胃と腸 45巻11号 (2010年10月)

今月の主題 大腸低分化腺癌の初期像とその進展

序説

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 大腸の粘液癌,印環細胞癌および低分化腺癌(Table 1)1)は全大腸癌の4%程度とまれな組織型であり,一般に右側結腸に発生頻度が高いとされている.また,大腸低分化腺癌は発見時進行例が多く予後不良とされており,その早期診断は重要な課題である.しかし,発生直後から急速に進展するためであろうか,臨床的にその早期診断は極めて困難であり,画像や臨床材料のそろった臨床的報告例は極めて限られている.そのため,臨床のみならず病理学的にもその組織発生および発育進展様式は,いまだ明らかになっていないのが現状である.

 一般に,大腸SM癌は10%前後にリンパ節転移を生じるが,分化型腺癌と比較して低分化腺癌ではその頻度が優位に高く,悪性度の高いことがわかっている.現在のところ,きちんとした臨床材料で転移を来した大腸粘膜内癌は世界中で1例も報告がないものの,大腸粘膜内癌のほとんどは分化型腺癌であり,低分化型粘膜内癌が転移能を持つのか否かは不明である.また,早期低分化腺癌とは言っても分化型腺癌から進展移行した病変も多く,de novo発生した粘膜内癌としての低分化腺癌の頻度や特徴はまったく不明である.以前から,この「胃と腸」誌の企画案として「早期大腸低分化腺癌」は主題の候補の1つには挙がってはいたが,前述のごとく症例数が極めて少ないため時期尚早であるということでずっと“待った"がかかっていたという経緯がある.しかし,時を重ねた今,ついにこの「早期大腸低分化腺癌」という主題を「胃と腸」誌で取り上げることが編集委員会で決定された.

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要旨 目的 : 大腸低分化腺癌の臨床病理学的,分子病理学的検討を行った.対象と方法 : 低分化腺癌42例,分化型腺癌57例を用いた.低分化腺癌は,大胞巣型,小胞巣型,索状型,に分類した.低分化腺癌は分化型成分と低分化成分に分けて解析を行った(32/42例).腫瘍細胞の粘液形質,p53,Ki-67,β- catenin,MLH1およびMSH2の発現は免疫組織化学的に行った.Ki-rasおよびBRAF変異解析はパイロシークエンス法で解析した.MSIはPCR-microsatellite法を用いて行った.結果 : 各低分化腺癌はリンパ管侵襲像の頻度が高く,小胞巣型は静脈侵襲像の頻度が高かった.p53過剰発現は分化型腺癌と比較して差がなかった.大胞巣型ではKi-ras変異の頻度が低かったが,BRAF変異は高い傾向があった.MSIは大胞巣型で頻度が高かったが,索状型にはみられなかった.結語 : 低分化腺癌は分化型腺癌を経由して発生することが多いが,臨床病理学的,分子病理学的にも異なっていた.

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要旨 大腸の低分化腺癌は,本邦においては全大腸癌の4~7%程度と報告されており,比較的まれな組織型である.既存の報告では,ほとんどが進行癌症例による検討であり内視鏡的に早期癌と診断される症例は非常に少なく,低分化腺癌の発育進展については明らかにはされていない.2000年以降に当施設において,内視鏡的に早期癌と診断し,かつ病理組織学的に低分化腺癌と診断された症例は8例のみであった.これらの症例を見直すと,“右側結腸",“明瞭な陥凹面",“粘膜下腫瘍様の形態"が通常内視鏡検査における特徴と考えられた.また拡大内視鏡所見については,低分化腺癌としての組織構築を反映し,細かい不整形pitを疎らに認める程度で,多くは無構造に近い形態を呈していた.一方,NBI所見は,断片化の目立つ不整血管が比較的等間隔にみられることがその特徴として考えられた.

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要旨 患者は66歳,男性.大腸ポリープの精査加療目的にて当院を紹介された.大腸内視鏡検査が施行され,直腸S状結腸移行部に約4mm大のIs様ポリープを認めた.約1か月後に内視鏡的粘膜切除術を施行したところ,粘膜表層は高分化管状腺癌で覆われており,粘膜の中層では中分化管状腺癌,さらに深層では低分化腺癌がみられ,粘膜の表層から深層の方向に連続的に癌の分化度が低下していた.癌巣は連続的には粘膜下層に浸潤していないが,粘膜下層には著明な癌のリンパ管侵襲が認められ,切除断端近傍にもリンパ管侵襲が認められた.深部断端陽性で,リンパ管侵襲による癌の進展がさらに深部に及んでいる可能性が示唆されたため,約1か月後に追加腸切除を施行した.癌のリンパ管侵襲は断続的に漿膜下層にまで及んでいた.最終診断はpoorly differentiated adenocarcinoma,pT3(SS),ly3,v1,N3であった.

