公衆衛生 71巻8号 (2007年8月)

特集 スポーツと公衆衛生―地域の関係性の構築

  • 文献概要を表示

 海外で活躍するスポーツ選手が多くなり,近年,世界が身近なものになってきています.世界のヒトとヒトとの距離は極めて近いものとなっているように感じられます.翻って目を日本国内に移すと,地域,職場,家庭内においては人々の関係性が脆弱化してきており,それを象徴するような悲惨な事件が毎日報道されています.暗い社会になったものだと絶望的な気持ちにさせられます.

 しかし,一方でスポーツを通じた地域における人々の明るい社会づくり・関係性づくりの運動が,静かに進んできています.公衆衛生活動の原点は,早期死亡,傷病,障害を予防し,人々の健康増進のために,地域の総力を結集した,地域の人々による組織的な活動にあります.その生命線は地域の関係性の構築にあります.われわれが直面している健康づくり,疾病予防,介護予防問題も,地域のスポーツ振興により自然に解決できるのかもしれません.現在日本サッカー協会が進めている地域主義,子ども中心主義,人々に夢と希望を与えるという活動は,公衆衛生活動と相通ずるものがあります.

  • 文献概要を表示

 スポーツ振興と公衆衛生活動とは一見関係なさそうに思われるかもしれない.しかし地域の関係性という点からは共通することが多いように感じる.

 公衆衛生とは「地域社会の組織的な努力(organized community efforts)を通じて,疾病を予防し,寿命を延長し,身体的・精神的健康とその増進をはかる科学であり,技術(the science and the art)である」(ウィンズロー)と定義されている.公衆衛生の目標を達成するには,地域社会の結束した組織的な努力が必要であることが示されている.「地域」においては,保健所は統廃合され,市町村合併が進められ,病院の統廃合が進んでいる.

  • 文献概要を表示

 現代の豊かな社会に住まうわれわれには,折に触れて様々なスポーツを堪能できる環境が整備されている.行って楽しんだり,観て楽しんだり,支えて楽しんだりするだけでなく,様々なスポーツの知識や情報を知って楽しむこともできる.これは高度な産業社会に達した先進国の国民のみに享受することが許された現実である.

 後述するようにスポーツは,イギリスを母国にして世界各国に普及し,今では全世界を席捲しつつある.いまなおオリンピック・スポーツを中心に非ヨーロッパ世界の開発途上国に進出している.このスポーツはイギリスの「地域」に根ざしたものであったが,しかし,イギリスの「都市」で合理化され,安全なルールとこれを統括する組織とを携えることによって「近代スポーツ」(=競技スポーツ)となり,スペクテータースポーツへと進展する過程で「国際スポーツ」となり,世界中の人々の受け入れるところとなった.このスポーツが,やがて,「民族」統合の手段として為政者の目に留まることとなり,「国家」の後押しを得て,一層の普及・進展を見るに至る.この間,民族スポーツは国際スポーツの周縁に追いやられつつも,近年では新たな機能が期待され,評価されるに至った.

 本稿ではこのような視点から,現代社会におけるスポーツの実相に分け入ってみることにしたい.

地域社会とスポーツクラブ

  • 文献概要を表示

「人間は遊戯しているときだけ真の人間である」―フリードリッヒ・シラー―

 ドイツにおけるスポーツクラブは,現代の技術消費文明社会の中で地域が共同体としての連帯性を育み,また強めるために不可欠のものとなっている.しかし,ここへ至るにはスポーツクラブの赤い糸が,19世紀から脈々と引き継がれていることを知らねばならない.

 現代社会におけるスポーツという言葉からまずイメージされることは,プロ選手の活動をテレビなどで観戦するメディアスポーツであろう.衛星中継によってスポーツ,特にオリンピックやワールドカップは,グローバルな意識を世界の人々にもたせることに貢献している.わが国ではスポーツというと専らこれらをイメージする人が多い.しかし,ヨーロッパ,特にドイツにおけるスポーツ活動というと,それとは大きく異なる潮流がある.それは,メディアスポーツが主として観るスポーツであるのに対して,参加するスポーツ,すなわちドゥ・スポーツとしてのスポーツ・フォア・オール・ムーヴメントである.

  • 文献概要を表示

本誌 アルビレックス新潟は,サッカー不毛の地と言われた新潟にサッカー文化を創出し,地域に根付いたチームづくりが今や1つのビジネスモデルとして,様々な領域で参考にされています.今回,小誌においても,そのチームづくりや地域づくり,人材育成において,公衆衛生活動に共通する点,また学ぶ点があるのではないかという観点から,アルビレックス新潟の育成部長であります若杉さんにお話をお伺いしたいと思います.まずはチーム作りの原点からお願いします.

