胃と腸 46巻1号 (2011年1月)

今月の主題 多発胃癌─最新の知見を含めて

序説

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はじめに

 本誌において2005年に「胃癌EMR後の異時性多発を考える」が主題に取り上げられてから約5年が経過し,多発胃癌を取り巻く状況はかなり変化している.すなわち,診断面ではハイビジョン内視鏡や拡大内視鏡,NBI(narrow band imaging)などのimage-enhanced endoscopyが開発され,診断精度が高くなり,多発胃癌の見逃し病変の減少,あるいはこれまで発見が困難であった病変の診断能向上が期待されている.一方,治療面では胃の分化型粘膜内癌の標準的治療としてESD(endoscopic submucosal dissection)を中心とする内視鏡治療がほぼ確立されたことで,癌の発生母地である胃粘膜が大量に残存することとなり,多発胃癌の取り残しや治療後の多発胃癌発生が問題となっている.このような新たな状況を踏まえ,多発胃癌を取り巻く問題点を整理し序説としたい.

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要旨 多発胃癌症例230症例の第1癌巣230病変と多発癌巣328病変の位置関係を検討した.多発癌巣の約60%は第1癌巣から4cm以内の近傍に存在しており,第1癌巣の肛門側に位置する傾向が認められた.組織型,粘液形質,癌巣周囲粘膜の種類,癌巣周囲粘膜の腸上皮化生の程度は,いずれも第1癌巣と多発癌巣の間で一致している傾向がみられた.また,早期多発胃癌の第1癌巣132病変と早期単発胃癌507病変の臨床病理学的因子を比較検討した.単変量解析では多発胃癌との有意な相関を示したのは性別(男性),年齢(65歳以上),深達度(SM),粘液形質(腸型),萎縮性胃炎の拡がりの程度(高度),癌巣周囲粘膜の腸上皮化生の程度(高度),粘膜下異所性胃腺であった.多変量解析にて独立性が認められたのは粘液形質(腸型),癌巣周囲粘膜の腸上皮化生の程度(高度),粘膜下異所性胃腺であった.これらの結果から,多発胃癌の危険度判定基準を作成した.この適応基準により,多発胃癌発生の高危険群の選別が可能であり,胃癌の縮小治療後のサーベイランス方針の決定に有用であると考えられた.

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要旨 ミスマッチ修復(MMR)系遺伝子は大腸癌を中心とした多発癌を生じる遺伝性非腺腫症性大腸癌の原因遺伝子であり,不活化の結果マイクロサテライト不安定性(MSI)が生じる.多数例の後向き解析から,高頻度MSI陽性(MSI-H)胃癌症例は有意に多発癌を伴い,その大半にMMR遺伝子hMLH1のプロモーターメチル化が生じていた.内視鏡的粘膜下層剝離術施行症例に対する前向き解析では,術後3年間経過観察した110例中MSI-H胃癌は9例で,そのうち6例(67%)に異時性再発を認めた.かかる多発発癌の背景にはプロモーターメチル化を含めた胃粘膜全体のエピジェネティック発癌フィールド形成が関与している可能性がある.

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要旨 過去10年間に当センターで経験した切除胃癌1,254例中,同時性多発胃癌は133例(10.6%)であった.また間接胃集検発見胃癌341例中,同時性多発胃癌は42例(12.3%)であり,5mm以上の副病変をもつ28例47病変を対象として,実際の検査の施行順に,副病変の術前診断率と描出率について検討した.検診X線検査が23% : 51%,内視鏡検査が45% : 53%,精密X線検査が47% : 55%であった.いずれの検査も副病変の描出率は50%台であったが,術前診断率は,検診X線だけが低率であった.したがって検診X線の読影では,多発病変の存在を考慮した拾い上げ診断を積極的に行うことが必要であり,さらに精密検査として行う内視鏡検査や精密X線検査の前に,主病変だけでなく副病変の存在を考慮して,検診X線像を再度読影することが,正確な診断と効率的な精密検査を行ううえで重要である.

