臨床検査 54巻8号 (2010年8月)

今月の主題 未病を考える

巻頭言

未病を考える 片山 善章
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 最近,マスコミおいて「未病」という言葉を見聞するようになったが,スーパー大辞林を調べてみると,未病とは「病気ではないが,健康でもない状態.自覚症状はないが検査結果に異常がある場合と,自覚症状はあるが検査結果に異常がない場合に大別される.骨粗鬆症,肥満など」と記述されているが,「未病」の定義は今一つはっきりとしない.そこで本号では臨床検査からみた「未病」について特集を組むこととした.

 まず総論として『未病の概念』,『未病と健康寿命』,『未病と生活習慣病』,『臨床検査かみた未病』については取り上げられた.

総論

未病の概念 丁 宗鐵
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はじめに

 健康と病気の間には,「病気に向かっている」動的な状態がある.いわばボヤの状態である.これを漢方医学では「未病」と呼ぶ.いかなる疾患も発症を事前に察知して防止策を講じられれば,これに優る治療法はない.ボヤのうちに火事を消し止める考え方は防災だけでなく,健康管理にも適応できる.未病の診断,つまりボヤの検出も現代医学にとって大きなテーマである.今こそ伝統医学の医学概念である未病に耳を傾けるときであろう1,2)

未病と健康寿命 都島 基夫
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 ①現代未病とは自覚症状がなくて検査値異常がある状態をいう.②WHOの健康寿命は「日常的に介護を必要としないで,自立した生活ができる生存期間」のことである.この健康に未病が含まれる.③肥満はメタボリック症候群,循環器病が高頻度で,長期介護臥床の予備軍となり得る.④加齢で臓器予備機能が減少し,未病は予備機能減少が速くなる.最低必要機能に達すると病気になり,その期間が健康寿命である.⑤高齢者は予備機能が低下した高齢未病状態といえる.

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 未病という言葉は近年普通に用いられるようになり,テレビなどでコマーシャルにも利用されている.しかし,未病とは単に症状に対して対症的に薬を与えたり,経験的な効果を期待するものではなく,最先端の機器類を利用したり,症状に対しても詳細に影響因子を追求し,最も適した医療を施行するものである.本稿では,これまでのデータをもとに生活習慣病の未病について述べるとともに未病介入の重要性についても言及する.

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 多くの人たちが心身の変調に悩んでいる.未病は病気であり治療の対象になってきている.これらの多くの人たち(未病対象者)に対して,現在の臨床検査では異常が発見されないことが多い.未病検査が多くの医院や病院で利用されている.今後はこれらの未病検査が臨床検査として取り入れられることもあると思われる.

各論 〈検査からみた未病〉

波動テスト 中村 元信
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 未病状態を診断するにはその前提として,自覚症状の有無にかかわらず,疲労,ストレス,冷え,肩こり,自律神経,心配,いらいらなどの評価判定が必要である.従来は主観的にしか判断できなかったこれらの項目を判定するために,診療に波動機器と呼ばれる装置の一つであるQuantum Resonance Spectrometer(QRS)を取り入れている.また,この装置を使うことで,症状として現れる以前の状態(いわゆる未病)を捕捉することもできている.QRSはアメリカ人医師,アルバート・エイブラムスが腹部打診法の研究の中で発見した現象(ERA=Electronic Reaction of Abrams・エイブラムスの電子反応)を原理とする装置で,病気や症状の物質的側面より非物質的(波動的)側面を評価,調整することに優れた装置(医療器未承認)である.1998年の開業以来,QRSでの診療を柱とした予防医学を実践している.QRSを使用したテストの概要と具体例をあげて解説する.

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 バイオマーカーには多くのものが考えられている.分析化学,生化学のエビデンスとともに,臨床成績の裏付けのあるものが望ましい.レドックス感受性脂質の初期酸化産物である脂質ヒドロペルオキシドは,酸化ストレスの好適なバイオマーカーである.血清PCOOH(ホスファチジルコリン ヒドロペルオキシド)値は,心筋症,動脈硬化,糖尿病,高脂血症の酸化傷害マーカーであり,皮表SQOOH(スクワレン ヒドロペルオキシド)は生活環境下での皮膚酸化の鋭敏なマーカーである.

抗体チップ 大澤 俊彦
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 免疫化学的な検出法の確立に着目して,過酸化脂質やタンパク質,DNAの酸化傷害に特異的なモノクローナル抗体を搭載した「抗体チップ」を作成することに成功した.現在,メタボリックシンドロームに関連した疾患予防バイオマーカーも含めた評価法を確立し,データベース化を目的に研究を進めている.

