精神医学 37巻3号 (1995年3月)

巻頭言

知識の透過性 佐藤 甫夫
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 最近学際的な研究が盛んになり,精神科領域も例外ではない。学際的とは,いくつかの専門領域に関係しているということである。専門領域とは何かというと,歴史的現実として,ある程度他と区分されている人々の,作業領域や対象に関して必要な系統的な知識の集合と定義できるであろう。精神科も一つの専門領域であるし,またもう少し区分して,さらにいくつかの専門領域を考えることもできるであろう。いずれにしても,学際的な事柄になると,ある領域から,他の領域への知識の伝送が必要になり,この時知識の透過性(transparency)が問題になる。

 専門領域の知識は,これを理解するのに相当の予備知識を必要とする。一般的予備的なものから,高度の専門的知識に至るまで,階層的な構造をとっている。専門家は,必要に応じ関連する知識を編集して課題の解決に用いている。しかし,他の専門領域のことになると,事情はやや異なる。他の領域へのアクセスはだんだん容易ではなくなってきている。あたかも異なったコンピューター間の通信に似たところがある。

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■はじめに

 現代の精神医学における潮流の一つとして,主としてアメリカで開発された操作的診断基準の実用化を挙げることができる。国際的な協同研究,特に精神疾患の疫学的研究や生物学的研究の場合には,診断名の統一が絶対必要条件であるので,その目的に適う操作的診断基準の価値を否定する人はない。

 この問題に関しては,筆者も1981年以来,折に触れて見解を述べてきた25,27,28)。ところで,この操作的診断基準開発の背景には,Meyer, A. とFreudの思想の影響,つまり,診断名決定ということにあまり重点を置かない傾向を改善するための対策という,アメリカ特有の事情があったことも見逃せない。いずれにしても,我々は精神医学の歴史の中で,精神科診断学の基本的な在り方について,反省をこめて絶えず公正な道を開拓していくことを忘れてはならない。

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 先月号では私たちが日常的に遭遇しうるような臨床現場の1例を取り上げ,「実証的証拠に基づく精神医療Evidence-based Psychiatry」がどのように効力を発揮するかを見た後,なぜ今更にevidenceを求めなくてはならないのかを考察し,次いでevidenceを構成する重要な要素として臨床研究デザインの強弱を展望した。今月号では,可及的に強力な研究デザインのもとでどのようにデータを測定し,得られた結果からどのように推定すれば,evidenceを臨床上に生かせるかを見てゆきたい。

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【抄録】てんかんと密接に関連して躁症状が出現した4症例を報告した。第1例は,難治側頭葉てんかんの治療のための側頭葉切除後に新規に出現した躁症状。第2例,第3例は,発作群発後に短い潜伏期を経て出現した躁症状。第4例は交代性精神病として出現した躁症状であった。てんかんに関連して出現したこれらの躁症状を,文献例と比較した

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 【抄録】てんかんの治療中に意識清明下に幻覚妄想状態が初発した30例を,精神症状の発症に抗てんかん薬が関与した12例と,関与しなかった18例とに分けた。前者は,抗てんかん薬の怠薬後が4例,追加・増量後が6例,過量服薬後が2例で,てんかん精神病類型では発作後精神病が4例,交代性精神病が3例,混合型が4例で,92%の例が臨床発作の消長と関連して幻覚妄想状態が発症した。一方後者では,89%の例は臨床発作と精神症状の発症とが関連せず,心因や性格・環境因が関与していると思われた。両群ともほとんどの例で向精神薬が追加投与され,後者では治療に対する反応が悪く,精神症状が持続した例が39%にみられた。両群とも多くの例で寛解後にも向精神薬が維持投与されたが,30数%の例で同様の幻覚妄想状態が再発し,再発脆弱性が示唆された。

