精神医学 51巻9号 (2009年9月)

巻頭言

児童青年精神医学の現状 市川 宏伸
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 かつては,「児童青年精神科の勉強をしたい」と思っても,希望者も少ないようで,「どこへ行けばよいのかわからない」状況であった。私も自閉症に興味を持って,約30年前に医学部を卒業して,都内のいくつかの小児科の医局を訪れた。「自閉症はやってないな。精神科に行けば」と言われて精神科講座に入局したが,「今年は子どもに興味を持つ奇特な人がいる」という噂が流れてきた。医局長から「子どもだけやってても食べられないから,まず大人の精神科を勉強するように」と言われた。約3年間成人の精神科医療を勉強して,統合失調症を中心とした診断・治療を勉強できたことは,その後の児童青年精神科の医療に大いに役立った。「統合失調症とされながら,典型例とはいえない例がある」,「よく聞くと10代に一時的な精神科的エピソードを持つ統合失調症者がいる」,「10代に発症した統合失調症者が一応社会復帰しても,20代後半になって再発すると治療が困難である」ことなどを勉強した。当時は,私が子どもに興味を持っていることを知る先輩から「大人の精神科がわかれば子どもはわかるんだよ」と諭された(?)のを覚えている。最近は精神科を志望するレジデントの中に「児童精神科の勉強をしたい」と考える医師は増えているし,小児科医の中にも希望者は増加している。しかしながら,30年前と状況は大きく変わっていないように思われる。このような状態について考えてみたい。

 長らく大学の精神科に専門講座を作ることで児童青年精神科医療の普及構想が図られてきた。しかし島薗学術会議勧告にもかかわらず,現在まで医学部の中に児童精神科専門講座はできていない。いくつかの大学にある講座は他学部との協力講座であったり,時限講座であり,専門の入院病棟による治療は難しく,結果として専門性ある医師の養成は十分ではない。これに代わってその役割を担っているのは,全国児童青年精神科医療施設協議会(全児協)加盟の医療施設である。

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はじめに

 セロトニン再取り込み阻害剤(以下SSRI)の有害事象として,消化器症状,discontinuation syndrome,activation syndrome,性機能障害などが知られている10)。一方,同剤で惹起される有害事象に,apathy(無感情症)があることは本邦であまり知られていない36)。この有害事象は,1990年にHoehn-Saricら13)がfluvoxamineもしくはfluoxetineを投与した5症例でみられたことを報告したのが最初である。その後,欧米でSSRI-induced frontal lobe syndrome9,12),amotivational syndrome associated with SSRIs8),SSRI-induced apathy34)とさまざまな名称で報告された。さしあたって本稿では,ほとんどの先行報告が引用しているMarinら27~31)のapathy概念を重視して,SSRI induced apathy syndrome1)(以下SAS)という名称を用いる。このSASは,臨床活動において留意すべき重要な副作用の1つと考えられる。本稿では,SASの臨床的特徴,発症機序,対応法などについて総説する。

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抄録

 当センターでのパルス波治療器(パルス波)導入直後のECTの施行状況を,パルス波およびサイン波治療器(サイン波)の使用に着目し調査した。パルス波のみで治療を終了した患者(パルス波群)が13症例,パルス波からサイン波へ切り替えざるを得なかった症例(切り替え群)が12症例,従来型のサイン波のみ使用した患者(サイン波群)が11症例であった。パルス波で開始して約半数がサイン波への切り替えが必要であり,有効なけいれん発作が得られなかった場合が多かった。ECTの治療効果や薬物投与量は3群間で差はなかったが,セッション数,副作用,在院日数において切り替え群が有意に多かった。したがって,今後サイン波への切り替え症例を減少させる工夫が必要であると考えられた。

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抄録

 精神科治療中に深部静脈血栓症または肺血栓塞栓症(あわせて静脈血栓塞栓症)を発症し,当院にて治療を行った9症例(院内発生:3症例,院外発生:6症例)について発症時のDダイマーと臨床症状を検討した。

 その結果,臨床症状とDダイマーの値については,明らかな相関関係は認められず,カットオフ値は求められなかったが,Dダイマーを積極的に測定することにより,静脈血栓塞栓症の早期発見につながったことから,Dダイマーの有用性が示された。静脈血栓塞栓症は,早期の段階では臨床所見に乏しいこと,下肢深部静脈血栓症が発症している段階では,すでに肺血栓塞栓症が発症している可能性が高いことが示唆された。

