除して患者に診断を説明する臨床医の立場から言うと,今はもう拡大内視鏡観察をしたり,一部の人は超拡大内視鏡観察(endocyto)をしたりして,癌もしくは腺腫ということを判断してから,病変を切除して病理に提出します.

 ですが,病理からの診断レポートに,病理標本全体で部分的に異型度が違うのに,大部分がこうだからと診断名が1つしかついてこないときがあります.他にも,臨床側が癌だと思って切除して提出しても病理から癌と返ってこず,それを別の病理医にみていただくと,結局癌と診断がつくこともあり,われわれ臨床医にとっても非常に大きな問題です.本日はこのような乖離についてのお話もおうかがいできるとありがたいです.

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患者

 40歳代,女性.

主訴

 なし.

現病歴

 大腸癌検診にて便潜血反応陽性を指摘され,近医で内視鏡検査を施行された.S状結腸に病変を指摘されたため,当院へ紹介となった.

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要旨●患者は83歳,男性.便潜血陽性にて下部消化管内視鏡検査を施行したところ,横行結腸に3cm大の粘膜下腫瘍を認めた.くびれを有し,表面はやや凹凸のある比較的軟らかな粘膜下腫瘍であり,表面に小潰瘍を伴っていた.生検にて診断に至らず,外科的切除術を施行した.病理組織学的には好酸性細胞質と円形の核を有する円形細胞の充実性増殖を示しており,免疫組織化学的検索および遺伝子検査により,横行結腸に発生したPEComaと診断した.

早期胃癌研究会

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 2018年11月の早期胃癌研究会は11月21日(水)に笹川記念会館2F国際会議場で開催された.司会は中島(早期胃癌検診協会附属茅場町クリニック),江﨑(佐賀大学医学部附属病院光学医療診療部),病理は海崎(福井県立病院病理診断科)が担当した.「早期胃癌研究会方式による画像プレゼンテーションの基本と応用」は山野(札幌医科大学医学部消化器内科学講座)が「画像所見と病理所見の対比法のコツ:真の対比は切除標本の取扱いにある」と題して行った.

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目次

欧文目次

「今月の症例」症例募集

早期胃癌研究会 症例募集

学会・研究会ご案内

次号予告

編集後記 菅井 有
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 大腸腫瘍性病変の病理診断は大腸腫瘍の分子異常の解明の進歩に影響されており,従来の病理組織学的所見のみに依存した病理診断から分子異常も加味した分子病理診断へと変容してきている.WHO分類も改訂され,分子異常の記載が大幅に増えていることもそれを裏づけているように思われる.しかしながら,病理診断がHE染色標本に基づいた病理組織学的所見によって行われるという基本的姿勢に変わりはない.病理診断は主観的判断によりなされるが,これまで多くの先人の努力により客観的な指標の導入が試みられてきた.先に述べた分子病理診断もこれらの先人たちの努力の上に成り立っていることを忘れてはなるまい.

 本特集は3つの主題で構成されている.一つは“大腸粘膜内癌の診断基準と問題点”というタイトルで小嶋基寛先生にご執筆いただいた.本邦では粘膜内癌を上皮内癌と固有層浸潤癌に分離しているが,欧米ではこの分離があいまいで,両者を厳密に区別する基準はない.確かに孤立癌胞巣の形成とdesmoplasiaの形成以外は客観的な基準の指摘はされておらず,これらの所見のみでは固有層浸潤を過小評価することになるとの指摘がなされている.しかし最近の傾向として十分なコンセンサス形成までは至っていないものの,不規則な癌腺管の分岐や高度な乳頭状変化を固有層浸潤とみる見解も有力になっている.また高グレード腺腫と上皮内癌の鑑別も病理医による差異があり,十分な合意形成はされていないのが現状である.しかし,異型判断が主観性を排除できない以上,病理医によって判断が異なるのは当然とも言える.両者の判断が異なっても臨床的な対応には影響を与えないので,実務においては病理医が考えるほど深刻な問題ではない.要は病理医が自らの診断基準を臨床医(特に内視鏡医)に提示することと従前用いていた診断基準を根拠も示さず変更しない姿勢こそが重要である.加えて本論文では癌細胞のコピー数変化が癌の進展に質的な影響を及ぼすことを指摘しているが(コピー数変化のボトルネック作用),これは従来の筆者らの主張を支持する考え方である(Sugai T, et al. Oncotarget 9:22895-22906, 2018 ; Eizuka M, Sugai T, et al. J Gastroenterol 52:1158-1168, 2017).染色体上の変化は大腸腫瘍の良悪性の鑑別に有用と思われ,今後の検査化指標への発展が期待される.

基本情報

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胃と腸
54巻11号 (2019年10月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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