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要旨 2003年11月から2009年12月までの間にESDにて切除された初発早期胃癌症例725例を対象とし,以下の結果を得た.多発例の頻度は161例(22.2%)で,そのうち同時多発例は88例(12.1%),異時多発例は73例(10.1%)であった.性・年齢は,男 : 女=3.1 : 1,平均年齢71.9歳であった.病変数は,同時多発例は,2重複が73.9%,3重複以上が26.1%,異時多発例は,2重複が64.4%,3重複以上が35.6%であった.部位は,同一領域ではM,L領域に,隣接領域ではML領域に多い結果であった.平均腫瘍径については,特に異時多発例の初回病変は17.6mm,異時性病変は13.7mmであり,これらの間に有意差を認めた.組織型では,多発例において低異型度分化型癌の割合が有意に高かった.深達度に関しては,異時多発73例のうち3例(4.1%)は異時性病変がSM2以深であった.異時性病変発見までの期間は,3年以内に85.7%が発見され,最長では5年2か月目に発見されていた.胃癌の内視鏡診断に当たっては,多発胃癌の特徴を踏まえた注意深い観察を行い,治療後少なくとも1年ごとの内視鏡検査が必要であり,治療後5年以内はもちろん,可能なかぎり長期間の追跡を行うことが重要である.

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要旨 当院で胃ESDを施行し治癒切除が得られた早期胃癌375例の経過を調べたところ,異時性多発癌が27例(7.2%)に発生していた〔観察期間中央値(範囲): 40(12~80)か月〕.また近年,H. pyloriの除菌によってESD後の異時性多発癌の発生が減少することが報告されているが,除菌後もある一定の頻度で異時性多発癌は発生する.以上の背景から,除菌後の異時性多発癌の発生のハイリスク群を明らかにする目的で,除菌治療を行った早期胃癌ESD82例を対象に前向きコホート研究を行った.その結果,AFIでみた萎縮性胃炎の拡がりがopen typeの症例はclosed typeに比べ異時性多発癌の発生頻度が高く,AFIでみた萎縮性胃炎の拡がりは独立して有意に異時性多発癌の発生と関連していた(hazard ratio 4.88,95%confidence interval 1.32~18.2,p=0.018).

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要旨 早期胃癌に対する内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)は広く普及し,Helicobacter pylori除菌療法はその後の標準治療となった.今回当院でESD後除菌成功後に認めた異時性多発胃癌を検討した.2000年から2010年までのESD治癒切除症例で,その後H. pylori除菌療法成功後に異時性胃癌を認めたものが合計33例39病変存在した(2次癌33病変,3次癌6病変).除菌後胃癌発見までの期間は平均28.8か月,中央値15.0か月(5~120か月),男女比 31/2,腫瘍径中央値12.3(3~30)mmであった.発見時検査と前回検査との間隔は平均8.5(5~19)か月であった.陥凹型で分化型の粘膜内癌の頻度が高く,高度萎縮粘膜の患者頻度が高かった.今後は長期経過例の症例蓄積が必要である.

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要旨 胃癌は組織型を問わずH. pylori感染に伴う慢性胃炎を背景として発症する.胃癌治療には内科治療と外科治療があるが,外科切除後の残胃癌に比べ内視鏡治療後の異時性多発癌の頻度が高い.最近では,内視鏡治療の進歩により,胃癌の内視鏡治療の適応拡大がなされ,多発胃癌の重要性が増している.内視鏡治療後の遺残再発はほとんどが術後2年以内に発生するが,内視鏡治療後の異時性多発癌は術後長期にわたって出現する.H. pylori除菌が内視鏡治療後の異時性多発癌の発生を抑制することが,わが国における多施設共同の無作為化試験で証明された.胃粘膜の高度萎縮症例ではH. pylori除菌後での異時性多発癌のリスクが高く注意を要した.しかし,外科切除後の異時性多発癌については,H. pylori感染に加え十二指腸液の逆流,迷走神経切離による脱神経支配など術後の胃内環境の変化が関与する.

