胃と腸 27巻6号 (1992年6月)

今月の主題 早期大腸癌の病理診断の諸問題―小病変の診断を中心に

序説

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 かつては大腸上皮性腫瘍の組織診断基準が話題になったり,あるいは病理医によりその診断が異なることは全くと言ってよいほどなかった.また大腸癌の発生も腺腫由来(adenoma-carcinoma sequence)で,全世界にほぼその考えが浸透していた.しかし最近になり大腸癌の発生は平坦な粘膜に発生する,すなわちSpratt and Ackermann(1962年)によって提唱されたde novo cancerの考えが中村,下田により改めて見直されるようになった.それはいずれも従来ではほとんど経験することのなかった5~10mm程度の小さい粘膜内癌,あるいは粘膜下浸潤癌の検討から導き出されたものである.その中で中村は,大腸上皮性腫瘍の診断基準を客観化するため,腫瘍腺管の組織形態計測を行い,構造異型と核異型をそれぞれ係数化して,新たな癌の診断基準を提唱した.

 このとき以来,病理学的に癌と腺腫の診断基準が病理医によって異なるようになり,大きな議論を巻き起こしてきた.また時期をほぼ同じくして臨床的にも5mm前後の扁平隆起あるいは陥凹型の上皮性腫瘍が多数発見され,その中には粘膜下浸潤を来した癌も報告されてきた.更にこのような小さな陥凹性病変から進行癌に発育する可能性も指摘されている.したがって臨床的に小さい陥凹性大腸病変の発見が重要であるとの認識から,多くの陥凹性病変が発見されてきている.それに伴い,病理組織診断が病理医によって異なっている現実は臨床の場においても多くの混乱を与えてきた.

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 大腸上皮性腫瘍の組織診断基準は世界的にみて確立されているとは言いがたい.特に欧米の代表的病理医Morsonのそれは粘膜内癌に対し,癌の組織診断を下していない点に問題がある.これに対し,わが国で初めて粘膜内癌と腺腫を区別する努力が大いに払われてきた.しかし,その診断基準はいまだ統一をみていないのが現状である.更に,本邦で初めて,小さな陥凹性病変が続々と発見され,このこともまた組織診断基準の確立を迫る結果となってきた.

 本号では,特に10mm以下の病変で,内視鏡写真,内視鏡的切除病変の実体顕微鏡写真,組織標本の揃った症例を,各施設から送っていただき,この中から33症例を選んだ本邦8人の病理医に33症例を回覧し,組織診断,癌の場合その診断根拠とカラー写真上に癌部分の指示をお願いした.各症例の代表顕微鏡写真は,病理医の誰かが最も悪い組織像とした部分,最も良い組織像とした部分,異なった意見になった部分,代表的部分を渡辺が撮影したものである.

特集のまとめ 渡辺 英伸 , 味岡 洋一
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 1.8人の病理医の組織診断名の使い方

 良性腫瘍か悪性腫瘍かの組織学的判断が困難な病変を,独立した名称“境界病変”で表現する人(岩下,中村,下田),高異型度腺腫に含ませる人(加藤,渡辺,石黒,小池)および診断名は高異型度腺腫と表現し,これに良性と良・悪境界(判定困難)があるとする人(喜納)がある.

 座談会の内容も加味すると,病名の表現法は異なっていて,理論的には境界病変(中村,下田)≒高異型度腺腫(加藤,渡辺,石黒)≒高異型度腺腫(境界病変)(小池)の図式が成立する(現実に判定されている組織所見には差が大きいが).

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 八尾(司会) 今日は「早期大腸癌病理診断の諸問題―小病変の診断を中心に」というテーマで,主として病理診断の問題について座談会を開かせていただきます.

 ここに小病変とありますが,先生方よくご存じのように,この小病変の中にはいわゆる陥凹型癌がたくさん含まれています.そういった病変の病理診断については,まだいろいろ問題が残されており,臨床がどう対応していいか迷うところもありますので,臨床側からの注文も間に挟みながら座談会を進めていきたいと思います.

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 〔患者〕40歳,男性.主訴および現病歴:1か月ほど前から心窩部痛が出現したため1989年5月胃集団検診を受診し,前庭部の異常を指摘され精査を目的に当センターを受診した.