  • 文献概要を表示

 2006年6月12日号の「アエラ」に「都道府県上流度ランキング」という記事が掲載されていた.「学ぶ・育てる」「安心・安全」など様々な項目で様々な指標から比較し,ランキングを決めるという内容であった.その中で,「楽しむ・生きがい」という項目において滋賀県は堂々と1位に評価された.この「楽しむ・生きがい」という項目は,都道府県立図書館の年度資料費予算額,ボランティア活動・スポーツの年間行動者率(対15歳以上人口),映画館数(対人口)等の指標により算出されたそうである.この指標だけで楽しみや生きがいが評価できるのか議論が百出しそうであるが,どれだけ多くの人がスポーツに参加しているかという数字が生活の質を問う指標の1つとして評価されているというのは,スポーツ研究や振興にかかわる一個人としてうれしい限りである.

 さらに,電通総研スポーツ文化研究チームが中心になってまとめた『スポーツ生活圏構想』の中では,詳細に「スポーツ豊か度都道府県ランキング」がまとめられている.その中で24の指標から都道府県のスポーツ状況が評価されているが,そこでも滋賀県は関西地区ではトップで,全国8位に位置している.個別の項目では,1人当たり,または世帯当たりのスポーツ関連支出が,それぞれ8位と5位にランクされ,スポーツ行為者数は全国3位であり,こうした数字が滋賀県を上位に位置づけていると言えよう.同署では,スポーツ活性度や事業元気度などソフトの面での整備が,滋賀県のスポーツ環境の高評価につながっているとそこでは結んでいた.

  • 文献概要を表示

だれもが楽しむスポーツ―「大阪市生涯スポーツ振興計画」の策定

 ヨーロッパのスポーツ先進国の間では,性別,年齢,人権,階層,居住環境,障害等を理由として排除することなく,すべての市民が生涯を通じてスポーツへの積極的な参加を実現する理念「スポーツ・フォア・オール(みんなのスポーツ)運動」が主流となっています.

 わが国でも,平成12年9月に文部省(現文部科学省)が「スポーツ振興基本計画」を策定し,「心身の両面に影響を与える文化としてのスポーツは,明るく豊かで活力に満ちた社会の形成や個々人の心身の健全な発達に必要不可欠なものであり,人々が生涯にわたってスポーツに親しむことは,きわめて大きな意義を有している」とスポーツの意義を示しています.これを踏まえ,大阪市としてスポーツ行政を計画的かつ効果的に推進していくために,平成15年3月に「大阪市生涯スポーツ振興計画」(以下「振興計画」と言います)を策定しました.この「振興計画」では,スポーツを市民共有の生活文化のひとつととらえ,生涯スポーツ社会の実現を目的としています.生涯スポーツはだれもが生涯の各時期にわたって,それぞれの体力や年齢,目的に応じて,いつでもどこでも主体的にスポーツに親しむことであり,このような生涯スポーツ社会の実現は,近年ますますその重要性を増してきています.

  • 文献概要を表示

スポーツ振興基本計画改定の経緯

 スポーツ振興基本計画は,保健体育審議会(「中央教育審議会スポーツ・青少年分科会」の前身)による「スポーツ振興基本計画の在り方について―豊かなスポーツ環境を目指して―(答申)」(平成12年8月)に基づいて策定された10年計画ですが,本計画に基づく施策の実施に際しては,適宜その進捗状況の把握に努めるとともに,5年後に計画全体の見直しを図ることとされていました.

 このため,文部科学省では,平成18年4月に中央教育審議会スポーツ・青少年分科会の下にスポーツ振興小委員会を設置し,計画の見直しの方向性について審議を進め,その審議結果が「スポーツ振興基本計画の見直しの方向性について(平成18年7月27日)」としてとりまとめられました.

 そして,この審議結果を基に作成された計画の改定案について,広く一般からの意見募集を行い,当該意見を踏まえて修正し,昨年9月21日にスポーツ振興基本計画の改定を文部科学大臣名で告示しました.

  • 文献概要を表示

高鳥毛 地域を基盤とし,世界に通じるサッカー国を目指す「Jリーグ」が誕生して15年が経ちました.サッカーというスポーツの中に,また「地域に根ざしたスポーツクラブの拡大」というJリーグの目標の中に,公衆衛生活動に通じる理念や組織づくりがあるように思われます.