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抄録

 ある公立中学校の男女生徒254名を対象として,無記名自記式アンケートを用いて,自傷行為,物質使用,食行動異常,ならびに自殺に関連する思考・行動に関する調査を行い,さまざまな「故意に自分の健康を害する」行動,自殺念慮,ならびに「消えたい」という内的体験との関係について検討を行った。その結果,「消えたい」体験は,自殺念慮や自殺の計画と密接に関連していることが明らかになった。また,「消えたい」および自殺念慮と密接に関連する自傷行為の様式は,自らの身体を殴る,壁を殴る,頭を打ちつける,皮膚を噛むといった,道具を用いない様式が多くみられ,リストカットなどの自らを切る様式との関連は検証されなかった。

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抄録

 非定型抗精神病薬であるaripiprazoleは,2007年に大うつ病性障害に対する補助的ないし追加投与の適応が米国で承認された。しかし国内では,aripiprazoleのうつ病に対する効果に関する報告は少ない。今回我々は,治療抵抗性のうつ病エピソードに3~6mg/日の低用量のaripiprazoleを追加投与したところ,投与後4~7日で著しく症状が軽快した4症例を経験した。今後本邦でもaripiprazoleのうつ病への適応拡大に向けたRCTが期待されるが,今回の経験により,国内でも少なくとも一部のうつ病に対して低用量のaripiprazoleが有効であることが示唆されたものと思われる。

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はじめに

 せん妄は総合病院で多くみられる精神症状の1つであり,高齢患者,術後患者,ICU入室患者,がんやAIDSなど身体的重症度の高い患者に合併することが多く,有病率は入院患者の10~30%と推計されている1)。その基本病態は意識変容を伴う軽度の意識障害であり,多彩な症状を示し,しばしば不安やうつ状態などを呈することにより他の精神疾患との鑑別が困難である。このため,せん妄に対する適切な治療がなされていないことも多い9)。また,身体の状況により治療が困難であることも多く,特にがん患者においては治療に困難なせん妄がしばしば合併する2)。今回我々は,当初適応障害と診断した低活動型のせん妄であったがん患者に対し,塩酸donepezil(以下DPZ)が奏効した症例を経験したので報告する。なお,報告にあたって,口頭にて本人および家族の同意を得た。また,科学的考察に支障のない範囲で,プライバシーに配慮し症例の内容を変更した。

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はじめに

 Wernicke脳症は慢性アルコール中毒に伴い発症することがよく知られているが,消化管手術後や妊娠悪阻,化学療法による頻回の嘔吐,不適切な食事などの非アルコール性の要因によるWernicke脳症の報告も散見される4)。食欲低下は精神疾患に伴いよく認められる症状の1つであるが,精神疾患に伴う食欲低下が原因となったWernicke脳症はまれである。我々は,うつ状態による極端な食欲低下が誘因となったWernicke脳症を経験したので報告する。

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はじめに

 共感覚とは「音楽を聞くと色が見える」といったような,ある刺激に対して通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚を生じる知覚現象であり,近年は盲人の共感覚・メタファー(比喩表現)などの学習された共感覚など,広義で使われる傾向がある4)。しかし狭義のそれは幼少時より発現し,学習によるものではなく,自動的で一定して起こるものをいう。(狭義の)共感覚は全か無かの特性(持っているかいないか)を持ち,疾患とはされず,むしろ創造性や高い記憶能力などとの関連が報告されている3,5)。これは主観的体験であるため,かつては科学的解明が困難であったが,近年f-MRI,事象関連電位,PETなどの脳機能画像研究などにより,特に文字→色の共感覚において,関連脳部位として紡錘状回,下側頭回などが注目されている。さらにdiffusion tensor imagingを用いた脳構造研究においては,白質の線維連絡の過密が報告9)されている。また共感覚の原因についての仮説としては以下のようなものがある。(1)なんらかの偶然により脳内の線維連絡に混線,すなわちクロス配線が起こる8),(2)新生児期に存在する脳内回路が残されているために起こる5),(3)感覚経路における「逆向きに送り込む」働きが異常なほど強い(すなわち単一の感覚を扱う領域と複数の感覚を扱う領域とは双方向に連絡されており,通常後者から前者へ進む働きは抑制されているが,この抑制が弱まるために起こる)4)などがある。

