胃と腸 40巻7号 (2005年6月)

今月の主題 胃癌化学療法の進歩と課題

序説

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胃癌化学療法は mitomycinC(1955年),5-FU(fluorouracil,1957年),tegafur(1966年),adriamycin(1967年)といった有効薬剤の登場によってその端緒を開いた(第一世代).1979年にはMacdonardがこれらの有効薬剤を組み合わせた FAM(5-FU+adriamycin+mitomycin C)療法を開発し,45% という当時としては驚異的な奏効率を報告したが,その後の再現性に乏しく信頼性は疑問とされた.1980年代に入ると,5-FUの体内代謝を修飾して効果の増強を図るbiochemical modulationが開発され,UFT(tegafur・uracil),MTX(methotrexate)+5-FU,5-FU+LV(Leucovorin)などの治療法が登場する一方で,cisplatin(CDDP)の導入に伴って,FP(5-FU+CDDP),FAP(5-FU+adriamycin+CDDP),FMP(5-FU+mitomycin C+CDDP)などの第一世代薬との併用療法やさらには肺癌の治療レジメンであった EAP(etoposide+adriamycin+CDDP)療法などが開発された(第二世代).その結果,50~70%と極めて高い奏効率が得られるようになったが,いずれも生存への寄与に乏しく課題を残した.1990年代に入ると 5-FU の新たなbiochemical modulationとしてTS-1が,またCDDPとの併用療法では irinotecan(CPT)が登場する中で,新たな作用機作を有するタキサン系薬剤〔Taxol ;TXL(paclitaxel),Taxotere;TXT(docetaxel hydrate)〕の有効性が確認され,現在に至っている(第三世代).

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20世紀に行われた無作為化比較試験において,奏効率および無増悪生存期間で5-FU単剤を上回る成績を示した多剤併用療法はいくつも存在する.しかし全生存期間において5-FU単剤を凌駕した多剤併用療法はいまだ出現していない.この事実は,胃癌化学療法の考え方を語るうえで無視できない事実である.しかし欧米では,5-FU単剤を無視した多剤併用療法同士の無作為化比較試験が繰り返し行われている.一方わが国においては,日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)が5-FU単剤をreference armとした無作為化比較試験を展開している.特に現在行われているJCOG9912は,5-FU単剤と欧米で好んで使われているCPT-11+CDDPを比較する試験である.近い将来その結果が明らかにされたときに,欧米とわが国の胃癌化学療法に対する考え方に接点が生まれ,それが礎となって胃癌化学療法の新たな展開が始まるものと思われる.

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進行・再発胃癌の化学療法および放射線療法における治療効果判定の規約である胃癌取扱い規約を概説し,1979年WHO HandbookによるWHO criteriaの改訂版である,1999年Response Evaluation Criteria in Solid Tumor(RECIST)の概説とその問題点に関して言及した.胃癌化学療法においては胃原発巣の評価が特に重要であり,筆者らがRECIST meetingにて日本の胃癌取扱い規約による原発巣効果判定基準を報告し,RECISTよりの原発巣評価の意義についてSTATEMENTを得たのでこれについても報告する.また平成15年(2003年)5月23日付で日本癌治療学会より固形がん化学療法効果判定基準の取り扱いについて報告がなされた.これについても紹介し,今後あるべき効果判定法について言及したい.

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欧米では術後補助化学療法に関しメタアナリシスにて有効性が示されたが,比較的大規模な RCT でも単一の試験においては手術単独に対する胃癌補助化学療法の優位性が証明されていない.本邦でも漿膜浸潤陰性および漿膜浸潤陽性症例を対象とした JCOG臨床試験にて,術後補助化学療法の有効性は検証されなかった.したがって,現時点では標準治療となるべき特定の術後補助化学療法を推奨することはできない.術前治療に関しては,米国では根治術が困難な高度進行胃癌に対し術前放射線化学療法の有効性が示唆され,欧州ではMAGIC trial後,術前化学療法の有効性を検証する大規模第 III 相試験が始まっている.本邦でも新薬の出現,強力な術前化学療法により,down staging,MSTの改善は得られてきている.特にTS-1+CDDP療法は有害事象が比較的軽度,奏効率が高率で,期待できる治療法である.新規臨床試験としては,術後のコンプライアンスの低さを克服する点で,術前投与にパラダイムシフトする傾向がある.