 本日は,日本プロサッカーリーグの川淵キャプテンにご登場いただき,Jリーグの発展と地域社会づくりについての思いや夢を,お聞かせいただきたいと思います.

  • 文献概要を表示

 これまで約20年,道庁や道立保健所で公衆衛生行政に従事してきた者が,平成17年4月から特別支援教育行政という未知の分野で仕事をすることになった.本稿ではここでの経験をもとに,特別支援教育と保健医療福祉の関わりについて思ったことを述べてみたい.

  • 文献概要を表示

 日本の公衆衛生の現状や保健医療システム,およびその背景にある日本のライフスタイルや文化は,諸外国に必ずしも十分知られていない.日本の公衆衛生・保健医療システムへの理解を深めることを目的として,ハーバード公衆衛生大学院日本人会は同大学院にて公衆衛生学を学ぶ外国人大学院生を対象に,日本への研修旅行「Japan Trip」を行った.その結果,①日本のヘルスケアに対する理解が深まった,②日本の文化やライフスタイルに対する理解が深まった,などの効果が見られ,今後もJapan Trip継続の重要性が認識された.

特別記事 検証「健康格差社会」―介護予防に向けた社会疫学の可能性①

  • 文献概要を表示

 介護保険制度の見直しによって,介護予防重視のシステムが導入された.しかし,蓋を開けてみると,「介護予防事業の対象となる特定高齢者が把握できない」「参加希望者がいない」という問題が指摘されている.高齢者人口の5%という目標に対し,現状はわずかに0.2%と報じられたほどである.なぜであろうか? どうしたらよいのであろうか?

 今年3月18日に行われた日本福祉大学21世紀COEプログラム国際シンポジウム“検証「健康格差社会」―介護予防に向けた社会疫学の可能性”の目的は,この問題に迫り,問題解決の手がかりを探ることである.

 本号では,シンポジウムの第1部,Kawachi教授(ハーバード大学公衆衛生大学院)による基調講演「介護予防の戦略―社会疫学の視点から」の要旨を掲載する.そして次号ではシンポジウムの第2部,AGES(Aichi Gerontological Evaluation Study:愛知老年学的評価研究)プロジェクトの報告を行う.

連載 いのちのプリズム・5

ナガサキ 宮崎 雅子
  • 文献概要を表示

 生まれ故郷長崎を離れて,すでに20年以上が経った.映画「長崎ぶらぶら節」や「解夏」のヒットで丸山界隈や南山手は観光客で賑わっているのだろうか.昨年は「さるく博」なるイベントも模様されていたようだが,帰るたびに町の様子が少しづつ変わってゆくようで寂しくもある.

 20代の半ば過ぎに写真を始めてから,帰郷の度,長崎の町をカメラ片手に歩いた.

連載 Health for All-尾身茂WHOをゆく・32

日本の医療を考える・3 尾身 茂
  • 文献概要を表示

 今回は,日本の医療が抱える4つの課題の第三点目,医療の質・安全面的な課題について述べてみよう.

 以前,本連載の中で医療の質と安全について述べた際には,主として医療の安全に主眼をおいたが,今回は特に,医療の質に焦点を当てて述べたいと思う.

連載 感染症実地疫学・20

  • 文献概要を表示

 2001年の麻疹流行では1993年以降で最も多い患者発生があり,麻疹の全国患者推計数は28.6万人だったが,各地での関係者の努力により1歳代の麻疹ワクチン(以下,ワクチン)接種率が向上したことなどから,2005年には4,200人と急速に減少した.しかし,2007年シーズンは地域的には南関東地域,年代的には20代前後の若者を中心にした流行が見られており,基幹定点から報告される成人麻疹(届出対象は15歳以上)が1999年の調査開始以来で最多の報告数となっていること,小児科定点からの麻疹では,10~14歳の報告割合が例年より高いことなどが特徴と言える.この流行には,ワクチン未接種かつ麻疹未罹患の者(以下,未接種未罹患者)に加え,ワクチンを接種したにもかかわらず免疫が獲得できなかったprimary vaccine failure(PVF),および接種により免疫を獲得したものの感染機会の減少により免疫が減弱したsecondary vaccine failure(SVF)が関連していると考えられている.

 2007年の流行に先立って2006年に茨城県南部において発生した麻疹流行では,散発例の他,小学校と中高一貫校の2校で集団発生が確認された.どちらの集団発生においても麻疹患者はワクチン既接種者に多かったが,これは2007年シーズンの東京都における傾向と共通しており(東京都未公開データによる),今後の麻疹対応にあたって参考とすべき点が多いと思われる.

