公衆衛生 83巻8号 (2019年8月)

特集 新型たばこ—健康影響と規制のあり方

「公衆衛生」編集委員会
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 喫煙の健康影響に関する知識の普及や受動喫煙対策の強化などを背景として,わが国では喫煙率が年々低下し,紙巻きたばこの販売量も減少しています.こうした中,たばこ業界の販売戦略は,紙巻きたばこから非燃焼・加熱式たばこ(以下,加熱式たばこ)や電子たばこなどの「新型たばこ」へと軸足を移しつつあります.特にわが国では加熱式たばこの普及が急速に進んでいて,国内のたばこ市場でのシェアが2019年には3割に迫るとの推計もみられます.

 新型たばこの有害性や健康影響などに関する研究は進んでいますが,販売開始から数年ということもあり,医療・公衆衛生関係者の間でも,最新の研究成果に基づく科学的知見が共有されているとは言い難いのが実情です.また,受動喫煙対策の強化を図るための健康増進法改正に際して,加熱式たばこについては,受動喫煙の健康影響に関する科学的知見が十分でないとして,紙巻きたばこよりも弱い規制にとどまったため,今後の対策に関わる保健所などの現場からは困惑の声も聞かれます.

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はじめに

 たばこ産業は,たばこの有害性の認識が広がり,さまざまなたばこ対策が実施されると,それらに抗して,いかにも有害性が低いかのようなメッセージとともに新しい製品群を開発し販売・宣伝活動を繰り返してきた歴史がある.2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて2018年に健康増進法が改正され,受動喫煙対策の義務化が図られているが,最近,加熱式たばこをはじめとした新しい製品群の販売が急拡大している1)〜3).これまでも現在の加熱式たばこの原型となるものは繰り返し販売が試みられてきたが,市場の確保には至らなかった.現在,国内では加熱式たばこの喫煙風景をごく普通に見かける状況になっているが,世界的にはまだ限定された販売となっている.これら製品群は販売から間もないため,発がんを含めた長期的な影響は不明である.そのため,これら製品群から発生する有害化学物質濃度や,それらが生体に取り込まれたのち代謝排泄されるバイオマーカーを評価することでリスク推定がされることが多い.

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はじめに

 たばこを吸わない非喫煙者にとって,紙巻きたばこの先から立ち上る紫煙や喫煙者が吐き出す呼出煙(両者を併せて副流煙と呼ぶ)は刺激性,異臭性があり,とても迷惑なものである.たばこの煙には粒子成分で約4,300種類,ガス成分が約1,000種類,合計5,300種類以上の化学物質が含まれており,そのうち発がん性物質は約70種類である1).しかも,副流煙中には,喫煙者が吸い込むたばこの煙(主流煙)より,発がん性物質やニコチン,一酸化炭素などの有害物質が数倍も多く含まれることが明らかにされている.つまり,たばこは喫煙者本人だけでなく,受動喫煙によって周囲の人々にも健康への悪影響を及ぼすのである.

 最近,煙の出ない,あるいは煙の見えにくいたばこ製品として非燃焼・加熱式たばこ(以下,加熱式たばこ)が次々と販売されており,これらは,従来のたばこより害が少ないと宣伝されている.そのため,今まで禁煙だった公共の場でも吸える「紙巻きたばこの代替品」のように考える者もいる.しかし,本当にそうだろうか.加熱式たばこが販売されているのは主に日本だけであるが,海外ではニコチンを含有する溶液(リキッド)を加熱して蒸気(エアロゾル)を発生させて吸う電子たばこ(e-cigarette)が主に普及している.加熱式たばこ,電子たばこともに,その使用と病気や死亡リスクとの関連性についての科学的証拠が得られるまでには,今後,10年以上の長期間を要すると見込まれている.エビデンスのない状況下で,どのように加熱式たばこを認識し対応するのかが今,問題となっている.

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はじめに

 本稿では,新型たばこの使用による歯科領域における健康影響に関する知見を紹介する.歯科領域では,たばこ使用による健康影響の研究の歴史が比較的浅く,そのため,現時点では,公衆衛生の専門家にまで十分な専門的知識が普及しているとは言えない.そこで,紙巻きたばこ喫煙による歯科領域の健康影響,および,主に口腔で使用される無煙たばこの影響についても概説する.無煙たばこの使用については,欧州諸国と北米の研究者の間で害の低減の議論が展開された経緯がある.最近,害が小さいと思われがちであった水パイプたばこ喫煙の健康影響について世界保健機関(World Health Organization:WHO)が科学的知見を更新しており1),歯科領域の健康影響も明らかになっているので,これも紹介する.