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切除不能進行胃癌に対する化学療法は,best supportive careとの比較試験によって生存期間の延長が証明されてきた.しかし,化学療法間の比較でも世界的に多くの比較試験が行われてきたが,現時点で国際的にコンセンサスの得られた標準的治療は存在せず,様々な5-FU based chemotherapyにより治療されているのが現状である.最近,irinotecan,経口のフッ化ピリミジン,taxaneさらにmolecular target agents等の高い抗腫瘍効果を示す新規抗癌剤が次々に開発され,これらは単剤または併用療法での第I相,第II相試験によりそれらの有効性が示されてきている.現在,わが国において4つの第III相比較試験が行われているが,これらの新規抗癌剤によりさらなる生存期間の延長と標準治療の確立が望まれる.

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本邦における抗癌剤感受性試験の正診率は74% である(第30回制癌剤適応研究会).われわれは胃癌術後に適応抗癌剤を投与すれば症例の生存期間の延長が図れるのではないかとの仮説をたて,補助化学療法選択における抗癌剤感受性試験の有用性を明らかにしてきた.胃癌補助化学療法については生存期間延長のメリットを受ける適応群とメリットを受けない耐性群が存在し,小規模なRCTによる補助化学療法有用性の証明は困難であり,適応群と耐性群の弁別には現在のところ抗癌剤感受性試験が最も有用と考えられる.抗癌剤感受性試験は標準的治療群を対象としたRCTにより評価される必要があり,現在2つのstudyが検討中である.

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症例は40歳男性で,腹部膨満・胃痛を訴え,精査にて腹水を伴う4型胃癌〔T2(SS)以上 N1M0H0P1,cStage IV〕と診断された.初回治療として S-1/low dose cisplatin(TSLD)+放射線療法を施行し,さらに外来にて1cycle 追加した.腹水消失,原発巣の改善,肝転移巣(S4)出現にてCPT-11/S-1外来投与に変更し,その後肝転移巣は消失した.治療開始11か月後,肝・腹膜転移巣の増悪なく,本人の希望にて根治切除(胃全摘,リンパ節郭清術)が行われた.術後合併症はなく早期に退院した.病理組織学的に pT3(SE)N0M0P0,pStage II と診断された.現在治療開始1年5か月後,再発の徴候はない.

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患者は87歳,女性.貧血,めまいを主訴に来院.胃角部前壁,6cm 大の2型進行胃癌(中分化型腺癌)であった.腹部 CT で胃小彎のリンパ節の腫大を認め T2(SS)N1,Stage II と診断.告知後,本人の手術拒否のため,十分なインフォームドコンセントの後,TS-1 : 80 mg/day,4週間投与,2週間休薬/1クールを開始した.1クール終了後の上部消化管内視鏡検査では病変は瘢痕化し生検では癌細胞は認めなかった.またCT上小彎のリンパ節も消失しておりCRと評価した.有害事象は手足の皮膚色素沈着のみで,現在まで3年4か月再発を認めていない.

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手術不能胃癌に対してS-1+CDDP療法が奏効した2例を経験した.1例は19歳の女性,4型胃癌で組織型は低分化腺癌であった.S-1+CDDP 療法を開始し4コース時点で肉眼的に認識が難しいまでに腫瘍が縮小した.現在,生存中である.1例は66歳の男性,多発肝転移を有しており,組織型は小細胞癌であった.S-1+CDDP 療法を開始し6コース時点で肝転移はほぼ消失した.現在外来にて経過観察中である.S-1+CDDP 療法は現時点で最も奏効率が高いとされているが,奏効率と生存期間の延長が必ずしも一致しないため,生存期間の延長をprimary endpoin としたJCOG9912の結果が待たれる.

