生体の科学 45巻6号 (1994年12月)

特集 ミトコンドリア

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I.ミトコンドリアの機能は すべて同じだろうか

 結論からいえば,ミトコンドリア(以下Mt)は基本的機能において同じであるが,他方ではその機能には種々の変異があると考えられる。この考え方は形態学的にMtが示す多様な見え方に基づくもので,Mt研究の当初から考えられていた。

 Mtを最初に観察した人が誰かを特定することは難しい。多くの細胞学者が光顕で細胞質内に果粒状ないし糸状の構造物を認めて種々の名称で呼んだ。Cowdryは約50の名称を挙げている1)。その多くが今日のMtに相当することは確かであるが,他の構造をも含まれていた。それは光顕レベルでMtを同定する方法の限界を示すものであろう。彼は光顕によってMtを同定する指標として次の3つを挙げている。(1)無染色の生細胞では屈折率がやや低く,果粒状,杆状ないし糸状の構造物で,ときに網状を呈する。(2)極低濃度のJanus緑B(diethylsafraninazodimethylanilin)で生細胞を染めるとMtはまず青緑色に,やがてピンク色をへて無色に変化する。Janus緑Cでは呈色しない。(3)アルコール,酢酸に溶ける。固定材料では酸フクシン(Altmann法),クリスタル紫(Benda法)で染色される。以上のうちMtに特異的な性質はJanus緑Bによる反応のみとされてきた。

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 遺伝物質DNA(ゲノム)は,動物細胞においては細胞核とミトコンドリア(mt)に存在し,植物細胞ではさらに色素体にも存在する。しかし最近までmtや色素体のような細胞質にあるオルガネラのDNAを簡単にin situで示すことができなかったため,mtは細胞内のATP産生の場として,色素体は葉緑体の機能である光合成の場としてのみ取りあげられてきた。また,それらのDNAを扱う場合には分子生物学的にのみ扱い,そのオルガネラ内での存在様式やオルガネラの分裂・増殖様式などに関してはむしろ関心が低い。細胞内のDNAを観察する従来の技術,例えば代表的なフォイルゲン染色法はDNA分子とタンパク質の結合が強固な細胞核内のDNAを可視化するには適していたかもしれない。しかしすでにわれわれが何度も指摘してきたように,オルガネラDNAとその結合タンパク質からなるオルガネラ核の観察には不適切であり,処理過程で,変性,溶出,分解を起こし,実際にはかなりの量のオルガネラDNAが細胞内に存在していても視覚化できなかった。これに対し新たに開発したテクノビットDAPI法ではたくさんのオルガネラDNAを認めることができる。この方法で卵細胞のオルガネラ核DNA量が,通常の細胞の数千倍にも達することがわかり,オルガネラの生活環におけるダイナミックな変化が浮き彫りにされてきた。

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 1975年北大において樹立されたLong Evans Cinnamon(LEC)ラットは常染色体劣性遺伝形式をとる遺伝性の肝炎,肝癌を自然発症し,ヒト肝疾患のモデルとして近年注目されていた1)。また,われわれは激症型の肝障害をきたすラットでは,尿細管壊死による急性腎不全を合併し死亡することから肝腎症候群のモデルとしても有用であることを報告した2)。最近,この肝および腎障害の成因として銅代謝異常が存在することが明らかにされた。すなわち,肝および腎への銅の異常蓄積が認められ,これにより組織障害が惹起されていることが示唆されている。さらに血清中の銅およびセルロプラスミンの低下が認められることから,本ラットがWilson病ときわめて類似した病態を呈していることが明らかとなった3,4)。Wilson病は若年性の肝硬変と錐体外路系機能不全を特徴とする常染色体劣性の遺伝性疾患であるが,最近本疾患の遺伝子異常が明らかにされつつある5)。Wilson病には数種の病型があるが,これらの病型のうち,腹部型Wilson病では急性肝不全,溶血性貧血を呈し時に急性腎不全を合併する予後不良の病型であり,LECラットの激症型ときわめて類似した臨床像を呈する。

 Wilson病の銅代謝異常のメカニズムが不明である現在,LECラットはWilson病の発症機序の解明および治療の格好のモデルであると考えられる。

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 細胞内のエネルギー生産の場である細胞内小器官ミトコンドリアの中には環状のDNAがあって,細胞の他の部分とは協調しながらも,なかば独立してDNAの複製,転写,タンパク質の生合成を行っている。

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 ミトコンドリア脂肪酸酸化系は主要なエネルギー産生系であることから,この系の生理的,病態的役割,系を構成する諸酵素については古くから研究されてきた。しかし,この系の酵素欠損症の研究は1980年代になって始まった。これは尿中有機酸分析技術の発展によって欠損酵素の推定が容易になったことによる。

 教科書に記述されているように,脂肪酸はミトコンドリア外膜にある活性化酵素によってアシル-CoAになる。このアシル-CoAは外膜にあるカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼⅠによってアシルカルニチンとなり,輸送系によって内膜を通過し,内膜にあるカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼⅡによって再びアシル-CoAになる。β-酸化サイクルはマトリックスに存在し,短鎖,中鎖,長鎖の3種類のアシル-CoAデヒドロゲナーゼ,エノイル-CoAヒドラターゼ,3-ヒドロキシアシル-CoAデヒドロゲナーゼおよび3-ケトアシル-CoAチオラーゼから構成されている。