 ところで,共感覚者は幼少時より精神病者と思われないために症状を隠蔽することが多く3),このことは人格形成上も影響が出ることが考えられる。このことに関連して,Cytowic2)は多数例の検討において,MMPI(Minnesota multiphasic personality inventory)では明らかな性格傾向はみられないとする一方,きちょうめん・きれい好きなどの性格傾向を有することが多いとしている。また精神疾患との関連では,うつ病罹患期に共感覚の訴えを呈し,うつ改善後は消失した症例7)など,精神症状として共感覚を呈した症例の報告はある。しかし薬物乱用以外で,共感覚に精神疾患を合併した症例報告は,我々の調べた範囲では見つからない。今回我々は(狭義の)共感覚者に気分変調症を合併し,共感覚症状によりうつ状態の悪化を呈した気分変調症の1例を経験したので,若干の考察をふまえて報告する。

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はじめに

 退院促進は,今や精神科病院の直面する今日的課題の1つであり,各地で活発な取り組みが行われている4)。山梨県立北病院(以下,県立北病院)でも,2001(平成13)年の秋から長期在院者の退院促進への取り組みを開始し,2002(平成14)年に作成された「機能強化プラン」3)により退院促進を計画的かつ組織的に押し進めてきた。

 県立北病院の退院促進は,他の精神科病院へ転院させない方針を極力貫いたものであり,一部の病院に聞かれるような転院主体の退院促進とは異なっている。退院促進にこのような徹底した態度が貫かれたのは,患者主体の医療理念が病院開設当初から職員の間に伝統的に育まれていたからであり,欧州の病院における病院改革2)を目の当たりにした藤井院長による留学経験が臨床の場に生かされたからでもあろう。また,山梨県には精神科病院が少なく,転院先が容易に見つけられないという地域特性もある。

 先の機能強化プランでは,改修工事により病室が個室化されるとともに1病棟(定床65)が閉鎖され「100床の病床削減」が図られた。また,閉鎖された病棟のスタッフは,院内の他部門を強化するスタッフとして再配置され,急性期治療(救急入院料算定病棟開設による治療機能と収益性の強化)と外来治療機能(すなわち,デイケアスタッフ増員によるデイケア利用枠の拡大や訪問専任スタッフ増員による訪問件数の増加)が強化されることになった。病院管理部門では,さっそく,100床削減を可能とする長期在院者の退院促進推計を行い,それに基づく退院促進が地道に行われた結果,2002(平成14)~2006(平成18)年度の5年間に延べ169名の長期在院者を退院させることができ,2007(平成19)年度から新体制をスタートさせることができた。県立北病院における病床削減(ダウンサイジング)と機能強化についての詳細は,藤井により余すところなく報告されている3)ので参照されたい。

 さて,退院促進が予定通りに進まないと,関係者の間からは他院へ転院させようという発想が自然に生まれるものである。藤井はかつて本誌の「巻頭言」において,このような危険な誘惑をダウンサイジングへの「悪魔の囁き」と自戒をこめて名づけた1)が,県立北病院の退院促進は,他院へ転院した者の割合が少なく,1割程度にとどまり,自宅,もしくは,精神障害者居住施設への入居,すなわち地域移行した者の割合が過半数を超えていた。自殺したり,重大犯罪に走る者もいなかった。しかし,退院した長期在院者の中には症状悪化や生活破綻などにより再入院する者もおり,再入院が再び長期化して退院のめどが立たない者も出てきているのが現実である。

 5年間に及ぶ退院促進の途上では,長期在院者の退院促進が予想外に早く進み,病院に空床が見る間に増加してくることを筆者らは経験した5)。退院促進とは,新規入院者や元長期在院者の入院要請にもスムーズに応じられるよう適度に空床を確保しつつも,経営的には健全性を保ちながら病床を計画的に削減しなければならないという難しい舵取りが常に求められる状況なのである。地域移行を無理に行えば,患者に自殺や重大犯罪などの取り返しのつかない事態が起こるのではないかと憂慮する向きもある6)。県立北病院の退院促進は,しかしながら,その後に開設された定員20名の退院支援施設を除けば,最初の4年間は,新たな地域居住施設の開設もなく,入院中の退院指導を強化したりデイケアや訪問などの地域生活支援システムを積極的に活用しただけで進行したものである。しかし,当時の関係者にとっては,退院させた患者がどれくらい再入院してくるのかわからず,治療機能強化後の病院にとっては,「スーパー救急病棟」の運用とともに急増する新規患者への対応を行いながら,元長期在院者の再入院にスムーズに応じきれるのか,かなり不安であった。

 そこで,本研究では,退院促進の5年間に県立北病院から退院した長期在院者に再入院がどれくらいあり,再入院による病院側の応需負担はどの程度あったのか,退院後平均3.1年を経過した長期在院者69名の調査データにより検討を行った。退院後の再入院パターンについても検討した。さらに,再入院が長期化した例については,再長期化の要因についても考察した。このような検討を通して,長期在院者の再入院状況と病院の応需負担について病院の立場から考察した。