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 【抄録】Frégoliの錯覚を呈した,男性1例,女性3例に関して臨床的特徴を考察した。Frégoliの錯覚は,迫害主題および恋愛妄想などの願望充足的妄想主題の経過中に,患者の面前の他者において出現する1つの症状であり,言語論的に自己や他者の複数化の症候と解釈される。またそれは,分裂病の重症度の指標とみなされる。Capgras症候群などの他の人物誤認と合併することも多く,特にCapgras症候群に合併する場合はそれに続発し,願望充足的方向から迫害的方向に妄想主題が移行する中で出現することが多い。

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 【抄録】精神分裂病者は食事摂取が不規則で,摂取時間が短い傾向が指摘されている。本研究では,残遺型精神分裂病者の食事行動の特徴を踏まえ,援助方法について考察することを目的とした。調査対象は,慢性の残遺型精神分裂病者とし,陽性症状のある精神分裂病者,躁うつ病者,アルコール依存症者を対照群とした。各対象者の食事摂取場面から食事摂取時間を測定するとともに食事行動について観察した。残遺型精神分裂病者は,躁うつ病群やアルコール依存群,陽性症状群と比較して食事摂取時間が短く,単位食事摂取景が多いという結果を得,残遺型精神分裂病者特有の行動であることが明らかになった。残遺型精神分裂病者に食事中に看護者が声をかけたところ,他の人との会話がはずみ,笑顔も見られた。精神分裂病者の食事行動は,日常生活上の障害としてだけでなく,精神分裂病者特有の対人関係能力の問題や,生活の基盤となるものの障害としてもとらえることができる。

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 【抄録】精神外科手術を受け長期(平均36.8年)経過した分裂病長期在院患者20例(手術群)の精神医学的定量評価を行い,年齢や罹病期間がほぼ同等の手術歴のない分裂病長期在院患者20例(対照群)と比較検討を行った。

 精神症状では,思考解体,衒奇症,高揚気分で手術群が高値を示し,罪業感は対照群で有意に高かった。病棟内日常生活行動では,手術群で行動減少に加え身繕い,食事摂取,排尿調節の能力低下が認められた。また手術群は,知的機能が低く思考判断力も低い傾向が認められた。結果的に精神外科手術は精神症状の本来の経過に大きな影響なく,認知機能の低さや日常生活能力の低下と相まって,患者の適応状態を悪化させていることが考えられた。

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 【抄録】30項目よりなる自己記入式の強迫症状の臨床評価尺度,Maudsley Obsessional Compulsive Inventory(MOCI)の邦訳版を作成し,これと不安症状評価尺度(MAS),抑うつ症状評価尺度(SDS),性格検査(MPI)などをDSM-Ⅲ-Rの診断による強迫性障害者(0群)18例,恐慌性障害者(P群)10例,健常対照者(C群)32例に施行した。健常対照者を対象とした,1か月間隔での再テスト法による信頼性係数は0.68で,内的整合性を示すα係数は,すべての尺度で0.7以上の高値を示した。MOCI総得点と4つの下位尺度得点においてO群がP群,C群より有意な高値を示した。MOCI総得点で13点(13/12)をcut off pointとした時,O群はP,C両群とsensitivity,specificityともに1.00で判別が可能であった。以上よりMOCI邦訳版は,項目数が少ない割には高い信頼性と妥当性を示し,一般人におけるOCD(Obsessive Compulsive Disorder)患者のスクリーニングに有用であると考えられた。

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【抄録】夫婦の間で約5年間持続した二人組精神病について報告した。二人で鍼灸治療所を開いていたが,妻が宇宙からの通信を受け始め,被害妄想も生じた。1か月後には,夫も宇宙からの通信を受け始め同様の妄想を持った。

 夫婦は,鍼灸業は停止し,近隣から孤立していった。約2年後に夫は“宇宙語”と称する言葉をしゃべり始め,その半年後には妻も同調し,“宇宙語”による夫婦間の交話が約2年間続いた。二人は不穏行為などで,トラブルを頻繁に起こしていたが,夫の父親が近所の人々からの苦情などに対応し,当人たちに経済的援助もしていた。夫婦の精神科治療への導入は困難であったが,通行人への暴力行為を契機として,妻が措置入院となり約4か月後,軽快退院した。夫は妻との分離後,約3週間目には妄想をなくしていた。感応の成立過程とその方向,“宇宙語”での交話によって夫婦の共生的関係が強くなり,父の庇護により二人の感応精神病が持続したことについて考察した。

