公衆衛生 80巻1号 (2016年1月)

特集 自治体行政と公衆衛生

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 近代の公衆衛生は世界に先駆けて産業社会を形成したイギリスの都市の中で誕生したとされています.都市の不衛生な環境対策,傷病者への保護と支援を行うためには自治体の存在が必要とされました.自治体が母胎となり公衆衛生は制度として形づくられてきました.戦後,イギリスの公衆衛生の本体は自治体からNHSに移されました.しかし,2013年より健康づくりの主体は再び自治体とされ,Director of Public Healthが置かれています.

 わが国でも明治期に自治体の公衆衛生が目指された時期もありました.その後,保健所体制が形づくられ,戦後も保健所を骨格とした公衆衛生体制が維持されてきました.1978年頃から,市町村を主体とした保健体制に移行しています.市町村は,平成の大合併,指定都市や中核市の要件の緩和などの激変の中にあります.その結果,保健所は都道府県と市の保健所が混在するようになっています.近年,自治体行政と公衆衛生組織の一体化が進められてきています.イギリスでは公衆衛生は誕生してから中央政府との関係,自治体との関係について試行錯誤を繰り返しています.イギリスと日本の公衆衛生は,歴史も形も異なっています.都市と農村の公衆衛生の違いもあります.現在は自治体を基盤としている点は共通しています.

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 本稿の目的は,公衆衛生の今後を展望するうえで基礎となるべき,日本の自治体行政に関する一般的な理解を得ることである.

大都市制度の概要と課題 北村 亘
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大都市制度への関心の高まり—なぜ大都市制度の理解が重要か

 本稿の目的は,日本の大都市制度を概観し,その課題を明らかにすることで,今後の改革の方向性を考える手がかりを得ることにある.

 大都市制度といっても,2010年以降の大阪都構想問題で注目を浴びるまでは,ほとんど行政内部の議論であって,人目を引くことはなかった.しかし,だからといって,大都市制度はどうでもいいというわけでは決してない1,2)

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 本稿では,イギリスの地方自治体制度の発展の歴史について述べる.その起点をどの時期と見るかは意見の分かれるところであるが1),今日に続く近代的な自治体制度の登場は,1835年都市団体法の制定以降と見て間違いがない.そこで,本稿では,まず,1835年都市団体法を中心とした近代的な自治体制度の確立期に目を向け,次に,少し時代は飛ぶが,19世紀からの自治体制度を抜本的に再編成した1972年地方自治法制定の経緯について注目する.そして最後に,今日に続くサッチャー政権以降の自治体制度改革の動きについて概観する.なお,本稿で述べることは断りがない限りはイングランドに関することである.

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保健所を巡る背景の変化

 1937(昭和12)年に施行された「保健所法」(旧)は,第2次世界大戦直後の1947(昭和22)年「保健所法」(新)へと全面改正され,保健所の整備については人口10万人に1カ所程度が目安となった.

 保健所が中心となって,環境衛生対策や食品安全対策,結核等の感染症対策,母子保健や栄養改善等,多岐にわたる公衆衛生活動を地域密着型で積極的に展開したことにより,わが国の公衆衛生は大幅に改善した.その後,急速な少子高齢化の進展,感染症の減少と生活習慣病の増加等による疾病構造の変化,医療水準の向上,公的介護保険制度の導入,保健サービスに対する国民のニーズの高度化・多様化等を踏まえ,1994(平成6)年に「地域保健対策強化のための関係法律の整備に関する法律」(平成6年1月7日法律第84号)(以下,地域保健法)が公布され,3年後の1997(平成9)年に全面施行された.

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地域保健法の制定までの経緯

 戦後の保健衛生行政は,結核やコレラ,チフス等の感染症の蔓延が著しかったことから感染症対策を中心に出発した.以来,昭和30年代における感染症対策の成功,昭和40年代の生活環境問題への対応を経て,昭和50年代には,疾病予防から一歩進んだ積極的な健康づくりへと保健衛生行政の課題は変遷していった.