 筆者は,国立感染症研究所感染症情報センター実地疫学専門家養成コース(FETP)在籍中,2006年の茨城県南部における麻疹アウトブレイクの調査に関わる機会を得たので,その概要について報告する.

連載 エイズ対策を評価する・20【最終回・下】

  • 文献概要を表示

相談検査の現場も社会も変わった

岩室 相談検査の状況について上野先生がまとめてくださっているので,そのデータをご紹介いただけませんか.

上野 平成18年のHIVに関する相談件数(全国)は17万件余り,検査件数は11万件余りで,共に10年で約2倍増になっています(図1).

 東京都電話相談の状況を見ると,男性が約8割と多く(図2),年齢は20歳代が最も多く約4割(図3),相談内容としては,感染不安が約8割と最も多く,次に感染経路で約6割となっています(図4).

  • 文献概要を表示

 レセプト(診療報酬明細書)情報は様々な分析に用いられている.もっとも一般的な活用事例としては,医療費に関するものであり,レセプト情報を活用した調査研究の中では,特定の疾病に要する医療費や特定の治療法と他の治療法の比較が多いと報告されている1)

 今回,私たちは,平成14年度に厚生労働大臣の指定を受けた自治体における,3年間の国保ヘルスアップモデル事業(以下,モデル事業と略)として実施された成果の一部を紹介する.本モデル事業全体の成果はすでに公表され2),また,手引書として6月に出版された3).ここでは,レセプトの活用例として,筆者らが評価者としてかかわった福島県二本松市におけるモデル事業における医療費分析の事例4,5)とモデル事業終了後の国保ヘルスアップ事業としてかかわっている福島県三島町における事例を中心に紹介する.

連載 保健予防事業のアウトソーシング最前線・6

  • 文献概要を表示

 本誌3月号より5回にわたって,医療保険者および保健予防アウトソーサー(委託事業者)のそれぞれの視点から保健予防事業のアウトソーシングを概観的に解説してきた.本号では,次号からの現場に身を置く専門家からのリレー執筆が始まる前に,これまで取り上げた課題を通じてどのような取り組みが必要なのかを一旦取りまとめ,解決の鍵を提言する.

連載 衛生行政キーワード・34

  • 文献概要を表示

わが国における血液製剤に関する出来事と課題(献血と国内自給)

 わが国では,毎年100万人を超える患者さんが輸血を受けており,その多くは,命に関わるような危険な状況での治療として輸血が行われています.その輸血医療を支えているのは,多くの国民の“善意の献血”であり,現在,わが国は無償のボランティアによる献血からつくられた血液製剤により国内自給ができる体制を目指しています.

 これらの取り組みの背景には,様々な教訓があります.昭和30年代には,頻回に行われた“売血”により,供血者の健康および血液の質が低下したという問題です.そのため,昭和31年には「採血及び供血あつせん業取締法(採供法)」が施行され,供血者の健康を害するような過度な採血を禁止致しました.

  • 文献概要を表示

Respondent Driven Sampling(RDS)とは

●「隠れた集団」

 社会の中には「隠れた集団(hidden populations)」と呼ばれる集団がある.行動が社会的に認められていない,非合法的である等の理由により,社会から隔絶した集団のことである1).資格外滞在者,(男性)同性愛者,ホームレス,性産業従事者,麻薬注射常用者などがその例である.

 「隠れた集団」は,一般の人々に比べ,健康を害しやすい脆弱な環境にある.例えば,滞在資格がない外国人滞在者は,警察に見つかることを恐れて病院に行かないで我慢しているうちに重症になることがある.麻薬注射常用者はHIVに感染するリスクが高いことが知られている.仲間内で注射を回し打ちする習慣や,薬を打っているときに不特定多数の相手と性交渉をする可能性が高いからである.

--------------------

あとがき 高島毛 敏雄
  • 文献概要を表示

 地域の人々の関係性の構築は,公衆衛生活動の基盤であり,なくてはならないものであります.WHO西太平洋事務局長の尾身茂氏は,かってから人々の関係性の重要性を強調されています.

 コムスンは介護保険事業を,ミートホープ社は食品安全のあり方を揺るがしています.企業任せだけではなく,行政,市民との関係性の中で,企業の社会性を高めていくことが必要な時代になっています.保健事業の外部化においても,同様の問題が生じる可能性があります.

基本情報

03685187.71.8.jpg
公衆衛生
71巻8号 (2007年8月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

文献閲覧数ランキング(
8月3日~8月9日
)