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患者1例目は69歳,男性.近医で進行胃癌を指摘され,当院の内視鏡で食道浸潤と審査腹腔鏡で細胞診陽性を認めた.根治切除を期待して術前化学療法(S-1 3 コース)を施行後,原発巣の著明な縮小を認めたため根治切除として胃全摘が施行された.病理組織で化学療法の効果による腫瘍の消失の変化と考えられる広範囲な線維化を認め,pStage IIIAの根治切除が得られた.2例目は58歳,男性.近医で進行胃癌を指摘され,当院の内視鏡で噴門部から幽門前庭部に広がる原発巣とCTで膵浸潤を伴う高度のリンパ節転移を認めた.リンパ節転移縮小を期待して術前化学療法〔cisplatin(CDDP)+irinotecan(CPT-11)3コース〕を施行後,原発巣と転移巣の著明な縮小を認めたため根治切除が施行された.病理組織で広範囲な線維化,壊死巣から腫瘍細胞の2/3以上は消失したと考えられた.

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〔症例1〕は58歳,男性.食欲低下で発症.胃X線と内視鏡で胃体下部小彎に1型病変を認めた.CTで腹部・頸部リンパ節転移を認めた.EAP施行し,原発巣PR,リンパ節CRの判定で手術を施行したが組織学的CRであった.〔症例2〕は53歳,男性.食欲低下で発症.胃X線と内視鏡で胃体上部小彎に3型病変を認めた.CTで傍大動脈リンパ節転移を認めた.EAP施行し,原発巣PR,リンパ節CRの判定で手術を施行したが組織学的CRであった.1年後脳転移が出現し照射で消失した.2例ともに再発なく生存中である.リンパ節転移のみの症例は長期生存の可能性があり,積極的に化学療法を行うべきであると考えられた.

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症例は66歳の男性で,主訴はタール便である.胃X線および内視鏡検査で,胃体上部から前庭部の小彎側を中心に大きさ11×6 cmの2型の腫瘍を認めた.腫瘍は部分的に粘膜下腫瘍様の形態を示し,胃壁の伸展性も保持されていた.生検組織像では,悪性リンパ腫との鑑別が困難であったが,免疫組織化学染色により胃内分泌細胞癌が示唆さたため胃全摘術を施行した.切除標本の病理組織所見では,N/C比が高く,核のクロマチン分布が均一な腫瘍細胞の増殖を認めた.標本内には明らかな腺癌成分は認められなかった.癌細胞の浸潤は漿膜に及んでおり,1群リンパ節に転移を認めた.免疫組織化学染色では,Grimelius,NSE,NCAM,chromogranin A がいずれも陽性であり,胃原発の内分泌細胞癌と診断した.本例は,悪性リンパ腫との鑑別が画像診断上および病理組織学的にも困難であったが,免疫組織化学染色がその鑑別に有用であった.

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患者は80歳,女性.主訴は前胸部不快感.上部消化管内視鏡検査で食道中部に長径2cm,楕円形の扁平隆起性病変を認めた.腫瘍の立ち上がりは明瞭で,隆起の辺縁近くは正常上皮で覆われるが,中央は発赤調,腫瘍の露出を認め,粘膜下腫瘍様発育が考えられた.ヨード染色内視鏡像では隆起の辺縁は淡染色性で,中央では不染であった.生検では未分化癌を強く疑うが,低分化型扁平上皮癌と診断された.十分な同意の下,非開胸食道抜去術を施行した.病理学的検査では小細胞型未分化癌,pT1b(sm3),ly(+),v(+),pN0,pStageI であった.術後経過は良好であったが,術後7か月目の腹部CT検査にて,多発性肝転移がみられ,術後8か月目に肝不全により死亡された.食道小細胞型未分化癌は表在癌でもその予後は不良で,手術療法だけでは良い結果が望めず,さらなる集学的治療が望まれると考えられた.