 〔胃X線所見〕第1斜位の背臥位二重造影像(Fig.1)で胃角部小彎にやや線状のニッシェが描出されている.このニッシェは輪郭は比較的平滑で,辺縁に不整な隆起もなく,また,ひだの先端にやせや中断などもみられず,悪性を示唆する所見は特にないように見える.しかし圧迫像(Fig.2)ではニッシェの小彎側と後壁側に尻尾のような淡い陰影が認められ,Ⅱc性変化の存在を疑わせる.更にこれを背臥位二重造影の振り分け像(Fig.3)でみると,ニッシェの周囲に不整形の淡い陰影斑が,また集中するひだの先端に肥大と虫食い像が証明されている.この像があれば,Ⅱc+Ⅲ型早期癌の診断は可能である.

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要旨 患者は64歳,女性.1976年に胃前庭部大彎に10mm大の有茎性で赤色調,表面平滑な過形成性ポリープを認めた.以後79,81,85年に内視鏡検査を施行し,いずれの時期も著変なく,生検はGroup Iで過形成性ポリープであった.ところが87年に隆起は増大し,このときの生検はGroup Iであったが,89年には隆起は更に増大し分葉傾向を示し,生検はGroup Vであった.内視鏡的ポリペクトミーを施行し,切除標本は大きさ25×17mm,病理組織学的には大部分は過形成で癌は表層の一部に認めるのみで,組織型tub2,深達度m,v0,ly0であった.癌を一部に伴った胃過形成性ポリープの報告は散見されるが,癌化の過程を長期間にわたり内視鏡的に観察できた症例の報告は極めてまれであり,報告した.

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要旨 患者は65歳,女性.主訴は貧血.胃X線および内視鏡検査にて胃体中部前壁に2.5×4.0cm大の,胃体下部後壁に2.0×3.0cm大の山田Ⅳ型のポリープを認めた.ポリープ頭部の生検では両者とも過形成性上皮が得られたが,前者のポリープの茎部に認められたⅡc様陥凹面からsignet-ring cellを伴う低分化腺癌が得られたため,胃全摘術を施行した.組織学的に前者のポリープの頭部では腺窩上皮がかなりの部分で高分化腺癌に置き換わると共に,粘膜固有層内には同様の核を有する腺管を形成しない癌細胞の増生を認め,更に茎部は大部分が低分化腺癌から構成されていた.本例は過形成性ポリープから低分化腺癌が発生した極めてまれな症例と考えられた.

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要旨 患者は64歳,女性.発熱,下痢,左上腹部痛,嘔気を主訴とし来院.上部消化管X線検査で胃体部大彎に管外よりの圧排所見を認め当科入院.注腸造影で横行結腸肛門側に約13cmにわたって粘膜ひだの肥厚したなだらかな管腔狭小化像と,その中央部の約1.5cm大の潰瘍に引き続く特異な“きのこ雲状”陰影を認めた.炎症反応強陽性,抗生物質の有効性より膿瘍など炎症性疾患との鑑別に苦慮したが,横行結腸原発の癌を疑い開腹すると,同部より頭側に浸潤し胃体部,脾門部に癒着する大きな腫瘤形成を認めた.開腹術約3か月後に死亡.剖検では組織学的に著明なリンパ管侵襲を伴う横行結腸原発びまん浸潤型粘液癌であり,腫瘍塊の内部には注腸時のバリウム,糞塊の残存が認められた.

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要旨 患者は58歳,男性.主訴は排便回数の増加.一般検査では便潜血反応Latex法(+)以外はCEAを含め異常なし.大腸X線検査では,腹臥位二重造影法と圧迫法にて,横行結腸中部の前壁寄りに,中央に淡いバリウム斑を伴う楕円形の平盤状病変を認めた.内視鏡検査では,中心陥凹を有し,隆起の起始部粘膜が正常な平盤状病変で,Ⅱa+Ⅱc型大腸癌と診断した.手術にて,16×12mmの小さなⅡa+Ⅱc様の病変で,病理学的には癌の粘膜下浸潤により平盤状に隆起した病変であり,隆起の起始部粘膜は正常だった.癌の組織型は高分化型腺癌であったが,浸潤部ではmuconodularな成分が優勢で,癌の深達度は固有筋層の表層に達し,ly1,v0,n0であった.