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はじめに

 突然死とは,WHOによると「瞬間死または24時間以内の死亡で,非自然死を含まないもの」である。精神科臨床において,このような死は臨床経験を積むうちに,必ずといってよいほど遭遇するものである。特に精神科入院中の突然死は,重大な問題となる。

 しかし,精神科病床における突然死の研究は不十分である。世界的にみても1972年の米国の3施設での研究30)や,英国での精神科入院患者の突然死に関する研究1)など少数であり,わが国においても突然死と向精神薬との関連について調べた松下と松井の報告16)や自殺を含めた大塚らの報告20),藤岡らによる9症例の報告2)などがあるのみであり,その実態は十分明らかになっていない。

 我々は本報告において都立松沢病院で7年6か月間に発生した突然死症例53例(男性25名,女性28名)を調査した結果を提示し,その発生頻度やリスクファクターについて検討を加えたので報告する。

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はじめに

 統合失調症,特に慢性期の患者における水中毒は,頻度も高く治療法も確定されず,危険な症状である。統合失調症における水中毒の記載は1933年のHoskinsとSleeper3)に始まるが,抗精神病薬の導入以来,その長期使用によって頻度も増し,精神科入院患者の3~40%が多飲水,1~6%が水中毒とde Leonら1)は発表している。水中毒の原因は統合失調症の病態そのものという考えもあるが,やはり抗精神病薬の長期使用によるという考えのほうが強い5,6)

 水中毒は,大量の水分摂取の結果低ナトリウム血症となり,意識障害,全身けいれん発作が起こる,生命に危険な現象である。多飲水の機構は不明であるが発作的に繰り返し,時を経るにしたがって頻度が増すことから,筆者らはてんかん発作におけるキンドリング現象と似ていることに着目した。頻回の多飲水が成立するまで数年はかかるが,ある患者ではいったん起こると引き続いて起こり,頻度が増加する。そして筆者らはキンドリング現象の中断9)に有効であるcarbamazepine(CBZ)を使用したところ,繰り返して起こる多飲水発作は抑止された。

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 「第28回日本社会精神医学会」は,2009年2月27,28日,加藤敏会長(自治医科大学精神医学講座教授)のもと,基調テーマを「ローカルな知と普遍的知の練り上げ」として,栃木県総合文化センター(宇都宮市)で開催された。当日はあいにくの雪交じりの雨となったが,全国から,会員・非会員を含め約500人が参加した。

 プログラム・抄録集の会長あいさつは,基調テーマを「ローカルな知と普遍的知の練り上げ」とした背景として,IT革命が自己増殖的に進行していく高度産業社会において人間疎外が新たな装いをもって出現していること,精神医学のみならず,社会全般に社会精神医学の役割の重要性が増していることを挙げている。基調テーマにある“ローカル”は,地域という空間としてとらえられるばかりでなく,個々の学術領域や社会場面という意味合いも含まれるのであろう。ローカルと普遍の間に“練り上げ”という運動を表すことばを配したところに,基調テーマのおもしろさがある。

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 第16回多文化間精神医学会(Japanese Society of Transcultural Psychiatry)は,張賢徳大会長(帝京大学医学部付属溝口病院精神神経科教授)のもと,2009年3月27,28日の2日間にわたり,神奈川県川崎市内の川崎市産業振興会館にて開催された。本大会のテーマは「民族問題とは何か?―アイデンティティの多文化間相互理解をめざして―」であった。会期中は晴天に恵まれ,駅から会場へのアクセスもよく,大会の参加者数は約200名であった。本大会の一般演題数は15,シンポジウムは3つあり,ワークショップは1つ行われた。

 本大会では,特別講演が2つ設定されていた。大会1日目の特別講演は,アイヌ民族舞踏家の酒井美直氏の「AINU PRIDE―私の生きる道―」であった。現在,アイヌ人としての誇りを持っていると高らかに語れる酒井氏だが,アイヌ人であることが誇りと言えるようになるまでには長い道のりがあったことを率直にお話していただいた。また,アイヌ人にとって本当に必要なことは,アイヌ否定や自己否定をせず,経済的に自立していくことだと述べられた。大会2日目の特別講演は,風祭元先生が「多文化間精神薬理学―その概念と精神科医療における課題―」という内容で講演された。精神疾患に対する薬物療法といえば,文化普遍的な治療法であり,生物学的にのみ考えていけばよいと考えられがちである。しかしながら,薬物療法を行う際には,それぞれの国や民族の特性や医師の処方パターンや行政的要因などの文化的要因が複雑に絡みあうことが報告された。

