胃と腸 50巻3号 (2015年3月)

今月の主題 胃癌範囲診断における拡大観察のピットフォール

序説

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はじめに

 内視鏡検査を用いて胃癌の範囲診断を行うには,胃癌の構造を理解する必要がある.胃癌は大きく分けて分化型癌と未分化型癌に大別され,その基本構造は全く異なる. 分化型癌の多くは粘膜を全層置換性に増殖するため,背景粘膜と癌部の境界は明瞭となる(Fig.1).一方,未分化型癌は腺頸部を側方進展するため,最表層は非腫瘍性上皮で覆われている.したがって,その境界は不明瞭となることが多い(Fig.2).しかし,未分化型癌であっても,癌が進行し全層置換した場合は,境界明瞭な陥凹を来す(Fig.3).これが胃癌の基本構造である.

 しかし,以前の教科書には,未分化型癌は境界が明瞭と記載されていた.未分化型癌は萎縮の少ない胃底腺領域に発生することが多く,萎縮のない胃底腺は腺管密度が高いため,腺頸部を側方進展することができない.この結果,癌がスクラムを組むように全層性に側方進展するため,境界明瞭な段差を形成する.一方,萎縮のある領域では,間質が広いため,未分化型癌は非腫瘍性上皮を破壊せずに,間質を側方進展する.この場合,境界が極めて不明瞭となり,内視鏡検査での診断は不可能である(Fig.4).

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要旨●粘膜内進展範囲診断の困難な胃癌の病理学的特徴について,ESD切除による水平断端陽性早期胃癌症例の病理学的解析を加えて解説した.粘膜内進展範囲診断の困難な胃癌は,表面性状の変化が乏しい癌と周囲粘膜と高低差のない癌に大別できる.表面性状の変化が乏しい癌の原因としては,低異型度分化型腺癌と非全層性発育型癌および背景粘膜の胃炎性変化が挙げられる.周囲粘膜と高低差のない癌は随伴IIb癌を伴う癌であり,IIb癌を構成する癌組織型はNT-porsig型,LS-tub2型,LG-tub1型の3群に分類できる.背景粘膜の胃炎性変化も,周囲粘膜と高低差のない癌の原因となりえる.ESDによって切除された早期胃癌820病変のうち,粘膜層の水平断端が陽性であった病変(HM1病変)は25病変(3.0%)であった.HM1病変は全病変が随伴IIb病変を有しており,随伴IIb病変部において水平断端が陽性となっていた.水平断端陽性部(随伴IIb病変部)の組織所見では,NT-porsig型(12%),LS-tub2型(28%),LG-tub1型(60%)であり,非全層性発育が84%と大多数を占めた.主病変部の癌組織型と随伴IIb癌の組織分類の型はよく相関しており,主病変部の癌組織型から,合併する頻度の高い随伴IIb癌組織分類の型を類推可能である.

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要旨●超高分化腺癌成分を有する早期胃癌(ESD切除例109病変)を対象とし,NBI併用拡大内視鏡検査の浸潤境界診断能と限界を解析した.通常内視鏡検査の境界明瞭群は92病変(84.4%),境界不明瞭群は17病変(15.6%)であった.通常内視鏡検査で境界不明瞭群に対しNBI併用拡大内視鏡検査は82.3%の上乗せ効果を認めた.病理組織学的判定を加味したNBI併用拡大内視鏡検査の境界診断成功率は98病変(89.9%),境界診断不成功群は11病変(10.1%)であった.診断限界例11病変の浸潤部境界部における病理組織学的構築の特徴は,(1)粘膜表層を超高分化腺癌が非癌組織を介在しながら非連続性に置換性発育し,かつ,腫瘍腺管が粘膜固有層浅層に乏しく,粘膜固有層中層以深を主体に水平伸展した病変,(2)胃底腺型胃癌であった.

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要旨●2013年8月1日〜2014年8月31日までの間に,ME-NBIによる範囲診断を行いESDを施行した早期胃癌468例の検討を行った.まず断端が陽性もしくは病理診断によるマップ図からマーキングの位置が大きく外れていた症例の検討を行った.断端陽性例と範囲診断誤診例26例はL領域に多く,組織型は分化型が12/26(58%),未分化型が11/26(42%)であった.次に術前に未分化型腺癌の診断でESDを施行した64例に対してESD時に病変の口側,肛門側にAPCでマーキング(128ポイント)を置き,切除後の病理標本でAPCマーキングの部分に切り出し線を入れ,誤差範囲1mm以内で口側と肛門側の位置を判定した.また,正診例,誤診例の増殖帯進展距離と背景の炎症細胞浸潤について検討した.114/128(89.1%)が正診された.平均腫瘍径は正診例で小さく,正診された症例は窩間部開大距離が誤診群に比べ広かった.増殖帯進展距離に有意差はなかった.炎症細胞浸潤について検討すると,正診例で炎症細胞浸潤が軽度であった.tub2の39例中minor成分にporがあった症例は13例あり,うち2例が手つなぎ型であった.組織型からみるとME-NBIでは範囲診断困難例は分化,未分化型を約半数の割合で認め,未分化型が圧倒的に多いというわけではなかった.未分化型は増殖帯進展について窩間部開大をみていくことで範囲診断の正診率を上げることができる.