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盲腸に発生し大臼歯様外観を呈した顆粒細胞腫の1例を経験した.患者は57歳,男性.便潜血反応陽性の精査のため施行した注腸X線検査および下部消化管内視鏡検査で盲腸に径16mm大,表面平滑で黄色調の硬い大臼歯様の粘膜下腫瘍を認め,内視鏡的切除術を施行した.組織学的検討で,腫瘍は粘膜下層に主座を有し,HE染色で豊富な胞体内に好酸性顆粒を有する細胞から成り,免疫組織学的染色でS-100蛋白強陽性を示したため顆粒細胞腫と診断した.顆粒細胞腫の食道発生例にしばしばみられる大臼歯様外観は大腸では珍しく,その外観形成に至る病理組織学的検討および文献的考察を加えて報告した.

学会印象記

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第1回日本消化管学会は2005年1月28日,29日の2日間,伊藤誠会長(名古屋市立大学大学院医学研究科臨床機能内科学教授)のもと,名古屋国際会議場で開催された.会期中,消化管を専門域とする基礎,臨床の先生方,あるいはコメディカルの方々など総勢1,173名の参加者があった.総会では,海外より招聘の特別講演3題,コア・シンポジウム4題,ワークショップ9題,症例検討1セッション,一般演題241題,教育講演6題,内視鏡フォーラム1題が発表され,それぞれのセッションで活発な討議が行われた.小児科や栄養学の先生方,基礎医学の先生方,さらにコメディカルの方々が多く参加しておられ,これまでの消化器病学の学会にはなかった他分野からの質疑が多く,各セッションとも有意義な討議が行われていた.

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第1回日本消化管学会総会は名古屋市立大学の伊藤誠教授を会長兼理事長として,2005年1年28日と29日の2日間,愛知県名古屋市の名古屋国際会議場で開催された.本誌で,この学会名を初めて知った読者の方も多いと思われる.わが国には消化器病や消化器内視鏡,あるいは消化器外科,食道,胃癌,肝癌,膵癌,胆道,大腸肛門などの学会は存在している.しかし,口腔から肛門まで一続きの消化管病学を総合的に解明することを目指した学術集団はなく,今回この分野を対象とした学会創設が図られたのである.

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欧文目次

編集後記 大谷 吉秀
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 「胃と腸」で化学療法が取り上げられたのは,1979 年以来,実に 26 年ぶりである.もともと画像から得られる情報を題材にしている本誌では,化学療法の奏効率や効果判定に関する特集は取り上げにくかったことは確かであろう.近年,胃癌に対する化学療法の奏効率は向上し,日常診療でも十分存在価値が示されている.今回の特集では,化学療法の歴史や効果判定法,感受性試験,新規抗癌剤,世界の動向などがわかりやすく述べられている.主題研究では,術前化学放射線療法の著効例や,化学療法後の長期生存例などが示され,化学療法に対して大いなる期待を感じることができる.

 高度進行胃癌に対するこのような治療法と,早期胃癌に対する内視鏡治療は決して相反するものではなく,それぞれ胃癌治療の両端を担うものである.両者の間を埋める手術療法の多様化と並行して,個々の患者さんの病状,全身状態,人生観に従って最も適した(個別化された)治療を行うための選択肢が増えたことは歓迎したい.これまで行われてきた内視鏡治療と外科治療の適応基準に関する議論に加えて,化学療法と外科的切除の選択についてもこれからは大いに議論されていくものと思われる.本特集が胃癌研究の指導的立場にあるわが国の採るべき今後の方向性を提示し,新しく門戸が開かれようとしている化学放射線療法の効果判定や作用機序の解明,ガイドライン作成に少しでも役割を果たせることを期待したい.

基本情報

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胃と腸
40巻7号 (2005年6月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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