 平成以降は,人口の高齢化と出生率の低下,慢性疾患を中心とする疾病構造への変化,国民のニーズの多様化等に対応し,サービスの利用者である地域住民の視点に立った保健サービスの提供が必要とされた.

【地域保健法成立後の地域の公衆衛生体制の推移と課題】

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 地方衛生研究所は保健所と異なり,地域保健法そのものには規定されておらず,厚生労働省が発出した設置要綱でその役割が示されている.厚生労働省が策定する「新型インフルエンザ等対策ガイドライン」および各種の特定感染症予防指針などに地方衛生研究所の果たす役割が明確に規定されていることから,厚生労働省は地方自治体に地方衛生研究所が機能していることを前提として施策を決定していることは明らかである.

 一方,地方自治体には地方衛生研究所の法的設置義務はなく,業務内容に関する法規定がないため基本的に地方衛生研究所のあり方は自治体の裁量に委ねられている.法的縛りがなく,財政を担当する行政職員にとって重要性が分かりにくい地方衛生研究所は,近年の地方分権と地方自治体の予算の困窮により,人員,予算削減のターゲットとなっており,本来備えるべき検査機能さえ維持することが危ぶまれる自治体も存在すると思われる.

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 2015年5月,大阪都構想の是非を問う住民投票が行われたが,反対票が賛成票をわずかに上回り,否決された.成長戦略や二重行政の解消という論点が注目されたが,大阪都構想では5つの特別区に中核市並みの権限を持たせるため,現行の1つの大阪市保健所を改め,5つの保健所が整備される施策も盛り込まれていた.

 結核をはじめ年齢調整死亡率等の健康指標がワースト1である大阪市の健康問題が議論の俎上に上れば,政治的な決着にかかわらず,地域保健法の趣旨による機能強化を図るために1カ所に集約された大阪市の保健所機能の功罪がもっと真剣に議論されるのではないかと期待していたが,ほとんど議論されることはなかった.

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保健所を取り巻く社会情勢について

 1937年に保健所法(旧法)の制定により,地域における公衆衛生の中心的機関として位置づけられ,全国に49の保健所が設置された.そのうちの1つが北海道旭川保健所である.その後,1947年9月に保健所法が全面改正され,従来の警察行政の一環として行われてきた衛生行政を保健所が第一線機関として行うこととなった.警察署も保健所も旧内務省の関係の役所のためか,現在でも地方の一部では警察署と保健所の両者が並んで建っていることもある.

 その後,感染症対策が着実に効果を上げる一方,人口の少子・高齢化や慢性疾患を中心とする疾病構造の変化に加え,地域住民のニーズの多様化など,保健衛生行政を取り巻く環境の変化を踏まえ,1994年6月には保健所法が改正され,これに基づく「地域保健対策の推進に関する基本的な指針」が定められ,1997年4月には全面的に保健所法が地域保健法に改正された.

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 保健所は,島根県においても1994年の地域保健法制定の前後で大きく変化してきた.保健所法時代は,地域保健活動を直接推進するプレイヤーの側面が大きかった.しかし,市町村の役割が増大して保健師配置をはじめとする体制整備が図られるにつれて,保健所の役割は,医療への関わりと,市町村間や医師会をはじめとする関係機関・団体等との調整など,地域保健活動のマネジャーとしての側面が大きくなってきた.

 組織形態も,福祉事務所との統合,さらに市町村合併を契機とした福祉事務所業務の町村移管に伴う保健所単独組織へと変遷してきた.そうした中でも島根県の保健所は,地域活動と市町村との連携にこだわってきた.その経過を概括する(表1).

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 公衆衛生組織やその体制は国ごとに特徴が見られる.本稿では公衆衛生の実務を担う人々に注目して,医師や保健師など専門職員の資格制度について,公衆衛生制度を作ったイギリスと日本とでそれぞれどういった特徴が見られるのか,検討したい.紙幅の都合上,特に医師に焦点を当てる.