SNPs解析 勝谷 友宏 , 森下 竜一
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 わが国は未曾有の超高齢化社会に突入している.疾患感受性にかかわる一塩基多型(SNPs)の解析技術は著しく進歩し,ゲノムワイド関連解析研究(GWAS)も盛んに行われるようになった.超高齢社会では,高齢者のADL,QOLをいかに保つかが重要であり,この観点からも心血管病の予知,予防につながる未病段階でのSNPs解析の活用が臨まれている.本稿では,高血圧などの生活習慣病のSNPs解析の現況についての解説と,病態への影響の程度,臨床応用の可能性などについて,自験例を中心に紹介し,テーラーメイド医療実践のための至適環境を目指す取り組みについて考える.

話題

毛細血管血流観察 武野 團
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1 . はじめに

 毛細血管血流観察は,毛細血管血流顕微鏡1)を用い,指先爪廓部に特殊オイルを塗布し,高輝度な光を照射することにより,非侵襲で毛細血管およびその血流を観察することをいう.皮膚毛細血管研究は,Mullerらの先駆的研究にはじまり,日本国内でも戦前から小川2)などの研究が残されている.1979年発行の生涯教育シリーズ6『微小循環』では武見太郎・沖中重雄・山村雄一が総監修の下,浅野3)が皮膚の微小循環観察に生体の窓として爪床および唇紅部皮膚の毛細血管係蹄の観察を1つのモニターとして重視していることが記されている.ただ,当時は顕微鏡を覗き込んで観察し,模写や写真で記録するという形をとっていた.これらの研究は科学技術の進歩に伴い,現在はモニターで確認し,動画として記録できるところに新たなる可能性が開けた.

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1 . ミネラル元素の背景

 地球誕生の頃はアインシュタインのE(エネルギー)=M(質量)×C2(光速)から説明されているように光速とエネルギーの集団から電子が生まれ,クオークが発生し,莫大な高エネルギーのもと水素,ヘリウム元素が生まれ,いまや118種類に及ぶ多くの元素の発生に至っているという.

 生物の構成分はもとは元素の集団からなっており,これらが調和のとれた物体となり,健常な生体ができたであろうことが推測される.したがって,これら元素の不調和は健康を損なうことになり,病態へと進展するであろうと考えられ,その不調和を知るために血清ならびに尿中のミネラル元素を測定することは意義あることと考えられる.

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1 . はじめに

 ヒトをはじめとする多くの生物は,生命維持に必要なエネルギーの獲得に酸素を利用する.酸素分子は4電子による還元反応を経て最終的に水に変換されるが,その過程において数%ではあるが反応性の高い活性酸素種(reactive oxygen species;ROS)が生成される.近年,この活性酸素種が老化,癌,糖尿病,高血圧といった生活習慣病をはじめとして数多くの疾病に深くかかわっているとともに,活性酸素種自体もシグナル伝達や免疫機構において重要な生理機能を担っていることが明らかにされてきた.

 酸化ストレス(oxidative stress)の定義は,Sies1)によると生体内において酸化力(pro-oxidant)が抗酸化力(anti-oxidant)を上回った状態とされている.酸化ストレスを惹き起こす要因は,生体内において発生する活性酸素種に由来する酸化反応である.ROSは呼吸による酸素消費に伴って発生するほか,炎症反応,放射線や紫外線,喫煙やアスベストなどの化学物質への曝露,激しい運動などにより発生する.一方,生体内には活性酸素種を消去する抗酸化機構が備わっており,活性酸素種による酸化から生体を守っている.

 活性酸素種の消去機構は抗酸化酵素と,抗酸化物質より構成される.抗酸化酵素としては,スーパーオキサイドジスムターゼ(SOD)やカタラーゼ(CAT)などが知られており,それぞれスーパーオキサイド,過酸化水素を消去するほか,グルタチオンペルオキシダーゼ(GSH-Px)のように過酸化脂質(LOOH)を還元する酵素も存在する.抗酸化物質としてはビタミンCやビタミンE,βカロテンといった抗酸化ビタミンのほか,リコピンやアスタキサンチンといったカロテノイド類,カテキンやクルクミンといったポリフェノール類など数多くの種類が知られており,その多くは食品として摂取される.こうした抗酸化物質は数々の疫学調査によって,健康維持,疾病予防に重要な役割を果たすことが示されている.生体内において上記の抗酸化機構を上回る過剰な活性酸素種が発生すると,酸化ストレスが発生,ROSによる酸化反応が亢進する.

