臨床泌尿器科 73巻13号 (2019年12月)

特集 リプロダクションの現在―いま精子力を考える

企画にあたって 岡田 弘
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 不妊症の原因の約半分が男性にある(男性不妊である)ことが,WHOから報告されています.また本邦の現状では,5〜6カップルに1カップルが児をもっていません(児をつくらない選択をしている場合を含む).2018年度の25〜45歳の男性人口総数は1625万人であり,このうちの2/3がカップルを形成し挙児を行うとした場合,低位推計で1625万人×2/3×1/6×1/2=90万人の男性不妊患者が存在することになります.

 本特集では,このように多数の潜在患者さんがいても,普段一般泌尿器科医があまり積極的に治療に参画していない不妊症に関して,泌尿器科からのアプローチをお示しするために,精子の次世代を作る能力=精子力に注目して専門家に解説していただきました.

〈総論〉

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▶ポイント

・女性の平均初婚年齢の上昇により,卵子の老化に伴う「年齢因子」による不妊症が占める割合は年々増加している.

・初診のカップルに対して不妊治療をすぐに開始するのではなく,まず原因を診断するため一連の検査を行い,診断に基づく治療の提案を原則とする.

・ARTの適応は,それ以外に妊娠できる方法がないと判断されたカップルに限定されている.

・ただし,カップルの年齢,不妊期間,妊娠・分娩歴,合併症の有無,過去の不妊治療,家族計画の意向なども勘案し,標準治療からの開始でよいか治療法選択のうえで,ARTを含め特別な配慮を要するかなどを個別に判断することが重要である.

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▶ポイント

・1978年にイギリスで世界初,1983年に日本初のART出生児が誕生した.そして,誕生からわずか数十年の間に日本はART治療周期数で世界一となった.

・ART発展には経腟エコーの登場や薬剤の開発・発展,凍結技術の確立およびICSIの登場が大きく貢献している.

・生殖工学技術の進歩によりARTの発展は加速度的に進むことが予想されるため,倫理的・宗教的・社会的問題と向き合いながら法整備を含め慎重に対応していく必要がある.

本邦のARTの成績 石原 理
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▶ポイント

・わが国は世界で最も多周期数のARTを行う国だが,減少への転換期にある.

・高年齢女性において自らの卵子を用いるARTが,きわめて多い唯一の国である.

・顕微授精を用いる治療の比率が年々増加しているが,男性不妊症のみが適応ではない.

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▶ポイント

・最近注目されている精子力は,妊孕能を測る尺度としての概念である.

・精子力の測定法としては,一般精液検査のほかに精子機能検査である,精子DNA断片化指数(DFI),精液の酸化還元電位(ORP)やマウス卵活性化試験(MOAT)が実用化されている.

・今後,精子力測定結果をもとに,不妊症の治療戦略が立てられることになる.

加齢と精子力 岩端 威之 , 岡田 弘
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▶ポイント

・加齢により精液量は低下する.ほかの一般的な精液所見パラメータである精子濃度や運動率,奇形率については一貫したデータはない.

・加齢によりDNA損傷を来した精子の割合が高くなり,自然妊娠や人工授精での妊娠が達成しづらくなる(加齢変化による精子の質の低下).

・精子の老化においても卵子の老化と同じように,“35歳”という年齢が1つの区切りになる.

〈精子力とは何か〉 コラム

家庭での精子力測定 入澤 諒
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開発の背景

 国立社会保障・人口問題研究所の第15回出生動向基本調査によると,現在わが国ではおよそ5.5組に1組の夫婦が不妊の検査や治療を受けた経験があり,その数は年々増加している.多くのカップルが不妊に悩んでいるが,不妊の検査や治療は女性が主体となって行われることが多く,女性と同じタイミングで行動を起こす男性は少ない.そのため,女性のみが受診し検査や治療を受け,多大な精神的・身体的負担を強いられている.

 「不妊は女性の問題である」という誤解や「自分は大丈夫だ」という根拠のない自信がある男性も少なくなく,多忙や羞恥心を理由に医療機関での精液検査を拒むケースも多い.しかし,WHOの報告では不妊の原因の約半分が男性にあるということが明らかになっている.結果として,女性だけで1〜2年ほど治療を続けたが妊娠に至らず,ようやく男性が受診したところ,実は男性側に原因があったと判明するケースもある.

〈精子力改善プロジェクト〉

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▶ポイント

・精索静脈瘤は精巣温度が高まることや,精液中の活性酸素量が必要以上に増加することから精液所見を悪化させる.

・ダイエットによりメタボリック症候群を改善させると,精液所見が改善する.

・生殖年齢の男性患者に抗がん剤を投与する際には,常に治療後の晩期合併症である無精子症に配慮した説明が求められる.

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▶ポイント

・尿路性器感染による不妊症は比較的多く,診断・治療法の開発など今後の対応は重要である.

・男性不妊患者は生活習慣病などの併存疾患を有する割合が高い.これらの予防が不妊症改善につながる.それ以外にも陰囊冷却・禁欲期間短縮など日常生活のなかで精液所見改善が見込めるものもある.

・精子力を上げる食材として,野菜・果物・穀類などのほか魚なども挙げられる.

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▶ポイント

・H2処置は採取後5日目のヒト精子であっても,90%以上の患者精子の運動性を改善させる.

・H2処置を行うと,精子のミトコンドリアの膜電位を上昇させるため,電子伝達系を活発にしていることが考えられる.

・ヒト精子へのH2処置を行う場合の最適な水素濃度は,75%が有効であると示された.

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▶ポイント

・遠心沈降を用いずに良好精子を回収できるデバイス,ミグリス®を開発した.

・人工授精の精子調整にミグリス®を用いたところ,パーコール法より精子回収率は低かったが妊娠率は高くなった.