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要旨 除菌治療は早期胃癌の内視鏡的発見率を減少させるが,その前提として正確な内視鏡診断が必要である.一方,既知の表面隆起型胃腫瘍症例に除菌治療を行うと,短期間で腫瘍形態が平坦化し,診断に苦慮する例がある.組織学的には腫瘍表面に低異型度上皮が出現する.除菌治療後にも胃癌は発見され,少数ながら進行癌として発見される症例もある.正常細胞が癌化し,内視鏡的に診断可能になるためには相当期間が必要であり,除菌治療により胃癌を抑制するためには,細胞レベルでの癌化が生じる前に介入を行う必要がある.

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要旨 胃癌術後の残胃の癌の臨床病理学的特徴を考察した.胃癌術後の残胃はH. pylori持続感染後という発癌準備状態にあることが多いため,良性潰瘍手術後の残胃に比べ,発癌までの平均期間は短く,胃上部の初発胃癌と同様に非吻合部の小彎~後壁に好発していた.残胃の進行癌に対する手術では結腸,膵臓,肝臓などの合併切除が必要になることが多い.残胃早期癌に対してはESDや残胃部分切除といった術式が選択されるようになりつつある.幽門保存胃切除や噴門側胃切除術後の残胃の癌については今後より大きな規模の報告が待たれる.胃癌術後の残胃の癌の累積罹患率は直線的に増加することから,残胃の内視鏡検査は一定間隔で可能な限り継続することが望ましい.

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〔患 者〕 74歳,男性.

〔主 訴〕 左下腹部痛.

〔既往歴〕 高脂血症.

〔家族歴〕 特記すべきことなし.

〔現病歴〕 左下腹部の鈍痛を主訴に当院外来を受診した.血液生化学検査にて肝腎機能の異常はなく,腹部超音波検査でも明らかな異常を認めず.

胃と腸 図譜

連載の序 芳野 純治
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 「胃と腸」誌は画像診断学に重心を置いている.すなわち,疾患を見つけ,その疾患を集め,そして解析することにより体系的な診断学を創り上げようとしている.この作業において,特に画像は病変の成り立ちを知るうえで重要な役割を果たしている.一方,最近ではいろいろな画像検査が行われ,その有用性が評価されるようになっている.すなわち,従来のX線造影像,通常の内視鏡像に加え,内視鏡検査の領域では超音波内視鏡像,拡大内視鏡像,NBIなどの画像強調像,放射線検査の領域でもCT,MRI,PETなどが行われている.病理診断においても同様で,マクロ像,HE染色像に加え,免疫染色像が診断に不可欠になってきている.

 本誌では新しい企画として,「胃と腸図譜」を連載することにした.

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1 概念,病態

 消化管カルチノイドは粘膜深部の幼若内分泌細胞から発生し,早期に粘膜筋板を越えて粘膜下層に浸潤し,粘膜下腫瘍の形態を呈する.十二指腸カルチノイドの頻度は本邦では直腸(35.3%),胃(27.9%)に次いで13.8%と報告されている.臨床症状として下血がみられるが,偶然発見されることが多い.十二指腸カルチノイド897例を集計した報告3)によると,男 : 女=1.39 : 1,平均年齢 : 55.9(9~91)歳,発生部位は上部45.6%,下行部44.1%,乳頭部25.2%,下部1.7%である.平均の腫瘍径は17.7mm,深達度はM 3.6%,SM 62.9%,MP 16.3%,筋層を越えるもの17.9%である.転移は全体の27.4%にみられ,リンパ節転移が20.0%,肝転移が9.9%である.大きさと転移との関係は,大きさがわかる655例についてみると5mm以下10.6%,6~10mm 14.3%,11~20mm 26.3%,21~50mm 48.1%,50mm以上 66.7%である.また,カルチノイド症候群は3.1%にみられる.

早期胃癌研究会

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 2010年9月の早期胃癌研究会は9月15日に笹川記念会館国際会議場にて開催された.司会は松本主之(九州大学病態機能内科学)と長浜隆司(早期胃癌検診協会中央診療所),病理は江頭由太郎(大阪医科大学病理学)が担当した.セッションの間に,第16回白壁賞,および第35回村上記念「胃と腸」賞の授与式が執り行われた.