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要旨 患者は85歳,女性.咽頭部違和感を主訴に内視鏡検査が行われた.上切歯列より25cmの部に約2cm大の隆起性病変を認めた.隆起の大部分は上皮に覆われているが,その頂に数個のなだらかな小結節状隆起を有し,中央にはびらんを認めた.生検にて扁平上皮癌の診断を受け手術を行った.1.3×1.1cm,0-I sepの病変であった.組織学的検査では癌細胞は全体に基底細胞に類似し,充実性に発育していた.癌胞巣は粘膜固有層で増殖して上皮を上方へ圧排し,隆起の中央部で癌の露出が見られた.n0で一部粘膜下層に浸潤した早期の類基底細胞癌と診断した.本例の内視鏡所見は上皮下で増殖する類基底細胞癌の特徴をよく示していた.

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要旨 患者は62歳,男性.嘔気,嘔吐を主訴に入院.胃X線検査,胃内視鏡検査により,胃幽門部の多房性の粘膜下腫瘍様病変による幽門狭窄を認めた.超音波内視鏡,ダイナミックCTでは幽門前庭部の多房性の囊胞と幽門部の充実性腫瘍部分を認めた.腹部血管造影では幽門枝の狭細像を認めたが特記すべき所見はなかった.粘膜下腫瘍,特に迷入膵およびリンパ管腫などの診断で1991年4月9日幽門側胃切除術を施行した.なお術前の腫瘍マーカーはDUPAN-2が220U/mlと高値であった.切除胃の肉眼所見は,胃前庭部のほぼ全周を占める多房性の粘膜下腫瘍であり,長径1.0cmから3.5cmの囊胞を計5個認めた.また幽門輪の固有筋層は著明に肥厚していた.組織学的には粘膜下層から漿膜下層にかけて囊胞状に拡張した異型腺管から成る分化型腺癌の像と,粘膜下から筋層の間質にHeinrich Ⅱ型の迷入膵が認められ,両者の移行が確認された.胃迷入膵の癌化例は極めてまれであり,組織学的に癌化を証明された症例は現在までに15例にすぎない.以上,臨床病理学的に胃迷入膵とその癌化を証明しえた症例を経験したので報告した.

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 早期胃癌が1,000例から2,000例と集積される時代になり,早期胃癌の治療も広範囲切除・郭清から縮小手術,更に内視鏡的切除の局所治療と変革期を迎えている.

 早期胃癌2,000例を集積した癌研病院で,前期1,000例と後期1,000例の比較がなされ,両者の大きな差違は,高齢者,Ⅱc,胃上中部癌,小さい癌,集検発見例・実地医家発見例の増加であった.

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要旨 虚血性腸炎のX線像でしばしば認める管状狭小の成因を知るために,憩室からの出血に対し動脈塞栓術を施行し,その後に生じた虚血性病変について,切除標本のmicroangiographyをもとに障害血管と病変との関係を検討した.切除標本では3本の直動脈起始部とその辺縁動脈は塞栓物質で閉塞し,その周囲の辺縁動脈には狭小化のみ認められた.辺縁動脈の閉塞している範囲ではUl-Ⅱ~Ul-Ⅳの潰瘍を生じ,狭小化のみの範囲には病変を認めなかった.X線像で管状狭小を来す病変は,病変(管状狭小)よりもやや広い範囲の辺縁動脈の血流障害に起因していると考えられる.

海外だより

ドイツ留学体験記(1) 木村 理
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 世界がドイツ統一,湾岸戦争,ソビエト連邦の消滅と揺れ動く中,私は2年3か月余りをドイツで過ごしている.1990年1月ド旬に来独し,4か月間Hessen州Marburgでドイツ語を学んだ後,Bayern州WurzburgのWurzburg大学Medizinische Poliklinikで膵臓,特に急性膵炎の発生病理,治療についての研究を始め,現在に至っている.