・ミグリス®は,将来,精子調整法の第一選択として用いられる可能性がある.

〈精子力改善プロジェクト〉 コラム

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 トランスポーターS®は,獨協医科大学埼玉医療センター・リプロダクションセンターの岡田弘先生のグループの研究テーマ「精子力改善プロジェクト」のサブテーマ「精子の取扱方法の改善」の一環として誕生した高性能な採精容器である.

 従来の採精容器は約20年前に精液検査ガイドラインで制定された非常にシンプルなものが今日まで使用されており,男性不妊症の患者にとって,非常に使いづらくストレスを感じるものであった.また,体外受精(IVF)・顕微授精(ICSI)など不妊治療を経験した女性パートナーからは「自宅からクリニックの運搬に不安を感じる」「治療に使う大切な細胞を保管する容器として違和感を覚える」というような意見が少なからず寄せられていた.

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前立腺や腎臓など泌尿器科で扱う臓器の多くはいわゆる後腹膜臓器であり,後腹膜アプローチ手術は泌尿器科特有の手術である.腹腔内臓器損傷リスクの軽減や術後の腹腔内癒着を避けるなど,主には消化器系の合併症リスク軽減の点で有利であり,低侵襲手術といえよう.ロボット支援手術においても,適応を検討したうえでの積極的な活用が有用である.

 そもそも後腹膜腔とされる腔は存在せず,後腹膜アプローチ手術の際には後腹膜腔を展開拡張する必要がある.1992年のGaurによる外科用手袋を用いたバルーンダイセクターによる後腹膜腔拡張の報告1)以来,現在では既製品のバルーンダイセクターを用いることが一般的かと思われる.そのほかに,手指のみでの拡張や,既製品を用いている場合でも内視鏡を挿入せず術野の観察なしで拡張を行っている施設もあるようである.われわれの施設では,後腹膜腔拡張の際に通常PDBTMバルーン(コヴィディエンジャパン株式会社)を用いて内視鏡観察下に行っている.

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 院内で抄読会を行っている消化器外科医なら,Michitaka Hondaの名前を一度は目にしたことがあるだろう.ステージⅠ胃癌の腹腔鏡手術と開腹手術のアウトカムを観察研究で比較し『Annals of Surgery』に掲載された有名なLOC-1 studyをはじめ,数々の一流誌に質の高い臨床研究を報告している気鋭の消化器外科医である.今回,「『…先生,手術は成功ですか?』こんな質問にどう答えますか!?」という帯の文句に思わずひかれて,本書を手にとった.外科医がこれまで何となく曖昧にしてきた「手術のアウトカム」をどう評価すべきかを論じた,本多通孝先生渾身の著作である.

 数ページも繰らないうちに,私は読むのを止めた.本書は前作,『外科系医師のための手術に役立つ臨床研究』(医学書院,2017)の続編になるが,前作を読まずして本書を読み始めることがすごくもったいなく感じたからである.世上,臨床研究について書かれた本や医学統計の入門書は多いが,前作では外科医がとっつきやすいClinical Questionを例に挙げ,それを洗練されたResearch Questionに変え,臨床研究の定石であるPECOを組み立てながら研究のデザインを磨き上げていく過程がわかりやすく述べられている.ありがちな探索的研究の著者曰く“ダサい”抄録が,仮説検証型研究のポイントを絞った科学論文にみるみる変貌していく過程は圧巻である.ただしPECOのうちP,E,Cは何とか設計できても,いつも行き詰まってしまうのがO,すなわちアウトカムであり,それをどうやって測定するのかが本書のテーマである.アウトカムは患者目線に立たなければ意味がないが,主観的要素が大きいため,それをデータ化するのは実は大変難しい.良い尺度が見つからなければ自分で作らなければならない.こうしたアウトカムそのものを深めていく作業は,実は手術を受ける患者さんの生の声を形にする,外科医としての本質的な研究となる.本書を読み終えると,それが著者の一貫したメッセージとして伝わってくる.

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目次

バックナンバーのご案内

次号予告

編集後記 小島 祥敬
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 「医師の働き方改革」により,医師の時間外労働は,上限が年1860時間に設定されました.ただしこれは暫定処置で,2024年度からは原則月100時間未満,年960時間未満が上限とされます.厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」の報告書に目を通しましたが,各領域の専門家の先生方により,医師の労働に関して抱える問題点について十分な議論がなされています.しかし,さまざまな問題点もあると思いますので,そのうち2つだけ私見を述べさせていただきます.

 1つ目は,医師の「労働」の定義です.大学病院の医師は診療だけではなく,教育,研究にも従事しなければなりません.診療だけでも,医療の高度化,安全管理や医療倫理など,この十数年の間で業務は膨れ上がりました.それに加え教育においても,昨今の医学部教育改革により,特に医学生の臨床実習にかなりの時間を割く必要があります.研究も,始める前から書類の山で,研究する前にすでに疲弊してしまいます.しかし検討会では,診療に関する議論に比べ,教育や研究についての議論はほとんどなされていないようです.しかも,「労働」と「自己研鑽」の定義も一部不明確です.厚生労働省医政局のガイドラインによると,カルテ・診断書作成,委員会・会議,カンファレンス,研修医教育などは「労働」として,自主的勉強会,学会参加は純粋な「自己研鑽」として定義されています.一方,手術見学,学会発表,論文作成,文献検索などは,二面性がある活動として曖昧になっています.労働時間を制限することによって,日本の医学研究の進歩が後退することはあってはならないことと思います.

基本情報

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臨床泌尿器科
73巻13号 (2019年12月)
電子版ISSN:1882-1332 印刷版ISSN:0385-2393 医学書院

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