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要旨 患者は50歳代,女性.食思不振,体重減少の精査目的で下部消化管内視鏡検査を施行し,横行結腸に15mm大のひだ集中を伴う丈の低い隆起性病変を認めた.病変は褪色調でわずかな陥凹面を有し,病変中央にはやや発赤の強い一段丈の高い隆起を伴っていた.NBI拡大観察では,通常みられるようなcapillary patternとは異なった,屈曲,蛇行の強い,縮れたような血管所見が認められた.また,pit観察では,不整型の小型pitが不規則に配列しているのが観察されたが,不整の程度は弱く,また,明らかな領域性は認めなかった.総合的に病変はSM1までにとどまるものと考え,EMRを試みた.しかしながら,non-lifting signが陽性であり,ESDに切り替えた.病理結果は,粘膜病変が完全に保たれている中~低分化腺癌で,粘膜筋板下に著明なリンパ管侵襲像と線維化を認めた.

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要旨 〔症例1〕59歳,男性.腹痛を主訴に受診した.腹部単純CT検査では,大動脈周囲にリンパ節腫大を認めた.上行結腸に径12mm大の不整な0-Isp型ポリープを認め,同病変に対してEMRを施行した.poorly differentiated adenocarcinoma,SM 2,500μm,ly3,v2,LM(-),VM(-)であった.その後,食道静脈瘤破裂により永眠された.病理解剖の結果,リンパ節に転移を認める大腸SM癌であることを確認した.〔症例2〕71歳,男性.直腸に径10mm大の0-Is型病変を認め,EMRを施行した.poorly differentiated adenocarcinoma,SM 4,000μm,ly3,v0,LM(-),VM(-)であった.追加腸切除を行い,リンパ節に転移を認めた.外来で化学療法を施行したが,13か月後,癌性腹膜炎のため永眠された.本症例は,2例とも10mm程度の小さな病変であるが,深達度はSMでともに脈管侵襲とリンパ節転移を認め,予後不良であった.大腸低分化腺癌の悪性度の高さを示す症例であった.

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要旨 患者は50歳代,女性.検診にて便潜血反応陽性となり,大腸内視鏡検査を施行された.盲腸に側方発育型大腸腫瘍(LST)を認め,精査のため入院となる.形態はLSTの非顆粒型で平坦隆起部に低分化腺癌を認め,回盲部切除術を施行する.病理は盲腸(C),adenocarcinoma,por2,sig>tub1,大きさ13×12mm,深達度pSM(粘膜筋板下端から2,000μm),ly2,v1,pN1であった.本例は,腫瘍の花弁状部が高分化管状腺癌,平坦隆起部が低分化腺癌と,異なる組織像を呈していた.拡大内視鏡所見にて,平坦隆起部に小さな点状所見を認め,低分化傾向を有する腫瘍と診断した.大腸の早期低分化腺癌において拡大内視鏡所見が診断,治療に有用であった症例を報告した.

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要旨 患者は75歳,男性.近医で定期的に施行していた大腸内視鏡検査で,盲腸に7mm大の中心に陥凹を伴った隆起性病変が発見された.生検で低分化腺癌と診断され,当センターを紹介された.精査の結果,陥凹部に限局するSM浅層までの浸潤癌と判断した.低分化腺癌のため手術の方針とし,回盲部切除術を施行した.病理組織学的には,陥凹部に一致して充実胞巣状に増殖した低分化腺癌を認め,粘膜筋板が保たれたまま粘膜下層へ600μm浸潤していた.IIc,3×3mm,por1,pSM(600μm),med,INFa,ly0,v0,pN0と最終診断した.また,辺縁隆起部には過形成性ポリープと考えられる鋸歯状の腺管が存在し,これを母地として癌が発生した可能性が示唆された.

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要旨 早期大腸低分化腺癌は希少とされている.筆者らは11年間で3病変を経験し,その臨床病理学的特徴について報告する.3病変ともに多発大腸癌症例であった.肉眼形態は,2病変で表面型腫瘍を呈し腺腫,高分化管状腺癌を伴っていたが,1病変では,発赤,びらんとして観察され,低分化腺癌のみから成っていた.深達度はいずれもSM深部浸潤癌であった.拡大観察では、3病変とも低分化腺癌部分で,pit構造は指摘し難かった.これらの病変を通して,低分化腺癌の発生に関して2つの経路の存在が示唆され,これを踏まえて内視鏡などの検索を行うことが,適切に発見・診断する一助になると考えられた.