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学びやすさと斬新さ

 これまでの精神医学の教科書はどちらかというと難解な印象の専門書が多く,医学生や研修医,一般臨床家にとって読みやすく理解しやすいものは少なかった。しかし,この『標準精神医学(第4版)』には,精神医学は難解なものという既成概念を打ち破る斬新な工夫が凝らされており,それが本書の大きな特長となっている。

 初版は1986年に医学書院「標準教科書シリーズ」として上梓されたが,特定の学問的立場に偏らない標準的な内容で,医学生・研修医の要望に応えるものであり,さらに医師国家試験の参考書として役立つことをめざして編集された。この基本方針は版を重ねた今回も変わることはないが,この第4版はかなり大幅に改訂されている。それは,読み物的な色彩を持たせるという基本方針が加わって,とても読みやすくなったことである。それには編者とともに執筆担当者の多くが世代交代して若返ったことも関係しているようで,各章の初めに学習目標とキーワードを示し,章の終わりに重要事項を箇条書きで要約しているが,それらに目を通した後で本文を読むといっそう理解しやすい。

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人体探検の素晴らしい案内人

 書評を書くに当たり,まずは解剖学実習を終えたばかりの現役の医学生たち数名に率直な感想を聞いてみた。いずれもとても高い評価であり,「こういう本を読みながら実習を進めれば,自分の解剖学の勉強もより効率的で奥深いものになっていたに違いない」という感想であった。そろってそのような感想が出てくるに足るユニークな特徴を,この本は有している。

 古典的で著名な複数のアトラスを含め,解剖学のアトラスは数多く出版されているが,本書は,単なる「地図帳」的なアトラスというよりは「図鑑」的であり,子どものころに夢中になって読んだ図鑑のように,いつの間にか引き込まれていろいろなページをめくり,熱中してしまうような面白さがある。医学生にとって必要かつ重要な情報が,コンピューターグラフィックスによる洗練されたわかりやすい画像情報に乗って快適に展開される。情報量は大量であるにもかかわらず,楽しみながら読み進めるうちに知らず知らずのうちにさまざまな知識が身についていくものと思う。

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編集後記
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 成人の精神障害では,児童青年期になんらかの萌芽的症状や問題行動が先行してみられる。ニュージーランドの出生コホート研究の報告では,26歳時点で精神障害と診断されたものの実に75%が11~18歳(50%は11~15歳)でなんらかの精神的問題を抱えていた。最近,フィンランドの出生コホート研究で,24歳までの男性の自殺行動が,8歳時点での心理社会的問題や情緒・行動上の問題で予測できると報告された。これらは,当然のことではあるが,児童青年期のメンタルヘルスが予防精神医学にとっていかに重要であるかを示している。世界的には,児童青年期に焦点を当てたモデル(“youth focused model”)に基づき,こうした若者の問題を扱える専門家の育成,医療・保健福祉・教育領域での啓発,国民の偏見や差別の是正が重要で,それを踏まえて,メンタルヘルスも含めた健康と福祉全般を統合した地域サービスの必要性が叫ばれている(Patel et al, Lancet 2007)。精神病に対する早期介入を実践している先進国では,国家的取り組みとして若者を対象とした地域での多職種によるチーム医療を展開している。

 本号の「巻頭言」では歴史の流れを踏まえて,本邦における児童青年精神医学の厳しい現状と展望が述べられている。ところで,精神病の早期介入を推進しようとすると,まさに児童青年精神医学が抱えてきたものと類似の問題に突き当たる。先端医療は実績が目に見えて評価もしやすく国家的な支援を受けやすいが,精神医療は成果が得られるまでに10年,20年という単位で時間がかかり,その評価も難しい。たとえば,初回精神病エピソードの症状と機能の転帰に関与する要因には,病前適応,認知機能,併存疾患,治療アドヒアランス,治療の質と構造,精神症状の未治療期間などが知られており,早期介入の治療成績を評価するだけでも,これらの要因をすべて取り込み,大規模で前方視的な疫学コホート研究が要求される。児童青年期の問題は,児童を専門としない精神科医にとっても重大関心事であるが,本邦の現状を知ると精神科医ですらこうした早期介入の流れに懐疑的になってしまうようである。“超法規的”な政治判断が求められる領域なのだろう。超少子化の折,若者のメンタルヘルスを等閑にすることは国家存亡にかかわるという指摘は深刻に受け止めたい。

基本情報

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精神医学
51巻9号 (2009年9月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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