胃と腸 38巻9号 (2003年8月)

今月の主題 直腸肛門部病変の鑑別診断

序説

直腸肛門部病変の鑑別診断 樋渡 信夫
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 直腸肛門部病変が疑われた症例に対する外来診察では,小生が医者になりたての 30 年前には,内科医であってもルーチンに肛門視診と直腸指診を施行したものである.外科医にとっては大腸癌の約半分以上を直腸指診で診断可能だった時代である.

 しかし,その後は大腸内視鏡検査の普及に伴って,内科医は検査時に直腸肛門部を観察するという理由から,外来時には肛門部の診察をスキップするようになった.直腸肛門部病変を専門とする外科医も大学には少なく,講義や実際の症例を見る機会も少なくなったと思われる.

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 直腸肛門部の診察に際しては患者に無用な羞恥,恐怖,不安,疼痛などを与えないように留意し行わないと十分な結果が得られない.肛門部の主要病変には肛門の粘膜下部分が大きくなり出血や脱出する痔核,直腸肛門と交通のある後天性の瘻管の痔瘻,血流が乏しい肛門上皮の外傷としての裂肛があり,診察は主に痔核や裂肛は肛門鏡診で,痔瘻は指診で行われる.鑑別診断として痔瘻には膿皮症,毛巣瘻,壊疸性筋膜炎,痔瘻癌が,痔核には悪性黒色腫や MPS の隆起型が,癌と間違いやすい疾患として MPS の潰瘍型や lipoglanuloma が,肛囲湿疹と間違いやすい病変として Paget 病,Bowen 病がある.

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 直腸肛門機能検査は直腸肛門の貯留能・括約能・排泄能を定量的・客観的に評価するための検査法で,transit study,肛門内圧測定,肛門括約筋筋電図,陰部神経終末伝導速度測定,直腸肛門感覚検査,直腸肛門反射の記録,排便造影(defecography)などがある.内視鏡検査などとは異なり,機能検査は疾患を直接的に診断する方法ではないため,その結果を診療に活用する際には,患者の自覚症状や器質的異常との整合性を十分吟味しなければならない.

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 直腸肛門部は内視鏡の挿入が容易である一方で観察盲点が多い.下部直腸から肛門管の十分な観察には直腸内反転が有用である.解剖学的にみて,この領域は上皮の構成が複雑であり,様々な周囲臓器が存在し,血管支配も他の領域と異なっている.さらに直腸肛門部は排便機能を司る領域であるのみならず,性行為による感染源の侵入経路,薬剤の投与経路でもある.これらの理由で直腸肛門部は大腸の他の領域と比べて疾患発生の上で特異な場を形成している.したがって多彩な疾患構成を熟知した上で検査を行う必要がある.EUS を用いることによって腸管壁の層構造や壁外の情報を得ることができる.腫瘍性疾患においては病変の局在,組織像の推定に,炎症性疾患においては炎症の程度や波及範囲を知るとともに病理学的変化を理解する上で有用である.

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 最近,CT・MRI機器の進歩は著しく,より早く,より細かく病変を描出可能となってきている.CT・MRIが従来の直腸,肛門部の診断法にさらに詳しい情報を提供する手段として広く活用されている.特に癌では進展と周囲臓器浸潤を,粘膜下腫瘍ではその進展と質的診断,また瘻孔では合併する膿瘍や複雑なルートを把握でき術前に欠くことができない.CT・MRIの診断法について利点と限界を知り活用されるべきである.

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 直腸肛門部の感染性病変は三大肛門疾患に比し多くはないが,注意しなければならない種々の病変がある.特に,直腸肛門部のSTDは最近増加傾向にあるにもかかわらず,わが国ではこれらの疾患に関する報告は少ない.そのため,日常診療において診断・治療に難渋する場合がある.筆者らの専門外来では合併症も含めると全症例中5.4%がこれらの感染症であった.疾患別頻度では真菌症が73.1%と最も多く,次いで尖圭コンジローマ11.8%,ヘルペス10.9%であった.アメーバ赤痢は2.4%,梅毒は1.5%と少数ながら認められた.また,AIDSの日和見感染症は2例であった.なお,STDの確認は必ずしも容易ではないが,真菌症を除くとその比率は高く,70%近くあることが判明した.