 さまざまな種類のたばこの有害物質に歯科領域は最初に曝露される.最近,日本では歯科領域への関心が高まっている.新しいタイプのたばこが流行し始めた日本における今後のたばこ対策について,読者である公衆衛生専門家の方々に知っておいていただきたいことを述べる.歯科領域に表れる多様な新しい健康影響を包括的に捉え,新たな思考と実践に役立てていただければ幸いである.

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はじめに

 2006年の禁煙治療に対する保険適用以降,全国のニコチン依存症管理料の登録医療機関数は年々増加し,2019年4月現在,16,800余りの施設が禁煙外来を開設している.保険による禁煙治療の効果は,これまで3回行われた中央社会保険医療協議会(中医協)の結果検証においても国際的にみて良好な成績を収めており,その費用効果性も,他の予防プログラムと比較して極めて高いことが明らかにされている1).しかし,わが国では禁煙試行者における禁煙治療の利用が欧米先進国や韓国に比べて低い状況にあり,多くの人が自力で禁煙しているのが現状である1)

 上記のような状況において,最近,有害成分の低減をうたった加熱式たばこが流行し,禁煙治療への影響が懸念されている.本稿では,わが国で流行が顕著な加熱式たばこを取り上げ,その流行が禁煙治療にどのような影響を及ぼすのかについて,製品特性と使用者の心理など現在得られているエビデンスを基に考察する.また,加熱式たばこ使用者への禁煙支援のあり方や,今後,必要な調査研究についても述べる.

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はじめに

 2003年に施行された「健康増進法」および,同年に厚生労働省から発出された「職場における喫煙対策のための新ガイドライン」によって公共的な空間と職場の禁煙化が進められてきた1).さらに,2010年に施行された「神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例」2)によって民間の飲食店についても従業員の健康を保護するために受動喫煙対策が必要であることの認識が広まってきている.

 屋内を法律・条例で禁煙化する第一の目的は非喫煙者を受動喫煙から保護するためであるが,非喫煙者が居る場所(特に閉鎖空間)では喫煙するべきではない,という社会風潮が醸成される副次的な効果も発生する.2003年に施行された健康増進法によって公共的な施設や多くの職場が禁煙化されたことでたばこの非正規化(de-normalization)が進み,その結果,「喫煙をやめる=禁煙する人」を増やすことにもつながってきた.

 しかし,健康増進法による禁煙化は努力義務であったため,民間,特に飲食店の禁煙化はほとんど進まなかった.ところが,2020年に予定されている東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて,世界保健機関(World Health Organization:WHO)と国際オリンピック協会からの「たばこのない五輪大会」の要請がきっかけとなって成立した「健康増進法の一部を改正する法律」(平成30年法律第78号.以下,改正健康増進法)が施行された.さらに,「東京都受動喫煙防止条例」3)(以下,都条例),「千葉市受動喫煙の防止に関する条例」4)(以下,千葉市条例)の施行が続き,民間の飲食店などの禁煙化が大幅に強化される見通しがついた.しかし,上記の法律と条例では加熱式たばこの専用室を設置すれば飲食をしながらの使用を認められたことが物議を醸している.

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はじめに

 タバコといえば,これまではずっと,ライターやマッチで火をつけて使う,紙巻きタバコであった.しかし,新型タバコの登場によって,日本では,そのタバコの定義が変わった.

 「あなたはタバコを吸っていますか?」

 病院でも診療所でも健康診断でも,国が実施する住民調査においても,この質問が何十年ものあいだ使われてきた1).そして,この質問に「現在吸っている」と回答した人が「タバコを吸う人」(現在喫煙者)と定義される.「以前は吸っていたが,現在はやめている」と回答した人が「やめた人」(過去喫煙者)と定義され,「もともと吸わない」と回答した人が「吸わない人」(非喫煙者)となる2)

 この定義の下でモニタリングが実施され,また,喫煙者における病気になる頻度が調査されて,医学研究は実施されてきた.しかし,新型タバコの登場・普及によって医療や調査の現場に混乱がもたらされている.