 Wurzburgはドイツの中央やや南,Frankfurtの東110km,Munchenの北西270kmに位置し,ロマンチック街道の起点として有名である.日本で人気の高いRothenburgはWurzburgの南約70kmの所にあり,アウトバーンを飛ばせば20~30分で着く.Medizinische PoliklinikはWurzburg中央駅と街の中心部とを結ぶ線上にあり,駅まで徒歩で数分,街の中心まで7~8分である.研究室は緑に囲まれた2階建ての落ち着いた建物にあり,すぐそばにRoentgenが1895年にX線を発見した物理学教室の建物や,Virchowが病理解剖学の教授として講義に使った講堂がある.

早期胃癌研究会

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 第32回「胃と腸」大会は,第43回日本消化器内視鏡学会総会前夜の4月14日,大阪国際交流センターにおいて,約450名の参加者を得て盛会裡に催された.司会は竜田正晴(大阪府立成人病センター)と高見元敞(市立豊中病院)が担当し,地元から胃3例,大腸2例の計5例が提示され,活発な討議が行われた.

 〔第1例〕39歳,女性.多発性胃カルチノイド(症例提示:大阪医科大学第2内科 滝内比呂也).

追悼

石川誠先生を悼む 大柴 三郎
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 1992年2月24日(月),石川誠先生の突然の悲報に接し唯々茫然自失状態で誤報ではないかと疑うのみでありました.いつお目にかかっても底抜けに明るいあのお元気な先生が永遠に目の前から姿を消してしまわれたなど信じることができませんでした.しかも前々日,前日ともに東京で御一緒し,翌々日再び上京の折,突然接した悲報でしたのでこの思いはひとしおでした.

 石川先生は私より4か月遅く生を受け,旧制第一高等学校を卒業,東北大学医学部に人学,昭和24年に卒業,インターンを経て黒川内科に入局されました.以来昭和52年まで約25年間不肖の後輩として御鞭撻いただいてきました.先生は天衣無縫,常に正論を吐き,よく学びよく遊ぶ,初対面でも直ちに百年の知己の如く振る舞う特技を持たれ,先生の御性格の百分の一でも……と望み羨んでおりました.進取の気性に富まれた先生は“人生意気に感じては……”を信条として生きられた方と思っております.

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欧文目次

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Adenoma-carcinoma Sequence or “De Novd” Carcinogenesis?: Bedenne L, et al(Cancer 69: 883-888, 1992)

 大腸癌の発生において腺腫の癌化とde novo発生のどちらが相対的に重要かは現在でも論争のあるところである.著者らは1,630例の大腸癌の切除例で,癌組織周囲の腺腫遺残の出現率について,腫瘍の肉眼的形態,深達度,大きさ,位置の面から検討した.

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 本書は,消化管疾患を取り扱う内科医,外科医,病理医を対象とした,全2巻(A4版,1,488ページ)にわたる消化管病理学専門の教科書である.食道から大腸にいたる消化管のあらゆる疾患が,病理診断学だけではなく臨床サイドにおける病態像や問題点をも加味しながら集学的に解説されている.

 第1巻では生検や手術材料の取り扱いや,その解析法について詳細な記載があり,次に消化管全般にわたる疾患を取り上げながら消化管疾患の総論的内容が説明されている.各論としては,食道・胃十二指腸が第1巻に,小腸・大腸が第2巻にそれぞれ豊富なカラー写真を提示しながら詳細に記載されている.全体構成としては一般的でかつ妥当である.

編集後記 丸山 雅一
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 本号を読み終えて残る不満がもしもあるとすれば,それは,こんなに精魂を込めてまとめたもの

であるにもかかわらず,病理の診断はその論理からますます遠のいたのではないかということであろう.むしろ,それは不安,ないしは,焦りと言ったほうが適切かもしれない.筆者の考え方は,臨床を代表するものではないかもしれない.しかし,病理診断とは感性で行うものではないと信じたいし,本号の特集を踏台にして,感性の極致から論理を導いて欲しいものだ.

 内視鏡の質についても,現状では最良のものと評価するのは,遅れていると言わなければなるま

い.この世界は日進月歩で,pitpatternの認識は,すでに実体顕微鏡の世界から電子スコープの領域へと取り込まれ始めていることも事実だからである.

基本情報

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胃と腸
27巻6号 (1992年6月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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