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 当施設で経験したIBDにおける直腸肛門部病変を検討した.Crohn病では83.8%に何らかの病変を合併した.痔瘻・膿瘍の頻度が最も高く(61.7%),以下,skin tag(31.3%),裂肛・潰瘍(24.2%)で,これらの病変は各々多発し,しかも種々の病変が混在(61.7%)することが特徴的であった.また,肛門部病変先行例81例(33.8%)のうち44例が Crohn 病診断の契機となった.潰瘍性大腸炎にも17.0% に肛門部病変を合併したが,特徴的所見に乏しく,IBDにおける直腸肛門部病変を熟知することは両疾患の鑑別の上からも非常に有用と思われる.

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 1984年から2002年の間に原口外科ならびに鹿児島大学第1外科において手術の行われた肛門管早期癌13例と下部直腸早期癌19例を対象に,両者を臨床病理学的に対比して,肛門管早期癌の症状,診断につき検討した.肛門管早期癌の有症状例は,下部直腸早期癌に比べ,m癌において有意に多かった.主訴は出血が13例中8例で最も多く,直腸指診で触知不能の癌がm癌9例中6例にみられた.しかし,sm癌はすべて触知可能であった.13例中9例は肛門鏡を用い,4例は内視鏡で発見された.下部消化管の内視鏡診断が飛躍的進歩を遂げた今日でも,肛門管早期癌の発見例は少ない.肛門管早期癌の診断には,肛門鏡に限らず内視鏡検査においても肛門出血を重視し,特にm癌では触知不能の癌もあることを念頭に,肛門管の入念な観察と積極的な生検が必要である.

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 肛門部の悪性腫瘍としては,腺癌もしくは扁平上皮癌が主なものであるが,その他の悪性腫瘍としては,メラノーマ,Paget病,Bowen病がある.いずれも体表の皮膚のどこにでも発生しうるものであるが,肛門部にもまれにみられる.メラノーマはやや女性に多く,平均年齢は60~70歳,Paget病は男女ほぼ同数で,平均年齢は70歳前後,Bowen病は女性に多く,平均年齢は50歳前後とやや若い.メラノーマは黒色の隆起性腫瘍として発見されることが多いが,Paget病,Bowen病のいずれも湿疹や苔癬などの皮膚科疾患様の外見を示すことが多い.診断はいずれも生検により,組織学的に行われる.治療は,メラノーマは腹会陰式直腸切断術,Paget病,Bowen病は広範囲切除術が行われることが多い.予後はメラノーマでは特に不良で,5年生存率は,10%前後に過ぎない.Paget病,Bowen病は比較的予後良好である.

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 われわれは,1999年1月から2003年2月までの間の肛門腫瘍例を医学中央雑誌より抽出,集計した.(1)のべ症例数は293例であった.病変別頻度は,肛門管癌122例,悪性黒色腫86例,Paget病31例,痔瘻癌24 例,Bowen 病7例,顆粒細胞腫5例,基底細胞癌3例,その他15例であった.(2)肛門管癌の組織型別頻度は,腺癌42例,扁平上皮癌33例,粘液癌18例,類基底細胞癌11例,印環細胞癌4例,未分化癌4例,その他5例であった.(3)肛門管癌では3cm を超える病変が61.5% を占めた.(4)出血,痛み,腫瘤が三大症状であった.(5)肛門管癌では,直腸切断術施行頻度は20年前に比べると少なくなり,放射線化学療法がより多く行われつつある.

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 症例は35歳女性で,3か月間続く下痢を主訴とした.大腸X線検査では直腸に限局するびまん性顆粒状粘膜を認めた.大腸内視鏡検査では直腸に顆粒状小隆起の密在,発赤,びらんを認め,病理組織学的にはリンパ濾胞の増生と炎症細胞浸潤を認めた.血清中の Chlamydia trachomatis IgG 抗体陽性,直腸擦過診のPCR法で Chlamydia trachomatis のDNAを検出したことからクラミジア直腸炎と診断した.塩酸ミノサイクリンによる治療後,症状および直腸病変は軽快した.自験例に加え,これまでに本邦で報告された6例の検討を加えた.著明なリンパ濾胞の増生を伴う直腸炎を診た場合,クラミジア感染を考慮して検索を進めるべきである.

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 症例は49歳,男性.体重減少を主訴に当科受診.同性愛者で肛門性行為の経験があった.下部消化管内視鏡検査で直腸下部に3/4周に広がる大小の隆起の集簇した奇妙な隆起性病変を認めた.隆起表面は顆粒状で柔らかく,白色調で一部発赤を伴っていた.生検で尖圭コンジローマと診断され,経肛門的切除を施行した.切除標本の病理診断では尖圭コンジローマに広範に異型上皮(anal intraepithelial neoplasia ; AIN)が併存し,その深層に扁平上皮癌の小病巣の合併が認められた.また,病変部組織から human papilloma virus6型のみが検出された.尖圭コンジローマの悪性化を示すまれな1例として,また直腸肛門管の腫瘍性疾患として形態学的にも興味深い1例と思われ報告する.