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 ミトコンドリアタンパク質の多くは核のDNAにコードされており,サイトソルで合成された後ミトコンドリアへと移行する。ミトコンドリアは外膜,膜間スペース,内膜およびマトリクスの4つのサブコンパートメントからなりたっており,サイトソルで合成されたミトコンドリアタンパク質が正しく機能するためには,さまざまなオルガネラの膜系の中からミトコンドリア膜を特異的に認識し,固有のサブコンパートメントへ組み込まれることが必要である。ミトコンドリアへの移行過程に必要とされるのは1)ミトコンドリアタンパク質がもつ移行シグナル(多くの場合,前駆体タンパク質のプレシークエンス),2)これらのシグナルを認識し前駆体タンパク質を移行させる装置,である。

 一般に,ミトコンドリアタンパク質はアミノ末端にプレシークエンス(延長ペプチド)をもつ前駆体として合成され,マトリクスにてプレシークエンス部分がプロセシングを受けて取り除かれ,成熟タンパク質に転換される。プレシークエンスにコンセンサス配列は存在しないが,特徴として,塩基性残基と水酸基をもつ残基に富んだ15~70アミノ酸残基からなり,両親媒性のαヘリックスを形成しているものと推測されている。このプレシークエンスはミトコンドリアへの前駆体タンパク質の標的化に必要かつ十分であることが遺伝子工学的手法を用いて証明されている。

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 ミトコンドリアの内膜に存在するタンパク質は,それらの機能上の特性から3つのグループに分けられる。すなわち,1)呼吸鎖と呼ばれる電子伝達系を構成して,電子の伝達とマトリックス側からサイトソル側へのプロトンのくみ出しを担っているタンパク質群,2)直接ATPの分解や合成を行い,エネルギー転換の中心的役割を果たしているATP合成酵素複合体の構成タンパク質群,3)エネルギー代謝の基質および産物を特異的に輸送することによってミトコンドリアの機能を支えている溶質輸送タンパク質群である。呼吸鎖成分やATP合成酵素複合体を形成するタンパク質が比較的広範囲の細胞のミトコンドリアに普遍的に存在しているのに対し,溶質輸送タンパク質は特定の組織に分布し,それらの特徴的代謝機能を支えているものも多い。本稿では,きわめて高い構造類似性をもちながらも,異なる溶質を輸送するミトコンドリア溶質輸送担体ファミリーについて,最近明らかになった遺伝子に関する知見を中心に紹介する。

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 マクラーマウスは,先天性銅代謝異常症であるメンケス病のモデルマウスと考えられている。銅は生体内で銅酵素であるチトクロームCオキシダーゼ,ドーパミンβヒドロキシダーゼやリーシルオキシダーゼなどの合成に不可欠であり,これら酵素の活性は,細胞内,細胞小器官内の銅欠乏により低下する。しかし正常細胞での銅の取り込みや流出,細胞内での銅の輸送機構に関してもまだ十分解明されていない1)。メンケス病は細胞内の銅の輸送異常症である。本症は異常にまれな疾患であるので,初めに本症を簡単に紹介し,その細胞内の銅代謝についてマクラーマウスに限らず本症患者での報告も含めて述べる。

ミトコンドリア脳筋症 埜中 征哉
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 ミトコンドリア機能異常を原因とする疾患が注目を集めている。ミトコンドリアDNAの変異が見いだされ,それが臨床的診断に応用されるようになって,患者数は急増している1)。ミトコンドリアの機能が低下すると,筋力低下や易疲労性が共通な,おもな症状としてみられるので,疾患はミトコンドリア筋症(mitochondrial myopathy)とよばれていた。しかし,大半の患者は中枢神経系症状も伴うことから,現在ではミトコンドリア脳筋症(mitochondrial encephalomyopathies)あるいはミトコンドリア病とよばれ,表1のように分類されている。この中で最も代表的なのは,臨床的特徴により分類された3疾患で,ミトコンドリア脳筋症の約60-70%を占める。また各々の疾患に特異的なミトコンドリアDNA変異が見いだされている。

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I.ミトコンドリア病

 パーキンソン病,ミトコンドリア脳筋症,特発性心筋症は,いずれも,脳神経,筋肉という出生後は細胞分裂しない分裂終了細胞のミトコンドリア(以下mtと略す)の遺伝子異常に起因するmt病である。