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 私は,28年間保健所に勤務しているが,大きく変わろうとする法と社会保障制度への対応が,今ほど保健所に求められていると感じたことはなく,その現状を述べてみたい.

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 下関市は本州最西端に位置する人口27万3086人の中核市である.人口の32.4%が65歳以上であり,中核市の中で最も高い高齢化率となっている(2015年7月末).特に北に位置する豊北町の高齢化率は48.3%となっており,超高齢社会がすでに到来している(図1).

連載 [講座]子どもを取り巻く環境と健康・11

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 フィラグリンは,角質の形成に重要なタンパク質で,皮膚バリア機能の維持と保湿に重要な働きをしている.皮膚バリア機能とは,皮膚からの水分喪失阻止や,外界からの異物の侵入阻止などの機能をいう.2006年にフィラグリン遺伝子変異がアトピー性皮膚炎の重要な発症因子であることが報告された.現在では,アトピー性皮膚炎の多くは,フィラグリン遺伝子変異などの遺伝要因と,種々の環境要因による皮膚バリア機能障害を基盤として発症するバリア病と考えられている.本症の病態と治療を考える上で,皮膚バリア機能の破綻に伴う慢性抗原刺激がアトピー性皮膚炎の本態であると理解することが極めて大切であり,皮膚バリア機能の是正がアトピー疾患の改善や予防に役立つ.

予防と臨床のはざまで

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 前回に続いて多職種産業保健スタッフの研究会,さんぽ会(http://sanpokai.umin.jp/)の,今回は月例会の様子をお伝えします.日本でもすっかり浸透した感のある「健康格差」という言葉ですが,大手企業の産業保健スタッフにとっては,健康格差と言われても実感できない方が多いかも知れません.しかし,例えば生活習慣病でも,大企業と中小企業,単一健保と総合健保,都市部と地方,正社員と非正規雇用の差などについて話題が及ぶ時,その片鱗を感じるかも知れません.

 全日本民医連・学術委員会と順天堂大学医学部総合診療科の共同研究「暮らし,仕事と40歳以下2型糖尿病についての研究(MIN-IREN T2DMU40 Study)」の報告書が2014年10月に完成し,若年糖尿病患者における社会経済状況のインパクトの大きさが日本で初めて明らかになりました.今回の月例会は,2015年10月8日に,この研究班メンバーから京都保健会理事長の三浦次郎先生と,多くの症例を提供して下さった大阪のぽらんのひろば井上診療所所長の井上朱実先生をお招きして,若年2型糖尿病を通じて我が国に進行しつつある健康格差について感じ,考える場にしたいという狙いで企画しました.お二人は私にとって20年来の恩師とも言える方で,研修医・大学院時代を通じてお世話になった民医連の糖尿病シンポジウムの主要人物であり,この共同研究への参加のきっかけでもあります.

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 1942年,戦時下のフランス.ヤミで食料品を買う女性が官憲に追われる場面から映画が始まります.逮捕,拘留されますが,なんとか釈放され家に戻ります.この女性が主人公のヴィオレットです.家には夫のモーリスが待っていました.小説家である彼は,さほど彼女のことを心配するわけでもありません.観客は冒頭から違和感や漠然とした不安を感じとるかもしれません.この違和感や不安は,主人公の感じていたであろう戦時下の閉塞感にも近いものがあるのではないでしょうか.『セラフィーヌの庭』でいくつかのセザール賞を獲得した,マルタン・プロヴォ監督による,すぐれた展開だと思われます.

 実は夫婦といっても戦火を逃れて疎開するための偽装結婚のようで,夫は女性には興味のない様子.ヴィオレットの愛を受け入れようとはしません.自ら創作に没頭する傍ら,愛を拒絶され不安に襲われている主人公に,その苦悩を「書く」ことで吐き出せ,と勧めます.夫なりの彼女への「愛情」なのかもしれません.ヴィオレットは,初めての創作に踏み出します.書き始めると,憑かれたように書くことに熱中し,処女作となる『窒息』を完成させます.