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要旨 患者は53歳,男性.大腸内視鏡検査にて,盲腸に径20mm大の中央部にわずかな陥凹を伴うIsp病変を認めた.陥凹部の拡大観察ではVi高度不整に伴い,無構造な領域を認めたためSM深部以深への浸潤が疑われた.生検組織では高分化管状腺癌に伴って印環細胞癌が指摘されたため,腹腔鏡下右半結腸切除術を行った.病理組織学的には,陥凹部にほぼ一致して印環細胞癌が粘膜内に存在し,粘膜下層に粘液癌の形態を伴い塊状に浸潤(4,600μm)していた.内視鏡での陥凹部の褪色調変化が印環細胞癌を示唆する所見であった.低異型度腺癌の一部が脱分化し印環細胞癌になっており,組織発生の観点からも興味深い症例と考えられた.

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要旨 患者は30歳代,男性.健診で腫瘍マーカー(CA19-9)の高値を指摘され,精査目的で当センターを受診した.大腸内視鏡検査で,横行結腸肝彎曲部に,大きさ約20mmのI+IIa+IIc病変を認め,その周囲に粘膜下腫瘍様の盛り上がりとリンパ濾胞の過形成を伴っていた.拡大内視鏡検査では,IIa部分は過形成,I部分は鋸歯状腺腫で,IIc部分はVI~VN型pit patternを呈していたため,SM浸潤癌と診断した.注腸X線検査では,病変周囲の粘膜下腫瘍様隆起が明瞭に病出されており,側面像でも硬化所見を認めたことから,鋸歯状腺腫を伴ったSM深部浸潤癌と診断し,右半結腸切除術を施行した.病理組織学的所見では,隆起部は過形成粘膜,鋸歯状腺腫,管状腺癌から成り,陥凹部は低分化腺癌がSM深部浸潤を来し,高度なリンパ管侵襲とリンパ行性の進展が粘膜下腫瘍様隆起を形成していた,さらに漿膜および上腸間膜にリンパ節転移を認めた.以上から,本症例は,過形成粘膜から鋸歯状腺腫が発生し,異型度を増しながら管状腺癌,低分化腺癌へと発育し,リンパ行性の進展と高度なリンパ節転移を来したと推測され,その特異的な発育進展を推測できる特徴的な画像所見が得られたので報告した.

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要旨 胃癌からの大腸転移で多発する表面型病変を形成し,組織学的に低分化腺癌,印環細胞癌が証明された2症例を呈示した.〔症例1〕は83歳,男性で大腸内視鏡で直腸からS状結腸にIIa+IIc病変が散在性にみられ,生検では粘膜固有層への低分化腺癌の浸潤がみられた.胃に3型進行癌がみられ,組織学的にも同様であることより大腸転移と判断した.〔症例2〕は68歳,女性で,進行胃癌術後7年9か月後に大腸全域に約40個の表面型病変(IIa,IIc)がみられた.一部の病変を内視鏡的に摘除したところ,印環細胞癌が主に粘膜固有層に限局して浸潤していた.胃癌と大腸病変での粘液形質を免疫染色で検討した結果,大腸病変は胃癌の転移と考えられた.

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要旨 〔症例1〕は80歳,男性.前立腺癌の治療中に施行したMRI検査にて直腸癌を疑われ,下部消化管内視鏡検査を施行した.直腸前壁に発赤調の粗糙な顆粒状隆起病変を認め,前立腺癌の転移と診断された.治療を継続したが,半年後の内視鏡検査では,腫瘍は全周性に進展しびまん型を呈していた.〔症例2〕は71歳,男性.便潜血陽性のため下部消化管内視鏡検査を施行した.遠位横行結腸から近位下行結腸にかけて,大小の一部発赤調の粘膜下腫瘍様隆起を散見した.腹部CT検査および生検にて腎細胞癌の転移と診断した.以上,大腸低分化腺癌との鑑別を要した転移性大腸癌2例を報告した.

主題症例・主題関連症例のまとめ

臨床の立場から 斉藤 裕輔
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 大腸の低分化腺癌の初期像に迫るために,本特集号の主題症例を中心に,主題関連症例も含めてまとめた.主題症例のまとめをTable 1に示す.

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はじめに

 大腸低分化腺癌はまれであるため,その早期病変の臨床病理学的特徴や,発生から発育進展様式までほとんどわかっていないのが現状である.今回の特集では,大腸低分化腺癌のうち早期癌および小さな進行癌,すなわち比較的発生早期の病変を収集して,その解明の手がかりを得ることを目的とした.臨床的には原発性癌と転移性癌の鑑別も重要であるが,ここでは病理学的立場から原発性大腸低分化腺癌に限って,それらの特徴についてまとめてみたい.