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 症例は54歳,男性.比較的多量の新鮮血下血を主訴に来院した.注腸造影,内視鏡で中央に陥凹を伴う扁平な隆起性病変がみられ生検で扁平上皮癌と診断された.経肛門的粘膜切除術が施行され組織学的には粘膜内扁平上皮癌(carcinoma in situ ; CIS)であった.本邦では肛門管の粘膜内癌の報告は極めてまれだが,米国では肛門性交を行う HIV 感染者の同性愛,両性愛者においてヒト乳頭腫ウイルスに関連した肛門管扁平上皮癌(CIS を含めて)が多く報告されており,今後本邦でも痔疾患との鑑別が必要な疾患として念頭に置く必要があると思われる.

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 症例は70歳,男性.肛門痛を主訴に,緊急入院した.入院時,肛門部に15×7cm 大の巨大な潰瘍性病変がみられた.潰瘍部からの生検で,basaloid carcinoma の診断であった.S状結腸瘻造設後に,放射線照射(60Gy)および化学療法(MMC15 mg,5FU1,500mg×4日)を行った.放射線化学療法終了後,肛門部の潰瘍性病変は,15×7cm→14×4cmと縮小した(縮小率47%).その後,腹会陰式直腸切断術が施行された.標本上,組織学的に大部分の腫瘍細胞が消失していた.類基底細胞癌に対する治療法として,放射線化学療法が非常に有効であることが示唆された.

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 症例は73歳,男性.内痔核として近医にて治療中,下血を契機に肛門縁より5cmの位置に肛門より脱出を繰り返す有茎性のポリープを発見された.二度の生検の後,内視鏡的治療の目的で紹介された.初回の生検では直腸潰瘍,第2回は低分化腺癌と診断されていたが,特徴的な内視鏡的色調から悪性黒色腫を疑った.HMB-45,S-100の免疫染色が陽性であり,悪性黒色腫と診断した.CT,MRIで直腸傍リンパ節,左閉鎖リンパ節の転移を認め,MRI のT1強調像で高信号を呈し,メラニン含有を示唆する所見であった.Miles' operation が施行され,深達度mp,リンパ管侵襲ly3の悪性黒色腫で第2群リンパ節転移陽性であった.肛門部の腫瘍性疾患の診療には悪性黒色腫を考慮することが重要と考えられた.

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 患者は82歳,男性.便秘を主訴に近医受診.肛門腫瘍の診断で当院へ紹介となった.直腸指診で直腸肛門全周に粘膜下腫瘍様の腫瘤を触知し,生検で粘液腺癌の疑いを得て,腹会陰式直腸切断術を施行した.病理組織学的所見では腫瘍性変化を認めず,lipoid granulomaと診断された.直腸lipoid granuloma はまれな疾患で一般に結節状の粘膜下腫瘍様の形態をとるものが多いが,全周性の病変では腸管狭窄を来し直腸癌に類似した形態をとることがある.直腸粘膜下腫瘍,直腸肛門癌とりわけ管外型肛門管癌の鑑別疾患として念頭に置く必要がある.

消化管造影・内視鏡観察のコツ

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はじめに

 カメラオブスキュラに始まる写真が急速に発展を遂げる過程で,“バカチョンカメラ” と称する自動機構をもつカメラが爆発的に普及した歴史があった.この種のカメラは面倒な焦点調節,露出,フィルム巻き上げさえもカメラが自動でやってくれる.写真に関する知識に乏しい人であっても,シャッターチャンスに恵まれさえすれば,簡単に名作を撮影できる便利なカメラである.便利な反面,写真を撮る楽しみを奪う機能を有するカメラであり,ベテランカメラマンからみると,“神聖な写真” を冒涜するけしからぬカメラであり,“バカチョン…” と称して軽蔑した経緯があった.

 内視鏡写真の撮影にあたっても,バカチョンカメラ的取り組みでも画質の高い画像を得ることができる.内視鏡器械の進歩によって,余程の手抜きをしない限り,器械任せにしておけば鮮明な画像を撮影できる.露出条件などの難しいことは器械に任せて,内視鏡医はひたすら画面に集中してレリーズボタンを押せば鮮明な内視鏡像を残すことができる.写真撮影のための余分な労力を払うことなく,煩雑な内視鏡検査に集中できるので有難い.私たちはごく当たり前に,意識することなくこの機能を活用しているが,内視鏡検査の黎明期を知る者にとっては驚くべき進歩である.内視鏡の分野でも写真科学の進歩の恩恵を享受できている.

