胃と腸 32巻4号 (1997年3月)

今月の主題 大腸腺腫症―最近の知見

序説

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 Q: How many polyps make polyposis?

 A: More than 100 polyps.

 今では馬鹿馬鹿しく聞こえるこのQ&Aも25年前には正解する人は決して多くなかった.10個のポリープがあってもポリポーシスとして報告されることは当時としては珍しくはなかったのである.それほどポリポーシスは希少な疾患であり,注目もされていなかった.今では家族性ポリポーシスが,Dukes分類で有名なSt. Mark病院の病理医Dr. C Dukesによって1952年に初めて疾患単位として報告されたことを知っている人は少ないであろう.Dukes,Bussey,Lockhart-MummeryらのSt. Mark病院の人々による,この分野における初期の貢献度は著しいものがある.家族性(familial)とは遺伝性(hereditary)の意味に用いられたにもかかわらず,初めのころは本症が家族性と非家族性とに分けられていたりした.昔話を書きたくなるのは老化の一現象かもしれないが,学問の発展のルーツは知っておかなければならないとの考えから,ちょっと述べてみた次第である.

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要旨 家族性大腸腺腫症において,大腸腺腫の数により分類された,密生型,非密生型,および散発型の表現型の違いは大腸癌発生の年齢と相関するが,それぞれAPC遺伝子の変異部位,すなわち遺伝型との関連が認められている.大腸外病変でも網膜色素上皮肥大やデスモイド腫瘍など,遺伝型との関連が認められるものもある.一方,大腸腺腫,デスモイド腫瘍に対しsulindacが効果を示す.投与6か月後には残存直腸の腺腫の消失をみ,また,デスモイド腫瘍も縮小する.遺伝型を考えたサーベイランスを行い,sulindacによるchemopreventionを併用することにより,術後の予後,QOLを向上させる可能性がある.

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要旨 1966年11月から1996年10月までの約30年間に国立がんセンターを受診し,家族性大腸腺腫症と診断され,経過観察が行われたのは78症例であった.56例に大腸の切除術がなされ,22例に結腸全摘回腸直吻合術が施行された.このうち3年以上の経過観察がなされた16例中7例で,残存した直腸に癌が出現し,初回手術から2回目手術までの平均follow-up年数は13.6年であった.この7例中3例に進行癌が出現したが,いずれも定期的な外来通院を中断し,長期間経過観察を受けていない症例であった.一方,定期的な経過観察が行われた症例では,早期癌は認められても進行癌の出現はなかった.これらの結果から,結腸全摘回腸直腸吻合術を行った症例では,放置すると10年以内に,進行癌が出現する危険性が高いことが判明し,直腸を温存した術式では,少なくとも年1回の経過観察の必要性が再確認された.

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要旨 家族性大腸腺腫症19家系24症例の胃・十二指腸を,X線・内視鏡検査および生検によって平均14年経過観察した.胃底腺ポリポーシス11例の経過は,増加4例,減少2例,一時的な減少あるいは消失後に増加2例,新生1例,不変2例であった.年齢との関係は,30歳以下では増加傾向が強いが,30歳を超えると減少,消失,増加と多彩な変化を示した.胃腺腫12例の経過は,増加5例,新生4例,消失1例,不変2例であった.一方,十二指腸腺腫20例の経過は,増加7例,不変13例であった.増加例のうち3例では,6個の胃・十二指腸腺腫が急速に増大したため内視鏡的あるいは外科的にポリペクトミーが施行された.胃腺腫は20歳台,十二指腸腺腫は10歳台から発生し,ともに加齢とともに増加するが,30歳台後半からは増大例に高度異型の腺腫が認められた.十二指腸乳頭部腺腫15例の経過は,増大2例,新生3例,不変10例であった.2例(38歳,40歳)では,乳頭部からの生検で高度異型の腺腫が検出されたが,経過中組織像は不変であった.全例,経過中における胃・十二指腸癌の発生はなかった.以上の成績から,本症における胃・十二指腸病変は,予防的手術の適応とならないこと,X線および内視鏡検査による定期的な経過観察が極めて重要であること,径10mmを超える腺腫に対しては内視鏡的切除が必要であることが示唆された.