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要旨 大腸低分化腺癌の中に比較的予後良好な群が存在することは古くから指摘されており,近年,髄様型低分化腺癌として認識されつつある.この腫瘍は,組織学的に比較的よく揃った類円形核と,豊富な好酸性胞体を有する細胞から構成され,膨張性に増殖し,腫瘍辺縁や内部に炎症細胞浸潤を高率に伴うという特徴がある.これらの組織学的特徴に基づき,低分化腺癌84例を髄様型50例と非髄様型34例に亜分類し,臨床病理学的に検討した.その結果,髄様型癌は高齢,女性,右側結腸発生,肉眼型2型優位,低脈管侵襲,低リンパ節転移,比較的予後良好という臨床病理学的特徴を示すことが明らかになった.分子病理学的には,hMLH1プロモーター領域のメチル化,hMLH1蛋白発現減弱,マイクロサテライト不安定性が高率に認められ,髄様型低分化腺癌は特異な発癌経路により発生する腫瘍と考えられた.この腫瘍は高齢者では低分化腺癌の約2/3を占め,特に女性の右側結腸に発生した低分化腺癌はまず髄様型であることを疑って鑑別診断を進める必要がある.さらに,現規約の低分化腺癌の亜分類(por1,por2)は,上記の疾患概念に基づいた髄様型・非髄様型に改めるべきと考える.

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 〔患 者〕 60歳,女性.

 〔既往歴〕 47歳時に右乳癌にて右乳房切除術施行された.浸潤性小葉癌,T1N2M0 stage IIIA,エストロゲンレセプター,プロゲステロンレセプター陽性と診断され,術後放射線療法と動注療法を施行した.以後,外来にて抗癌剤の内服治療を行っていたが,51歳時,後腹膜に再発を来した.2009年8月ごろよりCEA 5.8ng/ml,CA15-3 188.7U/mlと腫瘍マーカーが上昇し,下痢症状を伴うため下部消化管精査目的に同年8月中旬に当科へ紹介となった.

 〔現 症〕 身長163cm,体重56kg,栄養状態良好.結膜に貧血や黄疸なし.表在リンパ節触知せず.腹部平坦かつ軟で異常所見を認めず.

早期胃癌研究会

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 第49回「胃と腸」大会は5月12日(水)にグランドプリンスホテル新高輪にて開催された.司会は細川治(国家公務員共済組合連合会横浜栄共済病院)と岩男泰(慶應義塾大学医学部内視鏡センター),病理は九嶋亮治(国立がん研究センター中央病院臨床検査部病理),八尾隆史(順天堂大学医学部人体病理病態学)が担当した.

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欧文目次

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 残暑厳しい中にもようやく秋の風を感じ始めた2010年9月15日(水),東京の笹川記念会館で開かれた早期胃癌研究会の席上にて,第16回白壁賞と第35回村上記念「胃と腸」賞の授賞式が行われた.第16回白壁賞は松本主之・他「NSAIDs起因性小腸潰瘍と非特異性多発性小腸潰瘍症における小病変」(「胃と腸」44 : 951-959, 2009)に,第35回村上記念「胃と腸」賞は小林正明・他「胃・十二指腸におけるcollagenous colitis類似病変の特徴」(「胃と腸」44 : 2019-2028, 2009)に贈られた.

編集後記 山野 泰穂
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 「大腸低分化腺癌の初期像とその進展」と題して斉藤裕輔先生,八尾隆史先生と小生とで編集小委員として本号を企画させていただいた.本誌内でも指摘しているように,全大腸癌に占める大腸低分化腺癌の頻度は諸家の報告も合わせると高くても7.7%以下と非常に低く,ましてや初期病変すなわち早期癌相当の病変となるとさらに希少症例であることが容易に推測でき,0.4~2.7%と報告されている.このような希少症例は,経験した施設であったとしても数例の保有のみであろうし,臨床・病理学的検討を行える状況にないと考えられ,編集委員会でも企画の遂行を疑問視された.

 しかし,実際には主題症例として11症例の提示が得られ,また鑑別を要するであろう転移性大腸病変の提示も加わった内容となった.さらに,主題として菅井論文では病理の側面から腫瘍発生と分子異常について述べられたこと,また坂本論文では内視鏡的特徴として8症例が提示されたことで,今回のテーマを紐解く思慮を読者に示すことができた気がする.

基本情報

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胃と腸
45巻11号 (2010年10月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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