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 少子高齢化社会が急速に進展する中,先の通常国会で「女性活躍促進法」が成立するなど,働く女性の活躍の場を広げることが,我が国社会全体として喫緊の課題となっている.

 しかしながら,増加する働く女性の健康問題や,それを支える社会全体の支援の問題について触れた論述が少ないということが,かねてから気になっていたところである.

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 本書は2015年に京都で開催されたWorld Health Summit(WHS)のRegional Meetingで取り上げられたトピックをそれぞれの専門家が解説したものに加えて,同会議の会長を務められた京都大学医療疫学教授の福原俊一先生による世界のリーダーへのインタビュー記事から成っている.WHSの全体を貫くテーマは「医学アカデミアの社会的責任」とされ,さらにそのキーワードとして医療レジリエンスという言葉が用いられている.

 大変に恥ずかしい話ではあるが,私はこれまでレジリエンス(resilience)という言葉の意味をよく知らなかった.レジリエンスはもともと,物理学の用語で「外力によるゆがみをはね返す力」を意味したが,その後,精神・心理学用語として用いられ,脆弱性(vulnerability)の対極の概念として「(精神的)回復力・抵抗力・復元力」を示す言葉として使われるようになったという.今回,評者がこの書評を依頼された理由を推測するに,評者が最近,超高齢社会における現代医療の限界・脆弱性を指摘していたことにあると思われる.もっともその指摘は身内に脆弱高齢者(frail elderly)を抱えた個人的体験によるもので,アカデミックな考察には程遠いものである.

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 地域医療構想の策定や在宅医療・地域包括ケアの推進が進められ,2018年度には次期医療計画や医療費適正化計画の策定,改正国民健康保険法の施行,診療報酬と介護報酬の同時改定が予定されている.このように矢継ぎ早に医療制度改革が進められている背景には,経済の低成長や人口構造の変容—「団塊の世代」がすべて75歳以上となる2025年問題が間近に控えている—があり,それに伴い国民皆保険は形骸化するリスクがあると著者はいう.

 「将来に対する不安を煽るつもりはない.そうではなく,国民皆保険を堅持するために必要な改革を行うべきであるというのが筆者の基本的主張である.ただし,そのためには,日本の国民皆保険の特質や基本構造を押さえ,近未来の人口構造の変容の影響を正確に把握したうえで,医療政策を問いなおす必要がある.それを論じることが本書の目的である.」(序章より)

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 カラーイラストをつかい,毒をもつ生き物たちを科学的な視点で紹介するシリーズ.全3巻のタイトルは下記のとおり.

 「1 山や森などにすむ猛毒生物のひみつ」

 「2 海や川のなかの猛毒生物のふしぎ」

 「3 家やまちにひそむ猛毒生物のなぞ」

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次号予告

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 企画が成り立ちホッとしています.市川喜崇氏より自治体の公衆衛生専門職を巡る問題は行政学で取り上げて研究すべきテーマであるにもかかわらず十分な研究が行われていない領域との言葉をいただきました.金子雅彦氏には日英の政治行政制度と専門職や専門職団体の位置づけの違いについてお示しいただきました.北村亘氏から,大都市とは何かという議論がないまま指定都市が乱立してきている問題点を教えていただきました.わが国において都市の公衆衛生が発展してこなかった理由もそこにあったように思いました.

 髙山佳洋氏からは大阪の公衆衛生人として社会病理,貧困,健康格差などの問題に立ち向かう公衆衛生をめざさなければならないとの熱き思いをお示しいただきました.わが国では都市の公衆衛生がまだ成熟していないと考えさせられました.中田勝己氏ら,ならびに宇田英典氏には地域保健法施行後の公衆衛生体制について,山口亮氏,中川昭生氏には北海道,島根県の公衆衛生体制や保健所の変遷についてわかりやすくご教示いただきました.調恒明氏からは,衛生研究所が公衆衛生領域の重要な役割を担っている組織であるにもかかわらずの制度的な位置づけがなされていないこと,その将来像について,ご教示をいただきました.

基本情報

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公衆衛生
80巻1号 (2016年1月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

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