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要旨 家族性大腸腺腫症手術後に好発するデスモイド腫瘍は,腹腔内デスモイドと腹壁デスモイドに分けることができ,その臨床像はかなり異なる,デスモイド腫瘍は転移を起こすことなく良性疾患の範疇に入れられているが,周囲組織に浸潤性増殖する性質が強く,特に腹腔内デスモイドでは上腸間膜動静脈などの主幹血管を巻き込み,外科的に摘出することが困難な場合が多く,臨床的には悪性な疾患である.特にデスモイドが高率に発生する好発家系が認められるために,そのような家系を治療する場合,十分な配慮が必要である.女性,特に出産能力のある若い女性に好発することが知られている.家族性大腸腺腫症の原因遺伝子がクローニングされ,発症前診断から予防的切除術が更に広く行われることが予測されるが,今後,デスモイドの発生が最大の問題となる.第二癌としての胃癌・十二指腸乳頭部癌のsurveillanceが強調されているが,デスモイドの治療法の開発も重要な問題である.現在,内科的治療法としてtamoxifen,sulindac療法が推奨されているが,有効率は約60%である.最近adriamycin療法の有効性も報告されている.デスモイド腫瘍の発生は手術後3年以内の場合が多いので,好発家系内の患者を手術した場合,術後からtamoxifen,sulindac併用療法を予防的に行うのもよいと考える.

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要旨 遺伝性腫瘍の研究と診療は,腫瘍一般の発生病理の解明に大きな手がかりを与えるとともに腫瘍体質の遺伝子診断,外科的,化学的癌予防法など対癌戦略に偉大な進歩をもたらした.FAPはその代表的疾患であるが患者は“癌と遺伝”という宿命的状況にある人々であり手厚い対策が急がれる.FAPそのほかの遺伝性腫瘍の対策は長期的な全体計画の下になされなければならず,外科療法はその一部にすぎない.したがって術式は結腸全摘回腸直腸吻合術(IRA),回腸肛門吻合術(IAA),回腸肛門管吻合術(IACA)のいずれを選ぶにせよ術後発現する腫瘍病変を早期に発見し,外科・内科的な予防対策を適切に行えるよう患者および家族の生涯追跡・監視,家系調査,遺伝子診断,カウンセリング,倫理,社会,法律的保護が行える体制の下に施行されるべきである.

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要旨 家族性大腸腺腫症(FAP)について,十二指腸乳頭部病変の局所切除術の可能性を検討した.対象は十二指腸内視鏡所見を検討しえた52例のFAP患者で,乳頭部の変化を正常,表層型,腫瘤型,明らかな癌と分類した.14例に乳頭部に対する手術が行われた.5例に膵頭十二指腸切除(PD)が行われたが,このうち2例には乳頭筋を越える浸潤やリンパ節転移を認めなかった。9例には乳頭部局所切除が行われた.3例に癌を認めた.この9例中,大腸癌による早期死亡1例を除く8例では5年2か月までの観察で局所に再発を認めなかった.合併症についても検討した.腫瘤型変化を示す乳頭部病変で,臨床検査上Oddi筋以上の浸潤の可能性が少なければ局所切除のよい適応と考えられた.

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要旨 APC(adenomatous polyposis coli)遺伝子はFAP(familial adenomatous polyposis)患者のおよそ70%で変異が認められる一方,散発性の大腸腫瘍においてもしばしば失活している.遺伝子変異の大部分はストップコドンを生じるものである.FAP患者では変異の位置と表現型との間に関連性のみられる場合もある.APC蛋白はN末端部でダイマーを形成し,中央部はカテニンと結合することが明らかにされている.カテニンは細胞接着分子であるカドヘリンと結合するが,APC蛋白はカテニンと結合することで,カドヘリンとカテニンの結合を調節し,細胞相互の接着や細胞の増殖をコントロールしているものと考えられる.APC遺伝子が同定されたことにより,FAP家系内では保因者の発症前遺伝子診断が可能になった.