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 【抄録】不安・心気・抑うつ状態がパーキンソニズムが明らかとなる15年以上前から先行し,やがてbradyphreniaに移行し,薬物抵抗性で退院が困難であったが電撃療法が奏効し,退院に至らしめることができたパーキンソン病の1例を報告した。うつ病とパーキンソニズムとの関係については,うつ病におけるセロトニンやノルアドレナリンなどの伝達低下は,潜在性のパーキンソン病患者ではうつ病を併発しないパーキンソン病患者に比して,早期かつ高度にパーキンソン症状を出現せしめるとする仮説を紹介した。最後に現在はまだ本邦ではパーキンソン病に対する電撃療法の効果についての認識が普及しておらず,今後難治例に対して積極的に臨床的応用が試みられるべきであることを指摘した。

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■はじめに

 99m-hexamethyl-propylene amine oxime(99mTc-HMPAOと略す)は短時間で脳へ集積しその後長く安定した状態を保つことからSPECT用のトレーサーとして有用である。また松田らが開発したPatlak Plot法は99mTc-HMPAOを用いて簡便かつ非侵襲的に大脳半球の平均血流値を求めることができる2〜5)。SPECTによる気分障害の研究では抑うつ状態において前頭葉,側頭葉を中心とした局所脳血流の低下がみられるという報告1)が多いことから,99mTc-HMPAOとPatlak Plot法を用いて気分障害患者の平均脳血流値を求め同時に行ったハミルトンうつ病評価尺度(HDSと略す)および自己記入式評価尺度であるSelf-rating Depression Scale(SDSと略す)得点との相関を調べた。

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 悪性症候群(neuroleptic malignant syndrome;以下NMS)は1960年にDelayら2)により報告されて以来,各国で多くの症例が報告されるようになった。NMSの多くが抗精神病薬投与後に発症し,その治療薬としてbromocriptineをはじめとするドーパミン作動薬が有効なことから,今日NMSの病因に脳内ドーパミン系を中心としたモノアミン代謝異常の関与が想定されている。その一方で患者個体の精神的および身体的要因がNMS発症に関与しているとも考えられているが,そのような報告例は少なくこの要因については現在もなお不明である。今回我々は頭部外傷後比較的少量の抗精神病薬投与で頻回にNMSを発症するようになった精神分裂病の1症例を経験した。脳の器質性病変とNMSとの関連性について示唆に富んだ症例と考えられるので若干の考察を加えて報告した。

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■はじめに

 インターフェロン(IFN)の副作用として,発熱,全身倦怠感,筋肉痛などの身体症状と共に精神症状が報告されており,特にうつ状態と不安焦燥状態が知られている6)。一方,幻覚妄想状態がせん妄に伴って出現する報告はあるものの精神分裂病そのものへの影響については否定的である3,6)。今回我々は,精神分裂病が疑われた患者において,慢性C型肝炎に対するIFN療法の経過中に幻覚妄想状態などが悪化し,IFN治療中止後身体的副作用の消退とほぼ同時に精神症状が改善した1例を経験したので報告する。

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 次に述べる最初の症例は,二人での狂気が誕生し発展する諸条件についての極めて要領のよいまとめとなっているので,一典型例として考えることができる。

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 糖尿病性神経障害を有する患者を,その多彩な臨床像や訴えのため,精神科医が診察する機会は少なくないと思われる。筆者らは,糖尿病に罹患していて,発汗異常や温度覚異常を訴える患者3名に対して,clonazepam(以下CZPと略す)を投与したところ,自覚症状が改善した。症例1でCZPが上記症状を改善したので,症例2および3に投与した。

