精神医学 63巻2号 (2021年2月)

特集 いじめと精神医学

特集にあたって 井上 猛
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 小児期の虐待,不適切な養育からはじまり,思春期・青年期のいじめ,成人期のハラスメント,老年期の虐待まで,他者からの攻撃は人間にとって最もつらく,しかも長期に心身に影響を与えるストレスである。小児期の虐待,いじめ,トラウマをはじめとする小児期逆境体験については,本誌61巻10号(2019年10月)特集「トラウマインフォームドケアと小児期逆境体験」で取り上げた。同特集は小児期の逆境体験に気付くこと,そしてトラウマインフォームドケアの重要性を指摘している。

 最近,小児期にいじめを受けた体験が自殺につながること,さらに長期にわたり心身に悪影響を及ぼすという疫学的研究が報告され,いじめが長期的には精神疾患発症の原因となることも明らかになってきた。いじめに気付き理解することといじめを無くすることが,個々人の健康のみならず公衆衛生,あるいは国家経済の観点からも重要であると思われる。

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抄録 日本における「いじめ」概念・定義の歴史的変遷と現状を概説した。日本においては,いじめや嫌がらせ,ハラスメントの認知件数や相談件数は学校でも職場でも増加の一途をたどっている。1986年より国による学校でのいじめ実態調査が開始されたが,いじめ事例の見落としと恣意的除外が相次ぎ,批判や議論が起こって,いじめの概念と定義は拡大を遂げてきた。2011年の大津市におけるいじめ自殺事件は社会問題化し,2013年の「いじめ防止対策推進法」成立に繋がった。本法では,学校におけるいじめ定義や予防,対策について法的に規定されている。職場では,いじめ全体を包括する施策はいまだないものの,いくつかのハラスメントが各所管の法律などにて定義付けされ,予防や対策がうたわれている。いじめ被害は精神障害の誘因となったり,自殺の直接・間接の原因となり得るため,社会全体で予防と早期発見に努めなければならない。

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抄録 学校のいじめをモデル現象として,1) 群生秩序:集合的活性化輪郭が畏怖すべき規範の準拠点となる利害権力政治の秩序,2) 秩序の生態学モデル:複数の秩序が互いを環境として関係し合い位置付けあう生態学的な説明モデル,3) 人を生徒らしい生徒に変える自己裂開を伴う変換の連鎖としての学校らしい学校のコスモロジー,4) 自己裂開規範:自己を自発性の核心部分から裂け開いてしまうかのようなふるまいを倫理秩序の中心として強制し違背を許さない規範,についての理論を提示する。次にこれをもとに,構成要素を個体水準よりもミクロな内的メカニズムに設定し,それが個体水準を越えて,直接複数個体水準でまとまる現象を含めて説明するのに適した,IPS(inter-intra-personal-spiral)理論枠組とその可能性を展望する。ネットいじめは,1) 閉鎖空間の人間関係にネットが加わってブースター効果を及ぼすタイプと,2) 見ず知らずの被害者を不特定多数で攻撃するタイプに分ける必要がある。

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抄録 近年,職場のいじめ・パワーハラスメント(パワハラ)は労働者の精神健康を害する大きな要因となっている。全国の労働局に寄せられる個別労働紛争相談の中で最も件数が多いのがいじめ・嫌がらせに関する相談であり,精神障害・自殺に関する労働災害の認定件数の中でも最も件数の多いものが,いじめ・嫌がらせ・暴行に関する事案である。そのような中,2020年6月には,企業に職場のいじめ・パワハラ防止を義務付ける法律が施行された。本稿では,職場におけるいじめ・パワハラ問題への理解を深めるために,いじめやパワハラの定義を整理した後,職場のいじめやパワハラを発生させる職場要因,および加害者要因について,これまでの研究で分かっていることを解説する。

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抄録 福島第一原発事故後に放射能被曝に関連して生じたいじめと,新型コロナ禍におけるいじめの類似性について論じた。いじめは単に加害者と被害者の2項関係で生じるのではなく,家族,仲間のグループ,学校,コミュニティや社会状況などが複雑に関与している。第一原発事故の後,福島県内外において避難者や被害者を対象にしたいじめ,偏見,差別が生じた。放射能がうつるなどの科学的にはあり得ないような誤解に基づくものがあったが,それだけでは説明がつかない。現在のコロナ禍においても,感染者,医療者,感染者の多い地区の集団や住民への差別,偏見などが生じている。その背景には行動免疫システムの活性化がある。いじめの対策には加害者を非難するだけでなく,環境要因に目を向ける必要がある。

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抄録 本稿では,国内外の文献レビューをもとに,子ども時代のいじめの被害とその後の自殺との関連について論じた。まず,いじめ被害と自殺との関連について主に疫学研究の結果を概観し,短期・長期にわたるいじめ被害の影響と,他の関連する要因について論じた。併せて,若年層の自殺の発達的特徴について触れることで,児童青年期におけるいじめ被害者の自殺リスクを適切にアセスメントする際の留意点を明らかにした。さらに,最近の自殺予防研究における理論的展開を紹介した上で,いじめの被害から自殺に至るまでのプロセスについて論じるとともに,いじめの被害を受けた子どもたちを支援する方法についても若干の考察を加えた。最後に,今後の課題として,現代的ないじめによる被害がメンタルヘルスに与える影響について新たな視点を提示した。