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要旨●除菌後に発見された早期胃癌84症例100病変を検討した.組織学的に,表層部で腺窩上皮様に細胞分化を示す分化型癌25病変は低異型度癌が多く,NBI拡大内視鏡観察を行っても19病変は癌の質的診断が困難であった.辺縁部を中心に表層を非腫瘍性上皮で被覆された27病変は高異型度癌が多く,12病変は質的診断より境界診断が困難であった.NBI拡大内視鏡は最表層の所見を視認するため,これらの病変では表面微細構造が多様性や不規則性に乏しく,除菌後の胃炎粘膜に類似し,明瞭なwhite zoneを認めることから,診断が困難となる.除菌後の胃炎類似病変は,背景粘膜萎縮が軽度の症例に多いため,特に注意深い観察が必要である.

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要旨●拡大内視鏡検査の診断は表面微細構造と微小血管構築像の観察をして行うが,倍率の規定はなく一定の観察条件による範囲診断の精度に関して議論されることは少ない.微小血管構築像の診断に際しては最大倍率でひとつひとつの血管の形態を詳細に観察する必要があり,低倍率の観察では比較的径の大きな一部の血管しか評価することができない.当院の検討でも,全周に範囲の同定が可能であった病変を倍率別に検討すると弱拡大観察では92.9%に対して最大倍率を追加すると97.6%まで上昇し,上乗せ効果を認めている.本稿では,拡大内視鏡の弱拡大倍率とさらに最大倍率を用いた場合の診断能の差を認めた症例を中心に提示し,dual focus機能を搭載した内視鏡検査の使用経験についても,若干の考察も交え報告する.正確な早期胃癌の拡大内視鏡観察による診断には,最大倍率での観察や診断には訓練を要するが習得すべきと思われる.

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要旨●当院にてESDを行った分化型早期胃癌(未分化混在型を除く)140病変のNBI拡大内視鏡像について周囲粘膜を含め検討した.NBI拡大像はPM(pit/mesh)型(円形〜縦長の腺開口部と網目状血管)・GL(groove/loop)型(溝状に連続した腺開口部とループ状血管)に分類し,癌周囲にはGL型主体(単独・優勢混在)の粘膜が多くみられた〔114例(81.4%)〕.NBI拡大観察による範囲診断困難な症例は14例あり,病変・周囲粘膜でGL型主体の近似したNBI像を認める例が多く〔10例(71.4%)〕,低異型度高分化型・横這い型中分化型癌が多くみられた.周囲粘膜にはlight blue crestが高率にみられ〔110例(78.6%)〕,境界診断に有用な例もみられた.NBI拡大観察による分化型癌の範囲診断は,その背景粘膜を含めた病理組織像の特徴を理解して行う必要がある.

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要旨●早期胃癌の診断において画像強調観察(IEE)の有用性は高く,範囲診断を中心に普及している.今回当科において2010年1月〜2014年8月までの間にFICEまたはBLI併用拡大観察を施行し,ESD前の術前範囲診断を行った計212病変(FICE:81,BLI:131病変)に関し,範囲診断が困難な症例の特徴を明らかにすることを目標に検討を行った.ESDを施行し,水平断端陽性となった症例は,FICE併用拡大観察において2病変(2.5%)あり,BLI併用拡大観察においては認めなかった.限られた症例数の中では,FICE,BLIで範囲診断困難な症例の特徴には迫ることができなかったが,BLIの登場で早期胃癌に対する拡大観察における微小血管構築像,表面微細構造の描出は格段に向上しており,症例を提示し解説する.

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要旨●患者は60歳代,女性.胃X線検診にて異常を指摘され,当科へ紹介となり,受診した.上部内視鏡検査では,胃体下部大彎に約7mm大の不整形陥凹性病変を認め,生検でGroup 5(tub2)の診断であった.通常およびNBI拡大内視鏡を用いて,病変の範囲診断を行い,陥凹部のみ病変と認識しESDにて切除を行った.切除標本の病理組織学的検討で,陥凹部後壁側に高分化〜中分化腺癌の進展を認め,側方断端陽性となり追加手術を行った.粘液形質は胃型優位の胃腸混合型であった.癌表層部は腺窩上皮様の分化傾向を示し,範囲誤診の原因と考えた.通常内視鏡観察で病変の全体像を把握し,詳細なNBI拡大観察を行うことが重要である.