 かくして失敗することが珍しい内視鏡写真撮影であるが,学会や研究会,症例検討会などで提示される内視鏡像の中には,首をかしげるような写真が少なくない.写真としての技術論以前に,病変の成り立ちを十分に描出しようという意図が見えない画像では良い内視鏡写真であるとは言えない.そこで本稿では良い内視鏡写真をめぐって,一歩先を行く内視鏡写真を撮るためにはどうすればよいか,筆者の持論を展開してみたい.

早期胃癌研究会

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 2003年2月の早期胃癌研究会は2月19日(水)に東商ホールで開催された.司会は工藤進英(昭和大学横浜市北部病院消化器センター)と細井董三(多摩がん検診センター消化器科)が担当した.mini lecture は「拡大内視鏡による分化型早期胃癌の微小血管構築像」と題して八尾建史(福岡大学筑紫病院消化器科)が行った.

 〔第1例〕78歳,女性.盲腸癌(症例提供 : 大阪鉄道病院消化器内科 富岡秀夫).

 主訴は食後の腹部膨満感である.読影は趙(京都第二赤十字病院消化器科)が担当した.X線像(Fig.1)では盲腸の回腸側から回腸末端に伸展不良で辺縁不整な部位を認め,憩室や虚血が原因となった腸管外からの炎症の波及ではないかと述べた.赤松(信州大学附属病院光学医療診療部)は,深い潰瘍形成を伴った盲腸から回腸末端の隆起性病変を認め,単純性潰瘍・Behçet病・悪性リンパ腫等を考えると述べた.それを受け,趙も盲腸が炎症の主座で潰瘍性病変が回腸末端に瘻孔形成し,周囲に炎症が及んでいると付け加えた.丸山(早期胃癌検診協会)は腸管内に凸になっている所見は apple core sign とも読めることより,鑑別として回盲部の全周性の癌を考えた.内視鏡では盲腸内側に巨大な潰瘍を有す隆起性病変を認め,盲腸癌の瘻孔形成と診断した.

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 2003年3月の早期胃癌研究会は3月19日(水)に一ツ橋ホールで開催された.司会は西俣寛人(南風病院)と斉藤裕輔(旭川医科大学第 3 内科)が担当した.mini lectureは下田忠和(国立がんセンター中央病院臨床検査部)が「大腸癌と胃癌の相異」と題して行った.

 〔第1例〕76歳,男性.胃壁内転移を来した胃癌(症例提供:東海病院内科 丸田真也).

 前庭部に2~3型の胃癌様所見がみられ,胃原発癌か膵癌の胃壁への浸潤癌かの鑑別が必要であり,胃体部小彎にも粘膜下腫瘍様の隆起性病変があり,多発性胃癌か胃壁内転移かの診断が必要な症例であった.読影は長浜(早期胃癌検診協会)が行った.

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欧文目次

編集後記 平田 一郎
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 「胃と腸」において,“直腸肛門部病変"の特集が取り上げられるのは今回で 3 回目となる.初回は 1977 年で 26 年前のことである.第 2 回目は 1987 年で今から実に 16 年も前である.当時,急性出血性直腸潰瘍や mucosal prolapse syndrome などが直腸肛門部病変のトピックスとして取り上げられていたことを思えば,この分野での積年の進歩が窺われる.

 今回の特集では,外科医,内科医とも消化器専門医である以上,肛門部病変の診察・診断にも精通すべきであるというコンセプトを前面に出して編集企画を行った.本号ではまずはじめに,肛門 3 大疾患である痔核,痔瘻,裂肛を中心に直腸肛門部病変に対する外来診察の基本がしっかりと解説されている.また,同部の病変に対する診断法では,前回の特集ではなかった新しい機能検査,EUS,CT,MRI などに関して非常に充実した内容が盛り込まれている.さらに,肛門 3 大疾患と鑑別を要する重要な疾患群が,感染,IBD,腫瘍のカテゴリーに分けられて豊富な画像と共にわかりやすく取り上げられている.肛門管早期癌もまとまった数で検討され,同病変の早期発見早期治療に大いに役立つであろう.また,診断困難例やまれな直腸肛門部病変が主題症例として取り上げられ,同部病変の鑑別診断に寄与するであろう.

基本情報

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胃と腸
38巻9号 (2003年8月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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