 CZP投与前後の臨床経過や,投与する場合の留意点などについて述べてみたい。

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 1993年12月に神戸で開催された第1回ワークショップに引き続き,第2回目は同じ港町の横浜,神奈川県民ホールで1994年10月1日開かれた。昨年のテーマは,「多文化社会と心の問題」であったが,国民総人口の1パーセントを外国人が占めたことから今年は「外国人労働者とこころ」をテーマとして選択された。特別講演として大江健三郎氏をお迎えしたこともあり,シンポジウム開始以前から会場はほぼ満席となった。

 午前中に行われたシンポジウム「外国人労働者とこころ」は,山形大学精神科の桑山紀彦氏が司会となり,5人のシンポジストがそれぞれの立場から日本における外国人労働者の姿を報告してくれた。精神科医阿部裕氏は,「外国人労働者―その精神医学的概説」と題して主に日系ラテンアメリカ人労働者について発表された。もともと氏は,ラテンアメリカの文化に造詣が深く,たまたま自治医大周辺に就労する日系ブラジル人が多いことから豊富な臨床例を通して外国人労働者の特性をまとめられた。氏によれば,外国人労働者は,農村の花嫁や中国帰国者,難民たちとは異なり,必ずしも目本の文化,社会,習慣を受け入れ,日本に適応することを余儀なくされているわけではない。仕事に従事するのに困らない程度に日本の生活様式を受け入れればよいのであり,いざとなれば帰国することも可能であることを考慮に入れておくことが,彼らに精神障害が生じた際の治療の指針となると語られた。

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 1994年11月19日,第4回宇宙環境精神医学研究会総会が,国立精神・神経センター名誉総長大熊輝雄会長のもと,慶應義塾大学医学部において開催された。同会は,精神医学の立場から,真に人間のためとなる宇宙開発に貢献することを主たる目的として1991年に発足したが,例年,精神医学に限ることなく,関連分野の最先端の研究者を招いての講演会を開いている。

 当日は,幸運にも晴天に恵まれたが,小春日和というには肌寒く感じられた。それにもかかわらず,顧問に名を連ねる高名な先生方が多数参加されていたことが印象的であった。

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 第13回日本痴呆学会は,1994年11月12日に群馬大学医学部神経内科の平井俊策教授を会長として前橋市の群馬県教育会館で開催された。今回は例年と異なり日本老年医学会とは別個に行われ,会長のご厚意で上州の山々の紅葉の美しいこの時期を選んでいただき,教室員の方々のご努力の結果,演題数43というこじんまりした学会ながら熱気あふれる討論が行われた。

 本学会の演題内容は痴呆性疾患に関する臨床医学および生物学的研究よりなるが,どちらかというと後者に重点が置かれているように思う。今回もアルツハイマー型痴呆(ATD)に関する病理学・生化学・生理学・分子遺伝学的研究が多く,動物実験モデルを用いた研究が5題,ATD患者の剖検脳,血清,髄液,培養細胞などを用いた研究が17題あった。これらの中にはアミロイドβ蛋白・アミロイド前駆体蛋白・アミロイドP成分などアミロイドに関連したものが9題と多く,またアポリポプロテインEに関するものが3題あるなど,ATDの痴呆発現機序の解明に向けた最近の研究の方向性が現れていた。特にアミロイド前駆体蛋白やアポリポプロテインEの分子遺伝学的手法を用いた疫学調査研究が複数の施設で行われていたのが目を引いた。また進行性核上性麻痺(PSP)とcorticobasal degeneration(CBD),Pick病,レビー小体病など,初老期ないし老年期に発症する変性性痴呆疾患についての症例報告および臨床病理学的研究も9題あった。この他,各々の痴呆性疾患に特有な臨床症状や画像所見からみた臨床的研究が7題,ATD患者の薬物療法に関する研究が5題みられた。

基本情報

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精神医学
37巻3号 (1995年3月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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