 活性酸素種は生体内においてDNA,脂質,蛋白質,酵素などの生体高分子と反応し,その結果DNA酸化,脂質過酸化,蛋白質の変性,酵素の失活を惹き起こす(図1).酸化ストレスの上昇はこうした分子レベルの生体酸化損傷を増加させ様々な疾病や老化亢進につながると考えられている.そのため,酸化ストレスを正確に評価し,酸化ストレス低減のための対策を施すことは,病態把握,未病診断,病気予防,老化制御に役立つと期待されており,特に近年の健康志向,生活習慣病予防に対する社会的要請の高まりとともに,未病の検出に対する強いニーズがあることから,酸化ストレスマーカーに注目が集まっている.

今月の表紙 代表的疾患のマクロ・ミクロ像 悪性腫瘍・8

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 卵巣癌は自覚症状がほとんどなく,腹部圧迫感や鈍痛などを主訴に来院し,診断された時点で進行期分類(表1)がすでにIII期やIV期の進行癌で発見されることが多く,予後不良の腫瘍である.胸・腹水や術中洗浄液ないしは腫瘍表面擦過など,細胞診の結果が卵巣癌の進行度の判定に深くかかわっている.

 卵巣腫瘍は発生母地と悪性度により分類されている.発生母地による分類は表層上皮性・間質性腫瘍,性索間質性腫瘍,胚細胞腫瘍に分けられ,悪性度による分類は良性腫瘍,境界悪性(低悪性度腫瘍),悪性腫瘍に分類されている(表2).嚢胞性腫瘍は良性のことが多く,充実性腫瘍の約80%が悪性もしくは境界悪性腫瘍である.

随筆・紀行

時代もの好き 屋形 稔
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 幼ない頃に読んだ本で一番面白く印象に残った本というと,片目片腕の怪人丹下左膳というから少し変っていたのかもしれない.小学校1年生の頃,東京在住の長兄が帰省の土産にこの新刊を買ってくるのをわくわくしながら待っていたのを覚えている.この怪人の出生がわが祖先の相馬中村藩であったのに親近感を抱いた覚えもある.後年この作者(林不忘)が私の遊学した新潟の佐渡出身の流行作家と知ってなおその感を深くした.

 いまも小説や映画は池波正太郎や藤沢周平ものにはまっているが,丹下を演じた大河内伝次郎はその九州訛りとともに私を楽しませてくれた.戦時中になっても彼の凛然たる海軍将校役や,嘉納治五郎役を演じた「姿三四郎」など瞼の裏に灼きついた風格は忘れられるものでない.彼が京都の嵐山近くに遺した大河内山荘は一般に公開されているので私は京を訪れた際,何度か足を運び彼の風格とともに情緒を楽しむことにしている.

シリーズ-ベセスダシステム・7

NILM 海野 みちる
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はじめに

 非腫瘍性病変(negative for intraepithelial lesion or malignancy;NILM)とは,トリコモナス・カンジダ・ヘルペス・細菌などの微生物の存在する場合と,炎症・放射線・IUDなどに関連する細胞変化,子宮全摘後の腺細胞の出現・萎縮・ホルモン異常が示唆される所見などがこれに相当する(表).

シリーズ-検査値異常と薬剤・7

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中枢神経抑制

 血管運動の中枢神経においてα2受容体を刺激するとともに交感神経インパルス放出を抑制させる.その効果として降圧する.

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 医療の高度化,専門化,多様化に伴いチーム医療の重要性が増している.臨床検査技師の卒後教育としてもチーム医療関連の研修が行われているが,その基礎となるチーム医療の概念,実践法について卒前教育として学ぶことは有用である.今回,全国の臨床検査技師養成施設にチーム医療に関する卒前教育の実施状況について調査を行った結果,ほとんどの施設で必要性を認識していたが,様々な制約により必ずしも十分には実施できていない現状であった.

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 ECLIA法によるACTH測定試薬「エクルーシス試薬ACTH」の基礎的検討を行い,良好な結果を得た.しかし,共存物質の影響の検討では,ヘモグロビン濃度に依存してACTH測定値が低下し,ヘモグロビン482mg/dlで約80%の負誤差となった.蛋白分解酵素阻害剤を加えることによりACTH測定値の低下が軽減したことから,ヘモグロビンによる低下は,溶血によって赤血球から逸脱した酵素によりACTHが分解されたためと推測された.

学会だより 第99回日本病理学会総会

病理学会100年の変遷 方山 揚誠
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 第99回日本病理学会総会は,2010年4月27日から3日間東京で開催された.今年は日本病理学会創設100年の記念すべき年で,特別企画「病理の100年を振り返って」を菅野晴夫先生(財団法人癌研究会顧問)がお話された.菅野先生は前半の50年は日本病理学会誌を読み返し,後半の50年はご自身の見聞からお話になった.