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はじめに

 本稿で扱う,たばこの警告表示,広告規制,たばこ税については,日本国内では厚生労働省の所管ではなく,たばこ事業法を所管する財務省の担当になっている.しかしながら,WHO(World Health Organization)のFramework Convention on Tobacco Control(FCTC.たばこ規制枠組条約)1)2)に沿った取り組みを進めている先駆的な国々では,上記を保健当局の法令で位置付けている.しばしば言われることではあるが,たばこ産業の発展を目的に掲げているたばこ事業法3)によって消費抑制を目指すという施策はそもそも自己矛盾であり,限界があって当然である.今後の日本におけるたばこ対策を考えるとき,こうした管轄省庁や法体制といった「構造」そのものにも目を向けることが一層重要となる.

 本稿では,こうした「構造」の問題のために浮かび上がっている,たばこに対する日本の現状とFCTCの示す方向性とのギャップについて,現状を述べる.

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 2017年に社会医学系認定専門医・指導医制度ができたので,私も一応,申請をした.立派な認定証が手元に届いて,すでに2年になる.2017年の時点では,この認定証と,2011年に届いた日本公衆衛生学会認定専門家の認定証との実質的な違いは,あまりよく分かっていなかった.2020年には,新しく日本疫学会認定疫学専門家制度ができる.自分の専門性を明らかにする制度がいろいろと選べるようになり,一方で,当たり前であるが,結局は自分の専門性は自分で選んでつくり上げていくものだという認識が強くなっている.このように制度が整備されていく中で,自分のキャリアについて考えられているのは,非常に幸運であると思う.これから医師や看護師など専門職の免許を取得する学生で,公衆衛生に関心がある人たちは,これら複数の認定制度が初めから目の前に用意されているのだから,かえって迷ってしまうかもしれない.

 認定当初はぴんとこなかった社会医学系認定専門医制度では,修得すべき知識として7つの項目が挙げられている1).そこで,公衆衛生学分野で働く大学教員の仕事内容を大学生に説明するためにこれらの項目を用いたところ(表),説明しやすいだけでなく,自分自身の業務の理解となぜか自信につながった.「制度」というのは単なる枠ではなくて,その枠をどのように活用するかが重要であることを実感できているように思う.

連載 リレー連載・列島ランナー・125

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はじめに

 地域が好きだ.地域に入って研究をすると,多様な「ちから」や価値に気づかされるからだ.そして,それは公衆衛生を考える上で決して無視できないものである.筆者は現在,北は北海道から南は九州まで,いくつかの自治体を中心に,地域のコミュニティづくりやソーシャル・キャピタルに着目した社会疫学“的”な研究や実践を行っている.“的”と付けているのは,まだ駆け出しの身である(と思っている)のと,いくつかの学問領域を自分なりに取り入れた研究を行いたいと考えているからである.

連載 ヘルスコミュニケーションと健康な社会づくりを考える Dr.エビーナの激レア欧州体験より・12【最終回】

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 本連載ではこれまで,近年,欧州(主に英国スコットランド)で私が体験した珍しい出来事を紹介し,それを基にわが国のヘルスコミュニケーションや健康な社会づくりについて考察してきました.最終回である本稿では,英国から帰国後に「Empowered Woman Japan 2018」(以下,会議.運営は日本マイクロソフト社)という会議で出会った,「人生100年時代」の提唱者,ロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授の論考をご紹介します.

 令和時代が幕を明けましたが,新時代では,人類はいまだ経験したことがないほどの長寿を経験しそうです.日本では平成元年と比べて平均寿命は男女ともに5歳以上延びており,また,近年の健康寿命は平均寿命の増加分を上回る延伸が確認されています1).これは,われわれ公衆衛生関係者の努力のたまものとも言えるもので,実際,経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development:OECD)からも日本の公衆衛生施策は高く評価されています2)

連載 睡眠と健康を考える・8

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はじめに

 最近20〜30年の睡眠不足の増加は公衆衛生学領域では深刻な問題と認知されている一方,社会では必ずしも十分に認識されていない.睡眠不足とは睡眠が十分にとれていない状態であり,睡眠が足りなくなる原因は,①睡眠時間が量的に不足する場合と,②睡眠呼吸障害(sleep disordered breathing:SDB)などによって睡眠の質が低下する場合とが考えられる.