学校におけるいじめ対応 野村 武司
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抄録 いじめは,行った側が軽く考える一方で,受けた側が深く傷ついているなど意識に大きなギャップがあるのが特徴である。それゆえ,いじめはどこにでも起こる。いじめを早期に発見するには,受けた側の傷つきにできるだけ早くかつ敏感に気付く必要があるが,社会通念として使用されている「いじめ」という用語の影響により,その判断において無意識に行為に目がいき,かつ判断が抑制的になる傾向がある(行為主義)。いじめを早期に発見するためには,「傷つき=心身の苦痛」を尺度(アンテナ)として持つことをはっきりと意識すべきで,子どもが傷つきを表現しない現状も踏まえると,アンテナの精度を上げる取組みとともに,組織的に複数の目をもって対応する必要がある。学校現場では,生活指導組織がいじめ防止対策組織を兼ねることが多いが,行為主義を本質としている生活指導による対応には問題がある。また,いじめの対処においても意識のギャップに留意して対応することが重要である。

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抄録 いじめは,強者が弱者を一方的に支配する不均衡な構造を持ち,被害者の心身を深く傷つけ,その影響は生涯にわたり続くこともある。いじめが被害者にもたらすさまざまな影響を理解し,トラウマインフォームドの視点でいじめの早期発見と被害児の保護,適切なケアと予防対策に取り組み,社会総がかりでいじめ問題に向き合うことが求められる。被害者のケアにおいては,いじめの構造と被害者の心理行動特性を理解し,トラウマ反応に対する適切な働きかけを行って,被害者の再トラウマ化を防ぐことが肝要である。保護された環境のもとで,心理教育や自己対処スキルの獲得によって被害者が自己効力感を取り戻し,否定的自己観や非機能的認知が修正され,心身の健康を取り戻していけるようなケアが展開されることが望まれる。

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抄録 いじめへの対応として,被害者ケアを語られることは多いものの加害者ケアが取り上げられることは少ない。このことは「被害者中心のいじめ像」の理解のみが先行する結果を生んだ。しかし,いじめ行為を直接起こしたのは加害者側であり,加害者への適切なケアは欠かせない。加害者もさまざまな心理・社会的基盤を持っており,時として精神障害を抱えていることもあることが判明している。また,いじめの背景には加害者個人の特性・ストレス状況・基盤障害だけでなく,大集団内に存在する小グループの特性や相互関係性などが複雑に相響しあっている。したがって,いじめ加害についてのアセスメントは個人だけでなく,集団力動にも必要となる。いじめ事態においては加害者に被害者を含めた他者への共感力があるかが抑止の大きなポイントになる。共感力を育むような加害者への適切なケアが結果として,未来の被害者をなくすことに繋がることを我々は忘れてはならない。

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抄録 いじめの予防については,従来あまり注目されてこなかった。いじめ防止対策推進法制定に伴い,国の基本方針が定められたが,そこに記載されている内容は抽象的かつ広範であり,それだけからでは,具体的に何をどのように教えればよいのかが読み取れず,より実践的ないじめ予防教育が必要である。筆者は,弁護士の立場から,長年「いじめ予防授業」を行ってきた。その経験を踏まえ,いじめ予防教育に必要な具体的なポイント(いじめはなぜ許されないか,いじめを見かけた場合にどうすればよいか,いじめられた場合にどうすればよいか)を挙げ,それぞれについて,子どもたちに分かりやすく伝える実践的な手法を紹介する。

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抄録 遅発性ジスキネジア(tardive dyskinesia:TD)の最新の臨床知見を概説し,特に早期の発見と対応の重要性を強調した。TDは誤嚥や窒息,あるいは転倒による骨折や頭部外傷といった致死的な結果を招来する副作用であるが,非定型抗精神病薬によるTDの発現率が定型抗精神病薬と比較して低下していないとの指摘に着目した。またTDは患者のQOLの低下や心理社会的問題を惹起することにも注意を喚起した。さらにTDのうち高頻度にみられる口部TDを患者が無自覚でいる場合も多く,そのための早期発見の方法や工夫について,自説を明示した。

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抄録 54歳,男性。49歳の後半から脱抑制行動,性格変化,感情障害で発症し,言語障害(自発語減少,滞続言語,反響言語),認知機能低下がみられ,1年後には就業不能になった。初期の頭部CTで,前頭・側頭葉萎縮がみられ前頭・側頭型認知症と診断した。発症3年後の脳脊髄液検査では,リン酸化タウ蛋白,アミロイドβ蛋白値は正常。脳波は軽度緩徐波の所見であった。言語障害(発語の減少),意欲低下,無関心,常同行動,反響言語が高度となった。発症3.5年後に拇指球筋の萎縮,舌萎縮(運動ニューロン疾患:MND),嚥下障害が併発し,急速に体重が減少した(4か月間に,56.1→46.0kg)。MNDの進行が速くMNDが発症して1年後に死亡した。MND併発後の経過が,筆者らが経験したこれまでの症例とは異なっていた。臨床例からもFTD-MNDの多様性が示唆された。

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抄録 回避・制限性食物摂取症(avoidant/restrictive food intake disorder:ARFID)はDSM-5およびICD-11において新設された診断分類である。ARFIDは,食への関心の低下,食物の感覚的特徴に基づく回避や食後生じる嫌悪すべき結果への不安により,有意の体重減少,有意の栄養不足を来す障害である。今回,7年という長期寛解後に2度目の再発を来したARFID症例を経験した。ARFIDは,長期寛解後であっても,就職や結婚などの社会的役割の変化が大きい青年期においては再発可能性を念頭にしたフォローが必要と考えた。

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精神医学
63巻2号 (2021年2月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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