 第1回日本病理学会総会は山極勝三郎初代会長のもと,1910年(明治43年)に東京で開催され,演題数27,出席者204名であった.今回の99回が一般演題数1,029,出席者3,000人以上であり,病理学会の発展が数字のうえでも示されている.その後順調に発展してきたが,太平洋戦争となり,1944,45年には病理学会は開催されなかった.100年を迎えたのに99回なのはこのためであることを今回の講演で初めて知った.また,終戦後800人の会員のうち消息不明者が170名に達した.

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 2010年4月27~29日,第99回日本病理学会総会が東京,京王プラザホテルにて開催された.今総会のキーワード“広々とした病理学”,“温故創新”を象徴するがごとく,伝統的・基礎的なものから斬新でユニークなものまで,1世紀の集大成にふさわしいシンポジウム,ワークショップが並び立ち,様々なキャリアをもつ病理医や研究者による格好の議論の場となった.これらの間に教育講演,病理診断講習会がバランスよく配置されており,最新の知見を勉強しつつ,日常診断に役立つ情報を得られるという大変魅力的なプログラムであった.

 特にワークショップ10「卵巣腫瘍の基礎と臨床:明細胞腺癌の病理像,病態解析そして治療の最前線」は,本邦で特に発生頻度が高く,治療抵抗性で予後不良な明細胞腺癌にスポットが当てられており,特筆すべき内容であった.

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 第98回日本泌尿器科学会総会が,藤岡知昭教授(岩手医科大学医学部泌尿器科学講座)の会長のもと2010年4月27日(火)~30日(金)の4日間,岩手県盛岡市で開催された.開催直前には例年にない降雪があり,会期中も多少肌寒さが残る日々が続いたが,遅咲きした天然記念物の石割桜を披露する幸運にも恵まれた.当地での当総会開催は22年ぶり2回目で,参加者は当時の倍の約6,000名を数え大変盛況であった.小生が事務局を担当させていただいたことより,藤岡会長に代わりまたこの文中をお借りし,成功裏に終えることができましたことを参加者ならびに関係各位に厚く御礼申し上げます.

 本会では,ご当地岩手にちなんで「イーハトーブ・理想の医療を求めて Ihatov-Revolution toward the ideal medical treatment:病気と戦う希望の提供」と銘打ったメインテーマが掲げられた.さらに,キーワードに遺伝子発現解析・ゲノム研究,トランスレーショナル・リサーチならびにオーダーメイド・個別化医療が設定され,これらを主眼とした発表,討論が随所で展開された.

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 昭和33年(1958年)夏,私は米国Illinois大学でpostdoctoral staffとして細菌性糖脂質の研究のため渡米した.その当時は太平洋横断はプロペラ機で,長い時間をかけて羽田~Honolulu~San Francisco~Chicagoのrouteであったが,初めての時差の疲れもあり,疲労困憊の旅であった.今回はそのときを想起しながら述べようと思う.

 札幌駅からの出発には札幌医科大学微生物学教室員達を中心に30余名がフォームで盛大に見送りに来て,次に小樽(私の出身地)駅頭には両親,知人など多数が見送りに来た.乗った列車は生まれて初めての“特2席”で,青函連絡船~本州の列車と乗り継いで,翌日東京に着いた.上野駅には札幌医科大学附属看護学校での教え子数人が出迎えてくれた.

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あとがき 濱崎 直孝
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 “西洋医学万能”の見直し機運が出てきて随分と時間が経過していますが,いわゆる漢方医学用語が正しく共通して使用されているとは限らないような気がします.「未病」という言葉も広く世間的に認知されているようですが,それぞれで解釈の仕方が異なっている可能性もあり,ここで少し「未病について考えてみましょう」というのが今月の主題です.「健康と病気の間には,“病気に向かっている”動的な状態がある」や「未病とは自覚症状がなくて検査値異常がある状態,または,検査値異常がないけれど軽微な自覚症状がある状態をいう」という文章を読むと,ことさらに「未病」という言葉を使用しなくても西洋医学の言葉で理解できるような気もしてきますが,それは本号に執筆していただいた先生方には漢方医学の側から,体系的な西洋医学教育を受けている一般的な日本の医療人にわかるように解説し,まとめていただいた結果なのでしょうか.

基本情報

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臨床検査
54巻8号 (2010年8月)
電子版ISSN:1882-1367 印刷版ISSN:0485-1420 医学書院

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