 睡眠不足とともに糖尿病ならびに肥満も増加傾向にあることから,両者の関連が示唆されている1).疫学的,生理学的な研究によって,睡眠障害が糖尿病やメタボリックシンドロームの原因となり得ることが明らかになってきた1).そのメカニズムの一つとして,睡眠不足によるレプチン減少とグレリン増加が食欲を亢進させる働きが明らかにされている.また,睡眠不足による交感神経活動の亢進は,インスリン抵抗性の上昇および耐糖能低下を引き起こし,糖尿病のみならず心血管障害の原因ともなり得る2).睡眠不足を含む睡眠障害がもたらす代謝異常は成人だけでなく,若年あるいは児童の健康にも影響する.

 本稿では,睡眠障害と糖尿病に関する最近の知見を紹介し検討する.

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 前回に引き続き,第23回ヘルスプロモーション・健康教育国際会議(IUHPE)の報告です(2019年4月7日〜11日,ニュージーランドのロトルア市).5日間にわたる全てのセッションはとても回りきれないので,発表のあるヘルスリテラシーのセッションの他に,自分の関心の高いセッションを中心に参加しました.今回はその中の一つである「職域ヘルスプロモーション」のセッションをご紹介します.

 2日目に行われた職域ヘルスプロモーションのセッション「Changing health behaviours in the workplace」では,世界各国の職場での健康増進・行動変容の介入や評価について発表が行われました.シンガポールのJinxiong Isaac Yee氏からは,健診受診率の低いタクシーの運転手に,車検と一緒に体の健康診断を受けされる仕組みが紹介されました.リーチが難しい高齢の対象者に,いかに産業保健サービスを届けるかという発表には非常に納得させられました.サウジアラビアのBaraa Quronfulah氏からは,座業防止のための動画をスマホで配信して,身体活動を増加させるRCTスタディが報告されました.座業が減っただけではなく,中等度以上の身体活動も増えたという結果が示されました.私は,日本でムーブメントとなっている健康経営を紹介し,また,産業医として関わっている設計コンサルタント事務所での15年以上にわたる職域ヘルスプロモーションがヘルスリテラシーを向上させつつあるという発表を行いました.参加者からは「健康経営が日本の実社会の中でどのくらいインパクトを持って受け入れられているか?」という質問がありました.予想以上に浸透が進んでおり,ブラック企業を避けたい就活生や親にも一定のインパクトがあると答えました.

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 第二次世界大戦は1939年に欧州で戦端が開かれ,1945年5月にドイツが,8月に日本が降伏して終戦となりました.今月ご紹介する本作品は戦争中の1940年から終戦後の1946年までのイギリスを舞台としています.

 1940年,イギリス海峡に位置するガーンジー島.飲んだ帰りでしょうか,夜中に島の住民が連れ立って家に戻る途中,ドイツ軍の検問にあうシーンから映画は始まります.夜間外出禁止令が出ている中,彼らが拘束されそうになった時,メンバーの若い女性が,読書会の帰りだと言います.読書会の名前を質問されると,とっさに口から出た名前が本作品の原題ともなっている「ガーンジー島・読書とポテトピールパイの会」でした.なんとかこの窮地を逃れた彼らは家に戻ると,急遽,読書会の体裁を整えます.一体,彼らは何のために集まっていたのか,ミステリアスな始まりに観客は引き込まれていくことでしょう.

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目次

書評

次号予告

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 2020年4月に全面施行される改正健康増進法では,受動喫煙対策を強化する改正に合わせて,第二十五条の四として「喫煙」の定義〔人が吸入するため,たばこを燃焼させ,又は加熱することにより煙(蒸気を含む.次号において同じ.)を発生させることをいう〕が追加されました.新型たばこ,特に加熱式たばこを意識した改正であったことは明らかです.しかしながら,加熱式たばこの受動喫煙のリスクについては科学的根拠が不十分という理由で,加熱式たばこ専用喫煙室(飲食可能)の設置を認めるなどの弱い規制となりました.

 本号の特集を通読すると,今回の法改正は,加熱式たばこの販売促進に力点を置くたばこ業界の戦略に飲み込まれてしまったと言わざるをえません.たばこ業界は,有害性の科学的根拠を明らかにするための研究を阻止するため,加熱式たばこの製品の構造・タイプを多様化したり,また,紙巻きたばことの併用を狙った製品(紙巻きたばこを差し込んで加熱式として使用可能なデバイス)を投入したりするなどしました.上記のような,リスク評価を困難にする戦略はとても巧みです.加熱式たばこ利用者の7割が紙巻きたばこも併用しているという調査結果は,残念ながらたばこ業界の戦略が奏功していることを示しています.

基本情報

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公衆衛生
83巻8号 (2019年8月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

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