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要旨●患者は80歳代後半,女性.主訴はなし.糖尿病で通院加療中であったが,健診目的で施行した上部消化管内視鏡検査で異常を指摘された.胃体下部前壁に比較的明瞭な境界を有する陥凹性病変を認め,早期胃癌0-IIc型と診断され,陥凹部からの生検では印環細胞癌が証明された.NBI拡大観察では,病変中央部の陥凹に一致しcorkscrew patternを認め,陥凹周囲の粘膜には異常を指摘し得なかった.高齢であるため十分なインフォームドコンセントを行ったうえでESDを施行した.十分なフリーマージンを確保してESDを施行したが,切除病理組織では病変中央の陥凹部では印環細胞癌が粘膜全層に,陥凹周囲では正常上皮を残しながら粘膜中層以深を癌が浸潤したため,術前のNBI観察では水平方向への病変の拡がりを捉えることができなかった〔gastric cancer Type 0-IIc+IIb,UL(−),sig,por2,pT1b2(SM2:1,000μm),ly1,v0,INFc,int,HM1,VM0)〕.NBI併用拡大内視鏡検査にも限界があり,通常内視鏡検査を軸とした総合的な所見および症例に応じて術前の病変周囲からの陰性生検による確定診断が必要不可欠であると考えられた.

主題症例へのコメント

臨床の立場から 八尾 建史
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はじめに

本号のテーマである“胃癌範囲診断における拡大観察のピットフォール”を示した,2例の貴重な症例が提示されている.それぞれピットフォールとなる要因が異なるので,1例ずつコメントを記載したい.

病理の立場から 九嶋 亮治
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はじめに

 われわれ病理医は,胃の生検や切除検体で非腫瘍と腫瘍を鑑別する際,病理組織学的に異型性を示すところ(つまり正常像とは“隔たり”があり“違和感”を感じるところ)が“領域性”を示すかどうかを観察している.そしてその“領域”の辺縁(つまり非腫瘍部との境界)を“フロント(前線,戦線)”と呼んでいる.内視鏡医も,通常内視鏡検査において,色調を含む粘膜の構造異常が領域性を示すかどうかを観察しているはずである.拡大内視鏡観察では病理組織学的要素が加味され,粘膜表層部の血管像と上皮の構築の異常をみることで病変の領域性やフロントが認識される.拡大内視鏡観察を持ってしても範囲診断を見誤るということは,そういった領域性とフロントが認識しにくいということであり,そのような症例は病理診断も難しい可能性がある.

 今回,ESD(endoscopic submucosal dissection)で断端陽性という残念な結果になった分化型癌と未分化型癌の大変貴重な2例が提示された.日常,内視鏡所見と対比しながら胃癌の病理組織を診断している病理医の立場から,主題症例に関することを述べてみたい.

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要旨●患者は70歳代,男性.心房細動,脳梗塞にて当院外来で,ワルファリンを内服中であった.5か月前より心窩部痛が出現した.症状の改善を認めなかったため,当科外来を受診した.内視鏡検査では,下部食道に不整形の大きな潰瘍を認め,形態的には悪性所見を否定できなかったが,アルギン酸ナトリウムの投与で病変は縮小し,生検組織では確診は得られなかった.食道内圧検査では,上〜中部食道の蠕動の消失を認めた.ワルファリンによる食道潰瘍を考え,内服を中止し,ダビガトランエテキシラートメタンスルホン酸塩に変更した.2年後には潰瘍は瘢痕化しており,食道運動機能異常を背景に出現した,ワルファリン起因性の良性食道潰瘍と診断した.

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 「胃と腸」編集委員会では,故白壁彦夫先生の偉業を讃え,「白壁賞」を設け,優秀な研究・論文を顕彰しております.今回は「白壁賞」の論文を下記の要領で公募いたしますので,奮ってご応募ください.英文誌に発表された消化管の形態・診断学に関する論文が応募の対象となります.

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編集後記 九嶋 亮治
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 「胃癌範囲診断における拡大観察のピットフォール」という内視鏡診断が主体となる本号で,病理医である九嶋が編集後記を急遽担当することになったので,多少の誤認識はご容赦いただきたい.私たち病理医は病理組織学的に異型性を示すところが“領域性”を示すかどうかを観察し,“領域”の辺縁(つまり非腫瘍部との境界部)に“フロント”を認識しつつ腫瘍の診断をしている.拡大内視鏡観察では病理組織学的要素が加味され,粘膜表層部の血管像と上皮の構築異常をみることでdemarcation line(DL)を認識されていると思う.拡大観察は通常観察よりも病理組織学的検索に近づいているわけで,範囲診断(DLの認識)が困難な症例の腫瘍・非腫瘍の境界部の組織像を理解することは,今日的に極めて重要である. 本号では,序説で小山が拡大内視鏡観察に関連する胃癌の基本的な構造について簡潔にまとめている.初学者はここを読んでから各論文に進まれるとわかりやすいと思う.江頭論文では,境界不明瞭な胃癌の病理組織学的特徴が詳細に述べられている.「早期胃癌のIIb進展範囲診断」(本誌45巻1号)の江頭論文を併せ読んでいただくと,肉眼像と病理像の対比を重視する江頭病理の神髄に触れることができる.

基本情報

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胃と腸
50巻3号 (2015年3月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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