 1962年,Luftらが病因不明のmt機能異常を示す患者を報告し,mt病という名称を提唱した1)。その後,mt脳筋症,mtミオパチーは,1970年代から臨床的に高乳酸血症,mt形態異常が注目され,mt機能異常を疑われる症候群に命名された。1981年ヒトmtに固有のmtDNAの存在が確認され,その中の遺伝子配置と塩基配列が報告された2)。われわれは1986~7年,mt形態異常のあるmt脳筋症患者の筋肉組織において,エネルギー産生系酵素複合体の結晶化から得られた良質な抗体を使ってWestern blotを行った結果,系のサブユニットが欠損していることを報告した3,4)。こうした所見から,当然その遺伝子であるmtDNA変異が疑われ,Southern blot分析によってmt脳筋症患者のmtDNA欠失が世界各地で報告された5,6)。しかしSouthern blotは人体標本の分析手段としては感度が低く,mt脳筋症患者でもmtDNA欠失が証明できない症例もありmtDNA変異をこれら疾患の主病因とするには疑問が残った7)

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I.心筋細胞膜の破綻から ミトコンドリアの障害へ

 生体の諸機能は酸素が恒常的に適当に供給されることを前提として成り立っている。何らかの理由によって供給が絶たれるとき,例えば冠動脈に閉塞が生じて血流による心筋への酸素供給が途絶えれば心機能は低下し,生命の急速な危機が訪れるので,冠動脈の血行再建は生命の維持に必須である。ところが,血行を再建すると,心機能はさらに悪化の途を辿ることが多い。虚血による高エネルギー燐酸の枯渇にともなう膜の脱分極によって,細胞膜のCa2+イオンの透過性は高まる1)。細胞質やミトコンドリアのCa2+濃度が上昇すれば,種々の蛋白質分解酵素が活性化される。McCordの説を借りれば,活性化された蛋白分解酵素は呼吸酵素系の一つであるキサンチンデヒドロゲネースをキサンチンオキシデースへ変化させる。この酵素は電子を直接酸素へと流出させ酸素ラジカルを作り出すという2)。これはさらに反応性の高いOHとなり,ミトコンドリア膜の生体膜の燐脂質,さらには酵素蛋白をも酸化させる。燐脂質二重層に整列した燐脂質分子も分子運動を行い,絶えず揺れ動いているが,酸化側鎖が生じれば,疎水性は減じ膜粘性は増加し,燐脂質分子が揺動できる角度は減少する3)。他方細胞内Ca2+の上昇は,燐脂質分解酵素を活性化させる。燐脂質分解酵素A2は生体膜の燐脂質をリゾ燐脂質と脂肪酸へ分解する。

連載講座 新しい観点からみた器官

機械受容器 井出 千束 , 立花 民子
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 機械的な刺激を受容する知覚終末を機械受容器として一括する。最も代表的な機械受容器はパチニ小体といえよう。そのほかマイスネル小体,ルフィニ小体,メルケル小体(メルケル神経複合体),ゴルジ腱器官,柵状終末,陰部小体,自由終末,また特別なものとして筋紡錘(muscle spindle)も挙げられよう。ヒトにはないが洞毛(sinus hair),アイマー器官(Eimer's organ)やヘルプスト小体(Herbst corpuscle)あるいはグランドリ小体(Grandry corpuscle)なども挙げることができる。洞毛はネコやイヌなどの長いひげの毛包が広い静脈洞によって囲まれたものである。グランドリ小体やヘルプスト小体は鳥類にある知覚終末である。ここではヒトに見られる機械受容器について述べたい。

 機械受容器は生理学的に速い順応性(rapidly adapting)と遅い順応性(slowly adapting)の二つのグループに分けられる1)。前者は刺激のonとoffに強く発火して,持続的刺激には速やかに順応して,すぐに発火しなくなる知覚受容器である。それに反して後者は,持続的な刺激に対して発火し続けることができる。同じ速い順応性の受容器といっても,受容器の種類によって反応の仕方に微妙な相違がある。同じことが遅い順応性の受容器についてもいえる。

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 酸素は脂溶性分子であるから,生体膜の脂質二重層を容易に透過するはずである。しかし,無制限でもあるまい。生体膜はどの程度の拡散係数(Do2)を有しているものであろうか。Do2がわかれば,酸素の膜透過に要する平均時間が推定でき,膜が酸素輸送に関して障壁となるか否かが判断できる。Do2は基本的にはO2フラックスを測定してFickの式に代入すれば得られるが,この方法を生体膜に適用するのは難しい。そこで,光学的方法が威力を発揮する。O2感受性を有し,かつ脂溶性の蛍光プローブを用いる方法で,ピレンおよびその誘導体のO2による蛍光消光(クエンチング)が利用される。ピレンの誘導体,ピレン酪酸(pyrenebutyric acid,PBA)の蛍光消光を最初に生体系に応用したのはVaughan & Weber1)で,O2濃度の微視的プローブとしての有用性を示した。PBAはその後,生体組織の光学的O2センサーとして用いられた2,3)。この方法による生体膜のDo2測定は,これまでに赤血球膜を用いたFischkoff & Vanderkooi4)の報告がある。筆者らは,単一分離したラットの心室筋細胞およびその細胞から単離したミトコンドリア(Mt)を用いて,PBAの蛍光消光により心筋細胞形質膜とMt膜のDo2を測定した5)。本稿では,蛍光消光法によるDo2測定の原理と筆者らの実験結果を紹介する。

基本情報

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生体の科学
45巻6号 (1994年12月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

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