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要旨 経験したAPC5症例のうち,3症例に対し,拡大電子スコープを用いて多発する腫瘍性病変のpit patternによる診断を行った.観察しえた200個以上の腫瘍性病変は主として,ⅢL型pitで構成されており,数腺管のⅡb様,またはⅡa+dep病変もamorphismのないⅢL型pitで構成されていた.APC5症例の中で,sm癌は,表面陥凹型由来と思われ,進行癌も小型のⅡa+Ⅱc様癌であった.APCで進行癌に至る経路は,陥凹型のde novo発生も考慮する必要がある.一般臨床で発見されたⅡa+dep 1,050病変でsm癌が存在せず,点墨下経過観察例でもほとんど変化しない事実からも,APCで多発するⅡa+depは多くはlong standingな経過をたどるだろうと考えられた.実際,治療した中でⅡa+depまたはⅡaで早期癌は存在しなかった.

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要旨 患者は40歳,女性で,便秘・食欲低下・腹部腫瘤を主訴に精査を受け,Vater乳頭部腺腫内癌,十二指腸ポリポーシス,S状結腸進行癌を伴った家族性大腸腺腫症(Gardner症候群)であることが判明し,乳頭部腫瘤局所切除,S状結腸切除術および両側卵巣摘除術が施行された.異父兄が異時性に直腸癌と傍乳頭部進行癌を伴ったGardner症候群であり,傍乳頭部癌の家系内集積性を示唆していた.本例は傍乳頭部病変の診断と治療を考えるうえで興味ある症例と考えられた.

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要旨 患者は45歳の男性.1995年5月,人間ドックで胃隆起性病変を指摘され,当科で上部消化管内視鏡検査を行い,多発性の胃腺腫,十二指腸腺腫および十二指腸乳頭部癌を認めた.家族性大腸腺腫症を疑い大腸内視鏡検査を行ったところ,非密生型の大腸ポリポーシスを認めた.全身の検索で,前頭骨部に骨腫,前胸部に類表皮囊胞を認め,Gardner症候群と診断した.X線,EUS,ERCPで十二指腸乳頭部の腫瘍は粘膜内癌と診断し,外科的ポリペクトミーを行った.腫瘍は3.0×2.3cmの粘膜内にとどまる乳頭状腺癌であった.近年,家族性大腸腺腫症患者において,上部消化管腫瘍性病変の報告が増加しているが,本例も大腸腺腫症患者における上部消化管検査の重要性を裏付ける症例と思われた.

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要旨 患者は41歳,男性.高校時代から排便時にときどき出血があったが,痔核のためと思い放置していた.1993年8月,近医で貧血を指摘され当院受診.注腸造影と大腸内視鏡検査で大腸腺腫症と診断され,当科に入院した.精査によりⅡc型早期胃癌,多発性胃腺腫,早期十二指腸癌,多発性十二指腸腺腫,回腸腺腫,直腸癌,下顎骨腫,腹壁脂肪腫を合併していた.大腸全摘・回腸瘻造設術,3/4胃切除術,十二指腸ポリープ切除術,胆囊切除術,腹壁腫瘤摘出術を施行した.胃・十二指腸に同時に早期癌を合併した症例はわが国で最初と思われる.わが国における胃癌合併例および十二指腸癌合併例の集計結果と併せて報告した.

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要旨 患者は36歳,男性.主訴は下痢と血便.発端者である兄の主治医に勧められ来院,家族性大腸腺腫症を疑い全身の検索を行った.その結果,胃・十二指腸ポリポーシスおよび顎骨腫を伴うGardner症候群と診断,予防的に全結腸切除+回腸直腸吻合術を行った.切除標本の肉眼観察において2~25mm大のポリープ5,175個を認めた.初診時から十二指腸乳頭部腫瘍が認められ,3年間の経過観察中に内視鏡像で腫瘍の増大が認められた.腫瘍の増大に伴いアミラーゼの血中逸脱量が増加し,腹痛の頻度や程度も増強した.腫瘍による膵液流出障害が原因で膵炎が反復して生じているものと判断し,内視鏡下腫瘍切除術を行った.病理診断は腺腫内癌であった.腫瘍切除後,腹痛発作は消失し血清アミラーゼも低下した.

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要旨 家族性大腸腺腫症(familial adenomatous polyposis; FAP)に伴った甲状腺癌の1例を経験した.患者は21歳,女性.粘血便,頸部腫瘤を主訴とし,大腸に非密生型のポリポーシス,甲状腺に3個の腫瘤を認めた.甲状腺亜全摘術,頸部リンパ節郭清および結腸全切除術,回腸直腸吻合術を施行した.径10mm以上のポリープ13個はm癌12個,sm癌1個であった.甲状腺腫瘤はいずれも乳頭癌で,リンパ節転移を認めなかった.FAPでは甲状腺癌のリスクが高く,その特徴として若年で発症しやすく,組織型は乳頭癌で多発性であり,また大腸癌を合併する傾向にある.思春期以降のFAP女性患者では甲状腺の検査が必要である.