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欧文目次

「今月の症例」症例募集
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 「今月の症例」は毎号本誌の冒頭を飾っていますが,X 線,内視鏡写真など形態学的所見が読めるようにきちんと撮影されている症例の掲載を目的としています.珍しい症例はもちろん,ありふれた疾患でも結構ですから,見ただけで日常診療の糧となるような症例をご投稿ください.

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 今から約25年前,故白壁彦夫教授が司会をされていた研究会に久留米大学からIIc型早期大腸癌症例を提示したことがあった.外科手術症例で標本の張り付け方が悪く,X線,内視鏡などの画像とマクロの対応が困難となってしまい,白壁教授からかなり強烈なお叱りを受けて立ち往生している時に,当時筑波大学教授であった本書著者の中村恭一先生から「病理学的には頭の中で切除標本を伸ばせば,マクロと画像そして病理組織像の対応は可能である」というお助けの言葉をいただき,その場をなんとか切り抜けることができた.先生のお優しさには今でも大変に感謝している.中村先生は臨床の疑問点を理解され,真摯に答えようとされる.先生の下で研修した多くの医師が日本各地で消化管画像診断学のリーダーになっていることにも納得がいく次第である.

 さて,共著者である杏林大学・大倉教授から「本書は1980年に中村先生と故喜納勇教授の共著で出版された『消化管の病理と生検組織診断』を時代に合わせて改訂し,足りない部分を補充したものだ」というお話を伺っていたが,実際読ませていただくと前書と比べてその内容の充実ぶりに驚かされた.全消化管(食道,胃,十二指腸・小腸・虫垂,大腸,肛門管)の解剖,形成異常,炎症性疾患,非腫瘍性疾患,腫瘍性疾患について,カラーのマクロ写真,切除標本・生検標本の病理組織写真,内視鏡写真,図表を駆使して漏れなく記載・解説されており,非常にわかりやすく,特に腫瘍の項などは中村先生の癌発生とその組織像・診断に関する哲学までも十分に感じることのできる内容となっている.

早期胃癌研究会 症例募集
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早期胃癌研究会では検討症例を募集しています.

画像のきれいな症例で,

・比較的まれな症例,鑑別が困難な症例.

・典型例だが読影の勉強になる症例.

・診断がよくわからない症例.

学会・研究会ご案内

第17回「白壁賞」論文募集
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 「胃と腸」編集委員会では,故白壁彦夫先生の偉業を讃え,「白壁賞」を設け,優秀な研究・論文を顕彰しております.今回は「白壁賞」の論文を下記の要領で公募いたしますので,奮ってご応募ください.英文誌に発表された消化管の形態・診断学に関する論文が応募の対象となります.

投稿規定

編集後記 小野 裕之
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 多発胃癌をとりまく状況は,良性潰瘍による胃切除の減少,IEE(image-enhanced endoscopy)の進歩,ESD(endoscopic submucosal dissection)の急速な広まりなどにより,従前と様相を異にしている.長南は序説で,(1) 切除胃の検討における多発胃癌の特徴,(2) 同時・異時性多発胃癌をめぐる問題,(3) 内視鏡治療と多発胃癌の問題,(4) サーベイランスの問題,(5) 胃癌術後の残胃多発癌の問題,(6) H. pylori(Helicobacter pylori)除菌で内視鏡治療後多発のリスクは減るのか,という6点に整理し,問題提起した.

 熊谷論文では,胃癌術後の残胃に発生する癌についてレビューを行っている.胃癌術後の残胃はH. pyloriの持続感染後の発癌準備状態と言える状況にあり,良性潰瘍術後と比べ,発癌期間までの期間が短く,残胃の非吻合部に好発している.今後の課題として,近年早期胃癌の頻度が増加し,噴門側胃切除や幽門保存胃切除などの術式が増えていることから,従来と比べ多発癌の頻度や好発部位が変化する可能性が挙げられており,多数例の長期経過観察例のデータ集積が重要である.

次号予告

基本情報

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胃と腸
46巻1号 (2011年1月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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