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〔患者〕 79歳,女性.1994年2月16日の夕食後に腹痛と下痢が出現し,腹満感や嘔吐も認められた。翌日,血液混じりの水様性下痢が頻回となり,腹痛も増強したため当院受診.腹部単純X線所見で小腸ガスが認められたため,腸閉塞の診断で入院となった.なお既往歴や家族歴に特記すべきことはなかった.

 身体所見では,腹部は全体に膨隆し,下腹部に著明な圧痛を認めた.血液検査では,赤沈値50mm/hr,CRP35mg/dlで炎症反応が著明に亢進しており,低蛋白血症も認められた.

リフレッシュ講座 食道検査・治療の基本・3

食道内視鏡検査の基本 吉田 操
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 食道の疾患を疑うに足る症状を訴える患者には,極力内視鏡検査を計画すべきである.また,食道癌の早期発見は粘膜癌の発見が目標であり,その多くが無症状であることが判明している.機会があるごとに食道を観察すべきである.従来の食道鏡,胃内視鏡,あるいは十二指腸内視鏡検査などという区分けは不適当である.上部消化管の内視鏡検査は,精密診断の場合であっても,重点の置き方に差はあるにしろ,食道から十二指腸まで一通りはチェックしなくてはならない.

 適応上,慎重を期すべき患者としては,腐蝕性食道炎の急性期にあるもの,食道穿孔の疑いのある症例,小児症例などである.これらは内視鏡検査により新たな合併症を生じる可能性がある.適応がある場合でも慎重に,できれば経験のある指導者の立ち会いを求めて実行するとよい.食道疾患以外に重篤な合併症を有する症例の場合なども,侵襲が小さく,検査精度の良い方法をできるだけ選択する.狭窄症状の明らかな場合は,食道内に貯溜物があることを予測し,内容物の逆流や嘔吐を生じた場合の注意を患者に与えることはもちろん,誤嚥しないような体位を採用することも大切である.検査中の患者の観察を厳重に行い,介助者に注意点と対応法を伝えておく.検査が患者にとって大きなマイナスとならないように配慮すべきである.

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欧文目次

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 新野稔先生のこの244頁の本は,通常の本と比べて大変充実した内容のものであることあることにまず驚かされた.

 読者はまず4頁の大変詳細に記述された序文に驚かされるはずである.通常はしばしば序文を後回しにして本文から読み始めるものであるが,本書では是非ともしっかりと序文からお読みいただきたい.なぜならば,そこには著者がなぜ画像検診と言わずに放射線検診という言葉を使ったのかということから始まって,この本を書くにあたっての著者の考え方が書かれており,本を読み進めて行くための道標とも言うべきものがここにあるのである.

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 本書は,わが国の保険診療を前提にした現時点における最新,最高の治療指針を簡潔に記載したものである.現在の1997年版は第39版であるが,約1,400頁の本書に臨床的に必要不可欠な情報が盛られており,ハンディな座右の書となっている.

 本書は他書に例をみない多数(943名)の専門家により,各項目が具体的に,緻密に記述されており,疾患の病態,病期,重症度に応じた治療方針や処方例などが示されていることが大きな特徴である.

編集後記 牛尾 恭輔
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 大腸腺腫症に関する最近の新しい研究とその知見には,目を見張らせるものがある.本症における,①上部消化管病変,②Gardner症候群と家族性大腸ポリポーシスの関係,③原因遺伝子(APC gene)の発見,などは,その多くがわが国の研究者によってなされたものである.この特集を読めば,APC遺伝子が通常の大腸腺腫や癌のみならず他臓器の腫瘍の発生と進展にも深く関与していること,また多段階発癌理論のさきがけになったことがよくわかる.

 大腸腺腫症という極めてまれな疾患の研究を,いわば小さな井戸を掘るごとく,掘り下げていったら大きな地下水脈に当たったようなもので,広い学問上の進歩をもたらしたのである.

基本情報

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胃と腸
32巻4号 (1997年3月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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